第42話「戦場をかける二人の剣士」

「さてと……」


 正面には、呆れるほどの数の敵。もっとも、ワタシたちの剣であれば、問題にならない数だけれど。


 ただし、後ろにいる人たちを巻き込んではいけない。


 このせいで、ワタシの剣の使用を制限されてしまう。下手に周囲のビルごと斬って、ビルが崩壊する時の余波に巻き込むわけにはいかないから。


 さらには、奥のデカブツと匠が戦うのを邪魔してはいけない。


「全く、面倒なことこの上ない」


 あの程度の数、ワタシたちの剣であれば一瞬でカタがつくというのに。


「……だからこそ、やる価値がある」


 自らの剣を過信して、それだけを求めれば、いずれ袋小路にあたってしまう。


「あなたが先に真似したんだから、いいでしょう?」


 ゆえに敵の只中へ向かって走り出す。


「フッ!」


 まず最初に接敵した三体のモンスターを横薙ぎで一閃。


 続け様に、振り抜いた剣を戻す過程で次に近づいてくる敵の首を刎ねる。


 次から次へとやってくる敵を、止まることなく剣を振っては斬ってゆく。


「こんな連続の戦いを、匠は苦も無く……」


 ここへくる前に、師範に見せられた一つの動画。


 それは匠の戦い様を、匠自身の視点で映したものだった。


『すごい……!』


 一撃必殺を是とするワタシたちとの剣とは全く違う、機動力と手数で敵を斬り続ける剣。


 なのにワタシは、その戦いぶりに魅せられた。


『羽月、お前は今の戦いをどう見る?』


『……匠は進化しています。ここで学んだ剣を基礎として、ワタシたちとは違う方法で多勢との戦いを心得ている。あれだけの数の敵と邂逅しながら、決して破綻しない』


 普通の人がやればすぐに力尽きるか、剣に無理がかかって折れてしまうような数の敵との連続戦闘。


 匠の戦い方は、常に破綻の危険と表裏一体。


 なのに敵からの攻撃を一度も受けることなく、剣を振るうことができている。


 剣に負荷がかからないのは、彼の太刀筋が剣に負担をかけない、正確無比だから。


 力尽き破綻しないのは、変化し続ける敵の状況を常に把握・予測し、次の手を打ち続けられるから。


 敵に囲まれた緊張感の中で、休むことなく剣を振り続けるなんて、至難の業だ。


 実戦の中で、果たしてワタシも匠と同じことができるだろうか。


『こやつが剣の腕を磨き続けていることは認めよう。いずれこやつは、我々と同じ場所に辿り着いてしまうかもしれない。故にこれ以上、野放しにしてはおけないのだ。お前に与えられた責任は大きいぞ、羽月』


