第75話「買い物からぼたもち」

「これはオーケー。次は……」


 買い物メモと睨めっこしながら、必要な食材を買い物カゴに入れていく白久さん。


 こういうところは、本当にマメなんだよな。


 しかも周辺のスーパーを調べて、値段を比較するという徹底ぶり。


 そんな姿は、その辺にいる主婦と何も変わらない。


「まるでダンジョン攻略の有名人には見えないよなぁ」


 つい、そんな言葉を口にしてしまう。


 実際、白久さんがこんなスーパーに現れるなんてこと、普段配信見てる人の誰も思わないだろう。


 配信で俺よりも遥かに稼いでいるのだから、もっといいもの食べてるとか思われてそう。


 ……他の誰も知らない裏の顔を知ってるって言うことに、ちょっとだけ優越感を覚える。


「ま、見た目も変えてるから、誰も彼女が白久さんだなんて気づかないだろうけど」


 メガネをかけていて、特徴的な白髪を隠すためにウィッグまでつける徹底した変装っぷり。


 かくいう俺も、伊達メガネに帽子を被らされているのだが。


『こういうところで気づかれて声をかけられたら大変なことになるでしょ? お店の人に迷惑はかけたくないから』


 そういうところも白久さんらしい。


「三峰君?」


「っと、なんだ?」


「ううん、なんだかぼーっとしているように見えたから」


「ちょっと考え事してただけだ。気にしなくて大丈夫」


「そう? なら次に行くよ?」


「はいはい、お供します」


 この時間だけは、白久さんの忠実なるしもべ。


 キッチンを支配している白久さんに逆らうべからず。


「そういえば、羽月さんは夕食いるのかな?」


 羽月はどうしても外せない用事ができたとかで、ここにはいない。


「さっき連絡だけしておいたから、そのうち返事が来るとは思うけど……お」


 噂をすれば、羽月から返信が返ってきた。


 ……なんか漢字の変換が怪しいけど。


 この間ちゃんと教えたのに。


「えーっと……『多分数日は帰れなそう。帰る時には連絡する』。だってさ」


「数日帰れない? 一体何があったんだろう……」


「…………」


 白久さんと違って、俺には羽月の用事に心当たりがある。


 けど、それをここで告げるわけにはいかない。


 羽月も言っていた通り、この世には知らない方が幸せなことがたくさんあるから。


「……じゃあ、少しの間、私と三峰君だけ、なんだね」


「そういうことだな」


 そういえば、白久さんと二人きりなのは、羽月がやってきた時以来か。


 まだ一ヶ月くらいしか経っていないのに、やたらと昔のことのように感じるな。


「ね、ねぇ三峰君──」


 カランカランッ!


「⁉︎」


『ただいまより、タイムセールを始めます!』


 突然のアナウンスによって、白久さんの目の色が変わった。


「行くよ三峰君!」


「え、でもさっきなにか言いかけて……」


「そんなことはいいから! ほら早く!」


「は、はい……」


 買い物最中の白久さんにも逆らうべからず。



     *



「くじ引き券?」


 買い物を終えた白久さんが、手にしていた、十枚のチケット。


「うん。五枚で一回引けるんだって。ちょうど十枚だから、二回分。このあと引いていこう?」


 半分の五枚を差し出してくる。


「いや、でもこれ白久さんが集めたチケットだし、白久さんが引いた方が……」


「私が一緒に引きたいの。だから、ね?」


「……そういうことなら」


 チケットを受け取って、くじ引き会場へ。


「結構賑わってるな」


「でも、上位賞はまだ出てないみたいだね」


 白久さんの言う通り、一等から三等はまだ残っているらしい。


(どうだろうな……)


 ガラガラの中が見えないのをいいことに、上位賞の玉が入っていないというのはよくあることだ。


 ……そんなこと言ったら夢がないって怒られるか。


「ほら、次だよ」


 前に並んでいた人が参加賞を量産し続け、あっという間に俺たちの順番が回ってくる。


「お先にどうぞ」


「じゃあ、遠慮なく」


 五枚のチケットを受付に渡して、ガラガラを回す。


 出てきた玉の色は──白。


「はい、残念でした。こちら参加賞です」


 参加賞はポケットティッシュ。


「ま、こんなもんだよな」


 元々当たることなんて期待してなかったから、別に悔しさとかはない。……本当だぞ?


「……あ」


「れ……?」


 俺の後に続いた白久さんが、固まっていた。


 ガラガラの受け皿に出ていた玉の色は──銀。


「に、二等おめでとうございます!」


「え、まじ……?」


 ちゃんと当たり入ってたの?


 っていうか、白久さんの豪運っぷりがすごい。


「二等はリゾートプールペアチケットです!」


 一等の温泉旅館一泊二日ペアチケットには劣るが、十分すぎる景品だな。


「プール……」


 ペアチケットを受け取った白久さんが、なぜか顔を俯かせながら近づいてくる。


「おめでとう白久さん。一発で二等を当てるなんてすごいな」


「あ、うん。ありがとう……。……ねぇ、三峰君」


「ん?」


 決心したように、顔を上げる。


「これ、明日一緒に行こう!」


「へ?」


「プール、一緒に行こう!」


「いや、聞こえてないわけじゃなくて……なんで俺?」


 仲のいい友人とか、選択肢はいくらでもあるだろうに。


「なんでって……三峰君と一緒に行きたいからだよ」


「え……。そ、そっか……」


「……だめ?」 


「っ──」


 心臓が跳ねた。


 そんな、泣きそうな顔で見つめられたら、断れるわけがない。


「……わかった、行こう」


「本当っ⁉︎ やった!」


 人目も気にせずに大喜びする白久さん。


「あ、でも俺、水着持ってない……」


 プールなんて小学生の授業以来だし、水着なんて持っているはずがない。


「じゃあ買いに行こう、今から」


「え、今から⁉︎」


「もちろん、私も水着新調したいし」


「いやでも、食材はどうするんだよ……」


「心配には及びませんよ」


 車で待機していたはずの中川さんがいつの間にかそばに来ていた。


「晴未様が当選された時点で、応援を呼びました。食材はそちらに乗せて冷蔵庫へ入れておきますので、気兼ねなくお買い物をお楽しみください」


「は、はぁ……そうですか」


 あまりにも迅速な対応だな。


 流石と言うべきなのか……?


