第78話「プールサイド・アフター」

 紅色の空にヒビが入り、元の青さを取り戻す。


 さっきまでいた、現実世界のリゾートプールに戻ってきた。 


「も、戻ってきた!」


「やった、やったぞ!」


 モンスターの脅威に怯えていた一般人、彼らを守るために戦っていた覚醒者たちが、両手をあげて喜んでいた。


「……全員、無事に返せたか」 


 ホッと、安堵の息を吐く。


 五年前と同じ惨劇にならずに済んで、本当に良かった。


「それよりも」


 一人、彼らの歓喜の輪を数歩離れた場所から眺めていた白久さん。


 そんな彼女の元へ駆け寄る。


「三峰君」


「大丈夫か」


「うん。最後、助けてくれてありがとう」


「別にお礼を言われるほどのことじゃないさ。それに、俺がでしゃばらなくても、白久さんの力だけで勝ててただろうし」


 実際、敵を圧倒していたからな。


 あの女王蜂が力尽きるのも、時間の問題だっただろう。


「でも、三峰君が最後出てくれたおかげで、時間をかけずに済んだから。だから、ありがとう」


「……どういたしまして」


 再び歓喜に沸く彼らへと視線が戻る。 


「……良かった」


「だな」


 けど、彼らを見つめる白久さんの表情は、どこか影が差している。


 彼らを助けられたことは喜ぶべきことだ。


 けど、五年前は同じことができなかった。


 もし五年前に、同じ力があれば……。


 きっと、彼女の中で様々な感情が渦巻いているのだろう。


「……慌てても仕方ない」 


 いつか、あの輪の中に入れるように、俺たちはできることをやるだけだ。


「そうだ、それよりも──」


「なんだ、もう攻略されたのか?」


 けたたましいサイレン音と共に、ダンジョン攻略者が次々とやってきた。


「ようやくのご到着か……」


 かくして、やってきた自衛隊や警察に囲まれて、事情聴取やらなにやらを受けることに。


「お前、最近事情聴取されてばかりだな」


 だんだんとこの周辺を管轄している刑事さんたちに顔を覚えられてきてる。


「う……そうですね……」


 この間のダンジョン内催眠事件や学校での覚醒者暴走事件、今回の件も含めて、ここのところ警察のお世話になることばかりだ。



「まさかとは思うが……お前が首謀者じゃないよな?」


「は?」


 なんでそういう思考回路になる?


 覚醒者の暴走なんて、どうやって起こせるのか。


 そんなことができるやつがいるなら、それは本物の悪魔くらいだろう。


「冗談だ、間に受けなくていい」


 ……全然冗談に聞こえないんだけどな。


「ひとまず、状況は把握したから、もう帰っていい」


「……はい」


 聴取室代わりの仮設テントを出ると、白久さんが待っていた。


「大丈夫だったか?」


「うん、三峰君もお疲れ様」


「なんか……最近こんなんばっかりだな俺たち」


「そうだね……いやな慣れ方してるよね」


 苦笑いしながら、荷物を取りに歩き出す。


「ここ、今日はもう閉園するんだって。今日と明日で総点検なんだって」


「仕方ないだろうな」


 普段は都市部に発生するダンジョンが、こんなところで発生するなんて、誰も夢にも思わないだろうし。


「せっかくだから、ナイトプールも一緒に過ごしたかったな……」


「ナイトプール?」


「うん。夜はイルミネーションとかやっていて、綺麗なんだよ」


「へー……」


 夜にプールに入るのか、なんか風邪ひきそう。


 あと、そういうのって夜通し遊び倒す陽キャとかパリピみたいなのが過ごすイメージだったんだけどな。


「あっ……」


 水で滑ったのか、白久さんが足をくじく。


「っと」


 今度はちゃんと肩を抱き寄せて、身体を支える。


「大丈夫か?」


「〜〜〜〜〜‼︎」


「白久さん?」


「あ、う、うん! 大丈夫! ありがとう!」


「どういたしまして。ま、あんなことがあった後だし、疲れて当然だろうな」


「そ、そうだね、うん。疲れてるかもしれない!」


「やっぱりな。気をつけてくれ」


 白久さんを立たせて、手を離す。


「あ……」


「?」


「えっと、その……まだ掴まってても、いい?」


「掴まる?」


「ほ、ほら。また転ぶと危ないし、ちょっと怖いから……なんて……」


「確かにそうか」


 あんな大規模な魔法を使った後なんだし、疲弊していて当然だろう。


「ほら」


 右手を差し出す。


「…………」


「どうかしたか?」


「あ、ううん! えっと、それじゃあ……」


 なぜか恐る恐る、ゆっくりと俺の手を掴む白久さん。


(白久さんの手、やっぱりちっちゃいな)


 日焼け止めを塗ってもらった時にも思ったけど、こんな小さな手で色々なことを抱えているんだよな。


 その重荷を、少しだけでも一緒に背負うことができれば……なんて考えるのは不遜か。


 それにしても、本当に小さくて細くて、柔らかい女の子手だなぁ。


(…………っていうか)


 今更だけど、俺女の子と手繋いでる⁉︎


(おおお落ち着け俺!)


