第39話「予想外の一日は、まだまだ終わらない」
「失礼します」
剣道場に入ると、いきなり視線が集中してきた。
「お、おい。あれ!」
「あぁ、あいつは」
「三峰匠だ……」
なんで剣道部員に名前を知られているんだ。
「やっと来てくれたか!」
奥の方から、一際体躯の大きい生徒がやってくる。
「初めまして、俺が主将の黒谷だ。君が来てくれることを首を長くして待っていたぞ!」
「ど、どうも、初めまして……」
「それで、ようやくうちに入部してくれる気になったのかな?」
「いえ、違います」
「違うのか⁉︎」
露骨にショックを受ける主将さん。
「そもそも、なんでそんな話に? というか、なんで俺のことを知ってるんですか?」
「そりゃ、ダンジョン攻略を剣一本であれだけの大立ち回りをして見せたんだから。俺たちが君の配信を見ていないはずがないだろう?」
配信の効果がこんなとことにまで広がっていたのか。
自分の知らないところで有名人になっているって言うのは、どうにも変な気分だな。悪い気持ちはしないけど。
「それじゃあ、どうしてここに?」
「えっと、ここに来たいって人を案内して……」
「案内?」
「初めまして」
今まで後ろで黙っていた羽月が、ようやく顔をだす。
「君は……」
「森口羽月と言います。本日転校してきました」
「む、転校生か。それで君は、入部希望なのかな?」
「いえ、違います」
「ち、違うのか……」
二度目のショックを受ける主将さん。
「コホン。ならば一体、どういった要件できたのかな?」
「ワタシとお手合わせしていただきたく」
「手合わせ? それは俺と試合したいと言うことかな?」
「はい」
瞬間、主将さんの纏う空気が変化した。
「……俺に勝つ自信があると?」
「はい。道場外の方と戦うのは久しぶりですが、負けるようなことはないと思います」
「初対面の者に、真正面からそんなことを言われるとは……。甘く見ないでもらおうか?」
「お、おい羽月」
「匠は下がっていて。これはワタシの戦いよ」
キッと向けられた剣士の視線に、息を呑んだ。
もうこの戦いは避けられない。
「奥に更衣室がある、そこで準備してもらおうか」
静かに頷いて、大きな荷物を引っ提げて奥へと進んでいく。
「さて、君にも話を聞いておこうか、三峰匠」
厳しい視線が、俺にも向けられる。
「……最初に断っておきますが、俺はただ羽月をここに案内しただけです。事情は何も知りません」
「ふむ、どうやら嘘ではないようだな。ではもう一つ、彼女の実力はどれほどなんだ?」
「俺が羽月と一緒の道場で稽古していたのは五年前まで、八年間一緒でした。そして俺は、その八年の間に、たった一度しか羽月に勝ったことがありません」
「なん、だと?」
主将さんもさすがに驚きの声をあげて、他の剣道部の部員もざわつく。
「お待たせしました」
胴着に着替えた羽月が戻ってきた。
長い髪を後ろにまとめて、防具の準備を整える。
「……始めよう」
お互い防具を身につけて、構えた。
「一本勝負、判定は俺たちと、ここにいる全員だ」
「わかりました」
「三峰匠、主審役を頼みたい。君がこの場で一番、中立の立場に近いからな」
「……わかりました」
彼らの真横、少し離れた位置に立って、腕をあげる。
「それでは……始めっ!」
竹刀を向けあう二人を見て、試合開始の合図を響かせた。
「いやぁああああああああッ!」
開幕速攻、主将さんが動く。
対して羽月は動かない。
「はぁああああああああッ!」
速攻からの、最速の面を狙った攻撃。主将さんが最も得意とするパターン。
「!」
しかしその振り落としは、羽月の面を外れ、ヘリに当たる。
「あれは……」
昨日ダンジョンボスを斬った時と同じ技か。
「ぐっ‼︎」
羽月の返しの剣を、身体を捻りながら足を引いて、ギリギリにかわす主将。
「今、何を……」
「…………」
羽月は答えない。
「しかし君が返し剣ということならば……」
引いて、今度は主将さんが動かなくなる。
カウンター狙いと分かっている相手に、わざわざ踏み込む必要はない。
普通の剣道の試合ではそうもいかないが、この戦いに限って言えば時間無制限。
攻撃型の主将さんにしては消極的な対応だけれど、羽月のデータが一切ない状態では、様子を窺うという選択肢は妥当と言えるだろう。
両者が動かないまま……かに、見えた。
「ハァッ!」
主将さんがドッシリと重心を下げた瞬間を狙って、今度は羽月の方から仕掛ける。
「くっ⁉︎」
重心移動の僅かな虚を突かれた主将さんだったが、なんとか返すべく剣を振る。
しかし、時すでに遅し。
「せああああああッ‼︎」
主将さんが初手で狙った面を、今度は羽月が打ちこんだ。
「一本!」
綺麗に決まった面を見て、声を上げる。
「嘘、だろ……?」
「主将が、負けた……?」
「まじかよ……」
他の部員たちからも異論は出ない。
「も、もしかしてあいつ、昨日の三峰のダンジョン攻略に出てきた、女剣士か……?」
部員の中の一人が気づく。
瞬く間に部員たちに伝播して、ざわつきが最高潮に達する。
「黒谷さん、でしたね」
そんな彼らには見向きもせず、面を取った羽月は、主将さんの側による。
「貴重なお時間をいただき、ありがとうございました」
「君は、一体……」
「あなたと同じ、一人の剣士です。ただ、ワタシの方が剣を知っていた。それだけのことです。では、失礼します」
