第66話「過去のトラウマとの戦い」
「久しぶりだな、三峰匠」
師範がダンジョンに来るなんて、そんなバカなこと、絶対にあるわけない。
「なぜそんな顔をする?」
「なんでここに……麓郎師範が……⁉︎」
「なぜ? 決まっているだろう。お前を斬るためだ」
「っつ⁉︎」
急いで身を翻して、斬撃をかわす。
背後にあったススキが、彼方まで斬れて倒れていく。
気がつけば師範の手には、すでに真剣が握られていた。
「かわすか。だがそれくらいでなければ、斬る価値もない」
「なんでですか! 俺の討伐命令は撤回されたって、羽月が……」
「知らないな」
「知らないって……」
「第一、お前を斬る理由はいくらでもある。忘れたとは言わせぬぞ?」
「っ──」
森口の剣を盗んだだけじゃない。
師範の言いつけを破り禁足地に足を踏み入れ、あまつさえ師範に剣を向けた。
師範から反逆者扱いされるのも当然のことだ。
「だがお前にもチャンスはやろう。お前も剣を抜け、抵抗がないのではつまらんからな」
「くっ……」
言われるがままに、こちらも左腰の鞘から刀を抜いて構える。
「ではゆくぞっ!」
数歩の距離を、たった二歩で間合いに迫ってくる師範。
「はあぁっっっ!」
生身の人間とは思えない剣速と重みの乗った一振り。
「っ──」
まともに受ければ刀ごと斬られかねないその一太刀を、ギリギリで受け流す。
刀同士がぶつかるたびに火花が散り、受けるこちらの刀が悲鳴をあげる。
(なにがどうなってるんだ⁉︎ なんで麓郎師範がここにいる⁉︎ しかも俺を斬るって⁉︎)
けど俺の頭は、戦いどころではなかった。
唐突に発生した霧。消えたレイドメンバーたち。彷徨った先に現れた禁足地のススキ野。そこにやってきた麓郎師範。
これまでのダンジョン攻略と違いがありすぎて、理解が追いついていない。
「戦いに集中せんか!」
「うぐっ……」
師範の神速の剣に、シールドウェアがガンガン削られていく。
一旦他のことを頭から排除して、目の前にいる師範の剣に集中する。
(やっぱり反応が遅れる……!)
森口の剣の特徴は、構えた状態から実際に剣を振るタイミングが、普通よりも間合いの内側で行うことにある。
懐深くまで入り込み、神速の一撃を見舞う。
それは起こりが読まれにくく、読み筋を読ませない。
ゆえに一瞬の判断が命取りとなる。
俺と羽月の剣も、この教えが基礎だ。
その教えを学んでいるからこそ、経験と反射によって師範の剣を受けているが……。
(羽月の比じゃない)
師範が剣筋を見せるタイミングは、こちらの認識が追いつくか追いつかないかのタイミング。
俺や羽月よりも、さらに深い位置で剣を振り出すために反応が遅れる。
それを嫌ってこちらが先手を取ろうとしても、向こうの剣速の方が早いせいで受けられてしまう。
しかももう七十歳を超える年齢にもかかわらず、剣速は俺や羽月と同等以上。
クロスレンジの打ち合いでは、どう足掻いても俺の不利は覆せない。
「ダメだ……」
しかし師範の剣の間合いから下がろうとしても、
「──時雨!」
羽月以上に冴えわたった遠隔斬撃が飛んでくる。
「〜〜〜〜〜〜!」
致命傷は避けたものの、幾つもの斬撃が俺を捉え、その勢いで地面を転がる。
「はぁ……はぁっ……」
極度の混乱と緊張で、息が乱れる。
読み手潰しの神速剣。それを嫌って間合いを外した敵に振るわれる遠隔斬撃。
あまりにも隙がなさすぎる。
「……緩いな」
「緩い……?」
「決まっているだろう。なぜ反撃してこない?」
「…………」
理由は大きく二つある。
単純に俺自身の技量が、師範の剣に追いつけていないから。
そしてもう一つの理由。
師範に再び剣を向けることを、俺自身が恐れているからだ。
刀を持つ手の震えが止まらない。
師範には絶対に敵わない。
羽月や師範に知られようものなら怒られるであろう恐怖心が、俺のことを支配している。
戦う以前の問題なんだ。
