第63話「至福の時間を邪魔した敵は」
「流石に休日だから、それなりに人が集まってるな……」
中規模のダンジョンにもかかわらず、ゲートの前にはかなりの人数がいた。
これだけの人数がいれば、羽月の希望通りすぐに片付けられるだろうな。
「顔ぶれを見る限り、指揮はミハルさんにお願いすることになりそうだ」
見知った顔もいるけれど、白久さん以上の実績を持っている人はいなさそうだ。
俺には羽月をコントロールするって任務があるし。
「というわけでミハルさん、よろしく」
「…………」
「ミハルさん?」
「へ、あ、うん。任せて!」
ボーッと、何か考え込んでいたようだった。……大丈夫だろうか。
「…………で、だ」
「うん?」
「朔也、なんでお前がここにいる?」
なぜか朔也がここまでついてきた。
「それがさー、戦ってる絵が欲しいから撮ってきてって言われちゃってさ」
首から下げたカメラを持ち上げる。
「見る専はどこ行った」
「そりゃ僕だって嫌だよ⁉︎ でも仕事だし、今日の職場で覚醒者なの僕しかいないから、仕方なくだよ」
「なるほど……。けど、自分の身を守るくらいはできるんだよな?」
流石に戦えない人をダンジョンの中に連れて行くのは……。
「それくらいなら大丈夫、タクミたちに迷惑はかけないよ」
「ならいいけど、油断はするなよ」
「わかってるわかってる。ほら、ミハルさんが号令かけてるよ」
白久さんが前に立って、声をかけ始めた。
「ほら、僕たちも行こう。活躍を期待してるよ」
「あぁ」
これだけのレイドメンバーがいると、俺の出番があるかは怪しいけれど。
白久さんと(ちょっと血の気の多い)羽月を先頭に、ダンジョンへと進んでいく。
「今のところ、何も出てこないわね。さっさと終わらせたいっていうのに」
「油断できないよ。前に同じ状態から、スチームダイナが現れたことがあるから……」
モンスターが現れないという事象は、悪い予感の一歩であることを、俺も白久さんもよく知っている。
「羽月!」
「見えてる!」
左上から、何かが急に降ってくる。
一歩身を引いて紫色の物体をかわしつつ、左腰の刀に手を伸ばす。
「……は?」
羽月のいた場所に降ってきたのは、サッカーボールくらいの大きさの、紫色の丸いスライムだった。
「ゲッ!」
「ま、まずいぞ!」
「やばいやばい!」
この敵の正体を知っているレイドメンバーが、ジリジリと下がって行く。
「……なに、こんなやつにワタシの至福の時間を邪魔されたの?」
「お、おい羽月?」
「よくもワタシの時間を! 万死に値するわ!」
「ちょっ、ばかやめっ!」
抜いた剣をそのまま振り下ろす。だが──
「なっ⁉︎」
──スライムはバシャンッと音を立てながら、羽月の剣を弾く。
「嘘でしょ⁉︎ こんなこと……あ、れ……?」
急に力が抜けたように、羽月がその場にうずくまった。
「羽月さん!」
一番近くにいた白久さんが羽月を引っ張って、スライムから遠ざける。
「大丈夫か羽月」
「大丈夫……でもなんか、急に力が抜けた感じ」
それでも、立ち上がるだけの力は残っているようだ。
「あのスライムは……魔力を喰うんだ」
マナイートスライム。
そう名付けられたあの敵は、こちらが使う魔法を全て吸収してしまう。
しかも、
「物理攻撃は全て弾かれてしまう。絶対に斬れない敵なんだ」
俺たち剣士にとっても、天敵のような存在だ。
「……じゃあ、ワタシは剣が当たった瞬間に魔力を抜かれたってこと?」
「そういうことだ」
「なにそれ、あれは無敵ってこと?」
「いや」
決して無敵というわけじゃない。
過去四回、このマナイートスライムはダンジョンに出現し、三回のレイド全滅がありながらも、全て攻略している。
「考え事は後だよ三峰君!」
「!」
羽月の魔力を吸って膨らんだスライムが、触手のようにカラダを引き延ばしてくる。
「みんな触手に触れるな!」
指示を飛ばしながら、近づく触手から逃げる。
「うわあぁっ!」
「くるなっ!」
けど、ダンジョンに参加している人数が多すぎて、逃げる場所がかなり狭い。
逃げる先で他のレイドメンバーとぶつかり、足が止まったところに触手が襲いかかる。
容赦なく魔力を吸い込み、どんどん肥大化して触手を増やす。
「ガッ……」
「魔力が……」
魔力を吸われたレイドメンバーが、次々とディフィートアウトしていく。
「まずいね、この状況」
逃げ惑うレイドメンバーたちの間を縫って、朔也がそばに近づいてきた。
「朔也……?」
「大丈夫大丈夫、ちゃんとかわせるから」
その言葉を証明するように、自身に向かってきた触手をサラッとかわしてみせる。
こいつ、見る専とか言っておきながら……。
「それよりも、どう対処するのさ」
「今考えてる!」
さっきもいた通り、あのスライムは決して無敵じゃない。
一度は、あの炎蛇ラクの八岐大蛇によって。
二度は、今は亡きグレイストーカーの魔法、スローンガーデンによって。