 女の子と手を繋ぐくらい、小さい頃羽月で経験済みだろ!


 慌てる必要なんてない!


(手汗とか、かいてないよな……)


 気持ち悪いとか思われなければいいけど……。


「なんか顔色良くないけど、三峰君こそ大丈夫?」


「え? あ、うん! 大丈夫だ、問題ない」


「そう?」


「そ、それじゃあ行こう」


「う、うん」 


 そうして、パラソルを立てていた場所まで戻ると。


「荷物ですか? すでに私の方で片付けてしまいましたが」


「「あー……」」


 すでに中川さんの手によって、来た時以上に綺麗になっていた。


「ありがとうございます……」


「いえいえ、これも仕事ですから」


 先に荷物は運んでもらったから、更衣室へと引き返す俺たち。


「じゃ、また後で」


「うん」


 白久さんと別れて、更衣室でパパッと着替えて出てくると、中川さんが待ち構えていた。


 俺が着替えている間に移動したんだな。


 あれ、でもさっきは水着だったような……?


「おかえりなさいませ」


「えっと、いつの間に……?」


「これも仕事ですから」


「はぁ……?」


 なんでもかんでも仕事の一言で済ませられると思ってないか、この人。


 あと、なんかやってることがちょっと忍者っぽいな。


「白久さんはまだみたいですね」


「晴未様ももうすぐ出てこられるかと。……噂をすれば」


 俺たちに気づいて、タタッとかけてくる。


「ごめんなさい、待たせちゃった?」


「いや、俺も今出てきたばかりだ」


「そっか」


 なぜか居心地悪そうに、髪をいじる白久さん。


「えっと、プールに入ったあとだから、髪があんまり整わなくて……」


「まぁ、確かに普段よりかは荒れてるかもだけど」


 普段は綺麗なストレートのミドルヘアーが、少しボサッとなっている。


「でも、そんな気にするほどじゃないと思うけどな」


「女の子は気にするの! もー、そういうところだよ三峰君!」


「そういうところって……」


「もっと女心を勉強して!」


「女心、ねぇ……」


 小学校高学年の時に、羽月によく言われたな……。今もだけど。


 あと、なぜか朔也にも言われるけど。


「さて、それでは行きましょう」


 中川さんに促されて、車に乗り込む。


「ふわぁ……」


 柔らかいシートに座ると、急に眠気が襲いかかってきた。


「プールの後って、なんでこう眠くなるんだろうな……」


 適度な疲労感と、心地いいシートのせいで、眠気が加速度的に襲いかかってくる。


 なんとか目を覚まそうと窓から景色を眺めていると、急に白久さんが頭を肩に乗せてきた。


「し、白久さん⁉︎」


「スー……スー……」


「…………」


 一定のペースで寝息を立てていた。


「……そりゃそうなるか」


 プールで目一杯遊んで、その後にダンジョン攻略。


 しかもあれだけの規模で魔法を使ったんだ、俺以上に消耗しているはず。


「動かすわけには、いかないよな……」


 下手に動かして、せっかく眠っている白久さんを起こしたくはない。


 それに……かわいい女の子に頭を肩に乗せてもらえるのは、考えようによってはお得なことなのでは?


「…………?」


 昔はこんなこと、考えたこともなかったのにな。


「前に羽月に言われた通り、俺も変わったってことか?」


 いい変化なのかは、正直よくわからないけど。


 それにしても、女の子って近くだとこんなにいい匂いするんだな……。


(いけないいけない!)


 今のは流石にキモすぎるだろ。


「スー……スー……」


「…………」


 隣で気持ちよさそうに眠っている人を見ると、なんだかこっちまで眠くなってくるな。


「ふぅ……」


 瞼がだんだん重くなってきて……そのまま…………。


「どれほど大人びて見えても、こういう部分はまだ年相応の子供ですね」


 離れに到着する間までの間、俺たちは仲良く肩を寄せ合って眠りについていた。 



     *



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