第33話「三度目の大規模ダンジョン」
一ヶ月ぶりの、大規模ダンジョンの発生。
学校からそれほど距離が離れていないせいで、屋上からゲートの発生を確認できた。
それだけ緊急事態だったために、平日の真昼間にもかかわらず学校を特別早退してやってくることになった。
「ったく、これまではこんな大規模なダンジョンは、年一くらいの頻度だったっていうのに」
「最近は本当に忙しいったらありゃしない」
「一体どうなってんだか、しかもここらの区域だけだぞ?」
ダンジョンのそばにやってくるなり、集まったレイドメンバーたちの愚痴が聞こえてくる。
「…………」
それは当然、モンスターたちの活動が活発化しているからだろうけど。
その一因となっているのは、確実に奴だ。
一ヶ月前、俺が取り逃がしていなければ……。
「三峰君」
隣の白久さんが、心配そうに顔を覗き込んでくる。
「大丈夫? なんだか、怖い顔してる……」
「……大丈夫、今はこのダンジョンに集中するよ」
もしこのダンジョンで奴と対峙した時は、今度こそ俺の剣で奴を斬る。
そう胸に誓って、レイドメンバーたちへ挨拶へと出向いた。
*
集まったレイドメンバーは四十人近く、俺たちと同じ学生や、社会人の姿もある。
平日の昼間にこの人数のダンジョン攻略者が集まるのは他に例を見ない。
それだけ大規模ダンジョンが危険視されている証拠でもあるけれど。
「みんな、準備はいいですか?」
彼らの音頭を取る白久さん。こういう時に指揮を取るのは普通、ストリームの人気ランキングの上位順か、ダンジョン攻略の経験数の多さで決まる。
その点で言えば、白久さんはそのどちらも、この中ではダントツだろう。
「よっしゃ! ミハルさんにいいところ見せるチャンスだ!」
「しまっていこうぜ!」
可愛い女の子に仕切られれば、他の連中の士気も高いというものだ。
「ふー……よし」
さっきまでの後悔を仕舞い込んで、集中する。
「それじゃあ、行きましょう!」
白久さんが先陣を切って、その後をみんながついていく。
ゲートを潜ると、空には紅黒く光る月。周囲には、嫌な冷たい空気が充満していた。
「敵だ!」
正面から、モンスターの小集団が突撃してくる。
しかし大規模ダンジョンで出てくるにしては、随分と数が少ない。
「攻撃開始!」
魔法の届く射程まで敵を引き寄せて、攻撃の合図が出される。
正面から魔法を受けたモンスターたちは、次々と黒煙となって消えていく。
「相変わらず……」
戦いのセオリーも何もない、ただの突撃。
どうしてこんな、命を無駄に使い潰すような戦い方をするのだろうか。
「敵が引いたぞ」
「どうだ、恐れをなしたか」
味方の火力に圧倒されて、敵が後退を始めた。
「敵が逃げ出した……?」
そんなことは、今まで一度もなかった。
死なば諸共と、死兵になって襲いかかってくるのが普段の奴らなのに。
「待て!」
「逃すか!」
「お、おい」
前線の一部が突出して、敗走した敵を追いかける。
「タクミ君、この状況をどう見る?」
「ハッキリ言って、誘われているようにしか見えない。ボスもどこにいるのかわからないし、大規模ダンジョンで敵がアレだけしかいないってことはないだろうから」
「私も同じ意見。でも追いかけて行った人たちを見捨てるわけにはいかないし」
深追いしないですぐに戻れと言っても、この士気の高さでは一蹴されて終わりだろう。
「罠に警戒しつつ、俺たちも進むしかないか……」
「私も賛成。周囲に警戒しながら進みましょう!」
白久さんの指示に従って、先行したレイドメンバーの後を追う。
「くそっ、どこ行った⁉︎」
「見失った……」
先を行った連中は、片側二車線の道路が十字に交わる交差点で、敵を見失い立ち止まっていた。
「どうなってるんだ?」
「アレで終わりなんてこと。ないよな?」
「……いや」
前方、そして左右からも敵の大軍が押し寄せてくる。
「後ろからもだ!」
背後からも、隠れていた敵が現れた。
「やっぱり誘われたか……」
後悔しても、もう遅い。
こうなってしまっては、俺たちにできることはひたすら迎撃することだけだ。
「それぞれ四方の敵に対応してください! 弾幕を張って、敵を近づけないように!」
白久さんの命令に従って、一斉に攻撃が始まる。
俺も刀を鞘から抜いて、魔法の弾幕を超えて近づいてきた敵を斬っていく。
