第40話「羽月とひとつ屋根の下になることの意味」

「じゃあ、どういうことか説明してもらえる?」


 テーブルに着席する三人。


 隣には白久さん、向かいには羽月。


 そして羽月は、この間ダンジョンで会った時以上のプレッシャーを放っている。


 逆らえば、多分命はない……。


「どうして匠がここにいるの」


「それは……俺もここに住んでるから、です……」


「住んでる……まぁ、そういうことなんでしょうね。それで、どうして彼女の家に?」


「それはですね……」


 もう二ヶ月近くも前になる。

 

 俺がラガッシュを討伐して、大バズりという名の大炎上をして、住んでいた家を追い出された顛末を説明した。


「なるほど、そういうこと。だから匠が住んでいるはずの場所が、もぬけの殻だったわけね」


「もしかして、あのボロアパートに行ったのか?」


「行ったわよ。ものすごく苦労して住所を突き止めたのに、あなたがいなかった時のワタシの気持ち、分かる? しかも匠の名前を出した瞬間に大家さんは怒鳴り散らかしてくるし……」


「えぇ……」


 まだそんなに恨みを買ってるのか……。


「ひとまず、あなたがここに住まわせてもらっている事情は理解した、正当な理由があるということも」


「ほ……」


「けれど、ならどうしてここを出て行かないの? ダンジョンストリームの収益? はもうもらってるんでしょう?」


「確かに、それなりの金額はもらってるけど……」


「なら、家賃等の心配はもうないでしょ。あんなボロアパートなんかよりも、よほどいい条件の場所にも……」


「それができたら、苦労はないんだ」


「どういうこと?」


「簡単な話だ。俺はまだ未成年で、色々な契約には両親の同意書とかがないといけない」


「あ……」


 羽月も思い至ったようだ。すぐに頭を下げてくる。


「ごめんなさい、匠」


「謝らなくてもいいよ。俺自身、こんなことになってるなんて知らなかったから」


 そう、今の俺には保証人が居ない。


 森口の道場を破門になった俺は、すぐに施設へ預けられたが、そこで覚醒者となった結果、その施設も追い出された。


 そのあとは色々な施設を転々とたらい回しにされ、高校生になってすぐにあのボロアパートに住むようになった。


 だから今誰が俺の親権を持っているのか、俺自身でさえわからない状態だ。


「けれど、そういうことは調べればすぐに出てくるものじゃないの?」


「調べていますが、随分と杜撰な管理をしていた上に、かなりたらい回しにあっているようで、確認に手間取っていまして」


 調査を担当してくれている中川さんが、代理で回答してくれる。


「そういうことなら、認めざるをえないわね」


 小さくため息を吐いて、顔を上げた。


 よかった……無事に理解してもらえて。


「けど、これでお昼のお弁当も納得した。あのお弁当は白久さんが作っていたということね」


「まぁ……うん」


 そりゃ、バレるよな。


「そうよね、匠があんなマメなことできるわけがないものね」


「羽月にだけは言われたくないんだが。それに夕食とかは手伝うようにしてるし、買い物も一緒に行って、色々と教わってるんだよ」


「へぇ……」


 羽月の眉がピクンと動いた。


「そんなことは置いておくとして、羽月はなんでここにいるんだ?」


 こっちの事情は全て話したが、なんで羽月がここにいるのかの話は聞いていない。


 今度はこっちが問い詰める番だ。


「今日からここが、ワタシの暮らす場所だからよ」


「……は?」


 さらっと出た羽月の言葉に、脳の理解が追いつかない。


「は? え? す、住む? はいぃ⁉︎」


 後から驚きと困惑が襲いかかってくる。


「し、白久さん⁉︎」


 隣に座る白久さんに顔を向ける。


「えっと、うん……そういうことに、なりました……」


 気まずそうに顔を背ける白久さん。


「な、なんでそんなことに」


「それは……」


 続きを話すことを渋る白久さん。


 その様子を見て、中川さんが再度回答してくれた。


「旦那様からのご依頼で、森口様には本日よりこちらで暮らしていただくことになりました」


「旦那様って、……あの人か」


