第45話「信頼できる友人同士の戦い〜本気のぶつかり合い〜」

「──ディープ・フリーズワールド」


 白久さんが唱えた瞬間、訓練場が雪と氷に支配された。


「これは……」


 迫り来る冷気に対して飛び上がりながら、受け身を取った羽月。


 その対応は正解だ。何もしなかったら地面から迫る雪と氷に足を凍結させられて、身動きが取れなくなっていただろう。


「訓練場が、一瞬で氷漬けになるなんて……」


「ディープ・フリーズテンペスト」


 間を置かずに、次の魔法を仕掛ける白久さん。


 訓練場の中で吹雪が起こり、視界は一メートルもなくなる。


 俺のいるこの部屋からじゃ、ほとんど何も見えない。


「大丈夫です。配信はしていませんが、RMSで映像は記録されていますので。そちらの映像を出します」


 中川さんがパネルを操作すると、部屋中にホログラムが現れた。


 白久さんや羽月だけじゃなく、訓練場の壁にいくつものカメラが仕込まれているらしい。


 ひとまず二人の視点と、羽月に最も近いカメラの映像を近くに引き寄せる。


「視界を奪う魔法ということね。しかも地面は雪と氷で、踏ん張りにくい」


 流石の事態に、羽月の顔からは余裕が消えていた。


「!」


 真っ白な世界から、氷塊が飛び出してくる。


「フッ!」


 視界不良でいきなり目の前に迫る氷塊を、平然と寸断する羽月。


「この程度でワタシの剣が鈍るとでも?」


 同時に駆け出す、氷が飛来してきた方向へ向けて。


 再び視界不良の中から現れる複数の氷弾。


「甘いわよッ!」


 その全てを二つに斬り裂き、なおも歩みを止めない。


「そこっ!」


 やがて吹雪の中に見つけた人影に、剣を振り下ろした。


「なっ⁉︎」


 剣は確かに人影を捉え、同時に音を立てながら氷となって崩れる。


 それは白久さんではなく、白久さんを模した氷の人形。


「なにが……」


 急いで白久さんの視点を確認する。羽月は白久さんの前にいない。


「──っ」


 再び氷塊による攻撃、しかも今度は複数の方向から。


「このっ!」


 平薙ぎで、その全てを一撃で斬り落とす羽月。


「白久さんに模した氷の人形が、白久さんの魔法を使っている……?」


 ありえない仮説が、脳裏に浮かぶ。


 俺は白久さんの本気を、実際に目にしたことはない。


 ただ一度だけ、黎明期の配信を確認しているときに見たことがある。


 ダンジョンのあらゆるものを氷漬けにし、敵はことごとく氷像と化して砕け散っていく映像。


 それを引き起こしたのは、他のレイドメンバーが撤退して、一人きりになった白久さん。


 その状況で表情ひとつ変えない冷たい美貌、容赦のない氷魔法による攻撃。


 白久さんが『氷の女王』と呼ばれることになった所以。


「五年前ですらそれだけ絶大な力を誇っていたんだから、それが成長したら……」


 どうなるのかなんて、俺の想像で測れるはずがない。


「うぐっ……」


 羽月ほどの達人でも、全ての方位を警戒し続けるのは難しい。


 しかもこの視界不良の中で、足元は雪と氷で身動きが取りにくく足が止まっている。


 羽月のシールドウェアがどんどん削られていく。


「羽月……」


 自分から白久さんを煽ったのだから、自業自得ではあるのだけれど。


 羽月のあんな顔を見るのは、あのススキ野以来だ。


「これは……危ないかもしれません」


 不安そうに白久さんの姿を見つめる中川さん。


「危ない?」


「晴未様がどうして普段からあれだけの力を使わないのか、その理由は二つあります。一つは周囲の攻略者を巻き込んでしまいかねないから。そしてもう一つが……晴未様があの力をコントロールしきれていないからです」


