第72話「ためらいの代償」

「なにをしてるんですか──っ⁉︎」


 振り返った瞬間、背筋に冷たいものが走る。


 羽月さんに向けて魔法を放ったレイドメンバー。


 その瞳には、まるで生気が感じられなかった。


「お前ガ……お、オオオ、オマ、エ。オマエガガガガガ!」


 完全に正気を失っている、さっき学校で暴れた人と同じように。


「まさか……この人も暴走⁉︎」


「ガアアァッ⁉︎」


 予測を証明するかのように全身が光を帯び、雷が周囲を無差別に攻撃し始める。


「な、なんだこいつ⁉︎」


「いきなりどうなってんだ⁉︎」


 突然味方から攻撃を受けて、他のレイドメンバーも混乱。


「この……!」


「こいつ……!」


 反撃するべく魔法陣を形成し始める。


「ダメッ!」 


 私の静止は間に合わず、彼らの魔法が一斉に放たれ、爆発する。


 しかしそれは、暴走したレイドメンバーに直撃したからではなく。


 その手前、彼が全身に帯びている雷が魔法を迎撃したから。


「なっ……ガッ⁉︎」


「うそだ……ッ!」


 再び雷がレイドメンバーを襲い、周囲にいたメンバーが吹き飛ばされた。


「アイスインヴェード!」


 身動きを止めるために、手足を凍らせる魔法を放つ、けど。


「ウガアアアアアア!」


 彼の纏っている雷が、氷を無理やり割ってしまう。


 自身の纏うシールドウェアを犠牲にしながら。


「っ……」


 このまま放っておいたら、被害がどんどん大きくなる。


 でも、他の人がシールドウェアを削ってダンジョンからディフィートアウトさせても、意識が残っている限り現実世界で暴れ出す可能性がある。


 ワタシが思い切り魔法を使えば、あの人を止められる。


 けど、その代償に……。


「どいてっ!」


 背後で戦ってるはずの羽月さんがワタシを横切って暴走したレイドメンバーに剣を振る。


「こっちはワタシが受け持つから、後ろのヘドロは任せたわよ!」


 羽月さんの剣から敵は逃げ、羽月さんがそれを追いかける。


 確かに、あの人を気絶させるのは私よりも最適だろう。


「わかった──!」


 羽月さんのいた方を振り向く。  


 バラバラに飛び散ったヘドロの塊が、再び集まりだしていた。


「誰もいないのなら……!」


 存分に魔法を使える。


「ディープフリーズテンペスト!」


 ダンジョンの世界を、雪景色へと変えた。


 私の魔法は、一人きりのこの状況で使うのが一番効果を発揮できる。


「イロードアイシクル!」


 集まったヘドロに対して無数のつららを生成。


 敵の動きは鈍重、ほとんどのつららが敵に命中する。


「これでおしまい」


 イロードアイシクルは、普通の攻撃が効かない敵のための魔法。


 この魔法は敵にダメージを与えるための魔法ではなく、魔法が当たった場所から氷が侵食していく。


 どれほど攻撃に対して万能を誇ろうが、その体が氷に変質してしまえば、再生もできない。


(配信している中で使うべき魔法じゃないけど……)


