第35話「剣士同士の出会い」
「……で、あの人は誰? 三峰君とどういう関係なの?」
学校へ戻る車の中で、案の定白久さんに問い詰められる。
「わ、わかった。ちゃんと答えるから落ち着いて……」
白久さんの目が、見たことないくらい冷たくて怖い。
サムズアップ状態の彼女を席に戻してから、話し出した。
「彼女は
「三峰君が通ってた?」
「俺が剣を学び始めたのは四歳ごろからだって話は前にしたと思うけど、剣を習い始めてすぐ後で道場に通うことになったんだ。それが森口剣道場」
「じゃあ三峰君と森口さんって……」
「言うなれば、幼馴染みたいなものかな」
「幼馴染……」
「というか、一緒に住んでたから。半分家族みたいな関係だけど」
「一緒に住んでた⁉︎」
「森口剣道場は、門下生の中でも特に優秀だと認められた剣士は、住み込みで剣の腕を磨くんだ。同い年の羽月とは、それこそ起きてから寝るまで、ほとんど全ての時間を一緒に過ごしたな」
「ずっと、一緒……」
「だから羽月とは幼馴染だけど、兄妹というか、家族みたいなものだったかな?」
「兄妹……家族……」
思い返してみれば、学校に行くのも帰るのも、稽古の時もそれ以外の時間も、本当にずっと一緒だったな。
クラスが違くても、長めの休み時間には稽古だ遊びだと、結局一緒にいたし。
それこそ彼氏彼女だとか、色々言われたりもしたっけ。
「って、聞いてる?」
「一緒に住んでた……でも今の私だってそうだし……あの人はあくまで五年前で、今私と一緒なんだから……勝った」
「白久さん?」
「へっ? あっ、うん、大丈夫。えっと、なんでそんな人が三峰君を狙うの? なんか破門になったとか、剣技がどうとかって言ってたけど」
「あー……それは……」
どう話したものかな、特にあの剣技のことを簡単に話すのは……。
「お二人とも、学園に到着しましたよ」
運転手さん──今日から仕事に復帰した中川さんが、車を校門の前に停めていた。
「あ、はい。ありがとうございます。三峰君、話はまた後で」
「……わかった」
言葉の裏には、絶対に逃さないという意味が込められている。
さて、どうしたものか……。
*
結局悩みに悩んだ挙句、白久さんだけには話すことにした。
夕食の後で、部屋に呼んで二人きりにしてもらった。
「今から話すことは、白久さんだけの秘密にしてほしい。たとえ、羽月に問い詰められても」
「う、うん。約束する」
少し脅すような雰囲気を出した俺に、白久さんもただ事ではないと息を呑んだ。
「ふぅ……」
ゆっくりと、深呼吸する。
あの日々を思い出すのは楽しいけど、その結末を思い出すのは、正直まだ辛くて苦しい。
でも、ここまで来て黙っているわけにはいかないから、決心して顔を上げる。
「……五年前、
「剣技を、盗んだ……?」
「順番に話していくよ」
以前は話さなかった、もう一つの過去。
森口剣道場で過ごした日々のことを。
*
「お父さん、ここは……?」
いくら目で見たことを全て記憶できるとはいえ、四歳の頃の記憶を思い出すのは難しい。
でも、あの日のことは鮮明に覚えている。
俺が初めて、森口剣道場に連れてこられた日のことは。
「ここは、父さんの知る中で一番の剣道場だ」
「?」
俺が剣を学び始めたのは、ここに連れてこられる三週間前。
全て親父の手ほどきによるものだった。
「匠が本気で剣を学ぶなら、ここが一番だと俺は思う。ここにいれば、たくさんの剣士と戦うことができる、それが一番の早道だ」
「えぇ〜? お父さんとの方がいい」
「もちろん父さんも一緒にいるさ。でも、剣士は俺一人じゃない、ここにいる剣士に勝てないのなら、俺に追いつくなんて夢のまた夢だぞ?」
「むぅ……」
そう言われてムキになるところは、まだまだ子供だったな。
「流星」
そこで、一人の男が門の向こうからやってきた。
「翔」
胴着を着た、親父と同じくらいの背丈の男。
「その子が話していた」
「あぁ、俺の息子だ」
「この子がそうなのか……」
少しだけ、難しい顔をしたが、すぐに笑顔になって。
「初めまして、俺は
俺の背丈までしゃがんで、視線を合わせて自己紹介する。
「ほら、匠も挨拶」
「三峰匠、です」
「よろしくな、匠くん」
「ねぇおじさん、師範代ってなに?」
「い、いきなりおじさんかぁ」
「ショック受けてんじゃねぇよ。おじさんなのは変わらないだろ?」
「うるさい、俺はまだ若いんだよ」
「三十超えたらそうは言えないだろ、贅沢だ」
「うるさい。えーっと、俺のことは師範代って呼んでほしいな」
「うん。それで結局、師範代ってなに?」
