第77話「プールサイド・ダンジョン」

「ごちそうさまでした」


 中川さんが買ってきてくれた焼きそばを、パラソルの下で食べ終えた。


「思ってたよりも美味かった」


「こういうところで食べる売店のご飯って、不思議と美味しく感じるよね」


 俺はてっきり白久さんが弁当とかを作ってきてるものかと思っていたから、最初は少しだけがっかりした。


 ……なんていうか、すっかり白久さんに胃袋掴まれてるな、俺。


『お弁当もいいけど、せっかくきたんだからこういう部分でも楽しまないと』


 そういう理由で、今日は弁当を用意しなかったらしい。


 でも、白久さんの言うことは間違いじゃなかったな。


「なんていうか、こんな夏休みは初めてだ」


 森口剣道場にいる時は、ほぼ毎日剣の修行をしていたし。


 中学生の時は施設をたらい回しで遊ぶどころじゃなかったし。


 去年はひたすらバイトとダンジョン攻略の毎日だったから。


「なにもしないで、ただ遊ぶだけなんて」


 なんか悪いことをしてる気分だ。


「それは三峰君が特殊すぎるってだけだと思うよ……」 


 ぐうの音も出ない。


「じゃあ今年は、たくさん遊ばなくちゃだね」


「……そうだな」


「そうだ、来週末に夏祭りがあるって知ってる?」


「夏祭り?」


「うん。だから……一緒に行かない?」


「夏祭りか……」


 森口剣道場にいた時は、毎年行っていた。


 羽月に剣の舞の奉納があるとかで、毎年その手伝いをしていた。


 だから祭りそのものには参加していないけど。


 あのお祭りはまだ続いているのだろうか。


「三峰君?」


「ごめんごめん、ちょっと考え事してた」


「考え事?」


「なんでもない。それよりも、夏祭り、行くか」


「……うん!」


「さてと、次はどうしようか」


 立ち上がって、背伸びしながら次に行くプールをどれにするか悩む。


「私も──ひゃっ⁉︎」


 同じく立ちあがろうとしたところで、白久さんが足を滑らせた。


「危なっ!」


 こちらに倒れ込んでくる白久さんの身体を支えようとするが、絶妙に間に合わず。


「っ⁉︎」


「あ……」


 右手が、思い切り白久さんの胸を掴んでしまった。


「〜〜〜〜〜っ!」


 途端に数メートル後ろに引き下がった白久さん。


「ご、ごめっ! わざとじゃ……」


「う、うん……わかってる……」


 両右腕で胸を押さえるような仕草をして、顔を真っ赤にする白久さん。


 けど……まだ右手に感触が残ってる。


 ……すごく柔らかかった。


「三峰様は意外と大胆な方なのですね、知りませんでした」


「いや、ちがっ──」


 その瞬間に首筋に電流が走った。


 全身に鳥肌が立って、嫌な悪寒を感じる。


 これは、魔力の昂りだ。


「キャアアアアアッッッ!」


「「⁉︎」」


 リゾートプールの奥の方から悲鳴が聞こえてきた。


「なっ⁉︎」


 振り返ると、何もない空間に突如ゲートが現れた。 


 しかも、そこにいた何人もの観衆を巻き込んで。


「嘘だろっ⁉︎」


 これじゃ、五年前と同じ……。


「三峰君!」


「っ、あぁ!」


 急いでロッカーに預けていた刀と靴を持って、ゲートの前に。


 流石に着替えている暇なんてないから、俺も白久さんも水着姿のまま。


「……白久さん、せめてこれでも着ておいてくれ」


 日焼け対策で持ってきていた白のパーカーを渡す。


「白久さんには大きいから邪魔になるかもしれないけど」


「ううん、ありがとう。こういう上着を持ってくるの、忘れちゃったから」


 上着を受け取る白久さんの表情は硬い。


 きっと、思うところがたくさんあるだろう。


 自分の母親も、同じようにダンジョンに巻き込まれて……。


 だから一刻も早く、ダンジョンに呑み込まれた人を助けなくちゃいけない。


「それじゃあ行こう!」


「……うん!」


 二人でダンジョンのゲートを潜る。


 その先にある紅月夜のダンジョンは……逃げ惑う人たちの叫び声で、すでに地獄の様相だった。


「チッ!」


 何体ものモンスターが、力を持たない一般人に襲い掛かろうとしていた。


「間に合えっ!」 


 自己加速魔法アクセラレーションで急いでモンスターとの間に割り込んで刀を振るう。


「向こうに避難するんだ!」


 後ろにいる白久さんの方を指さして、避難を促す。


「彼らの防御は任せた!」


 敵モンスターの波が押し寄せる最前線に赴いて、剣を振り下ろす。


「雷電!」


 こんな状況だ、使えるものはなんでも使う。


 羽月の剣技も今だけ解禁。言い訳はあとでなんとでも考える。


「こ、これは……」


「た、タクミだ!」


 俺の剣技を目の当たりにして、援軍に安堵の声を漏らす覚醒者たち。


 ダンジョンに飲み込まれた人たちの中に、覚醒者がいたのは幸いだった。


 おかげで、ギリギリ死者は出ていない。


「ここは俺が受け持つ。他の全員は後退して一般人を守ることに専念してくれ」


「あ、あぁ!」


「助かる……!」


 ダンジョンの厄介なところは、入るのは簡単でも出ることが非常に困難であること。


 ダンジョンに出口のようなものは確認されていない。


 ボスモンスターを倒して、ダンジョンが崩壊した場合にのみ現実世界へと帰還することができる。 


 そのためのRMSとディフィートアウトのシステムなのだ。


 だから彼ら全員を元の世界に連れ帰るには、ボスモンスターを倒す以外に方法はない。


 けど、まだボスモンスターの姿はない。


