第69話「多発する不可思議な事件」

「羽月⁉︎」


 店に響いた叫び声。


 急いでお手洗いの前に駆けつける。


「だ、誰か助けて!」


 切羽詰まっている、そう認識して女性用のお手洗いとか関係なしに扉を開ける。


「どうした羽月!」


「み、水! 急に止まらなくなって!」


 蛇口が破損したのか、水が噴き出していて、それを必死に手で押さえている羽月。


「な、なんだよこれ」


 急いで羽月のそばに行って、濡れることを覚悟に手で水を押さえる。


「こ、こりゃあ大変だ」


「工具、工具持ってきて!」


 店員さんも事態を把握して慌てて動き出す。


 幸いすぐに工具を持って駆けつけた店員さんが、元栓を閉めてくれて、水はすぐに止まった。


「うー……ちゅめたい」


 しかしその代償に、俺と羽月はずぶ濡れになった。


「申し訳ございません! お怪我などはありませんか?」


「あ、はい。大丈夫です」


「よろしければこれをお使いください」


「ありがとうございます」


 用意してもらったタオルで、服や髪を拭く。


「一体何があったの?」


「わからない。手を洗おうとしたら急に蛇口が吹き飛んだのよ」


「お前、無理に扱って壊したんじゃないだろうな」


「そんなわけないでしょ!」


 流石にお気に入りの店でそんなことはしないか。


「洗面台で手を洗おうとしたら、いきなり蛇口が弾け飛んだの!」


「蛇口が弾け飛んだ?」


「えぇ。蛇口を捻ろうとした瞬間に、いきなり根本からパンッって弾けたのよ。施工不良じゃないでしょうね?」


「施工不良は、ないと思います。先日点検したばかりですので」


「なるほど……?」


「すみません。警察と水道局へ連絡しましたので……」


 そうして、駆けつけた警察からの事情聴取を受けて、続いてやってきた水道業者と入れ違いに帰宅することになった。


「は、はくちゅっ」


「大丈夫か?」


「帰ったらすぐにお風呂に入ったほうがいいね」


「手配しておきます」


「すみません、ありがとうございます……。はぁ、なんであそこにいくと不幸な目にばっかりあうんだろう……」


「なんていうか、ついてないね」


 言われてみれば、この間もダンジョンの発生に邪魔されたしな。


「はぁ……せっかく楽しかったのに、最後に散々だわ……」


「災難だったな」


 ……でも、蛇口が突然弾け飛ぶなんて、そんなことが自然に起こるだろうか。


 なら、誰かのイタズラ?


 一体なんの目的で?


