第67話「白い闇に潜むもの」

「っは⁉︎」


 バッと飛び起きた。


 慌てて自身を確認。


「生きてる、よな……」


 師範の姿を騙った敵と戦って、どうにか勝利をもぎ取った。


 その後でススキ野のフィールドがバラバラに崩れ、その下の奈落へと落ちたはず……。


「ここは……」


 周囲はビルの森。そして上を見上げると、紅色に染まった空が見える。


 つまりここは、まだダンジョンの中ということか。


 最初に俺たちを襲ってきた霧も、すでに晴れている。


「──なっ⁉︎」


 そこでようやく気がついた。


 一緒にこのダンジョンに踏み込んだレイドメンバーが、全員倒れていることに。


「おい、大丈夫か⁉︎ しっかりしろ!」


 近くのメンバーのそばによって声をかけるが、応答がない。


「まさか、死んで……⁉︎」


 急いで脈を測る。


 幸い彼らの脈は正常に動いていて、ちゃんと呼吸もしている。


「ならこれは……寝ているか気絶したってことか……?」


 突然発生したあの霧が原因であることは明白だろう。


 そしてこれが、敵の攻撃であることも。


「けどなんで、俺たちはディフィートアウトしてないんだ?」


 こんな無防備な状態では、雑魚敵にでも襲われればすぐにシールドウェアの耐久値がなくなる。


 それにRMSの設定で、使用者の健康状態に異常が認められた場合は、使用者の意識に関係なくディフィートアウトするシステムとなっているはずだ。


 なのに誰一人としてディフィートしていないというのは一体……。


「あ?」


 視界の端にある、シールドウェアの耐久値を示すパラメーター。


 そのパラメーターが、かなり削れている。


「これって……師範もどきと戦った時と同じ?」


 ということは、あれは現実だった……?


「いや、でもこの状態……」


 どちらかといえば、夢を見させられていたと言う方が正しいか。


「師範と戦わさせる夢とか、悪夢がすぎるだろ……」


 あるいは、敵の正体は悪夢を見させるということなのか?


 夢と現実の境目が曖昧だ。


「そうだ、ドローン」


 近くを飛んでいるドローンを呼び寄せて、俺の配信画面を立ち上げる。


「配信を見てくれているみんな、聞こえてるか」


 俺の呼びかけに、チャット欄のコメントが恐ろしい速度で流れていく。


:やっと起きた!


:タクミが一番乗りか!


:聞こえてるぞ!


:むしろそっちが大丈夫なのか?


「みんな、いったい何が起こったのか教えてくれ」


:霧が発生して、突然配信が傾いた


:多分みんな倒れたんだと思う


:なぜか配信が切れない


:ディフィートアウトしてないみたい


:全員が倒れてたあとはなにもなかったよ


「やっぱりそうか……」


 コメントを確認しつつ、他のストリーマーの配信画面を開いていく。


 しかし誰も同じように、地面や空、横にいる倒れたレイドメンバーを映したまま動かない。


「強制的にディフィートアウトしてもいい状況だろこれじゃ。いやでも、向こうに戻っても目覚める保証はないのか」


 八方塞がりというわけか。


:いったい何があったんだよ


:教えてくれ


:俺たち何もわからん!


:どうなってんだよこのダンジョンは


:何から何までおかしなことばかりだ


 チャット欄も状況を把握できていないせいで、少し荒れ気味だ。


 ここが荒れるなんてことは様式美だから、あまり気にはしないけど。


「正直俺もわけがわからないんだが……」


「んっ……」


「⁉︎」


 突然そばから声が聞こえる。


 左腰の刀に手を伸ばしつつ、声がした方を振り返る。


「こ、こは……?」


 ゆっくりと身体を起こしたのは。


「羽月!」


「……匠?」


「良かった、羽月!」


「っ!」


 ホッと息を吐いて羽月に近づこうとした俺。


 そんな俺を見て、なぜか後ろへ下がり、刀に手を伸ばす羽月。


「な、どうした?」


「匠……あなた、本物よね?」


「本物……?」


 いったい何を言い出したのかと、一瞬頭を傾げるが、すぐに思い当たった。


「羽月、お前まさか。夢で俺と戦ったのか?」


「な、なんでそれを……?」


「やっぱりそういうことか……」


 だんだんと状況が見えてきたぞ。


「そ、それでも! 今目の前にいるあなたが本物だって証拠はないでしょ!」


「…………はぁ」


「何でため息をつくのよ」


「じゃあ、羽月の秘密を暴露しようか?」


「へ……?」


「昔羽月がテストで悪い点数を取った時、師範にこっぴどく怒られて大泣きしながら俺に泣きついてきいたよな」


「なっ」


「雷が怖くて一晩中俺にしがみついてきて、でもいつの間にか寝落ちしてたとか」


「ひっ」


「それと五歳の時──」


「わーわー! ストップストップ!」


 慌てて俺に近づいて口を塞ぎにくる羽月。


「わかった、わかったからもういい! あなたが本物だってちゃんとわかったから!」


「ふごふご」


:え、何そのエピソード


:もっと詳しく


:同棲してたの?