『……はい、わかっています』


 だからこそ、ワタシは匠にだけは絶対に負けられない。


 森口の家の娘として、匠の姉弟子として。


 ワタシが認める、数少ない剣士ライバルにだけは、絶対負けたくない。


「だから、ワタシが強くなるための糧になりなさい」


 迫り来る敵を前に、殺意を剣に乗せて振るった。



     *



「すごいな羽月……」


 ビルの屋上に登って、敵までの距離を確認しつつ、地上の羽月の様子を見ていた。


「俺が五年かかって作り上げたスタイルを、羽月はあんな簡単に再現できるのか……」


 ひたすら剣戟を繋げて、迫り来る敵を斬り続けるスタイル。


 雑魚敵の掃討ばかりをやらされていたからこそ身についた技術だ。


「やっぱり羽月は一流の剣士なんだな」


 本来、一撃必殺を肝とする羽月は、こんな戦い方をしない。


 故に今の羽月の戦い方は、俺のスタイルの再現だとハッキリとわかる。


「……昔もそうだったな」


 羽月は常に進化し続ける剣士だ。


 どれだけ俺が羽月の剣を記憶しても、次の瞬間にはそれを超えていく。


 そして貪欲に、俺の剣筋を吸収してしまう。


 俺が羽月と戦って、たった一度しか勝てなかった理由だ。


「……負けてられない」


 だからこそ羽月に追いついて、追い越さなくちゃならない。


 今俺がやるべきは、奥で険山のようにそびえたっているあの敵を斬ることだ。


「いくぞ!」


 ビルの屋上を伝って、一気に敵のそばまで近づく。


「相変わらずでかいな……」


 テーブルマウンテンに四本の足がついたような姿のモンスター、テプイオーガスタス。


 見た目通り、その動きは鈍重。


 しかし強固な岩石のカラダと、巨大岩石による遠距離からの狙撃によって、幾度もレイドを苦しめてきたモンスター。


 スチームダイナの時と同じように、火力の集中でしか倒した過去がない。


 そんな敵がビルの屋上にいる俺を感知したのか、周囲に無数の岩が生み出しこちらへ射出してきた。


「チッ!」


 岩をかわすべく、ビルから飛び降りる。さっきまでいた場所は、岩石によって吹き飛ばされ、ビルごと崩壊する。


「全身岩に覆われた敵、簡単に真っ二つに斬れる敵じゃない」


 降下しながら、敵の全身を検める。


「なら、ちょっとずつバラしていくだけだ」


 薄い場所から順番に刃を入れていく、いわば縁日の型抜きの要領だ。


経路追跡Traceroute開始Start──」


 その全てを削り切って倒す道筋を導き出して、経路に乗り始めた。


「アクセラレーション!」


 敵の感知能力の精度はかなり正確だ、しかし高速で動くモノへ岩石を当てるのは難しいだろう。


 故に敵の攻撃に怯まず接敵して剣を振るい、岩石のカラダを脆い部分から斬っていく。


 高速機動による、一撃離脱戦法。


「っ……」


 全身にゾッと鳥肌が立つ。


 次の一撃を加えるための突撃を中断して、一度距離を離す。


 一方的に、自身のカラダを削り続けられる敵が繰り出してきた対応策は、岩石による全方位への攻撃。


 無数の岩石が、雨のように降り続ける。


 俺の早さに追いつけないために、無差別な攻撃を続けて相打ち以上を狙っているのだろう。


 こちらが全方位射撃を恐れ足を止めれば、再び巨石の砲撃で仕留める。


「……その程度の策略が、予測のうちにないとでも?」


 再び踏み出して、岩石の雨の中へ吶喊する。


「どれほど弾幕が厚かろうが」


 穴のない攻撃なんて存在しない。そして、俺の最高速はもっと速い。


「アクセラレーション、スツールジャンパー」


 自己加速の魔法と、空間移動の魔法の使用。


 足元に作り出した魔法陣を踏みつけて、さらに加速。


 岩石と岩石の間を潜って、再び本体に近づいた。


 間をすり抜けられカラダを切られたことによって、無差別攻撃が止む。


「まだ終わりじゃないぞ」


 スツールジャンパーを敵の周囲に張り巡らせ、それを踏んでランダムに周囲を移動し、敵を削る。


 つまりは、人間ピンボール。


「無差別攻撃を止めるべきじゃなかったな」


 乱反射によって、不特定多数の方向からひたすらに敵を攻撃する。


「あれが、核か」


 やがて岩石の奥に見える、紫色のクリスタルの結晶。


 乱反射をやめて、コアを潰すべく正面から最速最短で叩きにいく。


 敵も最後の抵抗と言わんばかりに、無数の岩石を生み出した。