「それじゃあ早速行こう!」


 そうして、買い物袋を別の使用人に預けて、俺たちはショッピングモールへと向かった。


 流石に夏休みの真っ只中、各所に水着コーナーが設置されている。


「いまいち違いがわからん」


 男の水着は、悩むほどの種類がない……わけではないんだけど。


 それもこれも似たり寄ったりというか。


 多分、このシルエットが今年の流行りなんだろう。この流行りの中から……色と柄さえ無難なのを選べばいい。


「即断即決だね」


「変じゃなければいいかなって。値段も手頃だし、どうせ悩んだところで無難なものを選ぶしな」


「三峰君って、服とか食とか冒険しないタイプだよね」


「言われてみれば、確かにそうかも。でも食はたまーに冒険したくなる気分になることが皆無ではないけど。ただ服とかは、ずっと着続けるって考えると、どうしても無難さと耐久性を重視するな」


 この辺は、昔からの貧乏性かもしれない。


「その気持ち、分かるな。私も流行についていくの大変だなって思って、無難なものに落ち着くことが多いから」


「そうなのか? でも白久さんってすごくオシャレな気がするけど」


「そ、そうかな?」


「俺にはそう見える」


 流行の『り』の字もわからない俺が言うと、説得力に欠けるけど。


 それでも周囲と比較しても、十二分に輝いて見える。


「えっと、それじゃあ次は私の番だね」


「行ってらっしゃい」


「何言ってるの?」


「え?」


「三峰君も一緒に行くんだよ」


「はい……⁉︎」



     *



(い、いたたまれない……)


 女物の水着コーナーには、たくさんの女子でワイワイと賑やかだった。 


 そんな中に放り込まれた男子の俺。


 女性物の水着を直視するのは……やっぱり抵抗がある。


「これとかどうかな?」


 そして隣にいる白久さんは、割と容赦なく俺に意見を求めてくる。


「い、いいんじゃないでしょうか……?」


 しかもなぜか、ビキニ系を積極的に選ぶ白久さん。


 ……これを白久さんが身につける、のか?


(いかんいかん! 想像しちゃダメだ!)


 いくらなんでも刺激が強すぎる……。


「いったん候補はこれくらいにして、それじゃあ試着してみようかな」


「行ってらっしゃい……」


「何言ってるの?」


「へ?」


「三峰君も一緒に行くんだよ」


「は、い……⁉︎」


 そうして試着室の前まで連れてこられて、白久さんは試着室へと入っていった。


「じゃあ着替えるから、感想を教えてね」


「…………」


 周囲は全員女性客、たった一人取り残された俺。


「白久さんの考えてることが全くわからん……」


 そんなほいほいと水着姿を俺なんかに見せて、本当にいいのか? 


「これはどう?」


 試着室のカーテンを開けて、白久さんが一着目を披露する。


 白のビキニに、パレオを巻いている。


「…………」


 白久さんの身体のラインが、嫌でもわかってしまう。


 って言うか俺、水着を纏ってない姿も見たことあるんだよな……。


 ……ダメだ、余計なことを思い出すな。


「み、三峰君、どうかな……?」


「いや、うん。すごく似合ってる、と思う……」


 今は変装で黒髪ロングだけど、普段の白髪にマッチしていると思う。


 けど、そんなに肌を露出させていいのだろうか。


「あと、そのパレオ? なんか動きにくそうだ」


「これは着脱できるから、歩く時には脱げばいいだけだよ」


「そ、そうか……」


「じゃあ、次のものに着替えるね」


「あ、あぁ……」


 これを、あと数回も繰り返すのか……。


 かくして、白久さんの水着ファッションショーは続くのだった。



     *



「はうあうあうあうあうあぁあぁあ~~~~~~っっ!」


 枕を抱えて、羞恥にゴロゴロとベッドを転がった。


「や、やりすぎちゃったよね⁉︎」


 三峰君をプールに誘うまではよかったけど、調子に乗って水着を選ぶのまで一緒にって……!


「あぁあぁあぁあぁあぁ~~~~~~っ!」


 絶対おかしいって思われたよね⁉︎


 だって、こんなの、私らしくないし……!


「でも……」


 幸か不幸か、羽月さんはしばらく帰ってこれない。


 だから、三峰君にアプローチをかけるのは、今しかない。


「剣士として、二人が一緒にいるべきなのはわかってる」


 それが二人のためだから。


「でも……」


 男女として、二人がずっと一緒にいるのは……嫌だ。


「……負けたくない」


 このまま離れた場所から見ているだけなんて、嫌だから。


「頑張ろう……っ!」


 多少強引でも、三峰君に私を意識してもらうんだ。


「そのためには……」


 そこからは、彼に対してどういう手が有効なのか、ひたすら検索を続けた。



     *



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