 炎蛇ラクと戦う直前に呼び出された、白久さんの実の父親。


「匠もあの人に会ったことがあるの?」


「……あぁ」


 正直、あの人のことは好きになれそうにない。


「ワタシも同感よ。あの人はなにか後ろ暗いものを抱えている、そんな感じだったわ」


「二人ともわかってくれるんだ……!」


 俺たちの会話に、白久さんが嬉しそうに顔を綻ばせた。


「二人の言う通り、本当にあの人は油断ならないから。二人も気をつけて」


 こんなに元気な白久さんは、初めて見た気がする。


「晴未様……」


「あ……。い、今のはここにいる四人だけの秘密ってことで」


「わ、わかった」


「よくわからないけれど、そういうことなら」


 この三人の間に、初めて妙な結束が生まれた。


「えっと、話を戻すけど。そういうわけで、森口さんには今日からここで暮らしてもらうことになるんだけど……」


 視線が俺と羽月を行ったり来たりする。


 男女が一つ屋根の下で、という問題もあるし、俺は羽月に狙われてるわけだし。


「私は構わないわ。五年前までは一緒に住んでいたのだし、匠のことは信用しているから」


「……羽月が問題ないのなら、俺も大丈夫だ」


 寝ているところを襲われないか、という不安は残るけど。


「そんなことはしないわよ。匠とは然るべき準備を整えた上で、真剣勝負で戦いたいから」


「そ、そうか……」


 そういう部分はちゃんとしてるけど、やはり戦いは避けられそうにはないな……。


「別に匠が寝込みを襲ってくる分には構わないけれど」


「ブフッ⁉︎ も、森口さん⁉︎」


「バカ言え、そんなことするわけないだろ。俺だって戦うのなら、ちゃんと真正面から戦うよ」


「あ、そ、そういう……」


「そもそもワタシは、ずっと門下生と一つ屋根の下だったから。男の子と一緒に住むなんて、別に抵抗はないの。それに匠なら、変なことにはならないでしょうし。そうでしょう?」


「当たり前だ、何かするなんてこと……」


 ない、と言いかけて一瞬止まってしまった。


 それはここに来たばかりの時、うっかり白久さんとお風呂場で遭遇してしまったこ

とを思い出したから。


「……ない」


「なにかしら、今の間は」


「三峰君……」


 二人に思いきり睨まれる。


「ないないっ! なんでもない! 本当に大丈夫だから!」


 あの時のことを反省して、脱衣所の扉に入浴中かどうかの札をかけるという対策はしたんだし。


 あんなことはもう二度と起こらないし、起こさない!


「森口様、お部屋の準備が整いましたのでご案内いたします」


「あ、はい。ありがとうございます」


 呼び出された羽月が一旦離席したおかげで、話が強制的に中断になった。


「それにしても、羽月とまた一つ屋根の下か……」


「やっぱり嫌だったかな?」


「嫌とかそういうんじゃなくて、色々と大丈夫かなと思って」


「どういうこと?」


「それは……あー、必要になった時に話すよ」


 羽月の名誉のためにも。


「?」


 首を傾げる白久さん。できればそのまま、なにも知らないままでいられらることを切に願う。


「そろそろ夕食を作り始めなきゃ。お手伝いよろしくね」


「りょーかい」



     *



「ハッ! フッ!」


 建物の裏で、竹刀を振り下ろす。


「……ダメだ」


 竹刀を置いて、座禅を組む。


 心がざわついている時は、その粗が剣にも現れる。今の状態でやみくもに剣を振っても、良い稽古にはならない。


 そういう時は、一旦剣を置いて精神を整えるために座禅を組むように、師範に教えられた。


 目を瞑り、深く息を吐いて、集中する。


(羽月の剣に、全然届いてない)


 心がざわついている原因は、羽月の剣をそばで見てしまったから。


 毎朝こうして、剣筋がブレないための稽古をつけてきた。


 けど羽月の剣には、とてもじゃないが届いていない。


 一目でわかる、美しい剣だった。


『まっすぐ、丁寧に、綺麗な剣筋を描くように』


 師範から幾度も言われたその言葉を、羽月はまさに体現していた。


 そしてそれは、剣にとどまらず、普段の生活における所作にも表れている。


(やっぱり、羽月はすごいな)


