第71話「一日の間に続く事件」

「っ……」


 立ちあがろうとしたが、うまく身体に力が入らない。


 目立った外傷はないから、火傷はしていないようだが、全身に熱で焼かれたような痛みが走る。


「どうなってるんだ……」


 あの炎は、本当になんだったんだ……。


「三峰君!」


「匠!」


 三人が駆け寄ってくる。


「大丈夫⁉︎」


「大丈夫……とは言い難いかな」


 正直動ける気がしない。


「無茶しすぎよ……全く」


「悪い……」


 けど、ああでもしないと被害がもっと拡大していただろう。


 あれが最善策だった。


「ボロボロになってばかりだね、タクミって。猪突猛進ばかりだといずれ死ぬよ?」


「うるさい……わかってるよ」


 自分の限界は弁えているつもりだ。


「で、それよりも」


 顔を上げた朔也が、奥で倒れる男子生徒を見る。


「生き、てる……よね?」


「多分……」


 男子生徒は白目をむいて、泡を吹いていた。


 赤子のようにを丸めた身体が、ビクビクと痙攣している。


 あの炎の海にいて、全身炎に包まれていたのに、まるで無傷だった。


「……あ、サイレンの音」


「やっと消防車が来たか……。とりあえず、ここから離れたほうが──」


「おいなんだ!」


「なんだこれは!」


「何がどうなってる!」


 今頃になって、教師たちがやってきた。


「これは……お前たちの仕業か!」


 真っ先に俺たち四人を疑いにかかる教師たち。


「いえ、違います」


「むしろ匠は、この事態を解決した功労者なんですけど?」


「……なにを言ってるかはわからんが、とにかく来てもらおう」


「ちょっと待ってください! 三峰君は……」


「そんなことは知らん! とにかく──」


「それよりも、生徒の避難が先でしょう!」


「いえしかし……」


「まぁまぁ、落ち着いてください。まずやるべきは……」


 なぜか教師陣が言い争いを始める。


 今頃現れて、なにをやっているんだか……。 



     *



 結局、生徒の避難が先ということになって、近くの教室に残っていた生徒から誘導されていた。


 動揺して泣きじゃくっている者もいれば、呆気に取られてきょとんと周囲を見渡している者もいた。


 突然あんな事態が起こったら、誰だってそうなるよな。


 もちろん球技大会は中止、全校生徒が体育館に集められて、しばらくの間待機となった。


 さっぱり動けない俺は保健室を経由して、身体の自由がきくようになってから体育館へ。


 そのすぐ後に校長がやってきて、特に状況説明もなく。


「本日の球技大会は中止、明日以降についてはこの後協議します。全員速やかに下校してください」


 という形となった。


 身体の不調は続いたままだから、おとなしく帰ろう……と思ったが。


 炎の中に突っ込んでいくところをばっちりと目撃された俺や、俺の近くにいた白久さん、羽月、朔也があっさりと下校できるわけがなく。


 まずは警察と消防士の人たちへ事情を説明することになった。


「とにかく、おかしな炎でした」


 野次馬が撮影したムービーが証明しているから、疑う余地などない。


 不自然に燃え、不自然に消えた。それが事実だった。


 けどこの炎の元凶である男子生徒は逮捕されることとなった。


 ただ、意識を失っている状態だから、意識を取り戻すまでは警察病院に入院するとのこと。


 そして、周辺住民へはボヤ騒ぎとして報道されることとなった。


「これでようやく……」


 と思ったのも束の間、大変だったのはこの後だった。


 学年主任、校長や教頭からのありがたーいお説教。


「全く、またお前か!」


「なんでそう問題ばかり起こすんだ!」


「無茶をするな、死んだらどうする!」


 あまりにもガミガミと言われるものだから、(主に朔也と羽月が)憮然としていたら、さらにこっぴどく怒られた。


「はぁ……やっと解放された……」


「終わった後の方が大変だったね……」


 ゲンナリしながら、校門を抜けた。


 消防車や警察はもう帰ったようだ。


「っていうか、なんでワタシたちが怒られなくちゃいけないわけ? ワタシたちがいなかったら今頃どうなってたか」


「だよね〜。理不尽だ」


 羽月と朔也は教師陣へのうらみつらみで意気投合していた。


「早く終わったし、どっか遊びに行く?」


「いや無理だわ……そんな元気ないって」


「それもそうだね。じゃあ僕は女の子でも誘って遊びに行こうかな。じゃあまったねー」


 手をブンブン振りながらどこかへと行く朔也。


 元気だなあいつは。


「……ワタシたちは帰ろう」


「そうだな……」


「うん……」


 一方で、ドッと疲れた俺たちは、中川さんが運転する車で一言の会話もなく帰宅した。



     *



「まさかこんな時にダンジョンが発生するなんてね」


「そうだね……」


 学校での騒動から数時間後、ダンジョン発生の通知が私たちに届いた。


『お、俺も行く……』


 ベッドで寝ていた三峰君も、ダンジョンへ行こうと起きてきたけど。


『バカ言わないでよ。そんな状態で戦えるわけないでしょ。むしろ足手まといにしかならないわ』


