第65話「紅月夜の空を覆う白い闇」

 週明けの火曜日から始まった期末試験。


 金曜日までの四日間続く試験に、ダンジョン攻略の時と同じくらいの緊張感で挑む。


(……とはいえ、これなら大丈夫そうだな)


 ちゃんと授業を受けて、復習のためにノートを取って、それを見つつ演習を積み重ねた俺に、一切の隙はない。


 いや、それでも白久さんに負けている以上、どこかしらに隙はあるんだろうけど。


 でも今回は羽月に勉強を教えていた分、俺自身もいつも以上に勉強することになったから、かなり自信がある。


 もしかしたら、白久さんに初勝利できるかもしれないな。


 なんてことを考えながら試験期間を過ごし、三日目まで終わった。


「ふー、これであとは明日の三教科だけだな」


 試験中の独特な緊張感で固まった身体を伸ばす。


「ぷしゅうぅ〜……」


 限界まで脳を酷使して熱暴走寸前の羽月が、蒸気を吐いている。


「大丈夫か?」


「限界……」


「あと一日だから頑張れ」 


「はぁい……」


「さてと、それじゃあ今日は帰って──」


 ビーッ! ビーッ!


 弛緩した空気を吹き飛ばすアラート音。


「……なんでこんなときに」


 なんて間の悪いダンジョン発生なんだ。


「しかもこれ……大規模ダンジョンだよ」


 余程の事態が発生しない限りはダンジョン攻略に参加不可。


 けど大規模ダンジョンの発生は、余程の事態に含まれる。


「どうする、三峰君」


「流石に行かざるを得ないだろうな……」


「ワタシも行く!」


 さっきまでゾンビになっていた羽月が勢いよく立ち上がる。


「いや羽月は勉強した方が……」


「い、く!」


「いやでも……」


「ここでダンジョン攻略に行かないで勉強しても、手につくわけないでしょ!」


「うーん……」


 それは、確かに?


「羽月さんは貴重な戦力だし、なによりも大規模ダンジョンだからね。一緒に行ってもらった方が心強いよ」


「……白久さんの言う通りか。じゃあ羽月も一緒に行こう。けど終わったら、みっちり勉強だからな」


「はいはい。早く行くわよ」


 

     *



「かなり人が多いわね」


「そうか、羽月が大規模ダンジョンに来るのは、二回目だもんな」


 それも前回は、後からダンジョンに入ってきただろうから、この人数の集合は見てないはずだ。


 しかも羽月は、そんな人数の大半を敵ごと斬っちゃったからなぁ……。


「……今回はそんな真似はしないわよ」


 是非ともそうしてくれ。


「俺も準備しないと」


 RMSを起動して、配信を開始。


 そばに来たドローンカメラにいつもの挨拶をする。


「あ、あの!」


「「?」」


 背後から声をかけられて振り返ると、そこにいたのは同じ高校生くらいの男子三人組。


「ウヅキさんですよね!」


「え、えぇ。そうだけど……」


「これにサインください!」


 差し出されたのは、俺たちが表紙を飾る雑誌、ダンジョンクロスモダン。


「は、い……?」


「あ、あの……」


「ん?」


 今度は女性二人組が近づいてきた。


「タクミさんですよね……?」


「はい、そうですが」


「こ、これにサインお願いできますか!」


 二人の手には、やはりダンジョンクロスモダンがあった。


「あ、そっか。これ今日が発売日だったか」


 期末試験のことで頭いっぱいで、すっかり忘れていた。


「って、なんかどんどん集まってくるんだけど⁉︎」


 彼らを見て、途端に俺たちの元へ集まってくるレイドメンバーたち。


「ど、どうしよう匠」


「どうしようって言われても」


 こんな事態になるなんて想定してなかった。


「皆さん! 聞こえていますか!」


 途方に暮れる俺たちを救う鶴の一声。


 集団の前に出た白久さんが、この場に集まった人全てに聞こえるように声を上げた。


「すみませんが、対応はダンジョン攻略の後ってことでお願いします……」


「まぁ……」


「それなら……」


「しかたないか……」


 そうして、一旦危機は回避された。


「まさかこんなになるなんて……」


「ダンジョン攻略前に疲れたわ……」


 配信のコメント欄でも、


:雑誌買いました!


:めちゃ写真良かった!


:インタビュー面白かった


:ウヅキさんかわいい!


:実際にダンジョン攻略してるところの写真って何気に貴重でしょ


:サイン行列できるのも納得


:現地で会えるまじで羨ましい……


 そんなコメントで溢れかえっていた。


 あの雑誌に、これほどの影響力があるなんて……。


「彼女のおかげで助かったわね」


「だな、流石はミハルさん」 


「これだけの人数を統制できるのは、素直に感心する。けど……」


「どうした?」


「……いえ、この場で話すことじゃないから。それよりも今は、ダンジョンの攻略に集中でしょ」


「あぁ、そうだな……?」


 羽月がなにを言いかけたのかは気になるけど、相手は大規模ダンジョン。


 気を引き締めてかからなければ、あっと言う間に全滅もあり得る。


「それじゃあ皆さん、気をつけて進みましょう!」


 白久さんを先頭にして、ダンジョンのゲートへ進む。


 少し遅れて、俺たちも紅月夜のダンジョンへと踏み込んだ。


「敵、出てこないわね」


 開幕即戦闘という事態にはならなかった。


 しかしこの間のスライムだったり、前の大規模ダンジョンにあったこちらを誘うような敵の動きもある。


 そしてなによりも、ここ最近の大規模ダンジョンには、幹部を名乗って人の言葉を話す敵が出てくる。


 この間は不覚を取って倒し損ねてしまったが、次に出てきた敵は確実に斬る……!