 故に今は、目の前にいるモンスターの大群を相手するのが先だ。


「……なんの力も持たない一般人をなぶり殺しにしようと襲いかかって。許せないんだよッ!」


 完全に脳に血がのぼって、目に入った敵からひたすら斬り刻んでいく。


「孤風!」


 横薙ぎで、数十体の敵が真っ二つになり。


「時雨!」


 連続の刺突で、また数十体の敵が吹き飛んでいく。


 どれほど束にかかってこようと、所詮は雑魚だ。


 今まで見た動きしかしない。


「ここを通りたかったら、俺を殺してからにしろっ!」


 たった一人の反撃に怯むモンスターどもに吠える。


「いくぞっ!」


 モンスターの群れの中に吶喊して、再び剣を振るう。



     *



「これでいったん終わったか……」


 額の汗を拭いながら、ようやく一呼吸置く。


 流石に数の力に圧倒されて、多少シールドウェアを削られはしたが、一匹もここを通さなかったはずだ。


 ダンジョンに飲み込まれた人も全員一箇所に集まっただろう。


 あとは、未だ現れていないボスモンスターの特定を急いで──


「うわぁぁぁぁぁっ⁉︎」


「──⁉︎」


 戦っている間に、他の連中とかなり距離が離れていた。


 そのせいで、向こうで起こっている事態に気づくのが遅れた。 


「まさか誘導されて……? いやっ!」


 考えるのは後だ、今は早く彼らの元へ駆けつけなければ!


「なんだ……?」


 彼らに襲いかかるのは、大量の羽虫。サイズ的にはクマバチに近い。


「こいつらもモンスターなのか」


 昆虫型のモンスターは今までかなりの数見てきたが、こんなに小さなものは見たことがない。


「孤風!」


 上空から襲いかかる的に横薙ぎを見舞うが、


「的が小さすぎて効果が……」


 面制圧できない剣の弱点が、こんな形で露呈するとは。


「みんなこっち!」


 集団の中になぜか姿がなかった白久さんが、逃げ遅れたらしい二人を伴って、建物の影に手招きしていた。


「全員、彼女の方へ走るんだ! 覚醒者は魔法で牽制しながら殿をつとめるぞ!」


 押し寄せてくるハチの大群を牽制しながらビルを背にする。


 これで背後から襲われる可能性は限りなく低いが、いわゆる背水の陣。もう逃げ場はない。


「くそっ! どうすれば!」


「このままじゃ魔力が先に尽きる……」


 最初にダンジョンに飲み込まれて、ここまで戦い続けてきた覚醒者たちには、かなり疲労の色が見えている。


「俺が出て──」


「……私がやる」


 白久さんが前に出た。



「私がやるって、この状況じゃ……」


「大丈夫、私に任せて」


「……?」


 なんだ、白久さんの雰囲気が違うような……。


「咲き誇れ、ブルーミング・アイスフォレスト」


 白久さんが呟くと、彼女の視界の先が真っ白に──雪原に変わった。


 葉が枯れ落ち、雪が覆い被った木々のようなものまで生える。


「これは……」


 この前見た、辺り一面を銀世界に変える魔法──ディープ・フリーズワールドとは違う。


 この魔法は一体……。


「す、すげぇ!」


「流石ミハルさん!」


 彼女の魔法に、周囲は興奮気味。


「おい、あいつらの動きが鈍ってるぞ!」


「当然だ、昆虫どもが冬の寒さに勝てるわけないだろ!」


「ざまぁないぜ!」


 それに加えて、敵モンスターの動きが鈍ったとなれば、喜びもひとしおといっったところか。


「シン・アイススローン」


 氷の木々から枝が伸び、鞭のように周囲を飛び交うハチをはたき落としていく。


 他の誰にも真似できない、圧倒的な魔法の力。


 氷の女神という二つ名に相応しい、実力だ。


 けど、こんな隠し球を持っているなら、どうして今まで使わなかった? 


 それに、これほどの規模の魔法にもかかわらず、今の彼女は力を完璧にコントロールできているように見える。


 これまで、自分の力の制御に自信を持てないと言っていたのに。


 一体何が……?


「──!」


 魔力の昂り、嫌な気配。空に影が差し込む。


 巨大な羽の音が鳴り響く。


「…………」


 左右上に視線を飛ばし警戒すると、ウォータースライダーの奥から、巨大な羽虫が飛んできていた。


 上部のシルエットはハチ、しかしその腹部が、まるで蜂の巣のような形状をしている。


 大きさは、周囲を飛んでいたクマバチなんて比較にならないほど巨大。


 つまりはあいつが女王蜂──ボスモンスターということか。


「シン・アイススローン」


 白久さんの魔法は継続中。


 伸びた枝が女王蜂に絡みついて、その身動きを止める。


「シャアアアアアアアッ!」


 大顎を鳴らしながら、白久さんの魔法に抵抗し、なおも動きを止めようとしない。


「なら……シン・アイススピア」


 白久さんの命令を受けて、氷の木々が槍のように女王蜂へと飛翔していく。


 全てが女王蜂に突き刺さるが、なおも抵抗をやめない。


 これほどしぶといボスモンスターも稀だな……。


「なんて耐久力……!」


 白久さんの表情に曇りが見える。


「スツールジャンパー!」


 さすがにこのまま放置しているわけにはいかない、女王蜂の元へと一気に飛び上がる。


「速翼!」


 居合抜刀によって縦に真っ二つに斬り裂き、納刀。


 真っ二つになった女王蜂は背後で呻き声をあげながら、黒い煙となって消えていった。



     *



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