第70話「覚醒者の暴走」
「つーかーれーたー」
体操着で廊下を歩いていた。
「早くオフトゥンでスヤァしたい……」
「なにを言ってるんだ」
ぶつくさ文句ばかりを垂れる朔也。
「だって球技大会なんて疲れるだけじゃん」
四日後に一学期の終業式を控えた今日は、三日間に渡る球技大会の初日。
毎年一学期と三学期の終わりに実施されている。
男子はサッカーとバスケットボール、女子はソフトボールとドッジボールに分かれて学年クラス関係なしに繰り広げられる行事だ。
俺と朔也はサッカー担当となって、ついさっき第一試合に出場したばかり。
「今日はまだあと一試合あるけどな」
「めんどーくさいー……。もう限界……」
「だったらさっきあんな頑張らなきゃよかっただろ」
今でこそ文句を言ってるが、試合の最中にはコートを走り回って、積極的にボールに絡んで、しかも点まで決めていた。
「タクミはわかってないなぁ」
「は?」
「だってさ、球技大会は学年クラス関係ないんだよ? ここで活躍すれば女の子にモテモテになれるじゃん!」
「…………」
ダメだこいつ、頭の中が煩悩しかない。
「だから僕はこの球技大会の試合中だけはエゴイストになる! 僕がエースストライカーだ!」
お前は今のままでも十分にエゴイストだよ。
「タクミにはわからないよ、僕の気持ちは!」
「はぁ?」
「だってタクミはさ、なにもしなくてもモテモテじゃん! ハーレムじゃん!」
「意味わからん」
「白久さんに森口さんといつも一緒でさ! しかも同棲してるんでしょ! それのどこがハーレムじゃないんだよ!」
「声がでかい!」
慌てて口を塞ごうとするが、逃げられる。
廊下に人がいなくて本当に良かった。
「って言うかさ、ちょっと疑問なんだけど」
「なんだ?」
「森口さんって、タクミに告白したわけじゃん」
「っ──」
「でもタクミがその返事をした感じがしないんだよね」
「……してない」
「やっぱり。なんで返事しないの? 森口さんが可哀想じゃん」
「そうなんだけど……」
「タクミはチキン野郎ってことか」
「おい待て」
そんな不名誉な謂れを受ける覚えはない。
「だったらなんで返事しないのさ」
「それは……」
俺が羽月に返事を出さない理由。
俺が直接伝えたから、その理由を羽月も知っている。
だから羽月も、返事を急かしてくることはない。
「タクミ?」
「……色々あるんだよ、俺にも」
「えー、なんだよそれ。教えてくれたって──」
ジリリリリリッ‼︎
「えっえっえっ、なになになにっ?」
突如火災報知器が鳴り響く。
「えっ、なに? 避難訓練?」
「それなら事前に連絡があるだろ」
大体、今も球技大会は進行中なんだ。
その行事をぶった斬って避難訓練なんてありえないだろ。
「え? なんでそんな冷静なの? 逆にビックリするんだけど」
「流石に驚いてるよ」
普段から突然鳴り響くアラート音には慣れてるけど、火災報知器の音には慣れていない。
「どっちかって言えば、お前のほうが余裕あるだろ」
「そんなことはないけど。ってか、どうする? 避難したほうがいいのかな。去年誰かがイタズラで押したこともあったよね」
「あー、あったなそんなことも。とりあえずは教室に戻って──っ⁉︎」
急に廊下の奥から衝撃波が押し寄せてくる。
「今のって……」
「イタズラなんかじゃないぞ、見ろよあれ!」
廊下の多くに佇む一人の男子生徒。
炎を纏って、そこから炎が廊下に燃え広がってる。
「……覚醒者か」
こんなことができるのは、覚醒者しかありえない。
「しかも、暴走状態か……?」
覚醒者が世の中に現れ出した時には、よく見られた現象だ。
「そ、それよりもさ。なんかこの炎、妙じゃない?」
朔也に言われて、俺も気がついた。
窓も壁も床もどんどん燃え広がっているのに、まるで熱さを感じない。
炎のそばに寄って近づいて、ようやく熱さを感じる。
それに、燃え方もおかしい。
何かが燃えているんじゃなく、ただそこにあるだけと言うような、そんな奇妙な炎。
それに、なぜか煙が一切立っていない。
そのせいか、苦しくなるはずの呼吸が普通にできている。
魔法の効力はこちらの世界では長く留まることはないとはいえ、この燃え方は異常だ。
「ど、どうしよう。もう後ろまで炎に包まれてるんだけど……」
いつの間に……。炎の侵食速度が早すぎる。
「俺たちだけなら逃げられるが……」
ここは三階だけど、その程度の高さは俺にとっては恐れる高さじゃない。
けど、朔也だけなら連れて脱出できても、教室の奥でこの状況を遠巻きに眺めている他の連中は助けられない。
「ボーッとしてる場合じゃないだろ……!」
すぐそばにあった消火器のピンを抜いて、ノズルを炎に向けてレバーを強く握る。
