第43話「相掛かり稽古」

「イロードアイシクル!」


 ひたすら逃げ続ける俺に、つららによる攻撃を放つ白久さん。


「っと⁉︎」


 俺の行手を阻むべく、目の前に生み出された巨大な氷柱に、一瞬動きを制約されてしまった。


 そのわずかな隙に、白久さんの攻撃が俺に当たった。


「やった!」


「一本取られたか」


 戦意を解いて、白久さんの元へ歩いていく。


「うーん、やっぱり手数で攻められると厳しいな……」


「でも三峰君、加速する魔法も空中起動の魔法も使ってないんだし、まして剣すら使ってないんだから」


「それに頼りすぎてるからこそ、俺にとってもこの稽古には大きな意義があるってことだな」


 そんな会話を繰り広げるのは、修復が完了した地下訓練場。


 炎蛇ラクと戦った時に俺が破損してしまったあの場所が、ようやく修復できたと今朝教えてもらった。


『今度は、もう少し丁寧に使ってくださいね?』


 ……二度と壊すなよ、という圧を中川さんから受けたけれど。


『それと、ここでの訓練の様子を配信するかどうかを任意で選択できるように、システムを改修しました。この場所でRMSを起動した際に、選択の画面が出るはずです』


『それはすごく助かります』


 この間はここでの配信をきっかけに、本当にひどい目にあったからな。


 それに稽古なんて、大っぴらにするようなものでもないし。


『それじゃあ三峰君、早速使ってみよう?』


『そういえば、前にここにきた時に相掛かり稽古したいって言ってたっけ』


 あの時は思わぬ乱入者のおかげで、すっかり忘れていたけど。


『うん、改めて今日からお願いします』


『でも、何をするか……』


『それじゃあ、ちょっとしたお願いがあるんだけど、いい?』


『お願い?』


 そうして白久さんから提案されたのは、俺の動きを魔法で追尾する訓練。


 敵の動きを正確に感知する能力を鍛えたいそうだ。


 俺も魔力や剣に頼らず、白久さんからの魔法から逃げ続ける形で稽古をすることに。


 今ので三セット目、白久さんの手数の多さに対して、俺が劣勢な状況だ。


 自分がいかにあの二つの魔法を頼りに戦っていたかが良くわかる。


 ……これじゃどっちが稽古してるかわからなくないか?


「そんなことないよ、おかげで状況の把握と先読みがいかに大事かよくわかったから」


「俺の戦い方も、その二つを鍵にしてるからな。この感覚を鍛えることは、誰にとっても大事になると思うよ」


「三峰君は、どうやって敵の行動を先読みしてるの?」


「そうだな……白久さんは“起こり”って知ってるか?」


「起こり?」


「起こりっていうのは、動物がなにかしらの動作をする前の前触れだ。予備動作って言った方がわかりやすいかな」


「あ、うん。それならわかるよ」


「これは剣の道に限った話じゃなくて、たとえばスポーツ選手なんかもそうなんだけど。一般的に強いって言われている人は、その起こりを正確に読み解いて、それに対する手を即座に打つ」