「そうだな〜、簡単にいえば、先生ってところかな?」
「先生?」
「そう、これから匠くんにも色々と教えていくよ」
そうして門を潜って、早速道場へ案内された。
中ではすでに稽古が始まっていて、たくさんの剣士が打ち合っていた。
「わぁ……」
たくさんの剣士の動き、それが脳内に刻まれていく。
「さてと、それじゃあまずは師範に挨拶だ」
一番奥にいて、座っている人物。
「っ……」
子供の目から見ても、ここで一番強い人だというのがすぐにわかった。
「久しぶりだな、
「お久しぶりです。
親父が最敬礼をする。
「それで、これが例の」
「はい、私の息子、匠です」
「ふむ……」
厳しい眼差しが向けられる。その圧に、身体が硬直した。
「私は森口麓郎、この道場の師範だ。ここに来たということは、剣に生きる覚悟があろうな?」
「…………」
「いかに!」
「っ、あります!」
その問いは、初めて剣を握った時に、親父にも聞かれたことだ。
「よし、では早速お前の実力を見せてもらおうか。そうだな……蓮夜!」
師範が声を出した瞬間、全員が動きを止める。その統率の高さに、少し驚いた。
呼ばれて前に出たのは、俺よりも少し背が高い男子。一つか二つ年上だったはず。
「今から蓮夜と戦ってもらう、竹刀と防具は……」
「すでに与えています。準備の時間だけいただいても」
「無論だ」
「匠、すぐに胴着に着替えてこい。場所は……」
「案内するよ。こっちに来て」
師範代に案内されて、すぐに準備を整えて戻ってきた。
「一本勝負だ、好きに打ち込んでいい。蓮夜も、本気で戦うように」
「……わかりました」
「はいっ!」
まだ内心師範を恐れている俺に対して、力強く返事をした門下生。
そのままお互い準備を整えて、竹刀を向けあう。
「それでは……始めッ!」
「いやあああああああッ!」
審判役の師範代の、開始の合図と同時に突撃してくる門下生。
しかし踏み込みは親父に比べれば甘すぎる、そしてなにより……。
「はっ!」
だからこちらは最小限の動きで、敵の隙を突く。
「それまで!」
面をとりに来た剣が振り下ろされる前に、抜き胴を打ち込んだこちらの勝利。
「え……?」
対戦相手は、負けたことに唖然としていた。
「む……」
「これは……」
師範も師範代も、試合の結果に驚いているようだった。
「流星、彼に剣を教えてどれくらい経った?」
「だいたい三週間前です」
「三週間でこれとは……」
「確か匠と言ったな。どうして今、抜き胴を選択した?」
「えーっと……」
「答えなさい、匠」
「……お父さんに比べたら、隙だらけだったから、です。それに、あの人の動きが、さっきと全く同じだったので」
「さっきと同じ?」
「呼ばれる前、さっき他の人と打ち合ってた時、です」
ここへ案内された時にすでに始まっていた、たくさんの門下生の相掛かり稽古。
その全ての動きを、俺は記憶していた。
だから今も対応することができた。
「……なんだと?」
俺の回答に、再び驚く師範。
「お、おい流星。まさか……」
「あぁ。匠は、あいつと同じ力を持ってる」
「やはりそういうことか。それでこの強さ……」
師範代が、全てを理解したと視線を向けてくる。
「羽月!」
「はい」
「お前が相手をしなさい」
「はい」
出てきたのは、同じくらいの背丈の子。面をしているから顔は見えないけれど、声からして女の子。
確か奥の方で、ずっと背丈の高い人と打ち合っていたな……。
「もう一試合してもらう、今度は羽月が相手だ」
「師範、いきなり羽月を相手にするのは……」
「彼であれば問題ないだろう。それに、羽月以外相手になると思うか?」
「……いえ」
「君もいいだろう?」
「……はい、分かりました」
再び位置について、竹刀を構える。
「それでは……始めッ!」
開始の合図は道場に響く、しかしさっきとは違い、両者動かない。
(……打ち込む隙がない)
素人目から見ても、さっきの門下生とは比較にならないほど落ち着いている。
この子は、強い。
どちらも動かないまま、時間が過ぎていく。
(こういう時の、対処法は……)
剣を習い始めたばかりの時、親父の剣を恐れて自分から打ち込めずにいた。
そんな消極的な態度を怒られて、その時に教わった、対処法。
「せあぁッ!」
教えに従って、こちらから踏み込む。
床を蹴って、一気に剣の間合いへ。しかし剣は中段の構えのまま。
ギリギリまで敵の反応を見て、その後でこちらが剣を繰り出す。
じゃんけんの後出しと、父さんが言っていた技。
まだうまくできたことはないけれど、突破口はここにしかない。
(動いた──!)
