第44話「信頼できる友人同士の戦い〜探り合い〜」

 訓練室に併設されている、ガラス張りの観戦部屋。


 俺はそこに入って、二人の戦いを眺めることになった。


 どうしてこうなった、とは思うけれど。


 二人が納得して戦うというのなら、俺は止めない。


「けど、なんであんな火花が散ってるように見えるんだ……?」


 なんだか二人の表情が険しい。


「羽月に至っては、戦闘礼装まで着てるし」


 ただの訓練にそこまでするか?


 あるいはさっきのアドバイスを受けて、本気になったと言うことかもしれないけど。


「三峰様、ひとつお聞きしても良いでしょうか?」


 同じ部屋にいる中川さんが、隣に並ぶ。


「三峰様がこの戦いをどう見ておられるのか、お伺いしたく」


「……わかりません」


「三峰様にも、ですか?」


「羽月の実力の底を知らないからっていうのもありますけど、白久さんも並のダンジョン攻略者ではないですからね」


 あくまでただの稽古、訓練。


 いくらなんでも本気でやり合うなんてこと、ないだろう……とは思うけど。


 けどもし、何かの拍子で二人が本気になったら、俺には予測がつかない。


「それで、勝敗はどうつけるのかしら?」


 ガラス窓の向こうにいる二人の会話が、この部屋のスピーカーから聞こえてくる。


「シールドウェアの耐久値が無くなった方の負け、これでどうですか?」


「いいわ」


 首に装着したRMSを起動して、シールドウェアを身に纏う二人。


「ん? 配信……?」


「それは、この戦いを配信に乗せるかどうかを選択する画面ですね。私のところにも出てきてます」


「いいえ、で構わない? ワタシ、みだりに稽古する姿を晒す趣味はないから」


「もちろん構いません。私もこの戦いは配信しないつもりですので」


「そうなの? ワタシはてっきり、こういうところも配信して、数字を稼いだりするものだって思っていたのだけれど?」


「私が配信している目的は、数字を稼ぎたいからという理由ではないので」


「そうなの? 少し意外ね……。開始の合図はどうするの?」


「ちょっと待ってください」


 白久さんがホログラムのモニターを操作すると、訓練場の中央上部に、巨大な数字のホログラムが出てくる。


「このカウントがゼロになったら試合開始でどうですか?」


「へぇ、便利な世の中ね」


「これくらいはもう普通の世の中だと思いますけど……」


「……どうせワタシは機械に疎いわよ」


 キッと、俺の方を向いてきたので、視線を明後日の方向に逸らしておく。


「コホン、それじゃあ始めましょう」


「はい」


 一定の距離を離れてから、羽月は刀を鞘から抜き、白久さんがパネルを操作する。


 十カウントの数字が減り始め、ゼロになった瞬間に、ビーッというアラーム音が鳴り響く。


「はっ!」


 先に動き出すのは羽月。普通に駆ければ五、六歩の距離を、三歩で詰めにかかる。


 羽月がこの戦いで、あの秘剣を使うつもりがないのなら、本来の剣の間合いで戦いを挑むのは当然だ。


「イロードアイシクル!」


 対する白久さんは剣の間合いの外まで身を引きながら、つららの魔法を作り出して羽月を狙う。


「この程度でワタシが止まるとでも?」


 剣を数振りして、白久さんが生み出すつららばりを全て砕いていく。


「そんなわけありません!」


 つららばりを囮にして、白久さんは次の魔法を用意している。


 彼女の頭上に現れた巨大な魔法陣から生み出されたのは、人の何倍ものサイズの氷塊。


「押しつぶせ! タイタニックアイスベルグ!」


 流石の羽月も規模の大きい魔法に足を止めて、剣を振り上げる。


「ハアッ!」


 渾身の逆袈裟懸けによって、氷塊は真っ二つに斬り裂かれ羽月の左右を掠めて飛んでいく。


「これくらいはやってもらわなくちゃね」


 再び距離を詰めにかかる羽月と、ひたすら逃げに徹する白久さん。


 そのイタチごっこがひたすら続く。


「三峰様」


「なんですか?」


「私の目からすると、晴未様が森口様の剣の間合いから、さらに遠くに逃げているように見えるのですが。少し大げさではないのですか?」


「大げさではないです。ここで見ている俺たちにはわかりませんが、白久さんにはギリギリでかわしているように見えているんです」


 羽月の刀身は、四尺一メートル強、俺の使う剣よりも長い。


 そこに腕の長さと踏み込みを合わせれば、羽月の剣の間合いは二メートルをゆうに超える。


 しかもそんな長刀を俺と同じような速度で取り回しているのだから、羽月の間合いはさらに伸びてくるように見えるだろう。


「重要なのは、羽月の踏み込み間合いの、さらに外にいることです」


 羽月が秘剣を使わない以上、魔法という力は羽月の間合いに勝っている。


「そうすれば──」


 白久さんの生み出したつららばりの一つが、羽月の腕を掠めた。


「──魔法の手数で、ちょっとずつでも羽月のシールドウェアを削ることができる」


 この戦いの勝敗は、シールドウェアの耐久値で決まる。


 たとえ押されているように見えても、最終的にシールドウェアだけを狙っていればいいのだ。


 そしてこの点に関してだけは、白久さんは圧倒的に有利だ。


 羽月は、シールドウェアの耐久値を気にしながらの戦い方は身につけていないのだから。


「思っていたよりも鬱陶しいものね」


 ちょっとずつ削られていくシールドウェアを見て、羽月も白久さんの作戦に気づいたか。


「このまま無闇に距離を詰めても、耐久値を削られ続けるだけ。つまりあなたの狙いは、この展開に焦れたワタシが、隙を見せることにある」


「…………」