奥の更衣室に戻って、すぐに身支度を整えて出てくる。
「帰ろう、匠」
「え、あ、あぁ。えっと、それじゃあ失礼します……」
なんとも言えない、重苦しい空気の中で、剣道部を後にした。
「……なぁ羽月」
「なに?」
「なんで剣道部の主将さんに試合を申し込んだりなんてしたんだよ」
いきなり剣道部に連れて行けと言い出したかと思えば、喧嘩をふっかけるような形で試合をし出すなんて思わなかった。
「そこは反省してる。でも、先に剣呑な空気になったのは向こうのほうでしょ?」
「それは、そうかもしれないけどさ……」
もう少し穏便に物事を進める方法とかあっただろ。
「てか、なんで主将さんと戦ったんだよ?」
「師範に言われたの。『せっかく道場の外へ出るのだから、さまざまな者と手合わせをするように』って」
「……そういう理由か」
「それよりも、ワタシが勝ったんだから、おめでとうの一言くらい言ってくれてもいいんじゃないかしら?」
「へ? お、おめでとう?」
「どうして疑問形なのよ」
「いやだって……」
そんな要求をされるなんて思わなかったし。
「そもそも、羽月が負けるなんてありえないって思ってたし。主将さんには悪いけど」
確かに主将さんは強い。朔也に試合の動画を一度か二度見させられただけど、十二分に誇っていい実力をしていた。
それでも、あの道場で剣を学んでいた羽月が負けるなんて、絶対にありえない。その確信が俺にはあった。
「ならいいわ」
よくわからないけど、納得してくれたらしい。
そのまま並んで、昇降口までやってくる。
「そういえば、羽月ってどうやって帰るんだ?」
森口の家からここは、とてもじゃないが通学できる距離ではない。
住む場所も踏まえて、一体どうしているんだろうか。
「心配しなくて大丈夫、迎えが来るらしいから」
「迎え?」
昇降口を出て校門へと向かうと、一台の車が止まっていた。
「あれ、執事さん……?」
「お久しぶりです、三峰様」
俺を白久さんの父親の元へ届けた、あの人が待ち構えていた。
「どうぞ、お乗りください、森口様。お荷物はお預かりします」
「よろしくお願いします」
「ど、どういうことなんだ⁉︎」
俺が困惑している間に、執事さんは羽月の荷物をトランクにしまって、羽月は後部座席に座る。
「ちょ、ちょっと執事さん、なんで羽月を⁉︎」
「申し訳ございません。三峰様にはお答えしかねます」
「なっ」
「ですが、すぐにお分かりになりますよ」
「それは、どういう……」
「それではこの場は、失礼いたします」
一礼して、運転席に座る執事さん。
「それじゃあ匠、また会いましょう」
羽月は開けた窓から、優しい笑顔で手を振りながら車で連れ去られていった。
「一体、なにがどうなってるんだ……」
ただただ絶句して、その場に立ち尽くしていた。
*
「さて、晴未。今日呼び出したのは、お前に一つやってもらうことがあるからだ」
「……なんでしょうか?」
森口さんに連れて行かれる三峰君を見て、本当は私もそっちについていきたかった。
けどこの人に呼び出されたせいで、断念せざるをえなかった。
しかも仕事が忙しいとかなんとかで、一時間も待たされる羽目に。
そっちから呼び出しておいて、本当にふざけてる。
「本日から、私の客人をお前に応対してもらう」
「あなたの客人を、私が?」
「そうだ。普段はお前と同じ、離れに住んでもらうことになる」
「……覚醒者、ということですか」
この人はダンジョンストリームの総責任者でありながら、覚醒者というものの存在をあまり好いてはいない。
以前、社員の中にいた覚醒者に襲われるという事件があったから。
まだ覚醒者が現れ始めたばかりの、法整備なども整っていない頃の話だけど。
「それで、その人は誰なんですか……?」
「慌てる必要はない。お前もすでに会っている人物だ」
「会っている……?」
「入ってきたまえ」
扉が開かれ、ゆっくりと社長室へと入ってくる人物。
「あら?」
「あなたは……!」
*
「…………」
考え事をしながら、帰路について約一時間。
ようやく離れの建物まで帰ってきた。
「情報が足りない……」
考えていることは、もちろん羽月のあの剣技。
敵が何故か羽月を捉えられず、攻撃を明後日の方向へ逸らされてしまうあの妙技。
「カラクリは少しずつ見えてきたけど……」
さっきの剣道の試合で、かなり近くで見ることができたお陰で、羽月が一体なにをしているのか少しずつ見えてきた。
でもまだ詳細を明らかにするには、対策を打ち立てるには情報が少なすぎる。
「もう一回くらい、あの妙技を見ることができれば……」
どうやればその機会を作り出せるか、そんなことを悩みながら、一旦ダイニングに行く。
「……へ?」
ティーカップを口につけて、安らかな息を漏らしていたのは。
「う、羽月……?」
「匠? どうしてあなたがここに?」
「羽月の方こそどうして……」
両者、固まって動けない。
「おかえりなさい三峰く……あっ」
「おかえりなさい?」
廊下から白久さんもやってきて、三人の間で空気が完全に凍りついた。
*
最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
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