第64話「森口羽月の最大の弱点」
「結構いい感じじゃん」
取材から二週間後、朔也が持ってきたダンジョンクロスモダンの献本を教室で眺めていた。
「プロってすごいんだなって、改めて感じるな」
あの日のスタイリストさんやカメラマンさん、それらを取りまとめていた編集長さん。
あの人たちのおかげでこの雑誌ができているのだから。
「僕は⁉︎ 僕も頑張ったよ⁉︎」
「お前は下働きだろ?」
「いや写真写真!」
朔也がダンジョン内で撮った、渾身の一枚が印刷されたページを目の前に押し付けてくる。
俺と羽月が、マナイートスライムの触手を跳ね返す姿が映っていた。
……あの触手を斬れなかったから、俺と羽月にとってはカッコつかない場面なのだが。
「ま、奇跡の一枚だよな」
「扱い酷くない⁉︎」
「だって別に、朔也はプロでもなんでもないんだし。奇跡だろ」
「ひどいなぁ……せっかく頑張ったのに」
そんな笑い話をしていると、教室に担任が入ってきた。
「さて、来週から期末テストだから、今日から部活停止期間に突入するわけだが……」
その事実が告げられた瞬間、教室の空気が一気に重苦しくなった。
そりゃ、テストが楽しみなんて奴はいないから当然の反応だな。
「ダンジョン攻略についても、余程の事態が発生しない限りは参加不可となるからな」
ダンジョン攻略は、部活動と同じような扱いを受けている。
ただ部活動と違って、ダンジョン発生は文字通り世界の危機。
それゆえに日中の特別早退が認められたり、試験期間でも大規模ダンジョンやレイドメンバー壊滅のような事態に限って、参加が認められたりしている。
「というわけで、今日から授業により集中するように」
そう締めくくり、教室を後にする担任。
(授業の内容は全て記憶しているし、ちゃんと復習しておけば問題ないだろう)
油断さえしなければ、今回も大丈夫だろう。
「…………」
「ん? うわっ⁉︎」
教室の中で、一際絶望感に打ちひしがれている生徒が隣にいた。
「う、羽月……?」
「いやだいやだいやだいやだいやだ」
羽月が壊れた。
「怖いからやめろ!」
……いや原因はわかってるんだけど。
「お前、やっぱり勉強できないままなのか」
そんな俺の言葉に、ビクンッと身体を震わせる羽月。
羽月は小さい頃から、大の勉強嫌い。
泣きついてきて、俺が宿題を手伝ったことなんて何百回もあった。
それで師範に怒られていることも。
「こうぅ……」
考えられないほど弱々しく俺のワイシャツの袖を掴んで、涙目で見つめてくる羽月。
「わかったわかった。ちゃんと勉強は教えるから」
「うん……」
そんな状態でよく高校受かったな、あと進級に転校の試験も。
俺がいなかった五年間、一体どう過ごしていたんだ?
