第37話「次から次へと押し寄せる想定外」

「……その後、目覚めた俺は、師範に破門を言い渡された。理由は……もうわかってると思うけど、禁足地の裏山に入って、あまつさえ師範に剣を向けたからだ」


 師範の言うことは絶対であり、師範代はもちろん羽月さえもその決定に異を唱えることはなかった。


 そうして俺と羽月はそれきり会話することなく、俺は森口の道場を出ていくことになった。


「…………」


「だから羽月たちからすれば、俺が剣を使って戦ってること自体許されないことなんだよ。ダンジョンのことがあるから、それだけならギリ許してもらえてたらしいけど。でも俺が、炎蛇ラクとの戦いで、あの剣技を使ったから……」


 後悔しても、もう遅い。


 けどあの時の俺は、本当に冷静じゃなかったんだなと、こんな形で省みる羽目になろうとは。


「って、白久さん?」


 顔を俯かせて、一切の反応がない。


 まさかとは思うけど、寝てる?


「……それだけ?」


「え?」


「それだけなの? ただ戦いを見ただけで破門になって、挙句に剣を使うなって言われてるの?」


「それだけって……まぁ、そうだけども」


「意味わからない!」


「⁉︎」


「なんで羽月さんを助けようとしただけで三峰君が罰せられるの! そんなのおかしいよ!」


「おかしくはないさ。八年もお世話になってたのに、俺のしたことは恩知らずにも程がある。挙句、羽月の言う通り、俺は門外不出の剣技を盗んだんだし」


「盗んだって、そんな言い方……」


「そりゃ、他の人にはできないだろうさ。でも俺だけは、それができてしまうから」


 目で見たものを全て記憶できるという、厄介な力のせいで。


「偽物とはいえ、特徴だけを捉えた剣技を再現してしまった。あの師範が、それを許すはずがない」


「なんでそんな……たかが剣技の一つや二つでそんなことになるの……?」


「たかが、じゃないんだ、あの剣技は。間合いを無視した剣技なんて、普通じゃないだろう?」 


「それは……」


「俺はそれを魔力を乗せることによって再現しているけれど、羽月たちは違う。剣を極めた者だけがたどり着ける、理を超えた剣の境地。決して人の目に触れてはならない、門外不出の剣。人々に仇なす魔を滅するための剣、それが羽月たちが使う剣の真実だ」


「……なんで三峰君は、そこまで知ってるの?」


「羽月に聞いたから」


「え……?」


「昔一緒に寝てた時、布団の中で色々と話したから。その時に羽月から直接ね」


 よくよく考えてみれば、俺にこのことを教えたのってかなりダメなんじゃないかな?