ノズルから出た消火剤で、数メートル先が白く煙る。
けど消火器はたった十秒程度で空になってしまった。
さらには──
「……消えないだって?」
炎は何事もなく燃え続けていた。
流石に血の気が引く。
たとえ魔法で作ろうとも、マッチやライターでつけようとも、結果は着火。
故に魔法で生み出された炎は魔法でなくても、通常の手段で消火することができるというのが、過去の実験で証明されている。
「よくわからないけど、何かに燃え移ってるわけじゃないから消せないんじゃないかな」
「ってことは、あいつを倒す以外に手段はないってことか」
奥にいる炎を纏った生徒を倒さなければ、全員を助けられそうにない。
「っつ……」
炎の勢いがどんどん増して、ジリジリと肌を焼かれるのを感じる。
けど服に燃え移らないあたり、やはり普通の状況じゃない。
「やめろおおおお! やめろよぉおおおお‼︎」
炎の中を近づいてくる生徒は、わざとらしいほどに大きな動きで頭や腕を振り回し、怒りを発散させていた。
「なんだこいつ、どうなってるんだ……」
ますますわけがわからないが、とりあえずこいつを取り押さえれば解決できるだろ。
「うぉああああああ‼︎ 俺のっ、俺の力がぁああああああ‼︎」
飛び込もうと足を一歩引いた瞬間、天井の一部から火柱が立つ。
生徒の声に呼応するかのように、炎の激しさが増していく。
「これじゃ近づく前に丸焦げにされかねない……」
足踏みした瞬間、
「三峰君!」
背後から冷気が吹きつけてきて、周囲に燃え広がった炎を押し戻す。
「白久さん!」
この状況で、最も頼りになる人が駆けつけてくれた。
「なんなのよ、この状況は」
「羽月まできたのか」
「仕方ないでしょ。避難するよりも先に彼女が飛び出しちゃったんだから」
羽月のことだ、白久さんを放ってはおけないか。
「あれがこの炎の犯人ってわけ?」
「どうやらそうみたいだ」
「で、どうするの?」
「気絶させるとかしないと、止まらないんじゃないか?」
覚醒者の暴走状態は、意識を断つことで止まったという話をどこかで見た覚えがある。
「来るんじゃねぇよ!」
「……っ!」
人が増えたことに反応したか、津波のような炎が押し寄せてくる。
「させないっ! フリーズテンペスト!」
前に出た白久さんの冷気が炎と拮抗する。
「っ、うそ⁉︎」
しかし炎の勢いが、冷気をどんどん飲み込んでいく。
「押されてるわよ!」
「わかってる、でも……」
「もっと強い魔法は使えないの⁉︎」
「これ以上強い魔法を使ったら、校舎に被害が……!」
周囲への被害を考慮して、威力を抑えた魔法を使っているのだろう。
けどそれじゃあ、暴走状態のあの男の魔法に太刀打ちできない。
「白久さん、一瞬でいい、あの炎を押し返してくれ!」
「ど、どういうこと?」
「その隙に俺が懐まで飛び込む」
「だ、ダメだよ! 無茶すぎるよ!」
「無茶でもなんでもやるしかないだろ」
それしかこの状況を打開できないのなら。
「ワタシも手伝う」
「いや、羽月は白久さんの援護だ!」
羽月には一瞬で奴の懐まで飛び込む術がないからな、俺よりも危険が大きい。
「スリーカウントで行くぞ、いいな!」
「……わかった」
最後まで反対していた白久さんも、作戦に乗ってくれた。
「三、二、一……今!」
「はあぁっ!」
白久さんが冷気の威力を一瞬だけ強めて、炎と相殺する。
「アクセラレーション!」
自己加速魔法で、その一瞬の隙を突き抜ける。
「うぁああああああやめろぉおおおおお!」
「うるせぇ暴れんな!」
喚き声を上げながら、炎で身を守ろうとする生徒の頭部に一発、全力で拳を振り下ろす。
鈍い音を立てて、床に頭から倒れ込む男子生徒。
短い呻き声と共に、動かなくなる。
(やばい、殺したか?)
気絶しただけならいいが……。
「三峰君!」
「──⁉︎」
白久さんの声でハッと顔を上げると、それまで燃え広がっていた炎がありえない軌道で生徒の元へ戻らんとこちらに飛翔してくる。
「まずいっ!」
即座に飛びすさり男子生徒との距離を取った。
「後ろ!」
羽月の声。
背後から男に向かう炎の嵐が迫り来る。
「天乃羽衣!」
咄嗟に防御魔法を展開するが、それだけでは守りきれず。
「ぅわっ⁉︎」
「三峰君!」
炎の渦に巻き込まれ地面に突き落とされる。
猛り狂った炎は、男の元へと集い、膨れあがり──
「ァアアアアアアアア……ァ……」
──断末魔のような叫びが消えていったのを合図に、炎も消えた。
まるではじめから何もなかったかのように。
なんの痕跡も残すことなく、忽然と。
「なん、だったんだよ……一体……」
*
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