「この敵の動き……」
今までにない、統率の取れた兵の運用。間違いなく、指揮をしている奴がいる。
一瞬頭に浮かぶのは、この間の敵──エンキ。
やつは透明になって消える力を持っていた。その力を使われたら、見つけるのは不可能だ。
「……けど、なんで空から攻めてこないんだ?」
四方の道はすでにモンスターの海と化しているが、空から攻めてくるモンスターは一体もいない。
この状況で空からも攻め込めば、戦線は一瞬で崩壊するというのに。
「!」
ふと空を見上げると、とある箇所におかしな揺らぎがあった。
「そういうことか!」
「タクミ君?」
「ここは頼んだ、なんとか耐え凌いでくれ」
「え、え? それってどういう……」
「アクセラレーション、スツールジャンパー!」
移動補助の魔法を併用して、超高速で飛び上がる。
空の揺らぎが逃げないように、最速最短で、
「速翼!」
剣戟を振り下ろすと、揺らいでいた部分がバリンッと音を立てて割れた。
「へぇ?」
「やっぱりか」
揺らぎの奥にいたのは、頭には巻きツノが生え、真っ黒の羽を背中で広げた、まさに悪魔と形容するべき容姿の敵。
「お前が指揮官か」
一番近くのビルの屋上に着地して、改めて空を浮遊する敵と対峙した。
「思っていたよりも早く気づいたなァ、ニンゲン」
「空から俺たちの苦戦する様を眺めてるなんて、随分と悪趣味だな」
「お前らが苦痛の声をあげて死んでいく様を見るのが、オレにとっては最高の娯楽なんでな!」
言葉を話すボスモンスターっていうのは、趣味が悪い連中ばっかりだ。
「しかし、こんなに早く見つかるとはなァ。それに、妙な剣術と、異常なほど加速。エンキの野郎が言ってた、ニンゲン離れした妙な敵っていうのは、お前のことか、アァ?」
「奴を知ってるのか? 奴はどこにいる!」
「ここにはいねぇよ。つか、聞き出してどうするってんだァ?」
「決まってるだろ、あの首を刎ねてくれる」
「…………。ぷっ、ぷはははっ! 首を刎ねるだって⁉︎」
「なにがおかしい」
「笑うに決まってるだろ! ニンゲンが、エンキの野郎を殺すって! 無理に決まってるだろバーカ!」
「そんなもの、やってみなければわからないだろう?」
「いーや無理だね、しかも剣なんて持ち出して戦おうとする野蛮人のお前なんかにや、不可能だ」
どいつもこいつも、ただの刃が自分たちに効かないからと言って、舐めすぎじゃないか?
もっとも、そうやって油断してくれている方がこちらとしても戦いやすいが。
「それに、お前はここでこのレシュガル様に八つ裂きにされるんだからなァッ!」
両手に黒いオーラが集中して、三爪の鉤爪を形作る。
「やれるものならやってみろ!」
こちらも再び剣を構えて、動き出す。
始まったのは、敵による鉤爪のラッシュ。
繰り出される一撃は早く、鋭いが、見えないほどではない。
「チッ……」
しかし両手による連続の攻撃に、防戦を強いられる。
(親父の二刀流に通じるな……)
一度防御に回った相手を一方的に攻撃できるのが、二刀流の優れている点の一つ。
防御はできても反撃ができず、いずれは崩されてダメージを負ってしまう。
親父の剣は、それを極めたような超攻撃型の戦い方だった。
(けど俺は、それを一番近くで見てきた)
そんな親父に比べたら、こいつの連撃なんてまだまだ甘い。
一撃一撃の間に、わずかな隙がある。それだけあれば、十分だ。
「オラァッ!」
「ここだ!」
それまで身を引きながら剣で防御していた攻撃を、一度だけ重心を下げて左側にかわし、
「速翼!」
伸びきった右手に、剣を振り上げる。
「ガッ⁉︎」
「まずは一本」
ゴトリと音を立てて、腕が転がり落ちた。
「テメェ……!」
「どうした? 俺を八つ裂きにするんじゃなかったのか?」
「舐めるなよニンゲン風情がァ……ウオオァァァッ‼︎」
黒いオーラが全身を包み込み、手だけではなく両足にも鉤爪が生える。
しかもそれらが結集して、斬り落とした右腕の代わりまで務める。
「マジかよ……」
「行くぞオラァ!」
両手両足を攻撃に振り向けた、二刀流どころか四刀流だ。
人間には再現不可能な攻撃、流石にそんなものへの対処法はインプットしていない。
「グッ……」
再び戦いがこちらの防戦一方。
(さっきまでの隙がなくなってやがる……!)