「起こりを読む……」


「熟練の剣士同士の戦いでは、その起こりをお互いに読み合って、一歩も動かないなんてことがよく起こる。俺が普段やっていることも、その技術の延長線上にあるものなんだ」


「なるほど……私はてっきり、何かすごい超能力みたいなものがあるんじゃないかって思ってた」


「そんなわけないだろう」


 可愛らしい妄想に、ちょっと笑いが出る。


 ま、五年前までは魔法なんて御伽話の超能力と思われていたのだし、そんな力に目覚めた人も中にはいるかもしれないな。


「起こりを読む……私にもできるかな?」


「単なる技術でしかないから、稽古を積んでいけばできると思う。もっとも、一朝一夕でできるようなものじゃないけど」


「それはそうだよね、でも私も気をつけてみる」


 白久さんも、羽月に負けず劣らずの向上心を持っているな。


「じゃあ、また続きやる?」


「そうだな、もう少し……」


 言いかけたところで、腹の虫が鳴ってしまった。


「……なんかごめん」


「ううん、もうお昼だもんね。ちょっと待ってて」


 併設してある観戦部屋に駆けて行って、大きな袋を持って戻ってくる。


「これ、一緒に食べよう?」


 袋から取り出したケースに入っていたのは、サンドイッチ。


「いいのか?」


「もちろんだよ」


「じゃあ、いただきます」


 その場に座り込んで、昼食会を始めた。


「たまごサンド美味い」


「こっちのBLTもどうぞ」


「いただきます……うん、これも美味い」


 あんまり語彙力ないけど、とにかく仕事が丁寧だ。俺じゃこんなに上手くは作れないだろうな。


「なんていうか」


「うん?」


「白久さんに胃袋掴まれてる感じがするなぁ」


「ふぇ⁉︎」


「いやだって、毎日白久さんの手料理を食べてるわけだから、正直もう離れられる気がしないなって」


「そっか……そうなんだ」


「なんていうか、俺なんかの胃袋掴ませて悪い」


「え、なんで謝るの?」


「いやだって、俺なんかの胃袋掴んでも、白久さんにはなんのメリットもないわけだし」


「そんなことは……ないよ?」


「でも、このままじゃダメだよな」


「えっ? な、なんで?」


「白久さんに頼りっぱなしで、負担かけてばかりだし。夕食を作る手伝いも、まだまだ訳に立ててないしさ」


「そ、そんなことないよ! それにさっき三峰君が言ってた通り、料理も一朝一夕じゃできないよ。少しずつ学んでいこう?」


「そっか、そうだな。じゃあこれからも、色々と教えてください、白久先生」


「せ、先生って言われるほど大袈裟なものじゃないけど、これからも頑張ろうね」


「……随分と仲よさそうね」


「「うわぁっ⁉︎」」


 驚いて振り返ると、そこには羽月が立っていた。


 足音立てずに近づいてきてたのか……。さすがだけど怖いな。


「羽月が私服だ……」


「当たり前でしょ?」


 ティーシャツにカーディガンを羽織って、下はタイトなパンツを履いている。


 ボーイッシュな雰囲気の、動きやすそうな服装。


 羽月の私服を見るのは、随分と久しぶりだ。


「っていうか、やっと起きたんだな」


「せっかくのお休みなんだから、ゆっくりグータラしたいじゃない」


 思い切り背伸びして、脱力する羽月。


 ついさっきまで羽月がここにいなかった理由は、別に彼女を除け者にしているとかではなく、今日が休日で、寝坊助だから。


 朝稽古のない休みの日は、午後になるまで絶対に布団から出てこないタイプだからな。


 ちなみに中川さんたちにはすでにこのことは伝えてあるし、起きてきたら朝食を食べさせるようにお願いしてあった。


「むしろ匠たちが早すぎるのだけど」


「規則正しい生活をしろって、師範にいつも言われてるだろ?」


「うっ……それを言われると……。で、でも寝る時間はちゃんと決まってるから!」


「別に誇ることでもないだろ」


「む〜……。それよりも、このだだっ広い空間はなに?」


「ここは訓練場」


「訓練場……?」


「はい、ダンジョン攻略のための訓練場なんです。魔法を使ってもいいように、床と壁、天井にシールドウェアを応用した防御術式が組み込まれています。今後全国に訓練場のシステムを普及させるために、その実験として作られた空間がここなんですよ」