左にかわしてからの胴、さっき俺がやって見せた手順を真似るなんて。
だったらこちらは、それよりも早く敵の小手を狙う!
「ハッ!」
しかし繰り出されたのは、最速の突き。
想定外の動きに、なす術なく相手の技を受けた。
「一本!」
負け、た……?
読みは完璧だった、敵の動きは見えていたのに。
それよりも早く、敵が動きを変えた? それともフェイント……?
「……もう一本」
「む?」
「もう一本! 今度こそ勝つ!」
「お、おい匠!」
流石に親父が怒った声を出して前にでるが、それを師範が制止する。
「構わない。二本程度では底を測るにはまだ不足だからな。羽月、お前も良いか?」
「はい、分かりました」
そうして二本目の試合が始まった。
「一本!」
「それまで!」
しかしそこから何回も戦いに挑んでは、俺は負け続け、結局その日は一本も取ることができなかった。
流石に終了の時間を迎えて、その日の稽古は解散となった。
「なんで……」
けど、俺は負けた悔しさにその場を動けなかった。
「ほら、匠」
親父が近くまで来ても、俺は顔をあげられなかった。
負けたこともそうだし、なにより親父に習った剣が通用しなかったことが申し訳なかったから。
「言っただろう、剣の世界は広いんだ。逆に今日負けたその悔しさを糧にして、お前は頂を目指すんだ」
「でも……でも……!」
情けなくて、涙が止まらない。
「泣いていいさ。その分だけ、強くなれ」
「うっ……うぅ……っ!」
そうして道場の端っこでうずくまっていると。
「ねぇ」
声をかけられた。
それは今日一日、散々俺をボコボコにした女の子。
防具をつけたまま、俺の元まで寄ってきた。
「あなた、名前は?」
「……三峰匠」
涙を拭いて、立ち上がる。
「三峰匠……じゃあ匠、あなた何歳?」
「四歳、だけど……」
「じゃあワタシと同い年だね」
そこで、ようやく面をゆっくりと外す。
汗を弾くように首を振って、ようやくその顔が見えた。
ショートヘアーの、可愛らしい女の子。
「……!」
「ワタシは森口羽月。ワタシずっと探してたの、あなたみたいに、何度でも挑んできてくれる人を」
「探してた……?」
「だってワタシと同年代の子って、ワタシに一度負けたらもうそれっきり戦ってくれないんだもん。だからワタシよりもずっと年上の人としか稽古できなくてつまらなかった」
「そうなんだ……」
それで彼女は、自分よりずっと背丈の高い人と打ち合っていたのか。
「でも、匠は違う。何度でもワタシに挑んできてくれた。今日からここにいるんでしょ? じゃあこれからは、ワタシと一緒に剣を学ぼう?」
満面の笑みで手を差し出してくる羽月。
「……次は絶対に勝つから」
そう宣言して、彼女の手を握った。
それが俺と、俺が親父の次に信頼する剣士、森口羽月との出会いだった。
*
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