第74話「役に立つとは」

「少し落ち着けたか?」


「う、うん……」


 羽月の厳しい指摘を受けてしばらく、若干過呼吸気味だった白久さん。


 ようやく水を飲める程度には落ち着いついてくれた。


 壁に寄りかかって座る白久さんの隣に俺も腰をかける。


「…………」


 正直、なんて声をかければいいのかわからない。


 そんな俺の困惑を察したのか、白久さんの方から口を開く。


「……事実だよ、羽月さんの言ったことは」


「え……?」


「三峰君が知らないのも無理はないよ。だって、ダンジョンストリームが始まる前のことだから」


「…………」


 ダンジョンが初めて発生してから、ダンジョンストリームが開始されるまでには、半年以上の期間が空いている。


 その半年の間に発生したダンジョンの攻略結果は、ニュースなどでしか報道されていない。


 すべてが、まだ少数しかいなかった覚醒者を英雄として祭り上げるようなものばかり。


 その裏で何が起こっていたか、そんな情報は世間の目には届かない。


 つまり、揉み消すことも容易ということだ。


「五年前、第一次異界門ダンジョンゲート事変から……ちょうど一ヶ月目。まだダンジョンに挑める覚醒者は三人程度だった……」


 震えながら、白久さんは語り出す。


「その時に発生した、大規模ダンジョンは……三人だけではどうしようもない規模で……」


 そうだろうな。


 今でもかなりの数の覚醒者を揃えたとしても、安定して攻略できる物ではないのが大規模ダンジョンだから。


「他の二人が先行してくれたんだけど……、あっという間に敵に囲まれてピンチになって……二人を助けるために……」


 全開で魔法を使った、ということか。


 そしてその結果は……。


「モンスターは、全滅できたけど……その、巻き添いで……」


「二人とも、白久さんの氷の中に……?」


「…………」


 静かに頷く。


「も、もちろん二人は生きてるよ! こっちの世界に戻ってきて、氷はすぐに溶けたし、応急処置もしてもらったから……」


「そっか、それならよかった──」


「でも……」


 そこから言葉は続かない。 


 顔を青ざめて、身体は小刻みに震えてる。


 きっと、その人たちからひどい言葉を並べ立てられたんだろうな。


 彼女にとってはそのことがトラウマになっているはず。


 俺がススキ野で師範と戦ったことが、そうであるように。


 当たり前だ、五年前、俺たちはまだ小学生で。


 しかも彼女も母親を失ったばかりだったのだから。


「ごめん白久さん、その先は言わなくていいから」


「三峰君……」


「辛いことを思い出させてごめん」


「ううん……」


 口では否定するものの、頭を俺の肩に乗せて、体重を預けられる。


 普通の状況でそんなことをされれば、きっとドギマギしていただろう。 


 けど今は、人肌が恋しくなることをよくわかってるから。


「……人を傷つけるのが怖いなんて、当たり前だ」


「……?」


「俺は白久さんの感覚が間違いだなんて思わない」


「三峰君……」


「俺が初めて真剣を握ったのは、六歳だった」


 手にした時は、正直テンション上がった。


 剣なんて、小さな男の子の憧れだ。テンション上がらないわけがない。


 ただ純粋な気持ちで、心が高揚していた。


「けど、実際に剣を師範に向けた時は、恐怖で震え上がったよ。これは本物の刃物で、人を傷つけることができる道具だって意識が、自分の中に芽生えた瞬間だった」


 師範が俺程度の剣で傷つけられるはずがないことくらいはわかってる。


 でも、万が一があったらどうしよう。


 そんな恐怖心が芽生えて、身がすくんでマトモに動けなかった。


 普段できている動きの一割もできなかっただろう。


「それこそが、その稽古の真の目的だったんだ。剣を振ることに慣れてきた門下生に、自惚れを捨てさせるための」


 自分たちが握っているものは、人を傷つけることができるということを認識させるための稽古。


「つまり、何が言いたいかって言うと……人を傷つけるのが怖いって言うのは、当たり前のことなんだ。その考えは絶対に失っちゃいけない」


 もしそれを手放してしまったら、ただの暴力装置、人殺しに成り下がってしまう。


「だから、その……白久さんは今のままでもいいんだ」


「でも…………私は」


 こちらを見上げる白久さんの瞳は、涙ぐんでいた。


「私は、もっとみつ……二人の、みんなの役に立ちたいから」


