第62話「取材という名の……?」
「ここがダンジョンクロスモダンの出版社?」
朝一番に連れてこられたのは、ビルの森の一本。
中に入って白久さんが受付の人と会話すると、すぐに編集長さんがやってきた。
「初めまして! あなたがタクミさんこと、三峰匠さん。そしてウヅキさんこと、森口羽月さんですね。本日はよろしくお願いします」
「は、はい……」
「よろしくお願いします……」
いきなり距離を詰めてくる編集長さんに圧倒される。
「そんなに緊張しなくても大丈夫ですよ。肩の力を抜いて、楽しんでください」
「「は、はい……」」
緊張気味の俺たちを、編集長さんは笑って流してくれた。
「大丈夫だよ。初めてはみんな同じように緊張するから」
白久さんも笑いながら、そんな優しい気遣いしてくれる。
そのおかげで、ほんの少し緊張が和らいだ。
「そうですね、まずはこちらで軽く服と髪を整えさせていただきたいのですが、よろしいでしょうか?」
「あ、はい。よろしくお願いします」
「よ、よろしくお願いします」
不安な気持ちは拭えなくても、こうなったらもう流れに逆らわない方がいい。
そうして最初に案内された部屋は、メイク室のような場所。
「どうぞ。まずはこちらで軽くヘアスタイルなどを整えさせていただきます」
部屋の奥の方が鏡張りになっていて、その手前のテーブルには大量のメイク道具と、スタイリストさんっぽい人たちが待っていた。
「初めまして〜! あなたたちが話題の二人ね〜! 白久さんもお久しぶり〜!」
なんか、癖の強いスタイリストさんだな……。この人が一番偉いんだろうか。
「それじゃあ早速……」
「え?」
「へ?」
他のスタイリストさんが俺の腕を掴んで、俺だけここから連れ出される。
「あ、あの?」
「君は別室、楽しみは後に取っておくべきでしょ?」
「楽しみ?」
よくわからないまま、隣の同じようなメイク室に連れていかれ、あれよあれよという間にメイクや着替えをさせられた。
「これは……」
鏡の前に居たのは、俺だけど俺じゃない誰かだった。ってか誰だお前。
「素直に驚いた反応をされると、私としても嬉しいですね」
「いや、本当に驚きました……」
始まってから三十分程度で、こんなに変わるのか。
別に劇的にイケメンになったとか、そういう訳じゃないけど。でも整った綺麗な、どこにいても恥ずかしくない男の顔がそこにはあった。
プロの人って、本当にすごいんだなと思った瞬間だった。
そのまましばらく待機を命じられて、用意してもらったお茶菓子をつまみながら待っていると、
「お、向こうも準備できたみたい。じゃあ戻ろうか」
再び腕を引っ張られて、最初のメイク室へと連れていかれる。
「失礼します」
スタイリストさんに続いて中に入ると、そこにいたのは。
「こ、匠……」
「…………」
女の子の羽月が、そこにいた。
「あ、あんまり見ないで……」
ひらひらに、スカート。羽月が着ているところを一度も見たことのないような服を身に纏って、それが恥ずかしいのか少し顔を赤らめている。
その顔も、いつもと違ってメイクをしているせいか、少し色っぽくも感じる。
「ほらほら、ちゃんと感想を言ってあげなくちゃ、彼氏なんだから」
「いや、別に彼氏じゃないんですが……」
「へ? そうなんですか? でも、ちゃんと感想は言ってあげてください!」
ぐいっと背中を押されて、羽月の前に出た。
「匠……」
「あー……えっと、その……似合ってる。めっちゃビックリした」
これまでの羽月のイメージが百八十度覆されるような、そんな衝撃を受けた。
「あ、ありがとう……。えっと、匠も似合ってるよ……」
「あ、うん……ありがとう」
それっきりで、二人とも俯いて黙り込んでしまった。
「ふたりとも不器用だねぇ……」
そんな風に笑われながら、別室に移動して、まずインタビューから始めることに。
「失礼しまーす」
「お、やっときたね」
「は?」
「え?」
「うん?」
「や、三人ともおはよう」
「朔也⁉︎」
何故かそこには、朔也がいた。
「なんで日野君がここに……?」
「アルバイトだよ、アルバイト」
「あ、アルバイト⁉︎」
「でも私がこの間取材を受けた時は……」
「それは最近始めたばかりだからかな。白久さんが取材を受けた後なんだと思う」
「そ、そうなんだ……」
