第76話「プールサイド・サマーバケーション」

「すっごい人だ……」


 やってきたリゾートプール施設は、すでにたくさんの人で賑わっていた。


 大規模ダンジョンが発生した時に集まるレイドメンバーなんて、比較にならないほどだ。


「あと、やたらとカップルが多い……」


 夏のリゾートプールだから、当然のことなんだけど。


 カップルだらけの空間にいると、独り身は肩身が狭いんだよな……。


「それにしても暑い……」


 めちゃくちゃ日差しが照りつけてくる。


 これはぼーっとしてたらすぐに日焼けしそうだ。


 昨日買った日焼け止めをこまめに塗っておこう。


「三峰様」


「中川さ……ん⁉︎」


 日傘を刺しながら佇む中川さんは、いつものスーツ姿ではなく、水着を身につけていた。しかも、黒ビキニ。


「プールにいるのですから、当然でしょう」


「そ、それは、そうですね……」


 普段はスーツに隠れているが、この人も思っていたよりプロポーションがすごいな……。


「荷物番は私にお任せください」


「あ、はい。ありがとうございます……」


「それよりも、本日の主役が来られましたよ」


 中川さんの視線の向こうに振り返ると、白ビキニに薄い水色のパレオを纏った白久さんが手を振りながら近づいてくる。


 周囲の男子の視線が、ほとんど全て彼女に向けられていた。


「お、おいあれ……」


「もしかしてミハルさん⁉︎」


「まさか、そんなわけないでしょ?」


「でもあの白髪……間違いないだろ」


 プールに入る以上、ウィッグとかの変装は厳しいせいで、周囲には一瞬で身バレしている。


「こんなところであの人の姿を見れるなんて……」


「しかも水着だぞ水着!」


「こんな幸運、一生あるかないかだぞ」


「めっちゃ写真撮りたい……」


「お願いしたら一緒に写真撮ってくれないかな……」


 周囲がスマホを持ち出して、話が嫌な方向へと向かい出した。


「…………」


 俺の方から白久さんのそばに寄って、同時に周囲へと睨みを利かせる。


「ゲッ」


「あいつは」


「タクミだ……」


「まぁ……そりゃ一緒にいるよな」


「ダンジョン攻略でも一緒だしね」


「あれ、でもウヅキはいないのか?」


「もしかして……ふたりきりなのか⁉︎」


「ってことはまさかデー……」


「言うな! それ以上言うな!」


 なんか急に男たちが泣き出した。


「待って、ウヅキさんって確か彼に告白してたよね?」


「でもここにいないってことは、まさか振られた……?」


「え、まだあの告白から一ヶ月も経ってないよね」


「それなのにミハルさんと一緒にいるって……」


「うわぁ……最低……」


 え、なんで女性陣から冷たい目で見られてるの?


「三峰君?」


「あ、いや……大丈夫」


 なんだか新たな火種になるような気がするけど、まぁ大丈夫だろう。


「すでにあちらに場所を確保してありますので、どうぞ」


 いつの間にか確保していたブルーシートの陣地に案内された。


「ねぇ、三峰君」


 荷物を置いて、準備運動でもしようかと思った矢先、白久さんがなぜか日焼け止めを差し出してきた。


「日焼け止め、背中に塗ってくれない……?」


「……はいぃ⁉︎」


 突然の提案に、一歩身を引く。


「は、いやなんで、俺が⁉︎」


「だって、背中にはうまく手が届かないから」


「だったら、俺じゃなくて中川さんに頼めば……」


「いえいえー、私が晴未様の身肌に触れるなど、恐れ多いことですからー」


「いやいや……」


 あなたそんなタイプじゃないですよね? 


 っていうか、なんか棒読みがすごい。


「むー……」


 不満げに両頬を膨らませた白久さんが、無理やり俺の手に日焼け止めを握らせて、パラソルの下にうつ伏せになった。


「お願いします!」


「…………」


 言葉を失う俺。


 同時に、今のやり取りを眺めていた通りすがりの人たちから、


「女の子がせっかく勇気出してるのに……」


「それくらいやってあげなよ……」


「っていうかむしろご褒美だろ、なんでそんな拒絶するんだよ」


「意気地なし……」


 やたらと批判的な視線を受ける。


「……わかった」


 寝そべった白久さんの横に座って、


「それじゃ……失礼します」


 日焼けを手に出して、白久さんの背中に触れる。


「んっ!」


「ごめん、力強かったか?」


「ううん、ちょっと日焼け止めが冷たくて」


「こういう時は、先に日焼け止めを両手で温めてから塗るものですよ」


「そ、そうなんですね……」


 中川さんに言われた通り日焼け止めを手に出して、擦り合わせて人肌くらいに温めてから、白久さんの背中に塗っていく。


「んっ……んふ……」


「…………」


 くすぐったさを我慢して出てくる吐息が、妙に色っぽい。


 背中の柔らかさと肌のきめ細やかさを、どうしても感じ取ってしまう。


(ダメだ……変なことを考えるな……)


