第68話「不安と幸福と不穏と」

 大規模ダンジョンの攻略完了。


 そのことを喜ぶにはあまりにも謎が大きすぎた。


 幸い眠っていた全員が、敵の消失によって目覚めたものの、この事態に現場は騒然となった。


 直ちにこの場で検査を受ける、しかし結果は異常なし。


 あまりにも異常すぎる大規模ダンジョンに、誰一人として喝采をあげることなく、静かに解散していった。


:なんだったんだ、このダンジョンは……


:こんなダンジョン見たことないぞ?


:何が起きてるのかさっぱりわからなかった


:夢を見て、戦っていたってタクミは言ってたけど……


:これ、下手したら全員夢の中に囚われてた可能性があるってことだよな


:やばすぎだろそれ


:こわ……


 配信を閉じる直前のチャット欄も、普段と違う空気に萎縮気味だった。


「白久さん!」


 検査を受けて、テントを出てきた白久さんの元へ駆け寄る。


「三峰君……」


「大丈夫か、白久さん」


「うん、怪我とかしたわけじゃないから」


「そっか、安心した」


「ごめんなさい。二人には迷惑をかけちゃったね」


「迷惑なんて、そんなことないさ。全員ダンジョン攻略のためにここにきてるんだから、当然のことをしたまでだよ」


「……うん」


 頷く白久さんの表情は、どこか曇ったままだった。


「羽月さんは?」


「俺と入れ違いで向こうのテントに入ってていったから、もうすぐ出てくると思うぞ」


 羽月が戻ってくるのを待って、俺たちも帰路へとついた。



     *



「……覚えてない?」


「うん……」


 帰りの車の中、会話の内容は当然さっきのダンジョンに関することだった。


「逆に二人は覚えているってこと?」


「あぁ、はっきりと覚えている」


「ワタシもよ」


「ちなみに、どんな夢だったの?」


「俺は、師範と戦う夢だった」


師範おじいちゃんと?」


「あぁ。それも、あの場所で」


「そう……」


 あの場にいた羽月は、それがどういう意味なのかをよく知っている。


「えっと、それで羽月さんは?」


「ワタシは、タクミと戦った」


「三峰君と?」


「えぇ、けど偽物だってわかったから、真っ二つにしておいたわ」


「お、おう……」


 背筋にぞくっとしたものが走る。


「けど、どうして三峰君と……?」


「あくまで仮説だけど……ワタシたちは自分自身が最も恐れているものと戦ったんじゃないかしら。言い換えればトラウマとね」


「トラウマ?」


「そう」


「匠にとっては、あの場所で師範おじいちゃんと戦ったことが、一番怖いことな

んじゃない?」


「…………」


 当たってる。


 あの日師範に刃を向けて、返り討ちにあって。


 その結果、全てを失ってしまったのだから。


「ってことは、羽月にとってのトラウマが俺と戦うことって話になるんだけど?」


「……そうよ。あの日あなたに負けたことが、今でも胸の奥に刺さってる」


 意外だった、羽月もあの日のことを引きずっているのか……。


「だからあの夢の中でみんなトラウマと戦って、勝てたのが匠とワタシの二人だけだったってことでしょ。まだ戦ってる最中だったのかもしれないけど」


「なるほど」


 羽月の推理が珍しく冴えてるな。まだ情報が少ないから、断定はできないけど。


「トラウマ……私の……」


「白久さん?」


「っつ……」


 頭を抑え込む白久さん。


「晴未様、大丈夫ですか⁉︎」


「大丈夫……。なんだか急に頭が痛くなって……」


「無理に自身のトラウマを思い出そうとしなくていいでしょ。思い出しても、いい気分がするわけでもないのだから」


「それは……確かにそうかもです」


「なんにしても敵は倒して、全員無事目覚めて、別状ないのだから。これでおしまい。それでいいでしょ」


「そう、ですね」


 ダンジョンは無事攻略したんだから、これ以上ウジウジと悩んでいても仕方ない。


 羽月の言うことも一理あるな。


「確かに、いつまでもダンジョンのことを考えてる場合じゃないしな。特に羽月は」


「は?」


 ちょうどそのタイミングで、離れへと到着した。


「だって羽月には、これからみっちり勉強してもらわなくちゃいけないからな」


「……へ?」


「だって試験はあと一日残ってるし。ダンジョンに連れてくかわりに、みっちり勉強するって約束しただろう?」


