第34話「紅月夜のダンジョンにゆらめく剣」
その姿を見た瞬間、全身に鳥肌が立ち、冷や汗が流れ出す。
「なん、で……」
全身が硬直して、動くことができない。
嘘だ、ありえない。なんで、彼女がここに、いる……?
「久しぶりね、匠。……随分と背が伸びたみたいね。昔は私と同じくらいの背丈だったのに、見下ろされてる。それに顔つきも、随分と男らしくなった」
昔を懐かしむかのような言葉が、その人物から出てくる。
しかしその表情も、彼女の纏う空気も、そんな言葉とは裏腹の、冷たく鋭いものだった。
「タクミ、君?」
震えが止まらない俺の手を、起き上がった白久さんが握ってくれた。
「……大丈夫、ありがとう」
いつまでも震え上がっている場合じゃない。
大きく息を吐いて、数歩前に踏み出す。
今のやり取りを見ていた彼女が放つ空気が、一段と冷たくなっていた。
「お久しぶりです。羽づ……
「名前でいいわよ、それに敬語もいらない。今更匠に苗字で呼ばれるのは、なんだかくすぐったいから」
「じゃあ、
「さんもいらない」
「……なら遠慮なく。どうして羽月がここにいる?」
「決まってるでしょ。ダンジョン攻略? っていうのに参加しにきたの。匠には昔、話したはずよ。こういう事態への対処は、本来私たちの役割だって」
「だからって羽月が、ダンジョン攻略に出てくるなんて……あ」
和装の後ろ、背中まで伸びた黒い髪。
その内側が、青色のインナーカラーになっている。
昔は真っ黒だった髪色の変化、この身体的特徴の変化は……。
「羽月も、覚醒者に……?」
「あぁ、うん、そう。おかげで身体の中に変な力が渦巻いてる感じがして、気持ち悪くて仕方ないけど」
覚醒者になったばかりの人が、そういう症状を訴えるというのはよくあることだ。
羽月も、そのうちの一人なのだろう。
「でも正直、ダンジョン攻略なんて理由の半分でしかないの」
「半分?」
「そう。ワタシがここにきた本当の理由、それは……」
「⁉︎」
その場から大きく飛び退く。
今逃げなかったら、確実に剣が飛んでくるところだった……。
「いい勘ね、今動かなければそのまま真っ二つにしていたところよ」
「羽月……やっぱり、そういうことか」
「そう、ワタシがここにきた本当の理由。それはあなたを斬るため」
「っ……」
はっきりと口にされ、再び冷や汗が流れ出す。
「どうして、とは問わないのね」
「……理由は、なんとなくわかっているから」
「へぇ」
口元が少し上に向く、和装美女の笑顔。しかしその奥に秘めているものは、とても冷たい。
「俺が、羽月たちの剣技を使ったから、だろう」
この人がわざわざ俺のところにまでやってくる理由なんて、それしかないのだから。
「その通り。それも、あんな紛い物をワタシたちの剣と名乗って使うなんて、万死以上の重罪」
そうだろうな。
あの剣技達は本来、彼女たちだけが使うことができる、秘匿された剣技なのだから。
「そもそも道場を破門になった匠が、剣を使うこと自体許されないことのだけれど。まぁそれはこんな世の中だから、まだいいだろうという話になった。でも、孤風、雷電、時雨、蒼天。あなたがこれらの秘剣を使うことは、絶対に許されない。だからあなたを斬るために、ワタシが遣わされたの」
「……やっぱり、そういうことか」
「えぇ、でもかつては一緒に剣の腕を磨いた仲。ワタシ個人としては、あなたを斬り捨てるのは忍びない。だから、ワタシの言うことを聞いてもらえる?」
「言うこと……?」
「そう。あなたがダンジョン攻略で剣を使わないと約束してくれるのなら、これまでのことは水に流す。ワタシから師範にも掛け合ってあげる。どうかしら?」
やっぱり、そうか。
羽月の言いそうなことは、だいたい想像ができていた。
そして、それに対する答えも、最初から決まっている。
「……残念だが、その条件をのむわけにはいかない」
「どうして? あなたのその瞳、昔とは違う真っ赤な目。あなたも覚醒者でしょう? であれば、魔法とかいうファンタジーな力を使えるんじゃないの?」
「それが俺はどうも、攻撃系の魔法を使えないみたいで。俺がここで戦うには、
「なら、ダンジョン攻略そのものを諦めるのは?」
「一番ありえない。俺の目指すものは、ここにしかないから」
「……そう。やっぱりあなたは、まだ流星さんのことを……」
「…………」
「匠、あなたのその夢はワタシも応援してあげたい。……でも、そのためにあなたが剣を持ち出すというのなら、ワタシたちはそれを許すことはできない」