 この魔法の真の効果を知っている人が一人としていないのが、唯一の救い。


 それにこの魔法のもう一つの弱点は、この吹雪の環境下でないと効果を発揮しきれないところ。


 通常下では、侵食の効果はほとんど薄れて、ただのつららになる。


 けど、この雪景色の環境下は、他の人の魔法まで阻害してしまうどころか、最悪の場合人を凍死させてしまう。


 だからどうしても、ダンジョンの攻略で使用を躊躇ってしまう。


「……けど、これでしか倒せない敵だから」


 できる限りの全力で相手をする。


 やがて全身が氷漬けになり、真っ白に変色したヘドロは、音を立てて崩れ去った。


 氷は黒い煙に変色して、消えていく。


「羽月さんは!」


 崩壊を始めるダンジョンの中、吹雪を解除してから急いで背後へ振り返る。


 奥の方で、刀を片手に地面に倒れた暴走者を見下ろす羽月さん。


「羽月、さん……」


「大丈夫よ、棟を思い切り当てて気絶させただけだから」


 ゆっくりと刀をしまう羽月さん。


「そっちも片付いたみたいね」


「う、うん。なんとか」


 現実世界に戻ってくると、警察や救急隊が急いで駆け寄ってくる。


 暴走した人は直ちに拘束されて、私たちは事情聴取のために近くのテントに連れていかれた。


 こうして、三峰君のいないダンジョン攻略は、後味の悪い中で幕を閉じた。



     *



「……ひとまず片付いてよかった」


 ベッドに横になりながら、二人の配信を眺めていた。


 黒いオーラを纏った、攻撃の効かないモンスター。


 突然暴走を始めたダンジョン攻略者。


 二人がいてくれたおかげで、両方の事態に対応できた。


「あのオーラ……」


 ラガッシュやレシュガルが使っていたあの黒いオーラを、同じようにあの敵も纏っていた。


 今までのボスモンスターにはなかったこと。


 今後もそんな敵が現れるとしたら、ダンジョン攻略はより厳しくなっていくだろう。


「けど……」


 ボスモンスター以上に気になるのが、覚醒者の暴走。


「学校のやつも、このダンジョンのやつも、どこかで……」


 そう、どこかで見た記憶がある。


 まさに最近、どこかのダンジョン攻略で──


「まさかっ⁉︎」


 ──瞬間、脳裏に嫌な予感が浮かんでしまった。


 急いで配信のアーカイブを探す。


 そして……見つけてしまった。


「やっぱり……この二人は」


 覚醒者の暴走が始まる直前の大規模ダンジョン。


 全員がダンジョンの中で眠りにつくという異常事態が起こったあの時に、レイドメンバーとして参加していた。


「もしかして」


 急いでここ最近魔法によって不可思議な事件を引き起こした犯人たちの顔写真を検索する。


「嘘、だろ……?」


 その全員が、件のダンジョンに参加していた。


「まさか……まさかまさか!」


 暴走している覚醒者は、あの時目覚めることができなかった人なのか……。


 あの時あのダンジョンに参加していたのは、五十人近く。


 その五十人全員に、暴走の危険があるってことか?


 しかもその中には。


「白久さんもいる……」


 なら、白久さんもいずれ暴走する────?


「っ……」


 考えるだけで、身震いした。


 全身に鳥肌が立って、冷や汗が止まらない。


「三峰様」


「⁉︎」


 コンコンと、ノックと共に部屋の扉の向こうから中川さんの声がする。


「起きてらっしゃいますか、三峰様」


「は、はい。どうぞ」


 急いでRMSの画面を閉じて、中川さんの目に触れないようにする。


「具合はいかがでしょうか?」


「……少しだけ楽になりました」


「汗をかいておられるようですね、すぐに着替えとタオルを用意します」


「あ、ありがとうございます……」


 中川さんに、気づいたことを言うべきなのだろうか。


 今の白久さんは言うなれば時限爆弾そのものだ。


 それが起爆してからでは遅い。


 ……いや、自分の使えている人に暴走の危機があるだなんて、言えるわけがないだろ。


 そもそも白久さんが他の彼らと同じように暴走するとは限らないのだし。


 それに、この事実が公表されたら、白久さんや他の覚醒者がどこでどのような扱いを受けることになるか、想像できない。


 最低でも人目のつかない場所に隔離、最悪の場合…………。


「三峰様?」


「は、はいっ⁉︎」


「大丈夫でしょうか、ぼんやりとされていたので」


「あ、いえ……大丈夫です。きっとまだ本調子じゃないからだと思います……」


「仕方がありません。ダンジョンはお二人の活躍で無事終えられたようですし、本日はごゆっくりお休みください」


「そう、ですね……」


「どうぞ、替えのお着替えとタオルです」


「ありがとうございます」 


「…………」


「……あの?」


 なぜか中川さんが動かない。


「いえ、背中をお拭きしてさしあげようと……」


「だ、大丈夫です! それくらい一人でやりますから!」


 なんとか中川さんを部屋から追い出して、身体を拭いてから新しい着替えに身を包んだ。


「はぁ」


 ベッドに転がる。


 中川さんは着替えた服と汗を拭いたタオルを回収して、再び部屋を離れた。


 なんか、余計に疲れた気がするな……。


「……暴走をさせない方法を見つけ出さなきゃいけないのか?」


 けどどうやって?


 原因もわからないのに?


 そもそも因果関係があるのかどうかすら、確証もないのに。


「今はまだ、俺の胸の中にしまっておくべきだろうな」


 こんなことを告げて、白久さんを不安にさせたくはないから。



     *



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