 バレたら絶対大目玉を喰らっていただろう。


 ……でも羽月だからな、きっと何も考えてなかったんだろうな。


「一緒に寝てた……布団の中で……」


「白久さん?」


「コホン、なんでもない。じゃあ、またあの人は三峰君を狙ってくると?」


「だろうね、いつどうやってくるかはわからないけど」


「その……大丈夫なの?」


 不安そうに見つめてくる白久さん。


「大丈夫だよ、たとえ羽月が相手でも、俺はダンジョン攻略を諦めたりはしないし、白久さんとの約束を破るつもりもないよ」


「そ、そっか」


「俺は羽月のこの五年間を知らない。でも羽月だって、ダンジョンで戦い続けた俺の五年間を知らないんだ。だから条件は五分と五分、負けるつもりはない」



     *



「って、大見得は切ったけど」


 五年間、あの師範に鍛えられた羽月に勝てる見込みは、正直ないだろう。


 なのになぜか、高揚感が止まらない。


 羽月と戦える、その時がいつくるのか、楽しみで仕方がなかった。


「……救いようのない性だな」


 闘争心は常に秘めて、決して表には出さない。それが師範からの教えだ。


 でも今は内にある炎が、溢れて止まりそうになかった。


「羽月とは、剣を交えるのが日常だったからな」


 一緒の時間に起きて、一緒に稽古して、一緒にご飯を食べて、一緒に寝る。


 そんな毎日を、八年も過ごしてきた。


 二度とないと思っていた機会が再び巡ってきた、期待に心が躍らないわけがない。


「……だからこそ、ちゃんと研究しておかないとな」


 今日のダンジョンで、羽月がボスモンスターを斬るために使った、あの剣技。その対応策はまだ探索できていない。


「今日のダンジョンストリームの確認をするか」


 はやる気持ちを抑えて、冷静に今日の戦いの分析を始めた。



     *



「ふわぁ……」


 学校の自席で、大あくびをかく。


 昨日の晩は興奮のあまり、朝方までうまく寝付けなかった。


 朝稽古の時間にはちゃんと起きたけど、正直まだ眠い。


「おっはよー、タクミ!」


 そんな眠気を吹き飛ばしにくるような、うるさ……にぎやかな声が飛んでくる。


「おはよう、朔也」


「昨日のダンジョン配信見たよ。昨日のタクミは正直全然ダメダメだったね」


「面と向かって言うか普通……」


 いや、なにも間違いじゃないんだけどさ。


「で、あの黒髪ロングの女の子、誰? なんかめちゃくちゃ親しげだったけど」


「そう見えたか?」


「うんめちゃくちゃ見えた」


「そ、そうか」


 結構剣呑な空気だったと思うけど。実際一触即発だったわけだし。


「で、二股最低野郎のタクミくん、あれは一体誰なの?」


「あれは……って、おいちょっと待て」


「ん?」


「今なんて言った?」


「あれは一体誰なのかって」 


「違うその前だ」


「あぁ、二股最低野郎のタクミくん?」


「ぶった斬るぞお前」


「ちょっ、ストップストップ! 僕が言ってるわけじゃないんだよ!」


「ふざけるな! だったらなんでそんな意味不明なあだ名がつくんだよ!」


「タクミ昨日の配信のコメント欄見てないの?」


「はぁ? コメント欄? 見てないけど」


 最近は「もうなに書かれても別にいいか」と開き直って、コメントに関する通知はあまり見ないようにしていた。


 だって、好意的なコメントよりもアンチコメの方が多いから。そんなの、見てるだけで精神が削られるだけだし。


 それに昨日の配信については、羽月の剣技の研究に夢中になっていたから、コメントなんて気にも留めてなかった。


「だからだよ……。ほら、見てみなよ」


 朔也のスマホには、昨日のダンジョンストリームの動画、そのコメントが表示されていたが、


「なななな、なっ、なんだこりゃっ⁉︎」


 なぜか俺が、白久さんと羽月で二股してることになって大炎上していた。


「お、おい! なんでこんなことになってるんだよ⁉︎」


「とりあえず落ち着きなよ。ほら、深呼吸」


「あ、あぁ……」


 一度深く深呼吸して、改めて朔也に事情を尋ねる。


「……で、どうしてこんなことになった?」


「決まってるでしょ。今まで白久さんっていう美少女ストリーマーと一緒にいたのに、急に別の女の子の影が見えたら、そりゃあねぇ」


「いやいや、羽月はただの幼馴染で……」


「そんなこと、配信の向こう側にいる僕らが知るわけないじゃん」


 ……確かに昨夜の言った通り、俺と羽月が幼馴染だなんて配信を見ている人は知らなくて当然か。


「っていうか彼女、幼馴染なんだ」


「そうだよ」


「へー」


「だからって、こうなるか普通……」


:え……なに今の?


:今のは……なんだ?


:敵が吹っ飛んだ……


:あれは……剣士?


:しかも女の子?


:女流剣士キタコレ!


 最初は羽月の登場に盛り上がっていたが、俺の名前を呼ぶとすぐに。


:は? こいつの知り合い?


:しかも名前呼び?


:え、何者?


:もしかして彼女とか?


:まさかの二股疑惑?