彼女の纏う空気が、これまで以上に剣呑なものに変わる。
「抜きなさい、匠。あなたがあなたの道を行きたいというのなら、ワタシを倒してからにしなさい」
「っ……」
左腰に手を伸ばす羽月。
俺の知らない五年間も、しっかりとした指導の下で剣の腕を磨き続けてきた羽月に、勝てる道理なんてない。
「……それでも、俺は前に進まなくちゃならない」
たとえ敵が、かつて共にあった、同門の姉弟子だったとしても。
俺の、俺たちの夢を阻むというのなら、戦わなければならない。
故にこちらも、左腰の刀に手を伸ばす。
「「いざ尋常に──」」
お互いの刀が鞘から抜かれようとする、まさにその時。
「そこまでぇーーーーーーーーーーっ‼︎」
白久さんの声が、この場所いっぱいに鳴り響いた。
俺と羽月、二人して目を見開いて、声の主の方を向いた。
「なんだかよくわからないけど! 今はダンジョン攻略の真っ最中! よくわからない私闘は後にして‼︎」
「あ、はい……」
そうだった。ここ、ダンジョンだった。
羽月の登場で、そんなこと全て頭から吹っ飛んでた。
「……あなた誰?」
一方の羽月は不満顔で、白久さんを睨んでいた。
「私はミハル、このダンジョン攻略のレイドリーダーです! あなたもダンジョン攻略しにきたというのなら、私の指示に従ってください!」
「ミハル……。……あぁ、匠の周りをうろちょろしていた子ね」
「う、うろちょろって……」
「ワタシあなたのこと嫌いなの。だからあなたの命令なんて聞きたくないんだけど」
「きっ、嫌い⁉︎」
俺の知る限り、白久さんが言われたことないだろうという言葉を、真正面から言ったな……。
言われた本人も、目を白黒させてる。
「だいたいあなた、剣士の戦い方なんて知らないでしょう? だから……」
「知ってますけど? タクミ君から色々教えてもらってるので」
「……それは聞き捨てならないんだけど。匠、本当なの?」
「それは……うん。ダンジョンでの連携とか考えると知っておいてもらった方がいいし……」
「なんでそんな無駄なことを? そもそもあなたなら、あの程度の数の敵は一人で片付けられるでしょう?」
「たとえ一人で敵を倒せるとしても、ダンジョン攻略は一人じゃ成り立たないんだよ」
「そもそも、あなたがあんな道化じみたことをやっていること自体が、不快で仕方ないのだけれど」
「……ダンジョンストリームは決して道化なんかじゃない」
「そうかしら? イタズラに剣で戦うのを見せびらかすなんて、剣の道にあるべき姿じゃない。流星さんだって、そうだったでしょう?」
「……それは」
「だから匠、あなたのしていることは間違っている。だからワタシがあなたを正す」
「……それは違うよ、羽月。俺はこの場所で、信頼できる仲間と、一緒に戦う人たちを見つけたんだ。それは決して、剣の道に背いてはいない」
「忘れたの? ワタシたちの剣の在るべきは『
「忘れてはいない。けどそこに至る道は、決して一つじゃない。だから俺は俺のやり方で、夢を掴んで見せる」
「詭弁ね、そんな腑抜けたあなたには、やはり剣は似合わない。だからワタシがここで──」
「オラァッ!」
羽月が言葉を言い切る前に、ビルの瓦礫を押しのけて、レシュガルが姿を表す。
「なっ、まだ生きて⁉︎」
「ったりめーだァ! あんなのでオレ様が死ぬと思ったか、アァッ⁉︎」
「……? 蒼天は確実にあなたの身体を貫いたはず」
「はァ? あんな、魔力も乗ってない剣戟でオレ様がやられるか!」
「……あぁ、そういうこと。ちゃんと載せていたつもりだったのだけれど、あなたには足りないようね」
「羽月?」
「苦手なのよ、魔力なんていうおかしな力の感覚が。だから無意識に力を抜いてしまっているのかも」
確かに羽月って、こういうファンタジー系はあんまり好きそうじゃないからな。
魔力に慣れないって気持ちは、少しわかる気がする。
「でも、それであなたを斬ることができないというなら、仕方がないわね」
スッと目をつぶって、息を深く吐く羽月。
すると髪の内側の青色から魔力を伴った光が発し、鞘の内側に仕舞われた刀身も魔力光を帯びる。
「これなら、あなたを真っ二つにできるでしょう?」
ゆっくりと目を開く羽月、その目は俺と対峙していた時以上に鋭く輝いている。
あれは、敵を本気で殺す者の目だ。
「真っ二つだァ? ふざけんなよこのアマァッ!」
レシュガルも再び全身から黒い澱みを吹き出して、両手両足に四つの鉤爪を作り出す。
「下がっていて匠、さっき仕留められなかった責任はワタシが持つ」