最後の一度は、現人気ランキング第四位。光の巫女のあだ名を冠するダンジョン攻略者、フィナンシュの魔法ソーラ・レイによって。
共通するのは、全て大規模な魔法によって倒しているということ。
「大規模な魔法であれば、倒せるのか……?」
いや、だとしたら何かがおかしい。
「彼らの魔法でも、スライムを倒すのに一分以上かかってたよね」
「……もしかして」
奴は魔法によって倒されたわけではなく、魔力の吸収限界を迎えて自壊したってことか。
そうだとすれば、全ての辻褄が合う。
「そうだね、僕も同意見だ。仮説に過ぎないけど」
なら、やることは一つ。
「全員! やつに向かって魔法を撃ち続けるんだ!」
「は?」
「おい何を言って……」
「俺たちの魔法は効かないんだぞ!」
「それでいい! やつには魔力の吸収限界がある、それを越えれば奴は自壊するはずだ!」
「なるほど」
「そういうことなら!」
レイドメンバーが、一斉にやつに向かって魔法を打ち込む。
当然その魔法はスライムに吸収されて、スライムはどんどん肥大化して行く。
「羽月、俺たちは……」
「わかってる、──時雨!」
羽月の連続突きが、スライムの触手を弾き飛ばした。
「彼らに指一本……いえ、触手一本触れさせなければいいんでしょ? 魔力を使わない戦いなら、いつものワタシの戦い方ができる」
「あぁ、頼むぞ!」
羽月と俺が先陣に立って、敵の触手を相手取る。
あえて魔力を剣に流し込まずに刀を振るうことで、敵を傷つけることは不可能だが、物理的に敵の攻撃を弾くことに専念できる。
さながら、バッティングセンターの要領だ。
「イロードアイシクル!」
「フレイムシュート!」
「ストーンレンジ!」
「ソニックウィンド!」
白久さんを先頭に、連続して魔法が放たれ続ける。
その全ての魔法を吸収し続け、周囲のビルと同じくらいまで膨れ上がったスライムは、とうとう限界を迎え。
「あと一押しだ!」
肥大化を止めて、弾け飛んだ。
「うわっ!」
「キャアッ!」
衝撃によって全員が吹き飛ばされる。
「っつ……みんな大丈夫か?」
「う、うん……」
「えぇ、なんとか」
ゆっくりと顔を上げるレイドメンバーたち。
「それよりも、敵は?」
「……大丈夫だ、もういない」
黒いモヤが空中に消えて行く。
敵は確実に倒したはずだ。
その証拠に、紅月夜の空にヒビが入って、ダンジョンの崩壊が始まった。
「数の勝利だな」
最初は人数の多さが仇になりかけたが、結果的にはそれに助けられた。
人の集まりやすい土日でよかったな。
「お疲れ様」
「朔也、大丈夫だったか?」
「うん、僕は全然平気。それに写真も撮れたしね」
見る専とか言っておいて、しっかり生き残ってるのがこいつらしい。
「お前、もう見る専やめたら?」
「え、やだよ。僕は安全なところからダンジョン攻略を見てるのが一番楽しいんだから。まして戦うなんて、僕の仕事じゃないね。バイトじゃなかったらこんなところに来ないし」
「お前な……」
ほんと、いい性格をしてるな。
「……羽月?」
レイドメンバーが勝利に湧き上がる中、一人渋い顔をしている羽月。
「どうかしたのか」
「匠……」
「どこか怪我でもしたか?」
「ううん、大丈夫。けど……」
「けど、なんだ?」
「悔しいわ」
「悔しい?」
「決まってるでしょう、敵を斬れなかったことよ」
「…………」
「だってそうでしょ? ワタシたちの剣が通じなかったなんてこと、認められるわけがない!」
確かに、全員で協力したおかげで、敵を倒すことはできた。
でも俺たちは、あの敵を斬ることができなかった。
それが剣士として恥じるべきことだというのは、俺たちの中にある教えだ。
「つまり、俺たちはまだまだ半熟だってことだ」
「っ……」
「だから一緒に登って行こう」
「……そうね」
「さてと、そろそろ戻ろうか。取材はまだ終わってないみたいだし、あんみつも食べなくちゃだろ?」
「そうだった! 早く戻らなくちゃ!」
俺の手を引く羽月、暗い気分が一旦晴れてくれたようでよかった。あんみつさまさまだな。
*
「あの二人、なかなかいいコンビだね。剣士同士だから気が合うっていうのはあるんだろうけど」
「……うん。そうだね」
「でも白久さんはいいの? このままでさ」
「え……?」
「このまま、眺めてるだけでいいのかなーって」
「それは……」
「ま、僕はタダの見る専だから、深く踏み込むつもりはないけど。……でも、もうちょっと少し面白くしてほしいけどね」
「……?」
「白久さん、朔也、行くぞー?」
「ほら、呼んでるよ」
「う、うん……」
*
最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
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