第32話「ダンジョン攻略を剣で戦うということ」
「おいお前ら、ちょっとそこに正座しろ」
レイドメンバーたちと勝利の喜びを分かち合い、現実世界に戻ってきた俺は、剣を持ち出して戦った二人に声をかけた。
「い、いや……その」
「た、助けてくれたことにはお礼を言いますが……」
「いいから座れ」
「「は、はい……」」
……声をかけた、というにはいささかあたりが強いかもしれないが。
「最初に聞くが、なんでダンジョンに剣を持ち出した?」
「それは……」
「えっと……」
顔を明後日の方向に逸らす二人。
「こ、た、え、ろ」
しかし俺の圧に負けたのか、俯きがちに答える。
「……俺たち、剣道部員なんですよ」
「だから、せっかく敵と戦うなら剣で、と思って」
その辺は、概ね予想通りだったな。
「それと……見たんですよ」
「見たって、なにを?」
「……あなたの配信を、です」
「俺の?」
「そうですよ! 剣一本で敵をバッタバッタと薙ぎ払う、そんな姿に憧れたんですよ!」
「…………」
流石にそれは予想外だった。
俺に、憧れて……ねぇ。そういう人が出てくるなんてなぁ……。
ヤケクソ気味になっているのは、当該人物を目の前にした気恥ずかしさみたいなものがあるのだろうか。
「はぁ……とりあえず事情は理解した。けどお前たちは普通に魔法を使えるんだろ?」
「は、はい。使えますけど……」
「なら次回からは、ちゃんと魔法で戦闘に参加しろ」
「「えぇ〜!」」
やはりというべきか、不満の声が二人から上がった。
「別に二度と剣を持ち出すなって言ってるわけじゃない。むしろ、詠唱が間に合わない接近戦になった時に、その技術は頼みの綱になる。けど、そもそもその力だって、まだ不安定だろう?」
「それは……はい」
「なら余計にだ。剣で戦う前提でいることをやめろ」
「いや、でも、俺たちだって剣で戦いたいんですよ!」
「そうです! 剣道だってちゃんと学んでますし、剣での戦い方は心得てるつもりです!」
「なら聞くが、一対多の稽古をしたことは?」
「「そ、それは……」」
「敵に囲まれた場合の対処法は? 今日みたいに空からくる敵に対しては? 他のレイドメンバーたちとの連携は?」
「「…………」」
「ダンジョンでの戦闘は、陣容の厚みはともかく数は圧倒的に向こうが上。一人欠けたら戦力差はその何倍も大きいものになる。それを防ぐために、今の戦略戦術があるんだ。自分たちの勝手で、それが乱れたらレイドメンバー全員に迷惑がかかることを覚えておけ」
「……じゃあ、あなたはどうなんですか」
「あなただって魔法戦闘のセオリーから外れて剣で戦ってるじゃないですか」
それを言われると、弱いな。
俺の戦い方は、集団戦の輪を乱す最たるものなのだから。
「大前提として、俺は攻撃系の魔法を使えない。でも剣に魔力を宿すことができるから、このスタイルで戦ってる。けど俺は、レイドにおいて自分の役割を疎かにしたことは一度もない」
白久さんと一緒に戦う以前は、雑魚敵の処理を任されて、それに徹していたし。
ボスモンスターと戦う時も、その前の雑魚敵との小競り合いにも手は抜かない。
「今日お前たちが犯した罪は二つ。一つは自分の力を過信して、無謀な突撃をして死にかけたこと。もう一つは、それによってレイドメンバーとの連携を欠いて、迷惑をかけたこと」
「「…………」」
「次回からは、レイドにおける自分の役割っていうものをきちんと考えてくること。以上だ、早く帰って休めよ」
「「はい……」」
不満の残る顔を見せながらも、大人しく帰っていく二人。
「……とはいったものの、俺が原因なんだろうな」
小さくため息を吐きながら、頭を掻き上げた。
*
「ねぇ、三峰君。さっきのことだけど」
帰りの車の中で、少し困り顔で話しかけてくる白久さん。
「言い過ぎだって言いたいのか?」
「うん。せっかくみんなが三峰君のことを認めてきたのに、あんな調子だとまた批判されたりするかもだよ……?」
「あの様子を配信に乗せてるわけじゃないから、大丈夫だと思いたいけど」
でも、影森の一件もあるから、油断はできないか。
あんな大規模なことにはならないだろうけど、人の口に戸は立てられないからな。
「でも、ここのところダンジョン攻略に剣を持ちこんできる人全員に対して、同じような感じで怒ってるし」
「俺が締めてやらなきゃ、他に誰もできないんだから」
炎蛇ラク──影森楽との戦いから、すでに一ヶ月が経った。
あの時の配信は、ラガッシュ、スチームダイナとの戦いを超えるバズりを見せ、ダンジョンストリーマー・タクミという立ち位置を不動のものにした。
