第61話「取材の申し込み」

「「……取材?」」


 ある朝、白久さんから持ちかけられた話題に、羽月と揃って首を傾げる。


「二人はダンジョンクロスモダンって知ってる?」


「いや、知らない。羽月は?」


「聞いたことない」


「二人とも……」


 白久さんに冷たい視線を投げかけられて、目をそらす。


 世間知らずですまない。


「ダンジョンクロスモダンっていうのは、有名なダンジョン攻略者の普段の姿も見てみたいっていう要望に応える雑誌だよ」


「そんなものがあるのか」


「ダンジョンとは直接関係ないからね。三峰君が見落としているのも無理はないって思うな」


 ダンジョン配信はほぼ全てに目を通しているけれど、そういう情報誌については完全にノーマークだった。


「で、そのなんとかって雑誌が、なんでワタシたちに取材を申し込んでくるの?」


「そりゃ、二人は今や有名人だからね」


「ワタシも?」


「ダンジョンに剣を携えて挑む二人。本来モンスターには効果を発揮できないはずの剣で敵を次々と斬り倒す特異な人物。そんな二人のことをもっと知りたいって意見がたくさんあるんだよ」


「ワタシたちのことなんて知ってどうするのよ」


「さぁ?」


 さっぱりわからない。


「そんな二人には、これを見てもらおうかな」


 手渡されたのは件の雑誌、ダンジョンクロスモダン。


 開いた状態で渡されたそのページは、


「え?」


「これは……」


 読者アンケートのページだった。


 書かれているのは、『今一番気になるダンジョン攻略者は?』。


 そしてその一位と二位に、俺と羽月の名前があった。


「二人は配信を見ている人たちから、一番注目を浴びてるってこと」


「まじか……」


 俺のストリーマーランキングは、確か二十位そこそこだったはず。


 まだまだ上がいて、とてもトップランカーなんて言える数値じゃない。


「ワタシなんて、配信者やってるわけじゃないのに」


 結局、羽月は配信者にはならなかった。


 一つは、師範の許可が降りなかったから。


 そしてもう一つは、


『ワタシがダンジョンに来ている理由は、敵を斬るためであって、誰かに見てもらうためじゃないから』


 ということだ。


 でも俺と一緒に戦うことは認めてもらえた。その結果、


「羽月さんは三峰君の配信で常に隣にいるようになってから、人気急上昇中なんだよ」


 ランキングのふきだしには、選ばれた理由も書いてあった。


:楽しく剣を振るってるところが可愛い


:モンスターと戦ってる時のクールな顔がカッコいい


:むしろ俺が斬られたい


「理由がキモいんだけど」


「あはは……」


 そりゃ、そういう人も湧くだろうなぁ……。見た目だけは美人だからな。


「なんか今、失礼なこと考えなかった?」


「気のせい気のせい」


「それで、どうかな。できれば二人には受けて欲しいのだけれど……」


「取材か……」


 その言葉を聞くと、正直いい思い出はない。


 数ヶ月前にマスコミに囲まれたあの記憶が、ちょっとトラウマになってる。


 わけがわからないままに周囲を固められて、マイクやカメラを向けられるのは、正直怖い。


「ご安心ください。今回の取材では、あのような手合いが入り込むことはありませんので」


「そう、ですか……」


 中川さんがそう言うのなら、安心できるはずだ。


「だったら、俺は別にいいけど……」


 ストリーマーを続けていく以上、いずれこういう機会があるだろうとは思っていた。


 まさかこれほど早くとは思っていなかったけど。


「ワタシは嫌」


 やはりというべきか、羽月はしっかり拒否してきた。


「ワタシは見せ物になるためにダンジョンに挑んでるわけじゃない。そもそもなにを聞かれるのかわかったものじゃないし」


「それは確かに。どんな取材を受けるのかわからないのは怖いよな」


「そこは安心して、変な質問はされないし、当日は私も一緒にいるから」


「白久さんがいるなら、マシか……?」


 なにかヒントになるものがないか、さっきの雑誌をめくっていると、


「あれ? これ白久さん?」


 同じような取材を受けている白久さんがいた。


 表表紙に戻ると、そこには白久さんがいた。


「あぁ、うん。この間ね」


「そうなのか……」


 そういえば、羽月が来る少し前に、一日いなかった日があったな。


 その時にこの取材を受けたってわけか。


「晴未さんも大変ね」


「私はこの手の取材を何回も受けてるから、それほど大変じゃないよ」


「ふーん?」


 俺の手から雑誌を取ってパラパラと眺め出す羽月。


「(ねぇ、三峰君)」


「(ん?)」


