第36話「禁足地で見たもの」

「……それから羽月とは、寝ても起きてもずっと一緒にいる日々を過ごしたよ」


「なんだか、すっごい惚気話を聞かされた気がするんだけど」


「別に惚気話じゃないんだけど」


「……ひとまず三峰君と森口さんがものすっごく仲がいいんだなってことは理解した。……すっごくムカつくけど」


「ムカつく?」


「な、なんでもないっ!」


「?」


「それよりもっ! そんなに仲が良かったのに、どうして森口さんは三峰君のことを狙ってるの?」


「それは……」


 そう、話はここからが本題だ。


 けど、それは俺にとっては忘れたい記憶の一つ。


 でも……忘れることはできないし、逃げることもできなくなってしまった。


「ゆっくりで大丈夫」


 表情がどんどん険しくなっていく俺の手を、白久さんが優しく包み込んでくれる。


 その温かさに、何度救われたか。


「……ありがとう。ちゃんと話すよ、五年前のこと」



     *



 第一次異界門ダンジョンゲート事変が起こって、親父が帰ってこないまま、二週間が経った。


 ダンジョンは未だ閉じることなく、街を支配していた。


「父さん……」


 稽古が終わった後、戦場へ向かった親父のことを、丘の上にある森口家の正門で待つ毎日を過ごしていた。


 そんな俺を見た羽月は夕食の時間になるまで一緒にいてくれて、稽古のことについて語らい合う時間になっていた。


 けれど羽月は、今日はここにはいない。


 それはさっきの稽古で、


『一本!』


『勝っ、た……?』


 八年間負け続けた羽月に、俺は初めて勝つことができた。


 それが悔しくて、きっと俺の顔を見たくないんだろう。


 羽月は負けず嫌いだから。 


「はぁ……」


 でも、一人になるとどうしても気が滅入ってしまう。今までは羽月と一緒だったから、憂鬱な気分にならずに済んでいたのに。


 こうなるんだったら、羽月に勝つべきじゃなかっただろうか?


 ……いや、それは羽月に対しても失礼だし、父さんが帰ってきた時に知られたら絶対に怒られる。


 真剣勝負で手を抜くなんて、あり得ない。


「けど……」


 人よりも記憶力がいいせいで、みんながようやくできたことを、一目見てすぐに真似することができてしまう。


 その力を使うたびに気持ち悪がられて、どんどん友達を失っていった。


 それでも羽月だけは、ずっとそばにいてくれた。


 けど、今日羽月に勝ってしまったことで、羽月もみんなと同じようになってしまうんだろうか……。


 ──キンッ。


「……?」


 どんどん暗く沈んだ気分になっていると、背中から吹いた風が剣音を運んできた。


 それも、真剣がぶつかり合う金属音。


「裏山から?」


 丘の上にある森口家、その後ろには山があって、そこは立ち入り禁止と言い渡されている。


 そんな場所から、どうして剣の音が聞こえてくるのだろうか。


 ────〜〜〜!


「!」


 小さな叫び声が聞こえてきた気がした。


 しかもそれは、羽月の声だった……?


「…………行こう」


 たとえ師範の言いつけを破ったとしても、羽月が危険なら、俺は彼女を助けたい。


 いざという時の為に、親父に渡された刀を握りしめて、急いで部屋を出た。


「道……?」


 山を登り出してすぐに、頂上へと続く道が見つかる。


 その道に沿ってひたすら山を登っていく。


「はぁ、はぁ……もうすぐだ」


 ひたすら山道を登った先、光が溢れている場所がある。おそらくはあそこが山頂部。


「いくぞ……!」


 息を整えて、再び歩き出す。


 そうして、光の溢れる場所。


「……なんだここ。ススキ野?」


 そこには、広大なススキ野原が広がっていた。ここは一体……。 


 ──キンッ。


 剣が打ち合う音が聞こえてくる、さっきなんかよりもハッキリと。


 ここにいる、確信を胸にして、先へと進む。


「っ⁉︎」


 背丈くらいあるススキの中を歩いていると、突然なにが飛んできた。


「今のは……」


 すぐそばのススキが綺麗に真っ二つになった。


 間違いなく斬撃だ。


 しかし、剣を持った人物は周囲にはいない。


 なら、今のは一体……?