「コントロール、しきれていない?」


「はい……。五年前と比較して、今はかなり力を押さえ込むことができていますが、いつ暴走してしまうか」


「ぼ、暴走って……」


「ですから晴未様は、他の方々の指揮を中心にして、皆さんを助けるためだけに、力を押さえ込んだ魔法を使用しています」


「だから……」


 もう二ヶ月近くも前になるが、ラガッシュとの戦いの時。


 あの時白久さんが本気で戦えば、奴に勝てていたかもしれない。俺自身そう思っていたのだから。


 でも彼女はその力を使わなかったのは、逃げ遅れた他のメンバーを巻き込んでしまう可能性があったからだったのか。


 彼女が自身を弱いと言い続けている理由も、ようやくはっきりした。


「今はなんとか意識を保って、出力の高い魔法は使っていないようですが、これ以上晴未様が力を引き出してしまうと……」


「危険ということですか」


「はい。ですから、なんとかして戦いを中止する方法を……」


「いえ、その前に羽月が動きます」


 囲まれて袋叩きにされている状況から、攻撃の来ていない方向へ大きく飛び退く羽月。


「……謝罪します、白久晴未さん。ワタシはあなたの力を過小評価していた。だから──」


 剣を構えて、重心を少し落としながら。


「──ここからはワタシの全霊で、あなたと戦う」


 横薙ぎが、剣の間合いを超えて伸びていく。


「孤風」


 とうとう羽月が、秘剣を使い出した。


 斬撃が、氷でできた白久さんの像を二、三体まとめて破壊する。


「そう簡単に居場所は教えてはくれない、か」


 カメラの映像がある俺とは違って、羽月はこの吹雪の中で白久さんを手探りで見つけなければならない。


「なら、全て斬るだけよッ!」


 けれども本気になった羽月に、一切の迷いはない。


 斬撃が伸び、飛翔し、氷像を次々に破壊していく。


「見つけた!」


 本物の白久さんの居場所をようやく羽月が捉えた。


「逃がさない」


 その場から下がる白久さんに斬撃を飛ばす羽月、しかし他の氷像が庇って剣が届かない。


「鬱陶しい!」


 斬撃だけでは届かないと、奥へと踏み込む羽月。


「これで仕舞いよッ!」


 ガードに入った残り三体の氷像を剣で斬り裂き、その勢いのまま白久さんに剣戟を飛ばす羽月。


「──雷電!」


 上段の構えからの一撃が、白久さんの頭上へと振り下ろされる。


「……かかりましたね」


「っ⁉︎」


 自分に向かって剣戟が振り下ろされている、そんな状況でなぜか白久さんが笑った。


「羽月!」


 羽月の後方、さっき倒した三体の氷像のかけらが浮いて、羽月を狙って飛んでいく。


「どうなった⁉︎」


 氷のかけらは羽月に直撃し、羽月の一撃もまた白久さんを確実に捉えていた。


 最後、どっちが速かった? どっちが勝った?


 やがて通知された勝敗の結果。それは、


「……引き分け?」


 どちらのシールドウェアも、同時に消失したという判定。


 俺の目にも判断がつかないくらいだから、超ハイスピードカメラ程度で見分けがつくはずがない。


「三峰様」


「っ、行きましょう!」


 部屋から飛び出して、少しずつ溶けていく雪と氷の中を二人の元へ。


「白久さん! 羽月!」


 二人とも両膝をついて、肩で息をしているが、少なくとも目立った外傷はないように見える。


「私が晴未様の元へ参りますので、三峰様は森口様の方を」


「わかりました」


 中川さんに従って、先に羽月の元へ駆け寄る。


「大丈夫か、羽月……」


「えぇ……」


 怪我はしていないようだったが、顔色は良くない。というより、さっきまでの余裕と覇気が失われている感じだ。


「結果は……?」


「シールドウェアは、二人同時に消失した。つまり引き分けだ」


「引き分け……いえ、私の負けね」


「羽月?」


「私から戦いをふっかけておいて、このザマ。引き分けなんてありえない。この勝負は、私の負けよ」


「羽月……」


「晴未様⁉︎」


 白久さんの元へ向かった中川さんが声を上げた。


「行ってあげて、匠」


「いや、でも……」


「ワタシは大丈夫よ。普通に立ち上がれるし、先に部屋に戻ってるわ」


「……わかった」


 ゆっくりと訓練室を出ていく羽月を見届けて、すぐに白久さんの元へ駆け寄った。


「白久さんは」


「今は眠っておられるようです。お力をかなり引き出してしまったようですから……」


「そうですか……」


「昔もそうでした。晴未様が本気で戦った際は、その後で必ずこのように眠ってしまわれるのです」


「魔力を一気に使った影響でしょう。俺がこの前ダンジョンで倒れたのと同じ理由です」


 ひとまずはこのまま寝かせてあげるのがいいだろう。


「三峰様、申し訳ないのですが、晴未様をお願いできますか?」


「え、俺がですか……?」


「私はこの雪と氷をなんとかしなければなりませんので」


「けど、いずれは元に戻りますよ?」


 魔法で生み出したものは、こちらの世界では長く形を止めておくことはできない。


 いずれは溶けた水でさえも、跡形なく消えてしまうだろう。


「そうですが、あれだけ激しい戦いの後です。念の為の点検が必要そうですので」


 しかし何かを傷つけた場合は別だ。炎蛇ラクとの戦いで、俺がここの壁を破壊してしまった時のように。


「それでは、よろしくお願いします」


「……わかりました」


 一礼して、中川さんは離れて行った。


「さてと、おんぶは……できそうにないし。仕方ないか」


 彼女の身体を自分に預けて、抱き上げる。いわゆる、お姫様抱っこ。


「……なんか前にもこんなことあったな」


 炎蛇ラクと戦った時も、こうして白久さんを運んだっけ。


 あの時は、俺が色々とやらかしたせいだったけど。


「…………」


 振り返って、消え始めた雪原を眺める。


「俺は、この二人のいる場所に届いているのだろうか」


 負けていられない、静かな決心が俺の胸の中に宿る。


「ん……」


「っと、早く運んでしまおう」


 彼女を抱え上げて、俺も訓練室を後にした。



     *



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