「(どうにかして羽月さんをやる気にさせられないかな……)」


 まさかそんなお願いをされるなんて思わなかった。


「(どうしてそんなに羽月にこだわるんだ?)」


「(実はね……この雑誌を出してる出版社は、白久グループの傘下なの)」


「(……あぁ)」


 そういうことか。


 つまりこの件には、白久さんの父親も一枚噛んでるってことだな。


「(羽月を釣る餌……あんみつとかだな)」


「(あんみつ?)」


「(あいつ、和菓子大好きだからな。特にあんみつには目がない)」


「(じゃあ、取材の最中にあんみつ食べられる和菓子店に行くとか?)」 


「(それなら多分釣れるはずだ)」


「(じゃあ、いい場所を探さなくちゃいけなそうだね)」


「(頼んだ、俺は羽月に聞いてみる)」


 白久さんとの話し合いがまとまった瞬間。


 ──パンッ! 


「「⁉︎」」


 勢いよく雑誌を閉じる羽月。決心したような表情で、


「受けるわ、取材」


「「へ……?」」


 急な心変わりをした羽月に、動揺を隠せない。


「な、なんで……?」


「なんでもよ。この取材が、ワタシに必要だってことがわかった」


「ひ、必要?」


 まるで意味がわからない。


「…………あ」


「白久さん?」


「ううん、なんでもない。とにかく、受けてくれるってことでいいんだよね?」


「えぇ、詳細は後で教えて」


「わかった」



     *



「……というわけで、あなたのご要望通り、二人とも取材を受けてくれることになりました」


「そうか、ご苦労」


「……ご用がないようでしたら、これで失礼させていただきます」


「あぁ」


 報告を終えて、すぐに部屋から去る。


「はぁ……」


 あの人と話すのは、妙な緊張をするから本当に疲れる。


「大丈夫ですか、晴未様」


「はい、大丈夫です……」


 と言いつつも、あんまり顔色が良くない自覚はしているけど。


「しかし、よろしいのですか?」


「よろしいって、なにがですか?」


「旦那様のご命令です。あの方の意図は、三峰様と森口様を近づけるところにあります」


「……そうですね」


 それは、私も気づいている。


 あの人は、私が三峰君と仲良くしていることを決してよしとはしない。


 だから三峰君に私と離れ離れになるように促したり、彼を排除するように暗躍したり、彼がどうなってもいいように危険な役割を与えたりしている。


 その全てが、私がこれまで通りに人気配信者として活動できるようにという考えの下にある。


 ダンジョン攻略を盛り上げる、客寄せパンダとしての役割を果たせるように。


「ですが晴未様は」


「うん……」


 だからこそ、自分の気持ちを奥にしまい込んでしまわないと、とてもじゃないけどやっていられない……。


「以前、私が言ったことを覚えていらっしゃいますか?」


「以前言ったこと、ですか?」


「『優しさにつけ込まれて、横から出てきた何者かに彼を掻っ攫われないように』と言ったことです」


「……覚えています」


 まさに中川さんの言う通りだった。


 私が足踏みしている間に、横から羽月さんが現れて、あっという間に追い抜いていった。


「ですから申し上げたのです、掴めるうちに掴んだ方が良い、と」


「その通り、でしたね」


 人は失ってからその大切さに気づくと言うけれど、私は今まさにそのことに気づかされた。


「このまま手をこまねいていてよろしいのですか?」


「わかってます、わかっているんですけど……」


 彼になにもしてあげられていない私が、本当に彼に踏み込んでいいんだろうか。


 そんなことばかり考えてしまって、嫌になる。


「……幸いなのは、三峰様がまだ返事をしていらっしゃらないことですね」


 そう、三峰君は、まだ羽月さんの告白の返事をしていない。


 不思議なのは、羽月さんも何故か答えを迫ったりしていないこと。


 二人の間には、私の知らないなにかがあるのだろう。


 それも、三峰君の側になにか問題があることが。


「しかし、いつまでもこの均衡が続くとは思えません」


「……わかっています」


 いずれ三峰君は、答えを出す。


 その時までに、私も答えを決めなくちゃいけない。


 わかってるはずなのに……どうしても踏み出せない。


「晴未様が筋立てをしたいのであれば、私は止めませんが……お早めに動くべきであることは、お伝えしておきます」


「……ありがとうございます」


 中川さんの心遣いは、すごく嬉しいけれど。


 同時に今は、それが苦しくもあった。



     *



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