『そうだよ。ここは私たちに任せて、三峰君は休んでいて』


『あ、足手まとい……』


 そうして中川さんの監視の下、三峰君をベッドに寝かせて、私たち二人でダンジョンへとやってきた。


「ん? なんだ今日はタクミは来てないのか」


「タクミ君は事情でお休みです」


「そうなのか、珍しい」


「ま、そんな日もあるか」


 そっか。私って、彼と一緒にいるのがもう当たり前なんだ。


「でもさ、これはチャンスなんじゃないか?」


「確かに」


「ここで俺たちの有能さを証明して、タクミより優れてるって見せれば……!」


「あはは……とにかく今日もよろしくお願いします」


 なんにしても、みなさんがやる気十分なのはいいことだ。


「…………」


「羽月さん?」


 なぜか一人だけ、浮かない表情をしていた。


「三峰君のことが心配?」


「え? えぇ、そうね。でも匠なら大丈夫でしょう。それよりも……」


「それよりも?」


「なんだか、変な感じがする。首筋がざわつく感じ」


「どういうこと?」


「勘、かしらね。口では説明できないけれど、こういう感覚の時は、決まって何かが起こるのよ」


「…………」


 そういえば、三峰君も以前同じようなことを言っていたな。


 不可思議な感覚にとらわれる時があって、そういう日に限っておかしなことが起こるから、より注意を払うようにしてるって。


 羽月さんが言っていることも、きっとそれと似たようなことなのだろう。


「とにかく、気をつけるべきってことだね」


「そうね、より注意していきましょう」


 羽月さんの言葉を頭の隅に残しつつ、全員でダンジョンに進む。


「あれが敵?」


 向こうのほうからやってくる、巨大な影。


 しかしその容姿は不定形。


 言ってしまうと、ヘドロの塊みたいなものが動いている。


「うわぁ……」


「キモい……」


 レイドメンバーが引き気味の中、羽月さんが一人前に出て。


「ああいう手合いは、何度か経験があるから。ワタシが先陣を切るわ」


「け、経験……?」


 前に羽月さんが言っていた、魑魅魍魎のことかな……。


「孤風!」


 鞘から引き抜くと同時に、剣戟が敵まで伸びていく。


 羽月さんが得意とする、遠隔斬撃。


 その人たちによって、横に真っ二つに斬り裂かれる。が、


「……は?」


 地面に落ちたヘドロが、再び集まって一つの形を成す。


「なんなのこいつ、剣が効かない?」


「私も見たことない敵だけど、多分この間の」


「……スライムと同じってわけ?」


 眉間に皺を寄せる羽月さん。


「攻撃開始!」


 羽月さんの剣が効かないのなら、魔法での攻撃に切り替える。


 全員の魔法が一斉に放たれて、爆炎をあげる。


「……え?」


 なぜかワタシたちの魔法が効いていない。


「なんで?」


「まじか……?」


「嘘だろ……?」


 その様子にレイドメンバーが狼狽して、無秩序に魔法を放つ。


 しかしそのどれも、敵に効果がない。


「まさか、また魔法を吸収して?」


「ううん、違う。これは……!」


 爆炎の向こうから姿を現した敵。その敵が黒いオーラを纏っている。


「前に出てきたボスと同じ……」


 ラガッシュ、レシュガル、和服の襲撃犯。


 彼らが纏っていたものと、瓜二つ。


 確かにあのオーラを纏っている敵はいずれも強力な敵で、しかも普通の攻撃では太刀打ちできなかった。


「ふー……」


 深く息を吐いた羽月さんが、再び前に出た。


「羽月さん?」


「あの敵はワタシが斬る。だからみんなは下がってちょうだい」


「え、でもさっきは──」


「言ったでしょ、ああいう手合いは何度か経験があるって」


 誇るような顔をして、敵に向かって駆け出す羽月さん。


「一体何をしようとしてるんだあいつは」


「あいつの剣も全然効かなかったのに」


「待ってください、彼女には何か考えがあるみたいなので」 


 羽月さんに対して苛立ちの言葉をつぶやくみんなを静止して、全員で彼女を見守る。


「斬っても再生するっていうなら……」


 上に持ち上げた剣をまっすぐに振り下す、流れるように掬い上げ、横薙ぎ。


「……再生するよりも早くバラバラにしてあげる」


 剣戟を連続させて、敵の体が集まるよりも早く剣を振るう。


「……すげぇな」


「あぁ……」


「もう彼女一人いりゃいいんじゃないか?」


「だよなぁ、俺たち必要ないだろ」


 そんな羽月さんの奮闘を見て、だんだんと他の人たちから戦意が喪失していく。


「そんなことありません! 敵があの一体だけとは限りませんから! 全員、周囲を──」


「──ライトニングスピア」


 目の前を雷の魔法が横切って、その魔法はまっすぐ羽月さんへ向かう。


「羽月さん!」


「⁉︎」


 ヘドロの敵に剣を振り下ろす直前、自分が攻撃されたことに気づいて無理やり身体を引く。


「……どういうつもり?」


 その視線は、私の背後にいる一人のレイドメンバーに向けられていた。



     *



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