現在の登録者数は六十三万人、トップストリーマーたちには及ばなくとも、新進気鋭の配信者として名前はかなり売れてきた、と思う。
実際この間初めてストリームの収益が入ってきた時、
『俺のこないだまでのバイト代数ヶ月分なんだけど……?』
開いた口が塞がらなくなるレベルの金額が刻まれていた。
同時に、白久さんはもっと稼いでいるという事実に震えたけど。
けれども、俺がダンジョンを剣でも攻略できるということを広めてしまった結果、ダンジョンへ剣を携えて挑むストリーマーが急増してしまった。
「どいつもこいつも、上っ面だけを真似ようとする奴ばかり」
もちろんただの剣ではモンスターに一切効かないから、さっきの彼らのように魔法を剣に纏わせるというのが主流になっている。
しかし現れるのはどいつもこいつも、剣士まがいとすら言えないようなド素人ばかりだった。
今日の二人は剣道を学んでいるだけまだマシだ。
剣の道の“け”の字さえ知らないような連中が、俺の戦いのスタイルだけを真似ようとしているのだから、その姿は見るに耐えない。
「なによりもあっという間にやられて、他のレイドメンバーに迷惑をかけるのが言語道断だ」
シールドウェアとディフィートアウトのシステムがあるから、犠牲者は確かに出ていないのかもしれない。
けどこのシステムが、そういう連中を生み出している要因の一つになっているのだろう。
それに、ラガッシュの時のグレイストーカーや、未だ目覚めない炎蛇ラクのこともある。
だからダンジョン攻略というものは、決して舐めてかかれるものじゃない。
「だから俺がちゃんと言ってやらないといけないだろう? この状況を作り上げた、張本人として」
それが、ダンジョンでモンスターと剣で渡り合うことができる。そのことを証明してしまった俺が取るべき責任だ。
「みんな、初めからうまくできるわけじゃないよ。魔法にしたってそう、最初からダメって決めつけるのはよくないって思うけど」
「そりゃ、中にはちゃんと鍛えれば可能性がある奴だっていると思うさ。今日の二人もそっち側だ。でもそれ以外の連中は、その水準にさえ達していなかったんだよ」
「ならいっそ、三峰君が剣道教室をするとかは?」
「剣道教室?」
「そう、それなら三峰君の懸念も解決できる気がするな」
「…………」
今まで考えたことのない選択肢に、少し考えて。
「……無理だ」
答えを出す。
「どうして? 三峰君なら、ちゃんとした指導もできるって思うけど」
「剣道の指導っていうのは、剣の振りを矯正したり、相掛かり稽古をしたり、実際に対面でないといけない部分がほとんどを占めてるんだ」
「それでも、動画で伝えられることもあるんじゃないかな?」
「そりゃ、たとえば剣の型とかはね。でも俺の剣技は、そういうのとはかけ離れてるから」
「言われてみれば、確かに三峰君の戦い方って自由な感じだよね」
「この五年間、ちゃんとした指導を受けてないから、そうなっちゃったんだよ」
だから剣の練達たちから見れば、俺の戦い方は型なしだと怒られるだろう。
そもそも剣の指導なんてしたことないから、想像ができない。
「五年前ってことは、ダンジョンが発生した時からってこと? そもそも三峰君っていつから剣を習ってたの?」
「大まかにはそうかな、小学六年生になってすぐにダンジョンが発生し始めて、それから少し経ってからだな。教わってたのは……俺が四歳くらいの時からだったかな?」
「四歳⁉︎ ってことは、八年近くも?」
「そういうことになるかな」
八年、か。思い返してみると、色々とあったな。
決して楽しいことばかりじゃなかったけど。それに最後がアレだったから……。
「三峰君?」
「……脱線したけど、俺には剣の指導は無理だ。むしろ俺の方が剣を教わりたいくらいだし」
「三峰君が? 今でも十分強いと思うけど……」
「いや……」
一ヶ月前、影森をそそのかした元凶、エンキを俺は斬ることができなかった。
この一ヶ月間、奴は姿を見せてはいない。
けれど次また現れた時に相対したとしても、同じ結果が待っているだろう。
この一ヶ月、俺はなに一つとして進歩していないのだから。
炎蛇ラクとの戦いの最後に編み出した、秘剣・隼連歌。それすらも完全にはモノにできていない。
だから今日も、決めの技に孤風を選択してしまった。
毎日剣を振って、自分でできる範囲の稽古はしているが、まだまだ足りない。
「稽古する環境と、相手がいればな……」
ふと思い出した、五年前までのあの時間を、無性に恋しく思う俺だった。
*
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