:やはり夫婦か……


:いやでもこの間告白してたし……


:そもそも返事したのか?


 ……チャット欄が別の方向に荒れてきたから、これ以上はやめておこう。


「……って、なにこれ⁉︎」


 ようやくここで発生している事態に気がつく羽月。


「な、なんでみんな倒れて……」


「ぷはっ。俺たちと同じだよ。多分夢を見てる」


「夢……そっか、あの霧が」


「あぁ、間違いなくあれが原因だろう」


 他に考えられない。他のモンスターが襲って来なかったのが不孝中の幸いだ。


「とりあえずこの事態を引き起こしたであろうボスモンスターを探して──」


「その必要はないわ」


「は?」


「──逆縞!」


 ダンジョンの奥、白い霧が襲ってきた方向に、居合抜刀の構えから逆袈裟懸けの遠隔斬撃を飛ばす。


「これは──!」


 目の前の景色が揺れ、真っ二つに避けていく。


「蜃気楼か?」


「それはわからないけど、おそらくはあいつが犯人よ」


 羽月が斬り払った景色の奥で宙に浮いている、丸まった茶色の敵。


「グオオオオオオオオッッッ!」


 瞑っていた目が開き、ドスンッという音を立てて地面に降り立つ四足歩行のモンスター。


 頭の先まで五メートルはありそうな巨体。


「なにこいつ、象?」


「たぬきか?」


「いやサイでしょ?」


 知りうるどの動物の容姿とも似つかない、妙な姿をしている。


:これ、バクか?


:バクだな


:バクだろ


:なんだよ象って


:たぬきて笑


:サイではないな


 チャット欄から総ツッコミを受けた。


「バクって、悪夢を食べるあの?」


「よく知ってるな」


 羽月がそんなことを知ってるとは思わなかった。


「一昨日の漢文の試験で出たばっかりでしょ! それくらいは覚えてるわよ!」


 そういえばそうだったな。


「なんで悪夢を食べる動物が悪夢を見せるのよ! あべこべじゃない!」


「そんなこと俺に聞かれても」


 ダンジョンのモンスターに常識を求めてはいけない気がする。


「くるぞ!」


 雄叫びを上げながらこちらに突進してくるモンスター。


「ワタシが見つけたんだし、ワタシがもらっていいわよね」


「……どうぞ、でも後ろの彼らには気をつけてくれよ」


「はいはい、わかってます。それじゃあ──蒼天」


 羽月の一突きが、五メートルを裕に超える巨体を吹き飛ばす。


「あれ、今ので死んでないの? 思っているより硬い身体してるのね」


 数十メートル吹き飛ばされてひっくり返った敵。


 四足歩行の動物にしては器用に立ち上がる。


:あ、あんなでかいモンスターが吹っ飛んだ……


:こいつらの剣技って本当にどうなってんだ


:この二人だけ明らかに別格


:こいつらは化け物なんだ……


:オマエラニンゲンジャネェ!


 チャット欄が引き気味に盛り上がってる。化け物扱いはやめてくれ。


「あるいはワタシが手抜きしてたかしら? ……仕方ないわね」


 羽月の髪が青白く光、その輝きが刀にも伝わる。


 以前も見た羽月の本気、ダンジョン対応バージョンだ(俺の中で勝手にそう命名した)。


「後ろの人たちに被害を出したくはないし、次で決めるわ」


 ゆっくりと刀を上段に持ち上げる羽月。


「ブオオオオオオッ!」


 ただ突っ込むだけではやられると学習したか、身体から煙を吹き出し始める敵。


「あれがワタシたちに夢を見せた霧の正体ってこと?」


 しかしそんなものはどこ吹く風と、技に集中する羽月。


 なぜなら羽月が動く間に、俺が動くということをわかっているから。


「秘剣──隼連歌!」


 発生した霧を剣風で斬り裂く。


「羽月!」


 スツールジャンパーで、その場から去る。


「──雷電!」


 その奥に見える敵の姿を確かに捉え、剣を振り下ろした。


 バクは羽月の剣で縦に真っ二つに斬り裂かれ、左右に倒れて黒煙となり消えていく。


「討伐完了よ」


 静かに刀を鞘にしまって、魔力を解く。


 同時に紅月の空が割れ、元の世界へと帰還を果たす。


「あれでおしまいみたいね」


「……?」


「匠?」


 あの敵一体を倒しただけで、大規模ダンジョンが終わった?


 確かに俺たち全員が眠りにつかせる罠に陥ったとはいえ、それだけで仕掛けが終わり?


 妙だ、何かが引っかかる……。


「ん、ん……?」


「ここは……?」


「あれ、俺たち何を……」


 それまで眠っていたレイドメンバーが一斉に起き出したため、思考を中断して彼らの元へと駆けつけた。





「へぇ、あの二人がやつの言ってた敵かい。確かに面倒そうな相手さねぇ。けど……種は蒔いた。これからが楽しみだねぇ」



     *



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