「周囲を警戒しつつ、前進します!」


 五分経過しても、事態は変化しない。


 仕方なくこちらから動き出す。


「っ!」


 少し歩くと、急に前から冷たい突風が吹きつけてきた。


「周辺警戒!」


 白久さんの号令で、それぞれが四方を向いて注意を払う。


「正面、なにも見えません」


「右側もです」


「左側も」


「背後も、なにも出てこないぞ」


「上空も、敵影なし」


 しかし敵の姿は一向に見えてこない。


「……警戒のしすぎ? でもそんなことありえない。一体……」


「いや、ちょっと待て」


 急に視界が、白くなり始める。


「これは……」


「霧?」


 少しずつ遠くの景色が白く霞んで見えなくなっていく。


「全員再警戒! 魔法を使った時、味方を巻き込まないように注意してください!」


 想定外の事態に、白久さんが冷静に指示を下す。


「匠、ダンジョンで霧が発生することはあるの?」


「いや……こんなことは初めてだ」


 これまでの五年間で、ダンジョンに霧が発生したことなんて一度もない。


「撹乱目当てか?」


「それとも同士討ちさせようって腹づもり?」


 敵の出方が全然わからない。


 けど、この状況で迂闊に動くのは危険だ。


「とにかく周辺警戒を……っ⁉︎」


 急に頭に痛みが走った。


「なんだ今の頭痛は────は?」


 気がつけば、霧の濃さが急激に増して、一メートルの視界も確保できない状況になっていた。


「羽月?」


 そばにいたはずの羽月の姿が見えない。


「羽月、おい羽月! 聞こえてるか!」


 RMSの個別通話で問いかけるも、返答がない。


「ミハルさん! みんな!」


 大声で叫ぶが、返事はない。


「嘘だろ……?」


 つい数秒前まで一緒にいたはずの羽月が。

 

 あれだけの人数がいたレイドメンバーたちが、全員消えた……?


「くそっ!」


 急いで駆け出す。


 この場に留まっていてもどうしようもない。


「誰かいないのか! いたら返事してくれ!」


 大声で叫びながら、ひとまず元来た道を戻っていく。


「誰か! 誰でもいい! 返事してくれ!」


 焦燥感に駆られ、ひたすら声を出す。


 しかし応えてくれる者は誰もいない。


「なにがどうなってるんだ……」


 明らかに、敵の術中にハマっている。


 けど、それがどういうもので、どういう状況なのかがまるで理解できない。


「っ、霧が!」


 視界の先、霧が晴れているのを確認した。


 とにかく、視界を確保できれば、なにが起こっているのかが少しでもわかるはず。


 そう信じて、一気に白い闇を抜け出した。


「…………は?」


 霧を抜けた先、そこはススキ野だった。


「え……?」


 振り返ると、さっきまでこの場を支配していたはずの霧が完全に晴れている。


「嘘だろ……」


 もう、頭の中がぐちゃぐちゃだ。


 目まぐるしく変わる状況に全然ついていけない。


「落ち着け、落ち着くんだ……」


 周囲への警戒は怠らないまま、深く息を吐く。


 敵の術中にハマっているからこそ、これ以上取り乱しては自分の命を危うくするだけだ。


 焦燥感を抱いている事実を認め、受け入れることによって、心のざわつきを昇華する。


「ふぅ……よし」


 とにかくは、このままススキ野を進むことにした。


「空には紅月が光ってる……ここがダンジョンであることは間違いないけど」


 問題はこのススキ野だ。


 俺はこの光景に、覚えがある。


 それも……トラウマ付きで。


「あれは」


 進んで行った先にあったのは、ススキが切り倒された円形のフィールド。


「……やっぱり、そうなのか」


 間違いなく、ここは羽月の家の裏山。


 禁足地の先にあったあのススキ野だ。


「けど、なんで……」


 ビルの森が続くダンジョンにいたはずなのに、どうしてこんなところに来てしまったのか。


「──っ!」


 背後から、ススキを踏む音がした。


 振り返りながら、左腰の刀に手を伸ばし、重心を下げて居合抜刀の態勢をとる。


「……え?」


 やがてこのフィールドに現れた人物。


 その人物を視界に入れた瞬間に、全身に鳥肌がたった。


「嘘だ……⁉︎」


 それは、ここにいるはずのない人物。


「なんでここに……麓郎師範が……⁉︎」


「久しぶりだな、三峰匠」



     *



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