反撃を差し込む隙が全くなくなってしまった。
この攻撃の密度は、親父の二刀流に通じるものがある。
「くそっ!」
一度大きく飛び退いて、クロスレンジから後退する。
「ハッ、なんだァ? オレ様の攻撃になす術なしってか、アァ?」
「…………」
「なんだ、ダンマリかよ」
すでに脳内では、敵を斬り殺すための経路を引き始めている。
しかし四刀流に対する情報が少なすぎて、まだ道が繋がらない。
「……フッ」
こちらからは動かずに間合いを測っていると、ふと敵が嫌な笑みを浮かべる。
「お前が動かないというのなら、オレ様にも考えがある」
「なにっ?」
翼を広げて空へと飛び上がったと思えば、ビルの屋上から急降下する。
「──まさか!」
急いで奴の消えた方へ走って、屋上の柵を飛び越える。
狙いは、下でモンスターに包囲されたレイドメンバーたちか⁉︎
「アクセラレーション!」
壁を蹴って、こちらも急降下する。しかしこの速度では、とても追いつけない。
「みんな逃げろ!」
大声で叫ぶが、魔法の飛び交うこの戦場では爆音にかき消されてしまう。
「くそっ、間に合わな──」
「死ねぇぇぇぇぇ──」
「──蒼天」
レイドメンバーに接敵しようとした敵が、いきなり明後日の方向へ吹き飛んだ。
「っっっ──!」
地面を滑りながら着地して、顔を上げる。
吹き飛ばされた敵は起き上がってこない。
「な、なんだ⁉︎ 今の」
「敵が吹っ飛んだぞ?」
レイドメンバーたちはみんな、何が起こったのかまるで理解できていなかった。
「タクミ君! 今のは……?」
白久さんもそばまでやってきて、俺に事態を問いかける。
今のは、ここにいるレイドメンバーが起こしたものじゃない。
「──孤風」
「! みんな伏せろ!」
「え、な──ひゃっ⁉︎」
白久さんを無理やり押し倒して、地面へと伏せる。
そのすぐ頭上を、剣戟が掠めた。
「なっ……」
俺たちがやってきた道を塞いでいた敵が、それどころかその反対側にいるモンスターまでもが、まとめて真っ二つにされた。
周辺の建物を、そして伏せるのが間に合わなかったレイドメンバーを巻き添えにして。
一撃によりシールドウェアを削られ、ディフィートアウトする者が大量に現れる。
「こんなことができる人なんて……」
俺の知る限り、数人しか思い当たらない。
「──やっと見つけた」
「‼︎」
背後から聞こえてきた声に、背筋に冷たいものが走った。
「まさか……」
ゆっくりと振り返る。
そこにいるのは、一人の影。
大学生が卒業式で着るような袴を思わせる和服。しかしスカートが前の部分で切れていて、間からショートパンツが見え隠れしている。
左腰から背中にかけて、俺のものより長い鞘を備えていて、右手に持った刀をゆっくりと納める。
その一つ一つの動きが、歩く姿さえも均整が取れていて、丁寧。
大量のモンスターが消えたことによって発生した黒い霧の中から、やがてその人物は姿を現した。
「ようやく会えたわね、匠」
*
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