……まぁ、ここぞという時の集中力はすごいから、それでなんとかしたんだろうな。
「まさか羽月さんにそんな弱点があったなんて……」
白久さんも羽月の状態にちょっと引き気味だった。
「羽月にとって一番の天敵が、勉強だからな」
「転校してきた頃からは考えられない状態だね」
面白がって朔也も近寄ってきた。
「羽月はこれっぽっちも完璧じゃないぞ。弱点だらけだ」
「うるさいっ!」
「いはいっ!」
頬をつねられた。
「ま、俺と白久さんがいればなんとかなるだろ、多分」
「晴未さんも?」
「学年主席だ」
「えっと、うん」
「そ、そうなんだ……」
羽月の絶望が一層色濃くなった。
白久さんを仲間とでも思ったんだろうか。
「というわけで、頑張ろうか」
「はぁい……」
*
「ほえぇぇぇぇ〜〜〜〜……」
休日のお昼過ぎ、自室からダイニングにいくと、完全にクラッシュして煙を吐き出す羽月がいた。
「これは……」
「完全にキャパオーバーしちゃったみたい」
白久さんが苦笑いしていた。
「晴未様、パフェをお持ちしました」
「ありがとうございます。ほら羽月さん、糖分補給して脳に栄養を回して頑張ろう」
「あむ……あむ……」
まるでロボットのような一定の動きで、白久さんが差し出したスプーンを咥える羽月。
「あんまり順調とは言えなさそうだな」
「人に教えるのが難しいって改めて理解したよ」
「大丈夫か、羽月」
「ダメ……もう無理。わけがわからなくて思考回路はショート寸前……」
「すでに焼き切れてるようにしか見えないが……」
わかってはいたけど、本当にやばいな。
「あはは……もうワタシの成績は低空飛行のままでもいい……」
「お前の場合は墜落の危機があるだろ。いいから頑張れ」
俺や白久さんに助けを求めている以上、半端なことはさせない。
「今やってるのは……数学か」
「ベクトルのところだよ」
ノートを覗き込むと、基礎的なところだった。
「……あ、あーっ。そっか、そういうことね」
「分かったのか?」
「ふっ、謎は全て解けたわ。じっちゃんの名にかけて、真実はいつも一つ!」
「色々混ざってるぞ」
「じゃあ、この問題の答えは?」
「ルート三分の二!」
「解けてない……」
「えぇ〜……もうダメ、数学は終わったわ……わけわからない……」
「確かに数学って面倒だよな。公式を頭に入れても、その使い方を応用するひらめきまで求められるんだからな」
俺にとっても、公式を記憶するだけではどうにもならない数学が、一番の鬼門かもしれない。
「こうなったら匠を頼るしかないわよね」
「いや、白久さんに教わってるんだから……」
「ううん、晴未さんじゃダメなの」
「本人を目の前にして言うことじゃないだろ」
「頑張って説明したんだけどな……」
「あ、いえ、晴未さんが悪いわけじゃないわ。ワタシが基本もままならないせいで、理解できないのが悪いから」
「分かってるなら理解する努力をだな」
「でも匠なら、バレないカンニングの方法を知ってるはずよね」
「知るかバカ!」
「え? でもいくら記憶力がいいからって、それだけで学年二位を取れるってことはないでしょ」
「真正面から正規の実力で学年二位だ!」
失礼にも程がある。
「ってか、今の問題ってめちゃくちゃ基礎のところだろ? すぐに解けるだろ」
「うっそだー。だったら解いてみてよ」
「いいだろう」
羽月のシャーペンを借りて、ノートに計算式を書き込んでいく。
「ルート二分の一」
「正解だけど……」
「おぉーさすが匠」
「これで証明できただろ?」
「えっと……三峰君が解いたらダメじゃないかな?」
「…………あ」
「助かったわ、ありがとう」
もしかしなくても、嵌められたか?
「チョロいわね、匠」
「はいはい、羽月さんも頑張ろう? 期末テストからは逃れられないんだから」
「はーい……」
かくして、二人で教科を手分けしながら、羽月に教え込んでいく。
けど、羽月の頭の処理能力には限度があるから、身体を動かしながら覚えさせることにした。
「construction!」
「えっと……製造!」
白久さんが単語を言いながら魔法を放ち、それを羽月が日本語訳しながら撃ち落とす。
羽月は運動神経が抜群だから、身体を動かしながらの方が物事を覚えられる。
実際に羽月へ剣を指導する時師、範たちは見て説明するよりも実際に打ち込ませて覚えさせるというスタイルだった。
羽月にはそれが有効だって、師範や師範代が分かっていたってことだろう。
「疲れたぁ……」
羽月が訓練場の床に転がる。
「一気に頭の中に詰め込まれた……」
「普段から勉強しないからそう言うことになるんだ」
これを機にして、勉強の習慣を身につけてほしい。
「今度は匠が相手してよ」
「絶対にダメだ」
俺が相手したら、勉強よりも剣の打ち合いの方に本気になるのが目に見えてる。
「でも、このやり方に切り替えたらあっという間に英単語覚えちゃったね」
「このまま他の暗記系もうまくいけばいいな」
「次はどの教科にする?」
「そうだな……」
「その前に……休憩させて……」
「「あ、はい」」
ショート寸前の羽月の頭を、中川さんが持ってきた氷のうでアイシングした。
*
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