「……わからん」


 考えても、さっぱりだ。


「三峰君?」


「いや、ただの偶発事故だったんだろうってな」


 その時は、そう思うしかなかった。


 けど……。


「五日前に、ショッピングモールのレストランで水の入ったコップが突然破裂。怪我人は出なかったが、そばの女性がびしょ濡れになった……」


「その三日後に、クリーニング店で消火用スプリンクラーが誤作動。ちょうどその場にいたお客と店員、さらには預かり品がびしょ濡れ……」


 一週間の間に、同一犯と思しき事件がいくつも発生していた、


 どの件も偶発事故という形で処理されて、被害届などは出されていないが、 


「明らかに愉快犯の犯行でしょ!」


 羽月の言うとおり、俺もそう思う。


「しかもこれ、覚醒者の仕業だったりしない?」


「こんなことができるのは、確かに覚醒者なのかもしれないね……」


「それは、そうだろうけど……」


 けど、動機が全くわからない。


「今度見つけたら、絶対に捕まえてやる……!」


 羽月が息巻いているが、難しいだろうな。


 私人逮捕は現行犯が原則だし、かつ魔法の使用しているところを押さえるとなるとハードルがあまりにも高すぎる。


「匠は記憶力がいいんだから、あの日店にいた人の顔くらい覚えてるでしょ! その記憶と照らし合わせれば見つけられるはず!」


「むちゃくちゃ言うなぁ……」


 っていうか、俺頼りかよ。


「なんでもいいけど、犯人を捕まえようとして無茶したりするなよ?」


「……わかってる。もう前みたいな失敗はしない」


 ちゃんと以前のことを反省してくれているようだ。


「けど、これだけ大きく報じられたってことは、流石に警察が動くんじゃないかな」


「だろうな。だから警察を信じるしかないだろう」


「歯痒いわね……」


 俺たちにできる一番なことは、せめて犯人がすぐに捕まってくれることだけだ。



     *



 幸いにして、イタズラ犯はすぐに捕まった。


 それ自体は安堵できることなのだが、一つだけ奇妙な部分があった。


「『犯人は覚醒者の大学生。魔法を使っていたところを気づかれ、現行犯逮捕。しかし犯人は、自身が魔法を使っていたことを自覚していないと供述』。どういうことよこれ!」


 羽月が記事を見て憤慨していた。


「自分がやったことを覚えてないって、いくらなんでもふざけすぎでしょ!」


「お、落ち着いて羽月さん」


「これが落ち着いていられるわけないでしょ! あんなことしておいて、覚えてないなんて都合が良すぎ!」


 羽月は被害者だからな、怒りも人一倍だろう。


「けど、羽月の言うことも正しいな」


 法律はいろいろ作られたとはいえ、結局は覚醒者の自制が大きいからな。


 力を手に入れて、それを自由に振りかざす人が現れることは、何もおかしいことじゃない。


 小学生とかでよくあるいじめも、似たような理由で起こるのだから。


「とはいえ、覚えてないというのも妙な話だ」


「苦し紛れにそう言ってるだけってことなのかな」


「そうに決まってる!」


「そんな見え見えの嘘を吐くだろうか?」


 三人で頭を悩ませたところで、あまり意味はないのだけれど。


 引っかかることが多い事件だったが、ひとまずは解決したわけだし。


 けど、覚醒者が犯人と思しき事件は、これにとどまらなかった。


「『夜、宙に浮いた人間が現れては消えたと複数人から通報があった。映像もあり、警察は覚醒者のイタズラとし見て捜査を続けている』。なにこれ?」


「さぁ……」


 さらにはこの数日後、


「『変電所に過電流が流れ込み、システムが一時ダウン。数百世帯が数時間に渡り停電となる騒ぎとなった』。これは……」


 イタズラの一言じゃ済まない事件が発生した。


「流石におかしくないかしら?」


「うん……。こんな次から次へと覚醒者がこんなことをするなんて、今までには一度もなかったのに」


「……なにかが、蠢いている」


 この裏には、間違いなく奴がいるはずだ。


「あいつが絡んでるって言うこと?」


「こういうのは、奴の手口だからな」


 二度も捕らえ損ねた敵、エンキ。


「けど、どうやって不特定多数の覚醒者にこんなことをさせてるんだろう」


「……わからない」


 炎蛇ラクの時のように、一人一人そそのかしているのだろうか。


 ……想像すると、随分と間抜けな姿だが。


「なんにしても、自分の力を自分で制御できないなんて、間抜けな話だって思うけど」


「お、おい羽月」


「自分の力に溺れるなんて、半人前の証拠で──」


「…………」 


「あっ……。べ、別に晴未さんのことを言ったわけじゃないからね! あなたは力に振り回されないように頑張ろうとしている分、彼らとは違うわ」


 そんな羽月のフォローに、静かに首を振る白久さん。


「ううん、羽月さんの言う通りだよ。自分の力を正しく扱えないなんて、子供と同じだもん」


 寂しそうに笑いながら顔を伏せる白久さん。


 ちょうどそのタイミングで、ダイニングの時計が時報を鳴らした。


「そ、そうだ。私お買い物に行かなくちゃいけないんだった」


「だったら俺も……」


「大丈夫! 今日は大したものは買わないから、私一人で大丈夫! それじゃあ行ってくるね!」


 慌てて椅子から立ち上がって、ドタバタと早足でダイニングを去っていく。


「……羽月」


「ごめんなさい。軽率な発言だったわ」


 羽月も反省していた。


「それに、ワタシが言えたことじゃないのにね……」


「……俺もだ」


 羽月も俺も、この数ヶ月の間に、自分の力を過信して失敗を犯している。


 今回のことについて、決して何か言えた立場じゃない。


「だからこそ、こんなことを裏で操ってるやつを早く叩き斬らないとね」


「そうだな」




「……すごいな、三峰君も、羽月さんも。私は──」



     *



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