ってことは、今からの会話全て朔也に聞かれるってことか。
「遅いか早いかの違いだよ。全国紙なんだし、いずれ見られるって思えば、慣れるのにちょうどいいんじゃない?」
「お前が言うなお前が」
「あれ、みんなと知り合いなの?」
「はい、彼らと同じ学校に通っているので」
「そうなんだ。それじゃあインタビュアーも日野くんにお願いしたほうがいいかな?」
「それだけは勘弁してください」
まともなインタビューにならなくなるから。
「そう? でもじゃあ、彼にもインタビューに参加してもらおうかな。知ってる人がいる方が、お互い会話も楽しくなるだろうしね」
そうして、朔也にもインタビューを直接聞かれることになってしまった。
「それじゃあ、始めていきますね」
「「はい、よろしくお願いします」」
聞かれる質問はあらかじめ共有されていたおかげで、それほど緊張することなく受け答えできた。
というか俺の場合は、
「いやいや、匠はどうせ『俺が全部斬ってしまえばいいのに……』とか考えてるでしょ?」
「そんなわけあるか!」
合間合間に朔也が口出ししてくるせいで、緊張なんてどこかへ行ってしまった。
「はい、インタビューは以上になります」
小一時間ほどでインタビューは終了して、次は写真撮影に移行する。
「森口さんは少し準備がありますので、先に三峰さんだけで撮影をお願いします」
羽月と一旦別れて、白久さんと朔也に見られながらの写真撮影が始まった。
「ポーズは自由で結構です。自分が一番いいという構えをしてください」
「む、無茶苦茶だなぁ……」
ちなみにこの撮影には真剣を持ち込むことになっている。
「ほらほら、カッコいいポーズしてよー!」
「黙れ朔也」
外野は無視して、息を吐いて精神統一して、いつもの中段の構えから始める。
上段の構え、下段の構え、脇構え、居合、型通りに動いて、その様子が写真に収められる。
「うーん、もう少しダイナミックに動く絵が欲しいですね……」
「はあ……」
と言われても、この狭いスタジオじゃちょっと難しい。
「森口さん入られまーす」
そこで戦闘礼装に身を包んだ羽月がやってきた。
「羽月、あの服持ってきてたのか」
「私からお願いしたんだ。本人はかなり渋ってたみたいだけど、師範に聞いたらいいって言われたらしいよ」
「あの師範が……」
こんなことに許可を出すなんて、想像ができないけど。
「それじゃあ森口さん、よろしくお願いします」
今度は羽月の撮影が始まったが、
「うーん、やはり二人とも硬いですね……」
俺と同じように、型通りの動きはするけど、彼らの求めるダイナミックさとは無縁のものだった。
「なら匠、型稽古は?」
「あー、なるほど」
カメラマンの人たちが首を傾げている間に、俺たちはホワイトスクリーンの前に立って、剣を構える。
「え、あ、あの?」
「大丈夫です、機材を傷つけたりはしないので」
型稽古。二人組に向かい合って、鏡合わせに同じ動きをする。
少しでもズレれば、自分の刀が相手に当たってしまうから、少しも気を抜けない。
それに、俺たちには五年のブランクがあるのだから、余計に。
けど、何千回もやってきた動きは、身体に染み込んでいる。
最初は相手の動きを確かめるように始めたけど、途中から楽しくなって笑いながら刀を振っていた。
「いいですね、すごくいい!」
カメラマンが夢中になってシャッターを切っているのが見える。
「……なぁ羽月、これいつまで続けるんだ?」
「さぁ、でもいい感じだし、もう少し続けよう?」
そうして俺たちとカメラマンの双方が満足するまで、型稽古は続くこととなった。
*
用意してもらったロケ弁当を控えの部屋で食べて、今度は外に出ることに。
羽月はさっきとは違い、動きやすい服へと着替えていた。
「さて、これからは三峰さんと森口さんそれぞれにご提案いただいた場所に行きたいと思います」
テーマは、お互いをエスコートするなら、ということらしい。
ロケバスには白久さんに、朔也まで乗り込んでる。
ちなみに、お互いがどの場所にエスコートするかは秘密だから、羽月が俺をどこへ連れて行くのかは俺も知らない。
「最初に森口さんご提案の場所へと向かいますが……本当にこちらで良いのですか?」
「はい、問題ありません」
……一体どこに連れていかれるんだ?