「いや、でも……」


「やるって、言ったよな?」


「は、はい……」


「よしやろうか」


 羽月をダイニングに連れて行って、悲鳴を上げるまで勉強を続けた。悲鳴を上げても許さなかったけど。



     *



「ぷしゅぅ〜〜〜〜〜……」


 期末試験の全日程を終えて、羽月が完全に稼働を停止した。


「お疲れ様」


「もう無理……しばらく英語も数字も見たくない……」


 完全にくたばったなこれは。


「そうか、じゃあ羽月は不参加ってことだな」


「なにによ……?」


「試験終了記念で、これから和菓子でも食べに行こうかなと──」


「行くわ!」


 急に復活した羽月がサムズアップしてくる。


「き、急に起き上がってくるな……」


「絶対に行くから連れて行きなさい!」


「わ、わかった。わかったから落ち着け!」


 やはり和菓子は羽月を釣る格好のエサだな。


「どこに行くの! 早く行くわよ!」


「わかったわかった。ちゃんと連れていくから落ち着け」


 獲物(和菓子)に飢えた羽月を宥めつつ、白久さんも一緒に向かったのはこの間のインタビューで来たところと同じ場所。


「またここなのね」


「何か不満でもあるのか?」


「いえ、全く。ここのメニューは全て食べ尽くすまで通い詰めるつもりだったから」


「そりゃまた……」


 でも、気に入ってくれてよかった。


「今日は何を頼もうかしら」


 子供のような目でメニュー表を眺める羽月。


「楽しそうだね」


「この時間が羽月にとっては一番楽しい時間だからな」


 じっくりと時間をかけて、焼き芋ようかんセット、白久さんは白玉せんざい、俺は抹茶あんみつを頼んだ。


「はぁ……おいしい……。しあわせ〜……」


 届いたようかんを一口食べて、羽月の顔が完全に溶けた。


 女の子がしていいとは思えない顔になってる。


「この間も思ったけど、羽月さんの和菓子にかける思いはすごいね」


「大好物だからな。白久さんだって、好きなものを前にしたら似たような反応になるんじゃないか?」


「ど、どうかな?」


「そういえば、白久さんって好きな食べ物とかあるのか?」


「好きな食べ物……なんだろう?」


「そんなに悩むことか?」


「聞かれるとパッと思いつくものじゃないよ? 三峰君もそうじゃない?」


「俺? 俺は…………」


「ほら、三峰君も止まった」


「返す言葉もない……」


 つい最近まで、好き嫌いとかそんなことを言っている場合じゃない生活をしてたからな。


 言われてみると、好きな食べ物とか考えたこともなかった。


「……あ、でも一つだけあるかもしれない」


「うん?」


「ケーキ。毎年誕生日には必ず親父が買ってきてくれたんだ。それは好きだったな」


「あ、私も同じだ」


「白久さんも?」


「うん、誕生日の日にお母さんが買ってきてくれたショートケーキ。毎年一日だけのご褒美で贅沢。美味しかったな」


「わかるな。俺も親父が買ってくるのは決まってショートケーキだった。どこの店のものか知らないけど、美味しかった。また食べたいけど、店を知らないからな……」


「なら、調べればいいじゃない」


 ようかんを楽しんでいたはずの羽月が話に入ってくる。


 いつのまにか羽月の前の皿からようかんが消えていた。


「美味しい和菓子喫茶を教えてもらったし、今度はワタシが協力するわよ」


「そっか、そうだよな。なら今度は、みんなで洋菓子店を探しに行こうか」


「うん!」


「そうね。ほら、それよりもちゃんと食べなさい?」


 羽月に急かされるようにして、俺たちも目の前の皿を楽しんだ。


「ごちそうさまでした」


 全員食べ終えて、帰りの支度を整える。


「っと、その前にお花摘みに行かせてちょうだい」


 羽月が席を立っている間に、俺は先に会計を済ませておく。


「ご贔屓にしていただいて、ありがとうございます」


「いえいえ。ここの和菓子は、俺も好きですから。またきますね」


「ありがとうございます。またのご来店をお待ちして──」


「キャアッ!」


「⁉︎」


 お手洗いに行ったはずの羽月が叫び声をあげた。



     *



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