「へぇ、確かにいい施策ね」


「羽月もそう思うか?」


「剣だってちゃんとした稽古をしないと、腕が上がらない。魔法だって例外じゃないって、ワタシは思うけど?」


「確かにその通りだな」


「ここは、ワタシも自由に使っていいの?」


「あ、はい。私が一緒にいれば使えるように伝えておきますね」


「なら匠──」


「はいタンマ」


「なんでよ⁉︎」


 どうせそうくると思っていた。


「悪いけど、今日は白久さんの稽古に付き合うって決めてるんだ」


「彼女の稽古に?」


「あぁ。元々俺がここにいる理由の一つがそれだから」


「どういうこと?」


「色々あってな。ま、彼女も自分の力を鍛えたいってことだ」


「ふぅん?」


 首を傾げる羽月だったけど、急に目を見開いて、ニヤリとした顔になった。


「じゃあ、彼女のためになればいいってことよね?」


 ……なんか嫌な予感が。


「白久さん、今からワタシと戦ってくれない?」


 やっぱりか。


「森口さんと、ですか?」


「えぇ、ワタシもあなたと一度戦ってみたいと思っていたし。ワタシとの戦いもあなたにはいい訓練になるんじゃない?」


「おい羽月、ちょっと──」


「別に本気で斬り結ぶなんてことはしないわよ」


「いや、だからって……」


「白久さんはどうかしら?」


「私は……」


「じゃあ、こういうのは?」


 不意に羽月が白久さんの耳元に近づいて、何かを呟く。


「……この戦いで、匠に相応しいのは誰かを決めるのはどう?」


 何を言ったのか俺には聞こえなかったけれど、白久さんの目の色が急に変わって、表情が険しくなる。


「分かりました、やりましょう」


「白久さん⁉︎」


「決まりね」


「お、おい羽月!」


「二人の間で合意したんだから、匠は黙っていて」


「ごめんなさい、私も森口さんと戦ってみたい」


「…………」


 だめだ、止められそうにない。


「三峰君には戦いを見届けてほしい。いいですよね?」


「えぇ、もちろんよ」


「でも、少し準備する時間をもらえますか?」


「構わないわよ、ワタシもこのままじゃ戦えないしね。吹っかけておいてなんだけど、ワタシからお願いするつもりだったわ」


「そうですね……それじゃあ、二十分後に」


「えぇ」


 二人の間に、火花が散り、一時的に背中を向けた。


「白久さん」


「?」


「もう止められそうにないから、俺から一つだけアドバイスするよ」


 広げていたお弁当箱を片付け始める白久さんに、どうしても伝えておかなくちゃいけない。


「ハッキリ言って、羽月の本気は俺にも想像がつかない。けど少なくとも、この訓練場の全てが羽月の間合いだと思っていい。それに、相手の攻撃を外させる技もある」


「うん……」


「とはいえ、羽月が本気でやらないって言うなら、あの剣を使うつもりはないだろうから。だから絶対に羽月の剣の間合いには入らないこと。それと、羽月を動かし続けることが、攻略法になると思う。俺の分析もまだ完全じゃないから、これくらいしか言えないけど」


「ううん、ありがとう。気をつけてみるね」


 俺からできることは、これくらいしかない。


「彼女にだけアドバイスするなんて不公平よ匠」


 訓練場を離脱しようとしていた羽月が、ぶーぶーと文句をいう。


「いや、今更俺が羽月に言うことなんてないだろ……」


「そういうことじゃないのよ。っていうか匠、そういうところよ?」


「意味わからん」


「三峰君、森口さんのところにも行ってあげて」


「……いいのか?」


「うん、不平等のまま戦いたくはないから」


「わかった」


 律儀だな、白久さんは。


 彼女を立てるためにも、今度は羽月に近づく。


「うーん、ぶっちゃけ羽月に言うことは、なんも思い浮かばないんだけど」


「あなたね……」


「だって、羽月が本気を出したら負ける気がしないし」


「そもそも本気で戦うつもりはないけど?」


「……そうだな、羽月に言うとしたら、やっぱりそこだな」


「どこよ?」


「彼女は、手を抜いて相手をできるほど弱くはないぞ?」


「……あなたがそんなことを言うなんて思わなかった。それほどなの?」


「彼女は最初の覚醒者の一人だ。つまり、五年前に発生したダンジョンを、たった一人で閉じてる」


「……!」


「これで理解したか? 白久さんの本気は、他のダンジョン攻略者とはレベルが違う。俺から言えることは、これくらいだ」


「…………」


 羽月の顔が引き締まる。


 もう止められないこの戦いが、せめて悲劇的な終わりにならないことを、切に願う。



     *



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