「到着しました」
車が止まったのは、剣道用の道具を扱う専門店の前。
「羽月お前、まさか……」
「だって匠、胴着持ってみたいだし。それに竹刀もボロボロだったからそろそろ買い替えないといけないでしょ?」
「いやだからって……」
エスコートするってテーマで、ここに連れてこようって考えをするのは羽月だけだ。
そりゃ、編集長さんも困惑するわ。
「えーっと、それじゃあご自由に見てまわっていただいて……」
あらかじめ取材の許可は取っているらしく、早速店内に入って散策を始める。
「匠なら、このあたりとかどう?」
「うーん、悪くはないけどもう少し重心を持ち手寄りにしたいな……」
「だったら……」
ものの数分で羽月と二人、剣の世界に入り込んだ。
「あれ、何話してるの?」
「私にもわからないかな……」
「撮影のことを忘れて自然体になってくれているのは、こちらとしてもありがたいですけどね……」
そんな風に、みんなに呆れられながら。
小一時間ほど使って、竹刀と胴着を新調した。
「なんだかんだ楽しんでしまった……」
最初はどうかと思ったのに、なんかちょっと悔しい。
「『デートに行くのなら、アウェーじゃなくてホームで挑むべし』ということよ」
「いやデートじゃないけど……」
「……だから、そういうところよ」
「は?」
「あのね」
グッと羽月が顔を近づけてくる。
「ワタシこの前あなたに告白したばかりなのよ?」
「っ──!」
この距離まで近づかれると、ついあの日のことを思い出してしまう。
なんとか思い出さないように、努力していたのに……。
「匠がどう思っていようと、他のギャラリーがいようと、ワタシには関係ないわ。あなたと二人で出かけているのだから、ワタシにとってはこれはデートなの、わかった?」
「…………はい」
なにも言い返せずに、こちらが折れてしまう。
「おぉ〜、やるね森口さん」
「これほど積極的とは思いませんでした」
「…………」
他の人にもこんな場面を見られるなんて、どんな羞恥プレイだよ……。
「それじゃあ、次は匠の番よ」
「……わかった。それじゃあ、お願いします」
再びロケバスに乗って、移動してもらった。
「ここって……」
「ここら辺で一番評判がいいって噂の和菓子喫茶だ」
羽月をエスコートするなら、やはりあんみつだ。
「みんな美味しそう……」
席についてメニューを広げた羽月が、いつもの美人顔をこれでもかというほど綻ばせている。
「好きなの頼んでいいけど……」
「全部食べられるわ」
「バカ言うな、そんな食べられるわけないだろ」
「和菓子は別腹だから大丈夫よ!」
便利なお腹をしてるな。
「でもダメだ。一品か二品にしなさい。また今度連れてくるから」
「本当! 約束よ!」
「わ、わかったわかった……」
いきなり目の前に迫ってくるな……。
和菓子を前にした羽月は俺にも止められないな。
そうして、店の中に入った人たち全員が注文を終えて、それぞれの前に運ばれてくる。
「それじゃあ、全員揃ったようですので、いただきま──」
ビーッ! ビーッ!
耳をつんざく、アラート音。
「……ダンジョン発生か。しかもかなり近い」
よりにもよって、なんでこのタイミングなのか。
「……許さない!」
ガタンッと音を立てて、隣に座っていた羽月が勢いよく立ち上がる。
「よくもワタシの至福の時間を邪魔してくれたわね……?」
やばい、これはガチギレモードだ。
和菓子タイムを邪魔されるのが、羽月にとって最も許しがたいこと。
「行くわよ匠、五分で終わらせるわ」
「い、いえ……取材中ですし、今回はスルーしていただいても……」
「それこそ一番ありえないわ。やるべきことを蔑ろにして、この和菓子を美味しく食べられるわけがないでしょう?」
刀を取り出して、左腰に装備する。
「……でも、その前に!」
テーブルのあんみつを、数口で頬張り込んだ。
「ごめんなさい! 後で必ず戻ってきます! その時にはちゃんと味わうので許してください!」
店員さんに勢いよく頭を下げる、
「全員、ちゃんと出されたものを食べてからくること! いい⁉︎」
そういうところはちゃんとしてるな。
「あ、あの……」
「……すみません、ここは羽月の言うことを聞いてあげてください」
「は、はい。わかりました……」
そうして、美味しそうなあんみつを、全く味わうことなく頬張って、ダンジョンへと急いだ。
*
最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
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