 こういうときは、円周率を数えるんだ。


 二三五七九十一……。


「……もう大丈夫かな?」


「はっ、そ、そうだな!」


 完全に無心で日焼け止めを塗っていた。


 手が届かない範囲は十分に塗れたはず。


「また後で、お願い」


「また後で……?」


「物にもよりますが、日焼け止めの効力は一時間程度ですから」


「そ、そうなんですか……」


「それに水の中に入ったら落ちちゃうしね。だからこまめに塗る必要があるんだよ」


「なるほど」


「それよりも、今度は三峰君の番」


「へ?」


「ほら、三峰君もうつ伏せになって」


「いや、俺は自分でやるから……」


「いいからいいから」


「ちょっ⁉︎」


 中川さんにも背中を押されうつ伏せにさせられて、そこに白久さんの手が触れる。


「っ──」


 白久さんの細くて柔らかい手を直に感じる。


 小さな手が背中を蠢くのが、少しくすぐったい。


「はい、これくらいかな」


「あ、ありがと……」


 なんか、ものすごく疲れた……。


「それじゃあ、最初はどこに行く?」


「どこって言われてもな……」


 このリゾートプールには、かなりいろいろな種類のプールがあるようだけど。


「……正直、なにをどう楽しむのかよくわからない」


 こんなところ来たことないし、プールなんてもう何年も入ってない。


「じゃあ、まずは……これだね」


「これは……浮き輪?」


 空気は入っていないけれど、かなりでかいのはわかる。


「これで流れるプールに行こう?」


「流れるプール?」



      *



「思ったよりも水流が強いな」


 水の中に入ると、思っていたよりも踏ん張らないと身体が持っていかれそうだった。


「それじゃあ、しゅっぱーつ!」


 白久さんは浮き輪の中に入って、それを俺が後ろから押すことに。


 水流に流されて、思っていた以上にコントロールが難しい。


「これ、楽しいのか?」


「もちろん楽しいよ。ほら、ちゃんと舵を取らないとぶつかっちゃうよ」


「っと」


 カーブに足の動きを合わせて、方向をうまく調整する。


「一周回ってトレーニングになるな、これ」


 水流に身を預けながら、自身の位置と前にいる白久さんの動きを調整しなければいけない。


 プールで泳ぐことはかなりいいトレーニングになるというのは有名な話だけど普段意識しない筋肉を使っている感じがするな。


「もー、また難しいこと考えてる」


「え? いやそんなこと……」


「もっと純粋に楽しめばいいんだよ。今度は三峰君が浮き輪側になって」


「へ?」


 一度隅に寄って、今度は俺の方が浮き輪を被らされる。


「ほら、もっと身体の力を抜いて、流れるままに。空でも眺めていて」


「空……」


 顔を上げると、水色の景色が一面に広がる。


 そういえば、こんな風に青空を見上げるのはいつぶりだったか。


 いつも空を見上げる時は、紅月夜の空ばかりだったからな。


「…………」


 少しずつ力が抜けて、身体が水に浮かんでいく。


 照りつけてくる直射日光も、水の冷たさと合わさって心地よく感じる。


 水流も、程よい刺激で気持ちがいい。


 ゆっくり目を閉じて、自分のほぼ全てを委ねる。


「リラックスできた?」


「あれ……?」


 少し経ってから、白久さんが覗き込むように見下ろしてくる。


「もう一周したのか?」


「うん、三峰君すごく気持ちよさそうだったよ」


「そっか……。じゃあ上がって次に行くか?」


「そうだね。じゃあ次は……あれに行こう!」


「あれって……あれか」


 白久さんの指差す先には、高い高い鉄塔と、そこからぐるぐると伸びる滑り台のような施設、ウォータースライダー。


「こちらのボートは二人組となります。こちらに座っていただいて、後ろの人の足の間に前の人を挟む形で」


 鉄塔に登った先で、ガイドの人が説明してくれる。


「三峰君が前に行って」


「え、いや白久さんが前の方がいいだろ」


「いいからいいから、せっかくなんだし」


 いやでも、さっき説明を聞く限りじゃ、白久さんの足の間に入って、身体を預けるって……。


「ほらほら、三峰君」


 先にボートに乗った白久さんが手招きする。


「……わかったよ」


 大人しく従って、白久さんの足の間に座り込む。


 そのまま身体を預けると──


「っ……」


 ──白久さんの、柔らかいものが、ちょうど頭の位置に。


「では行きますよ!」


 ガイドの人の手が離されて、ボートが水流に乗る。


「──っ‼︎」


 ボートはすぐに速度に乗って、あっという間にトップスピードに。


「は、早いっ⁉︎」


 普段から自己加速魔法アクセラレーション移動補助魔法スツールジャンパーを多用している俺からすれば、なんてことない速度ではあるが。


 自分で制御しているわけじゃないから、ちょっと怖さがある。


 勢いに煽られて身体がのけぞると、


「っっっ!」


 後ろにいる白久さんの、……胸をより強く感じてしまう。


(なんとか、前に……!)


 身体を少しでも前に上げると。


「あ、やばっ……」


 ウォータースライダーのトンネルを抜け、プールに出た瞬間にバランスを崩して思い切り水の中に飛び込んでしまった。


「ゴボッ……ブハッ……!」


 なんとかもがきながら、水中から出る。


「大丈夫、三峰君⁉︎」


「ゲホッ、カハッ……やっちまった」


 鼻から水が入ってきて、鼻の奥がちょっと痛い。


「無事でよかった……」 


「ほんと、なにやってるんだろな……ははっ」


 なぜか、笑いが込み上げてくる。


 普段だったら、こんなバカみたいなことしないのに。


「三峰君が笑ってるところ、久しぶりに見たな」


「そうかな?」


「そうだよ。三峰君って、普段ずっと悩んでるような、眉間に皺がよってるんだもん」


「そんなことはないと思うけど……」


「あ、る、よ!」


 目の前に迫られて凄まれると、流石に受け入れざるを得ない。


 普段はダンジョンとか、覚醒者の暴走事件とかで、色々と頭を悩ませてたからな。


 気づかないうちに、顔に出ていたかもしれない。


「だから今日は、いったん全部忘れて楽しもう?」


「……そうだな。そうするよ」


 こんなところ、滅多にくることないのだから、全力で楽しむべきだ。


「それじゃあ、次行こうか」


「……うん! 次は──」


 白久さんに手を引かれて、次のプールへと向かった。



     *



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