「手を抜いているのか?」
「そんな、ことは……」
はっきり言って、受けることで手いっぱいな状態だ。
「それとも、私に斬られて死ぬ覚悟ができたということか?」
「…………?」
「ならばそのまま塵果てとなれ」
振り下ろされた刀を、真正面から受け止める。
「……あなたは、いや」
刀を押し返して、構えを中段に戻す。
「ぬぅ……⁉︎」
「お前は誰だ」
師範を──師範の姿をした何者かを睨みつけた。
「異なことを言う。私は森口麓郎──」
「いや、お前は師範じゃない。師範は、『死ぬ覚悟ができたか』なんて言葉を口にはしない」
森口の剣には、最初に教えられる剣の信義がある。
『戦場において生死とは理不尽たるもの。我々の剣は、その理不尽に抗う。生と死、その真理に抗うべからず。剣となりて、ただ結果にのみ抗いたまへ』
まとめると、己と己の剣によって、死という戦場の理不尽な結果に抗えという教えだ。
死ぬことに対して最後の瞬間まで抗えと問い続けてきた人物が、「死ぬ覚悟ができたか」なんて言葉を口にするわけがない。
「お前が師範の姿を騙ると言うのなら、元森口道場の門下生として看過できない」
たとえ同じ容姿、同じ剣を使おうとも、偽物なんかに負けるわけにはいかない。
「羽月や師範に代わって、俺が成敗を下す」
再び剣を構えて、失いかけていた威武を自身に宿す。
師範でないのなら、全力で戦うのみ。
「抗うと言うのかこの私に」
「当たり前だ。俺は師範の教えを守る」
「ならば、やってみるがいい!」
再びこちらの間合いへと踏み込む師範。
「アクセラレーション!」
使うことを躊躇っていた自己加速魔法を使用して、負けじと敵の懐へ突っ込んでいく。
「はあっ!」
師範に斬られるという恐怖心をかなぐり捨て、クロスレンジでの斬り合いを挑む。
「ぐ……貴様……!」
「その程度か!」
師範の姿を使って、師範の剣を借りても、本物とは程遠い。
その証拠に、急に上がったこちらの速度に、敵は対応できていない。
師範であれば、その程度の小細工など、一振りでねじ伏せにくる。
しかし、今目の前にいる敵の剣には、その圧倒的な力を微塵も感じない。
どんな小手先の技を使ってこようが、
「そんな寝ぼけた剣が通用するかッ!」
敵の剣を弾き返し、ガラ空きの胴に一撃を見舞う。
「舐めるなよ、小僧!」
弾かれた状態から、流れるように剣戟へと戻してくる。
そんな剣を受け止め、押し込む。
「なに……⁉︎」
「
怒りを胸に抱きながらも、冷静に敵の手を計算し導き出した経路。
その道に従って、剣戟を偽者へと振るう。
受けに回った敵の速度を超える剣を見舞い、ガードを崩して剣を当てていく。
「師範を騙り、森口の剣を足蹴にするような奴は、万死に値する!」
きっと羽月も同じようなことを言うはずだ。
「これで終わりだ! 秘剣──」
「やらせはせんぞ!」
経路の終点一歩手前、敵の最後の一撃。
「──雷電‼︎」
けど、その技を使うことはわかっていた。
羽月よりも鋭く、重い一撃。
けど俺は、もうその先に進んでいる。
「──隼四連歌‼︎」
神速の三連撃が振り下ろされた剣を受け止め、持ち手を弾き飛ばし。
最後の四連撃目が、真っ直ぐに敵の正中線を捉えた。
「ガッ……」
「仕舞いだ、偽者め」
斬られた敵が背後で地面に倒れ込む。
同時にその身体が、黒い霧となって消えていく。
「やはり……」
師範の姿を似せて創った紛い物。
全く、厄介な敵だ。
──バリンッ!
ほとんど間を置かず、世界が音を立ててひび割れていく。
「なっ⁉︎」
足元のフィールドがバラバラに崩れ落ち。
「うわあああああ⁉︎」
その下の闇へと落下していく────。
*
最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
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