「なら、ワタシもその勝負に付き合わせてもらうわ」


 それまで白久さんを追い続けていた羽月が急に足を止めて、刀を中段に構えた。


「──朧」


 静かに唱えた羽月は、動かず真っ直ぐに白久さんを見つめる。


「……始まったか」


 俺がまだ分析できていない、羽月の妙技。


「イロードアイシクル!」


 動かなくなった敵などは、ただの的でしかない。


 そう考えたのか、白久さんは再びつららばりを複数個展開する。が──


「えっ……?」


 ──その全てのつららばりが羽月の左右に飛んでいき、一つとして羽月を捉えない。


「これは一体……」


 羽月の技を初めて見る中川さんが、口を開けて驚く。


「ふふっ」


「!」


 さらには、羽月が何もしていないにもかかわらず、白久さんが大きく飛び退いた。


「晴未様が引いた……?」


「……そうか、そういうことだったのか!」


 ダンジョンのボスだったレシュガルとの戦い。剣道部の主将との戦い。そして今の白久さんとの戦いで、ようやく羽月の妙技のカラクリがわかった。


「三峰様、あれは一体どうなっているのですか? 森口様はあの場所でただ佇んでいるだけなのに、どうして晴未様が……」


「いえ、羽月は罠を仕掛けています」


「罠、とは?」


「羽月のやっていることを簡単に言うと、“起こり”のフェイントです」


「“起こり”のフェイント?」


「つまりですね……」


 “起こり”とは、人がなにかしらの動作をする前の前触れ、予備動作。


 羽月はその“起こり”を完全に停止した状態から、ほんの少し大げさに相手に見せているんだ。


 それによって、相手は羽月の次の動きを先読みし、そこに合わせるように攻撃をする。


 けど実際にはその場からは動いていないから、攻撃がスカされたように見える。


 しかも羽月の場合、その技を極めているから、相手に自分が動いたと見せられるのだろう。


『まっすぐ、丁寧に、綺麗な剣筋を描くように』


 師範からそう剣の指導を受け、さらには私生活における一つ一つの挙動から丁寧さを求められてきた羽月だからこそできる、読み筋潰しの妙技。


「知らなかったら、対策できるわけがない」


 知っていたとしても、対策できるかは怪しいが。


「では晴未様が下がられたのは……」


「剣技が飛んでくる、と感じたからですよ」


 最初の位置で、白久さんは羽月の間合いから遥かに離れているから、身を引く必要はない。


 けれど白久さんは、間合いを無視する羽月の剣技を知ってしまっている。


 だからその剣技を恐れて、引いてしまった。


 実際に羽月があの剣技を使うつもりがないとしても、恐怖心を捨て去ることはできないだろう。


「……羽月が勝負に付き合うって言ったのは、そういう意味か」


 つまりは、精神と精神の削りあい。


 どちらが先に疲弊して、ボロを出すかの勝負というわけだ。


「なかなかにエゲツないことをするな、羽月も……」


 普通の人であれば、この圧に耐え切れないだろう。


 実際に対峙している白久さんは眉間に皺がより、息を詰まらせて冷や汗を流している。


 そうして両者とも、読み合いを続け動かない時間が続く。


「ねぇ、白久さん」


 そんな緊張の中で、ふいに羽月が話を切り出した。


「あなたの実力は、その程度?」


「……どういうことですか?」


「匠から聞いたの、たった一人でダンジョンを攻略したことがあると。でも今のあなたからは、そんな圧も強さも感じない。あなたが本当にそんな力を持っているのなら、見せてくれないかしら」


「それは……」


「ワタシがどうしてあなたを嫌いなのか。その理由の一つはそこにある。匠があなたみたいな弱い人を助けるために剣を振るっている事実が、ワタシには許せないのよ。匠に剣を手放すよう迫っているワタシが言うのもおかしな話だけれど」


「…………」


「彼は本来、もっと高みを目指せるはずなのに、あなたがそれを邪魔している。ダンジョンストリームなんて道化じみたことに彼を誘ったのもあなたでしょう? ワタシは彼の持つ力を、そんな無駄なものに消費させたくないの」


「無駄……?」


「だからあなたに匠の隣に立てるだけの力がないのなら、ワタシは無理矢理にでもあなたから引き剥がす」


「おい羽月!」


 この部屋で俺がどれだけ声を上げても、向こう側にいる二人には聞こえない。


 だから羽月に何か言うことができるのは、白久さんだけ。


 そして、白久さんがゆっくりと口を開いた。


「……ダンジョンストリームは、決して無駄なんかじゃありません。ダンジョンのことを探り、そして攻略の様子を見せることによって、みんなに安心した日々を送ってもらう。それが私の信念なんです」


「そう。それは立派な信念だと思う。でもそれに匠を巻き込む理由はどこにも……」


「それに三峰君と約束したんです、一緒に夢を叶えようって」 


「約束……夢……? ……そういうこと。あなたも匠と同じというわけね。でもそれなら余計に──」


「だったら、見せてあげます」


「え……?」


「ダンジョンを一緒に攻略する人が増えてから、ずっと封印していました。そもそも私は、この力が嫌いなので。でも、それが必要なら、あえてその禁を破ります」


「っ……」


 白久さんの目の奥に宿った、冷たい何か。


 それを感じ取った羽月が、息を呑んで一歩身を引いた。


 ガラス窓のこっち側にいる俺でさえ、見たことのない白久さんの圧に背筋が凍ったほどだ。


「後悔だけはしないでくださいね──ディープ・フリーズワールド」



     *



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