 そんな岩石の射撃を、スツールジャンパーを用いて空中で左右に回避しつつ、


「天乃羽衣」


 防御魔法で残りの岩石を受けきって。


「速翼!」


 俺の背丈と同じくらいの大きさのクリスタルを、すれ違いざまに真っ二つに斬り裂く。


 俺の剣技に削られ、コアを破壊され、残った一枚岩は音を立てて崩壊を始め、瓦礫となったすべてが黒いモヤとなって消えていく。


「ふぅ……」


 刀を鞘にしまうと同時に、ダンジョンの崩壊も始まった。


「さすがね、匠」


 追いついてきた羽月と鉢合わせる。


「羽月の方は……って、聞くまでもないか」


「えぇ、ワタシ一人ですべて片付けた」


「流石羽月だな」


「匠だって、同じことをしていたでしょう」


「それはそうだけどさ」


「匠にできるのなら、ワタシにもできるでしょ?」


「負けず嫌いめ」


「匠にだけは言われたくない」


 昔と同じような会話に、お互い小さく笑う。


「それにしても匠って、随分と面倒な戦い方をしてるのね。すごく疲れたから、早く帰って休みたい……」


「はいはい」


 稽古が終わった時の、いつもの羽月の反応。


 疲れ果てて動けなくなった時には、いつも俺に部屋まで運んでとせがまれたっけな。


 ま、流石に人の目もあるこの状況では、そこまで要求はされないけど。


「おっ」


 やがて、他のレイドメンバーたちの姿も見えてきた。白久さんももちろんいる。


「ミハルさん、他の方もみんな無事ですか?」


「う、うん……」


「二人のおかげで……」


「なら良かった」


 ホッと安堵の息を吐いて、すぐ後ろにいた羽月を前に押し出す。


「な、なにをするのよ」


「まぁまぁ。今日の戦いで、皆さんにも羽月の強さはわかっていただけたと思います」


 今日のダンジョン攻略は、羽月が頼りになる存在だということをアピールすることが一番大事だ。


 今後のことを考えて、周囲とのわだかまりはなるべくなくしておきたい。


「あ、うん……そうだね……」


「確かにすごかった……」


「ビックリして、まだちょっと信じられないけど……」


「その気持ちはよくわかる。だからこそ、これからも、羽月と仲良くしてもらえると助かります!」


 彼らに対して、思い切り頭を下げる。


「ほら、羽月も!」


「よ、よろしく……?」


 俺たちのこの態度を見て、他のレイドメンバーたちは完全に言葉を失っていたが、


「大丈夫だよみんな! 彼女もこれから一緒に戦っていく仲間だから!」


 白久さんも助け舟を出してくれる。


「そ、そうですね……」


「ミハルさんがそう言うのなら……」


 彼らの方も、ようやく羽月のことを受け入れてくれた。


 まだ完全に認めてくれているわけではないけれど、確実に一歩踏み出せただろう。


「じゃあ、今日はお疲れ様でした! 解散しましょう!」


 白久さんの一声で、レイドメンバーたちが順番に去っていく。


「ふー……うまくいって良かった……。これで少しは羽月の立ち位置もよくなるだろ」


「別にそんなこと気にしなくていいのに。ワタシは一人でも戦えるし」


「バカ言うな。この前も言ったが、ダンジョン攻略はみんなで協力するものだ」


「……変わったわね、匠。昔はそんな考え方はしなかったのに」


「そんなことはないさ。ただ、ダンジョン攻略は命を賭けてるんだから、死なないための手はどんなものでも打っておくべきだと思ってるだけだよ」


「…………」


 どうして俺が、その考えに至ったのか。その最初の理由を、羽月はよく知っている。


「……そうね。ダンジョン攻略に関しては、匠に一日の長があるわけだし。匠の言うことを聞いておく」


「そうしてくれると助かるよ」


「それよりも、今日は疲れた……早く帰ってお布団に入りたい……」


 ぐーっと背伸びをして、一気に脱力する羽月。


 人の目が無くなったから、一気にだらけモードに入ったな。


「だな、白久さんも、早く帰ろうか」


「え? う、うん。そうだね……」


 そうして俺たち三人は、共に帰路へとついた。


 

 ……この時の俺は、楽観視していたんだ。


 だから今日の戦いによって、少しずつ小さな穴が開き始めていることに気づけなかった。



     *



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