第41話「剣を振るうことに限って息の合う二人」

「…………」


 顔を真っ赤にして、涙目になりながら朝食を食べ終える羽月。


「あ、あのー……森口さん……」


 あまりにも気まずい雰囲気に、俺も羽月に話しかけられなかったが、とうとう白久さんが声をかける。


「はあぁぁぁぁぁ〜……」


 とてつもなく長いため息を吐いて、机に突っ伏した。


「初日からやっちゃったぁ……」


「え、えーっと?」


「もう良いでしょ? ワタシの素、二人には見られたんだし」


「ぜ、全然人が違う……」


「むしろあっちの方が演技だから。品行方正、懇切丁寧、気遣い完璧……なーんて、絵に描いたようなお嬢様、いるわけないじゃん」


 完全にだらけきってる羽月。こういうところは、昔と何一つ変わってないな。


「白久さんはそれに近いって俺は思うけど?」


「そ、そんなことないってば」


「ふーん……? でも匠にも見られたのはショック……」


「なんでさ」


「だって、五年間の間にワタシ成長したんだよってところを見せたかったんだもん」


「むしろたった五年であの性格が治ったら、それはそれで怖いんだけど」


「う、うるさいな! とにかく、ワタシのこっちの姿は、ここだけの秘密にして!」


「はいはい、わかってるよ」


「白久さん、あなたもいいわね?」


「は、はい」


 俺はともかく、白久さんは昨日同じように要求した手前、断れない。


「そろそろ学校行かないと、間に合わなくなりそう」


「誰のせいだ誰の」


「うるさいわね……」


「教科書とかカバンに入れたか? ハンカチとティッシュは持った? 忘れ物はないな?」


「う〜る〜さ〜い〜! 匠はワタシのお母さんか!」


「昔はそんなようなもんだっただろ。なのに結構忘れ物して、俺から色々と借りていっただろ?」


「こ、これが羽月係なんだね……」


 そんな賑やかな朝を過ごす俺たち。


 中川さんに近くまで送迎(俺だけ先に近くで降りて、白久さんと羽月は学校の前まで)してもらった。


「おはよう、森口さん」


「おはようございます」


「ねぇねぇ、ちょっと聞きたいんだけど」


「なにかしら?」


 学校に着いた途端、完璧な仮面を被ってみんなと会話する羽月。


「……ねぇ、三峰君」


「何も言ってやるな、羽月の名誉のためにも」


「う、うん……」


「何を?」


「「うわっ⁉︎」」


 いきなり背後から話しかけられて、二人で飛び跳ねた。


「おっはよータクミ、それに白久さんも」


「お、おはよう日野君」


「朝から驚かすなよ朔也」


「ごめんごめん。ところで、森口さんの話をしてたの?」


「あ、あぁ。今日も囲まれてるなと思って」


「なるほど。転校二日目だしね、それにあんな美人さんだから、当然だって思うよ」


「ま、そうだな」


 あぁしている間は、誰の目も惹く大和撫子の美人だもんな、羽月は。


 中身を知らなければ、の話だけど。


「ところでさ、昨日剣道部の主将が顔を真っ青にして下校してたって話を聞いたんだけど、何か知ってる?」


「剣道部の主将さんが?」


「……さぁ、な」


 羽月に負けたのが、そんなにショックだったのか……。


 確かに決まり手は、主将さんが一番得意としているパターンを、そのまま羽月に真似されたもんな。


 主将さんの方にも、多少の油断があったかもしれないけど。


「主将さんには頑張ってほしいな」


 今の主将さんの状態は、昔の俺と同じ。


 そこで折れてしまうか、立ち上がれるかは主将さん次第だ。


 再び立ち上がることができれば、きっと主将さんはさらに上を目指すことができるはずだ。


(それは、俺も同じだな)


 今朝の稽古のことを思い出して、改めて決意を胸にする俺だった。



     *



 授業が終わっていざ帰ろうとしたとき、ダンジョン発生のアラートが鳴り響いた。


 俺や白久さんはもちろん、羽月も行かないという選択肢は存在しない。


 服を着替える手間がある白久さんを置いて、俺と羽月だけは先にダンジョンの前にやってきた。


「流石にこの時間だと、人が集まらないみたいね」


 今この場にいるのは、俺たち三人を除けば八人。


 中規模なダンジョンとはいえ、少し心許ない人数だ。


「…………」


「どうかしたの、なんだか少し顔色が良くないけれど」


「や、大丈夫だ……」


 一ヶ月前、今日と似たような状況で、あの炎蛇ラクと初対面したんだよな。


 それから酷い目にあったから、あんなやつがもう一度出てこないことを願うのみだ。


「……社会人とかはこの時間厳しいだろうし。顔ぶれを見る限りは学生がほとんどだな」


「わかるの?」


「一度か二度、顔合わせてるからな」


「相変わらずの記憶力ね」


「そういえば、羽月こと着替えなくて良いのか。一昨日の、和装みたいな服に」


「戦闘礼装のこと?」


「あの服、そう呼ぶのか」


「一昨日は初めてだったから、気合を入れて挑んだけれど、実際はあの程度でちょっと拍子抜けしたわ。礼装を持ち出すほどじゃない。そもそも部屋に置きっぱなしだし、制服でも十分に戦えるから」