「ちょっ、ちょっと待ってください⁉︎ 勝手に一人でボスと戦うなんて許されると……」
「ストップ、ミハルさん」
一人で敵の前に出る羽月に抗議しようとした白久さんを止める。
「なんで止めるのタクミ君!」
「そりゃ止めるさ、今の羽月には近づかないほうがいい。巻き込まれるからな、さっきみたいに」
「けど一人でなんて無謀じゃ……」
「問題ない。今の羽月が、あの程度の奴に遅れを取るなんてありえないから」
「むぅ……」
不満げな顔をする白久さんだけれど、今は見ていることだけが俺たちにできる最大の援護だ。
「死ねやオラァ‼︎」
先に敵の方が動く。
対する羽月は重心を落として動かない、鞘に仕舞われた刀に手を伸ばしたまま。
居合抜刀の構えなのは理解できる、だが……。
「バカがッ‼︎」
両手両足の鉤爪が、羽月を斬り裂かんと振り下ろされた──
「ァ?」
「え?」
──かに見えたが、その攻撃は羽月の左側、何もない空間で空振る。
レシュガルと白久さんが、同時に声を上げた。
「どこを攻撃しているのかしら?」
そう呟きながら、攻撃を外して隙だらけの胴に、居合斬りが入った。
「──朧」
レシュガルは腹から綺麗に真っ二つとなり、地面に転がり落ちる。
「バカ、な……。お前は……確かにあの、場所に……」
「なにを言っているのかしら? 私は一歩も動いていないわよ?」
「そん、な……わけ、が……」
そこから言葉は続かず、レシュガルは確かに絶命した。
それを見届けて、静かに刀を鞘にしまう羽月。
同時に、髪や刀身の魔力光も消えていく。
「これでいいでしょ?」
「…………」
白久さんに視線を投げかける羽月。
対する白久さんは、今の攻防を全く理解できていないせいか、言葉を出せず口をパクパクとさせていた。
残っていたモンスターたちも、自分たちのボスが殺されると同時に消えていく。
やがて空にヒビが入って、ダンジョンは崩壊した。
「さてと、それじゃあ匠──」
「おいそこの女剣士!」
羽月が俺へと振り返ろうとした瞬間、他のレイドメンバーたちが羽月を呼ぶ。
その中には、羽月に斬られてディフィートアウトした面々もいる。
「俺たちごと敵を斬るなんて、お前どういうつもりだ?」
「どうって? ワタシはただ敵を斬っただけだけど」
「ふざけるな!」
「いくら敵を倒したからって、味方を巻き込むなんてことが許されるか!」
「それはごめんなさい。眼前の敵を斬ることだけ考えていたから、あなたたちのことなんて考えてなかった。……そもそも眼中にもなかったけど」
「んだと……?」
「いくら自分がボスを倒したからって──」
レイドメンバーたちが顔を真っ赤にして、敵意を露わにする。
それを感じて、羽月も目の色を変えるが、
「ストップストップ!」
そこで白久さんが間に割って入った。
「レイドメンバー同士でいざこざはやめましょう! 今はただ、無事にダンジョン攻略を終えられたことだけを喜ぶべきです!」
「ミハルさん……」
「いやでも!」
「すみません、羽月はダンジョン攻略が初めてで、まだ良し悪しがよくわかってないんだ。彼女には俺から言って聞かせるから、今日のところは勘弁してくれ!」
俺も後から続いて、羽月の両腕を掴んで彼らの前から引き剥がした。
「そ、それにまだ皆さん仕事とか、学校とかありますよね? 一旦今日は解散しましょう!」
「……チッ!」
「ハァ……ちゃんと言って聞かせろよ、タクミさんよぉ?」
白久さんの解散宣言で、ようやくレイドメンバーたちが散っていく。
「……羽月さ、少しは味方のことも考えてくれよ」
「味方って、あの人たちが? 味方と呼ぶにはあまりにも頼りないのだけれど……」
「そりゃ羽月の実力からしたらそうかもしれないけど、そういうことは口には出すな! 羽月だって争いごとを起こしたいわけじゃないだろう?」
「それは……そうね」
ようやく反省の色を見せる羽月。
こういう負けん気が強いところは、本当に変わってないな。
「今日は帰るわ」
「……俺と戦うってのはいいのか?」
「羽の生えた悪魔みたいなのとか、さっきの人たちのせいで興が削がれた。それに、いざこざを収めてくれたあなたに剣を向けるのは、恩知らずにもほどがあるでしょ?」
小さくため息を吐いた羽月は、俺の手を腕から剥がして歩いていく。
「それじゃあ匠、また」
再会を(一方的に)誓って、彼女はゆっくりとその場を去っていった。
*
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