 という具合に流れが変化して、


:おい、こいつはどうやって処す?


:トーキョーワンに沈めるしかないだろ


:その前に俺たちのミハルさんを返せ


:やはり暴力、暴力が全てを解決する


:オルァクサマヲムッコロス!


 と、二股クズ野郎の魔の手から白久さんを救い出すとかいう意味不明な形で視聴者が一致団結していた。


「まるで意味がわからん……」


 俺には理解できない世界が、そこに広がっていた。


「けど、それよりも」


 羽月に対して、俺以上に批判が殺到していることの方が気になった。


「仕方ないけどね、味方ごと敵を斬るなんて人、見たことないし」


「…………」


 これが何かの火種にならなきゃいいけど。


 ただ言ったとしても、羽月が態度を直してくれるかどうか……。


 それに今どこにいるのかもわからないし。


「で、タクミ的にはどっちが本命なの?」


「はぁ?」


「白久さんは可愛い系で、幼馴染の子は美人系だよね。それで、どっちが好みなのさ?」


「あのなぁお前……」


 なにを言い出すかと思えば。


「羽月はただの幼馴染で、白久さんは俺の恩人でダンジョンストリームの協力者だ。そんな馬鹿馬鹿しいことなんて、考えたこともない」


「えぇー! うっそだー!」


「大体羽月は俺を斬……俺と戦うために来たようなものなんだぞ?」


「戦う?」


「あぁ、だからお前が邪推するようなことはなにもない」


「ふーん?」


 疑いの目を向けられるが、俺は一切無実だ。


「……?」


 そこでようやく、教室の雰囲気がいつもと違うことに気づいた。


「なんだ、なんかみんなソワソワしてるけど。特に男子」


 いつもだったら、恨みが積もったような冷たい視線を受けるところだ。


 昨日のことのように、俺がダンジョンストリームで炎上した後はいつもそう。


 けれども今日は、そんな空気がまるで存在しない。


「相変わらずタクミって、世間知らずだよね」


「どうしてそうなる?」


「転校生が来るんだって。朝からその話題でもちきりなのに」


「転校生? この時期にか?」


 一学期の中間試験が終わったばかりの、こんな時期に転校なんて……。


「さぁ、そこまでは流石の僕でも知らないよ。でもその転校生、ものすごく美人な女の子なんだってさ。さっき見かけた人がいるって」


「ふーん」


「全く興味ないみたいだね」


「実際、これっぽっちも興味がないからな」


 どうせ、俺がその人と関わることなんてないのだから。


「くそ〜っ、これがリア充の余裕か……」


「勝手にリア充にするな」


「いやだって白久さんと……」


「いい加減にくどい」


 追い払おうとしたところで、先生が教室に入ってきたために会話は強制終了。朔也も自分の席に戻っていった。


「さて、もう知ってる人が大半みたいだが、今日は転校生を紹介する。入ってきなさい」


「はい」


 立て付けが悪い教室の扉が静かに開かれる。


「──は?」


 軽く、整然としたリズムで教室に入ってくる女子生徒。


 うちの学校と違う制服を着ているのは、発注が間に合っていないからだろうけど。


「初めまして、森口羽月です。本日から、よろしくお願いします」


 両手を下腹部に添えて、ゆっくりと頭を下げる。


「……綺麗だ」


「めっちゃ美人……」


「すっごく丁寧な挨拶……」


 男女ともに、入ってきた転校生に目を奪われていた。


 もちろん俺も、そのうちの一人。ただし、違う意味で。


「うっ、羽月⁉︎」


 だからつい、大声で名前を呼びながら立ち上がってしまった。


「「「「「羽月?」」」」」


 教室中の注目が俺に集まる。


「おい三峰! お前らも静かに……」


「匠? まさかあなたのクラスだったなんて」


「「「「「匠⁉︎」」」」」


 羽月の返答に、教室中の注目が卯月に向いた。


「それなら、今日からよろしくね、匠」



     *



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