「…………」


 そっか、そういうことか。


「白久さんは勘違いしてる」


「え……?」


「一つ聞くけど、白久さんにとって『役に立つ』っていうのは、どういうことを指してる?」


「それは……」


「あくまで俺の推測だけど、白久さんにとっての『役に立つ』っていうのは、『たくさんの敵を相手に立ち回れること』になってるんじゃないか?」


「っ……」


「そう言う考えになった原因は、俺や羽月の姿を一番近くで見てしまったからだと思う。素直に謝るよ、ごめん」


「そんな、三峰君が謝ることじゃない」 


「でも、その上でこれだけは改めて言っておく。俺や羽月みたいなものになる必要はない。というより、なっちゃいけない」


「なっちゃ、いけない……?」


「何度も言ったけど、俺や羽月は、ダンジョン攻略においてレイドの統制を乱す存在だ。他のレイドメンバーとの連携が取りづらいからな」


 レイドにおける基本戦術が魔法による面の制圧である限りは、不必要な考えだ。

ダンジョンは一人で戦うものじゃなくて、みんなで協力して戦うもの。


 あくまで俺や羽月が、イレギュラーな存在。その大原則を忘れちゃダメだ。


「これも白久さんがいる前で言ったことだけど、ダンジョン攻略で一番大事なことは、レイドの中で自分の役割をちゃんとすることだ。そして白久さんの役割は、レイド全体を統率すること。それが果たせているのだから、白久さんは十分みんなの役に立ってるよ」


「うん……」


 少し寂しげな笑顔の白久さん。


 ……やっぱり、はっきり言うべきだな。


「正直、魔法で戦う人が一騎当千することは難しいというのが、俺の持論だ」


「……?」


「まず、魔法は詠唱する間に隙が生まれる。そこを突かれて魔法を発動できなかったら最悪だろう?」


 絶対に拭い去れない、魔法という力の致命的な弱点。


 今のダンジョン攻略では長篠の戦いのような、魔法を連射し続けるための戦術が用いられているからこそ、その弱点は覆い隠されているように見える。


 しかしこれを一人でやろうとすれば、この弱点は必ず浮き彫りになる。


「それに、普通は一つの魔法で全周囲を攻撃することなんてできないからな」


 白久さんみたいに、強力な魔法を有している人は想像しにくいのかもしれない。


「…………」


「……羽月は例外だけど」


「三峰君もでしょ」


「まぁ……」


 羽月の技のガワだけは再現できるからな。羽月と再会して以降はほとんど使ってないけど。 


「なによりも、数の力は絶対だ。敵の方がこちらの何百、何千倍といるんだ、一人で戦おうとしても袋叩きにされるのがオチだ」


 過去のダンジョンストリームでも、目立とうとして前に出たストリーマーが惨敗した例が枚挙にいとまがない。


「逆に魔法の強みは、中距離以上からの攻撃ができることと、他の人と連携して攻撃を分散・集中できることだ」


 今の白久さんは、指揮能力も相まってその力は十二分に身についている。


「でも、私がもっと自分の力を使えるようになれば、みんなももっと戦いやすくなるんじゃないかな?」


「うーん……」


 確かに白久さんの言うことは正しい。


 でも、それを白久さんがすると、大きな問題が生まれそうなんだよな……。


「……少し練習メニューを考え直すか」


 白久さんが焦る理由の一つが、今のメニューに対して効果を感じることができていないからだろう。


 ただ魔力のコントロールは、完全に個人の感覚に依存するものだから、口で説明しても意味がない。


 そのせいで、効果的な訓練を思いつけていない。


 どうしたものか……。


 ……ぐ〜。


「「あ……」」


 慌ててお腹を押さえた。


「……ぷっ、ふふふっ」


「わ、笑うなよ」


 顔が真っ赤になっているのがわかる。


「そっか、もう十二時過ぎてるね」


「……なんか、ごめん。重要な話の最中だったのに」


「ううん、私も冷静じゃなかったから。この話はまた今度。私たちも一旦戻ろう?」


「……あぁ」


 立ち上がる白久さんに、笑顔が戻った。


 これならお腹を鳴らした甲斐があったな。


「でも、話を遮った罰として、この後のお買い物に付き合ってもらおうかな」


「それくらいならお安い御用だ」


 白久さんに並んで、訓練室を後にした。



     *



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