 けど、この先で誰かが剣を交えている。


 なら、そこに羽月がいるはず。


 姿を隠しながら、さっきよりも慎重に、進んでいく。


 すると先の方に、ススキが切り倒された円形のフィールドがあった。


 そこで、二人の剣士が戦いを繰り広げている。


 一人は当然、羽月。そしてその相手は、師範だった。


 見たことのない和装を身に纏って、真剣による斬り合い。


 二人から少し離れた場所には、師範代が戦いを見つめている。


「──時雨!」


 一瞬のうちに、十回近く刀が突き出された。


 その全てが剣戟に変わって、羽月へと襲いかかる。


「──孤風」


 横薙ぎの剣戟が、その全ての突きを無効化する。


「はぁっ……!」


 羽月が師範の間合いへ踏み込むが。


「遅いぞ! ──蒼天!」


 さっきのとはまるで違う、神速の一突きが羽月に襲いかかる。


「くっ!」


「──雷電!」


「きゃあっ!」


 刀を防御に回して、神速の突きを受けるも、その勢いを殺すことはできず、フィールドの端まで吹き飛ばされた。


「うぐっ……」


「どうした? その程度か?」


 なかなか起き上がれない鋒を羽月に向け、圧をかける師範。


「羽月!」


 いてもたってもいられず、ススキから飛び出して羽月のもとへかけ出す。


「な⁉︎」


 二人の戦いを見守っていた師範代が、俺の登場に困惑の声をあげた。


「匠……?」


 打ちのめされて、地面に転がった羽月が、薄い目で俺を見つめる。


「……ちょっと待ってて、あの人は俺が」


「だ、め……匠……」


 羽月の静止を聞かず、持ってきた刀を鞘から引き抜いた。


「……構えたということは、私と戦うつもりか?」


「っ……」


 師範から放たれる威武に、恐怖感が襲いかかってくる。


 師範とは数年前に一度だけ、真剣での稽古で戦ったことがある。


 こちらの考えた手が全て受け流され、師範はたった一度の袈裟懸けで俺が手にしていた刀を吹き飛ばした。


 その瞬間、俺はこの人には勝てないと悟った。


「でも……」


 それでも、一歩も身を引かない。ここで逃げたら、羽月を守れないから。


「待つんだ匠くん! 君は──」


「翔!」


 俺を止めようと一歩身を出した師範代を静止する師範。


「それ以上口を挟むな。彼が剣を向けたというのならば、受けるしかないだろう?」


「しかし……」


「翔!」


「……はい」


 師範に言い負かされて、師範代はゆっくりと下がる。


「すぐに終わらせるぞ」


「やれるものなら、やってみてくださいよっ!」


 先に動き出すのはこちら。


 さっきまでの戦いを見てわかったことは、あの人の使う技は全て、遠隔斬撃だということ。


 ならば間合いにまで寄ってしまえば、あの剣技は使えまい。


「はあぁっ!」


 一気に間合いを詰めて、下からの斬り上げ。


「速く鋭いが……力任せで乱暴。教えてきた剣はどうしたッ!」


 袈裟懸けでこちらの一撃を受け止められて、弾かれる。


「チッ」


「フンッ!」


 目で捉えきれない高速の突き。


 防御が間に合わず、刃が俺の肌をかすめる。


 慌てて距離を取ったところで、ドロっとした感覚を感じた。


「血……」


 剣がかすめた位置の薄皮が切れて、血が流れ始めてる。


 真剣で戦っているのだから、剣をその身で受ければ当然のこと。


 しかし今の斬撃が、もし俺の身体を正確に捉えていたら……。


「っ……」


 息を呑む。これはもう、殺し合いなのだと、はっきりと自覚する。


「それでも、俺は──」


 たとえ死ぬとしても、羽月を守るためならば。


 故に、再び駆け出して、間合いをつめる。


「先ほどと同じ手か?」


 こちらの逆懸けに対して、師範も再び振り下ろしで対応してきた。


「そんなわけっ!」


 刀に込めていた力を抜いて身を引いて、そのまま敵の刀を滑らせる。


「むっ⁉︎」


「はあぁっ!」


 隙だらけの身体に、横薙ぎを喰らわせる。


「──!」


 身体を逸らして剣を避ける師範。


 しかし服まではその動きについてこられず、俺の刀を受け生地の一部が斬れる。


「……私にも油断があったか。どうやら、手加減してる場合ではないようだ」


 放たれる威武が、さらに強くなった。本気モードに切り替わったのが、明らか。


「次で終わらせるぞ!」


 その証明を言わんばかりに、今度は向こうから動き出した。


「はあぁっ!」


 脇構えから、一気に横薙ぎが伸びてくる。


 しかしその剣は、さっき羽月が使っているのを見た。


「だったら──」


 羽月が、相手が使った剣戟と全く同じ構えから、同じ軌道の剣を繰り出す。


 身長差を飛び上がって埋めて、お互いの刀が鍔迫り合う。


「なんだとっ⁉︎」


 向こうとは違い、間合いを伸ばすような剣ではない。


 しかし初めて見るはずの剣の型を再現されたことに、師範の同様は隠せない。


「調子に乗るなよ小僧!」


「ぅわッ⁉︎」


 けれども、師範と俺の間には、力に差がありすぎた。


 鍔迫り合いはほんの数秒しか持たず、向こうの剣に吹き飛ばされる。


「──雷電!」


 神速の袈裟斬り。


 刀でガードを試みるが、剣圧にそのまま押しつぶされ、地面に叩きつけられた。


「ガハッ……」


 衝撃をもろに受けて、立ち上がれないどころか、身体が全く動かない。


「これ以上は……!」


 師範代の声が聞こえ、続いて複数人が駆け寄ってくる音が聞こえてくる。


「匠くん!」


「匠! 返事して匠!」


 たくさんの顔が覗き込んできているが、視界が遠くぼやけて、それが誰だかわからないうちに、俺の記憶はそこで途絶えた。



     *



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