「そうか。ま、油断はしないようにな」


「当然よ」


 羽月に限って、有象無象に遅れをとるなんてことはないか。


「お待たせ」


 白久さんもやってきて、集まった面々に声をかけていく。


「今日集まってもらったのは、もう数回顔を合わせている人たちがほとんどだから、自己紹介は省略でも良いかもしれないね。でも一人だけ紹介させてください」


 白久さんが羽月の隣にやってくる。


「ワタシ?」


「そうですよ、自己紹介してください」


「なんだか妙な習慣があるのね。初めまして、ワタシは森ぐ──」


「ちょっとタンマ!」


 急いで羽月の口を塞いで、後ろへ下がる。


「(今本名を名乗ろうとしてたよな!)」


「(自己紹介って言われたんだから、名前を言うのは当然でしょう?)」


「(ここではストリーミングネームで名乗るんだ!)」


「(すとりーみんぐねーむ?)」


「(ダンジョンに来る前にダンジョンストリームに登録させられただろ? そこでつけた名前を名乗るんだよ!)」


「(…………あぁ、そういえばそんなことしたわね。なんだかよくわからなかったから、本名をつけた気がする)」


「(嘘だろ……)」


 あぁ、そうだった。羽月は機械系にめちゃくちゃ弱いんだった。


 俺と一緒にいた時は、スマホの扱いさえおぼつかなかったからな。


「……そうだ、あんたはこの間の女剣士だ!」


「確かタクミにウヅキって呼ばれてた……」


 自己紹介する前に、レイドメンバーたちに正体がバレた。


「仕方ない。羽月のストリーミングネームはウヅキで行こう」


「知らない人に名前で呼ばれるのは、なんだか落ち着かないのだけれど」


「それはもう、諦めるしかないな」


 ダンジョン内で思い切り名前を言った俺も悪いけど。


 後で羽月のストリーミングチャンネルの再設定もしなきゃだな……。


「それより、タクミって?」


「俺のストリーミングネーム」


「あぁ、なるほど」


 由来は一瞬でわかったらしい。


「ごめんなさい、彼女はウヅキです。仲良くしてやってください」


「よろしく」


 ぎこちなく挨拶をする羽月に対して、訝しむような目を向けるレイドメンバーたち。


「……その人、一昨日味方ごと敵を斬ってませんでしたっけ?」


「流石にそんな人と一緒っていうのは……」


 やはり原因はそこか。


 いくらシールドウェアとディフィートアウトがあっても、味方と思っていた人にいきなり斬られたらたまったものじゃないからな。


「だ、大丈夫です。この間のことは言い聞かせたので。味方を巻き込むようなことは絶対にさせません」


 羽月の代わりに弁明するが、それでも疑いの目は晴れてくれない。


「と、とにかく! 小規模なダンジョンだけど、人が少ない分、みんなで協力して頑張ろう!」


 白久さんが手を叩いて、淀んだ空気を払おうとする。


 彼女の言葉には流石に従うレイドメンバー。


「それじゃあ、行きましょう」


 白久さんを先頭に、レイドメンバーたちが後に続く。


「今日は絶対に味方を巻き込まないこと、いいな?」


「……はいはい」


 渋々ながらに了承して、最後にダンジョンのゲートを潜った。


「ここの空気、嫌いだわ」


 ダンジョンに踏み込んだ瞬間に、大きくため息を吐く羽月。


「変な気ですごく淀んでいて、殺意がそこら中から振りまかれてる。ここに居るだけで、普通の人なら参ってしまう、そんな感じね」


 剣の腕を磨いていくと、敵の殺意には敏感になっていく。


 羽月はその極地に居るのだから、察知する力はここにいる誰よりも強いんだろうな。


「……敵、出てこないね」


「確かに」


「どうしますか? 少し先に進んで様子見ます?」


「そうですね、その方が──」


「匠!」


「あぁ!」


 羽月の方が先に気がついて、俺もその後に続く。


 最後尾からレイドメンバーたちの前に出て、直ちに抜刀。


「タクミ君⁉︎」


「なにを!」


 俺たちが前に出て瞬間は、まだ気がついていないレイドメンバーだったが、


「お、おいっ!」


「あれっ!」


 遠くから高速で飛んでくる巨大な岩石を見て、ようやく事態に気がつく。


「──蒼天!」


「連歌!」


 羽月が先に岩石を穿ち、俺が残った破片を斬っていく。


 細かく石の破片は、固まっていたレイドメンバーの周囲に着弾して、アスファルトに穴を開けた。


「なんなのよ、この攻撃」


「こいつは……」


 こんな攻撃をしてくる敵モンスターは、一体しか思い当たらない。


「匠、奥にいる敵の正体がわかってるのよね」


「あぁ、もちろん」


 砂煙の奥にぼんやりといるシルエット。ここからでもわかる、巨大なモンスター。


「じゃあそいつの首を討ち取る誉は、匠に譲ってあげる。さっさと倒してきて。私は目の前の、うじゃうじゃいる有象無象を斬っておくから」


「……いいのか?」


 役割的には逆の方がやりやすいだろうに。


「ワタシにとっては初見の敵、討ち取るにはワタシの方が時間がかかる。それに後ろにいる人たちが、二度と生意気な口を叩けないようにするために、ちゃんとワタシの実力を思い知ってもらう必要があるのよ」


「言い方があるだろ言い方が……」


「森口の剣を舐めた者には、それ相応の報いがあるのみ。そうでしょう?」


「はぁ……わかったよ。けど、あまり頭に血をのぼらせるなよ?」


「あなたこそ、あの程度の敵に負けないでよ? もしそんなことになったら……」


「なったら?」


「ワタシが後で真っ二つにする」


「そりゃ心強い」


「あなたをよ」


「俺をかよ⁉︎」


「ほら、早く行きなさい」


 アニメとかマンガとかだと、『私を置いて先に行きなさい』っていうのは死亡フラグだって聞いたことあるけど。


 この場を任せるのが羽月なら、それはありえないって確信できるから、安心だ。


「じゃあ羽月、彼らと目の前の雑魚は任せた」


「任されたわ。あなたも、奥のデカブツをよろしく」


「任された」


 そうして俺たちは、それぞれの戦場へと駆けていく。



     *



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