 今でも、心の底から尊敬する剣士だ。


 そして今、俺の剣は羽月には届いていない。


 その事実を認めて受け入れることによって、心のざわつき──劣等感や嫉妬心を昇華できる。



「よしっ」


 座禅を解いて、再び竹刀を手に剣を振り始めた。



     *



「おはよう」


 稽古を終えて、シャワーを借りて、制服に着替えてダイニングルームにやってくると、白久さんが待っていた。


「おはよう、三峰君。森口さんは一緒じゃない?」


「羽月? いや、見てないけど」


「そうなの、てっきり三峰君と一緒に朝稽古してると思ったんだけど。それじゃあ、まだ起きてないってことかな?」


「……あ」


 急激に襲いかかってくる、嫌な予感。


「今の『あ』は、一体なに……?」


「いや、どうするべきなんだ……」


 一分くらいうんうん唸りながら悩んで、大きなため息を吐いた。


「……白久さん。今から見る光景に、驚かないでほしい」


「え? どういうこと?」


 困惑している白久さんを連れて、羽月にあてがわれた部屋までやってくる。


「おーい、羽月ー、起きてるかー」


 扉をノックしながら声をかけるが、応答はない。


「扉開けるぞー、いいなー?」


 その言葉にも返答がないので、遠慮なく扉を開けて部屋の中へ踏み入る。


「……え?」


「はぁ……」


 白久さんからは困惑の声が、俺からはやはりというため息が出た。


 部屋の中は、昨日来たばかりとは思えないほど、服が散乱している状態だった。


 荷物を開けたは良いけど、整理が面倒になったクチだろうな。


「ん〜……む、にゃ……すぅ、すぅ…………」


 ベッドの上の掛け布団が、モゾモゾと動いている。羽月はそこか。


「ほら、羽月。もう朝だぞ」


「あさぁ〜……?」


「準備しないと遅刻するぞ?」


「ん〜……おはよう〜……」


 ゆっくりと身体を起こす羽月。


「…………」


 ティーシャツとショートパンツというラフな格好のせいで、身体のラインがハッキリとわかる。


「……とりあえず顔洗ってこい、目を覚ましてくれ」


「ふわぁい……」


 目を擦りながら、部屋の奥にある洗面台へと向かっていく羽月。


「やれやれ……結局こうなるのか」


「ね、ねぇ三峰君……」


「ん、どうした?」


「あ、あれ……森口さん、だよね……?」


「そうだけど」


「ど、どうなってるの……?」


 そりゃ、そういう反応になるよな。


「さっきの方が、羽月の素なんだよ。結構甘えん坊で、だらしない。そして朝がめちゃくちゃ弱い」


「え、ええぇ⁉︎ うっそ……」


 昨日までの卯月とのギャップで、完全に宇宙猫と化している白久さん。


「すごく簡単に言えば、羽月の家……特に羽月のおじいちゃんで道場の師範の、麓郎さんがめちゃくちゃ厳しい人なんだ。いわゆる『森口の娘たるもの〜』みたいな感じで、それで出来上がったのが普段の羽月ってわけだ」


「あー……」


 納得がいったと頷く白久さん。彼女にも、思い当たる節があるんだろう。


「でも本来はあんな感じなんだ。そのせいで、一緒にいた八年間、ずっと羽月係をさせられてたよ」


「う、羽月係……」


「五年の間に多少は改善されたかと思ったけど、やっぱりこうなったか……」


 あるいはここに来て、森口の家から解放された反動が来ているのかもしれないが。


 あんな姿、師範に見られたら絶対に怒られるだろうし。


「昔はもっと酷かったよ。たとえば自分の部屋を汚さないように、お菓子を食べる時は俺の部屋に来たり。そのゴミを片付けるのは俺だったり。あと羽月の部屋の掃除も俺がやってたな」


 思い出すと懐かしくて、ちょっと馬鹿馬鹿しくて笑える話だけど。


「…………」


 予想外すぎたのか、口をあんぐりと開けたままの白久さん。


 そりゃ、普段とのギャップがありすぎて、ついていけないよな。


「た、匠……」


 顔を洗って、ようやく目が覚めたのか、顔を真っ赤にした羽月が戻ってくる。


「おはよう、羽月。こういうところは、五年前と変わらなくて安心したよ」


「〜〜〜! う、うるさいってば! 着替えるから出て行って!」


「はいはい、ダイニングルームで待ってるからな」


「わかったから早く出て行って!」


 そうして羽月に背中を押されながら部屋を追い出され、バタンッと勢いよく部屋の扉が閉じられた。


「うぅぅぅぅあぁぁぁぁぁ〜〜〜〜〜‼︎」


 直後に、恥ずかしさでも身悶えてる声が漏れ出してくる。


「とりあえず、すぐにくるだろうから俺たちは戻っていようか」


「う、うん……」


 流石にここに留まってるのは可哀想だから、先に戻る俺たち。


「見られたぁあああああ〜〜〜〜〜‼︎」


 ……そんな悲壮感溢れる叫び声を背中にしながら。



     *



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