第27話「無数に広がる経路の終着点」
目の前に広がるのは、巨大な樹に似たなにか。
それは、これから敵が通るであろう
その経路一本一本が無数に集まって束になり、大樹と成ってそびえ立っている。
「なぜだ⁉︎」
苦悶に満ちた声が聞こえてくる。
「なぜだなぜだなぜだ‼︎」
一心不乱に魔法を放つ、炎蛇ラク。
「なんでオレの攻撃が当たらない⁉︎」
目の前で起こる不条理に、ただ声を荒げることしかできずにいた。
「お前の行動は、全て経路の内にある」
「ふざけるな! 全部お前の掌の上だとでもいうつもりか!」
確かに言い方を変えれば、そういうことになるな。
「対策を立てているのが、自分だけだと思ったか?」
世間知らず、朔也に言われたことを反省して、俺はあることを実行した。
それは、奴が作ったあらゆる楽曲を、全て記憶すること。
奴の戦い方の根幹がそこにあるのだから、それを知ってしまえば対応はいくらでもできる。
「随分と大変だったけどな。自分の趣味に合わない曲を聴き続けるっていうのは、苦痛でしかなかった」
でもそうするだけの価値はあった。
「だからお前がどんな曲を選曲しようと、どんなリズムを描こうと、それは全て俺の想定する内にある」
それが俺の考えついた最終手段、敵が辿るであろう全ての経路を想定し、その道の先に行く。
「だからもうお前の攻撃は、俺に届くことはない」
「そんな馬鹿なことがあるか! 八岐大蛇!」
生み出された八つの蛇頭が、一斉に襲いかかってくる。
「その可能性も、もう知ってる」
頭と頭の間にあるわずかな隙間を高速で抜けて、一気に奴との距離を詰めにかかる。
「っ……」
全ての経路を追跡し続けるのには、いくらなんでも限界がある。
その証拠に、脳に鋭い痛みが走った。
この状態を続けられるのは、あと数分もないだろう。
だから、これで終わらせる。
全ての経路が一つに交わる、終端ノードへと駆けていく。
「龍炎皇‼︎」
この前の戦いで、奴が最後に使った炎の龍の魔法。
「どうだ! あのインチキ剣でなければ俺の龍炎皇は斬れないだろう!」
確かにこの規模の魔法は、俺の剣技で斬ることは難しい。
「お前たち! あの生意気なクソガキを焼き殺せェ‼︎」
通り過ぎた八岐大蛇も、その首を再びこちらへと向けてくる。
正面には龍の頭、背後には八つ蛇頭。これほどの規模の魔法による挟み撃ちは、どんなダンジョン攻略でも見たことない。
予測の中でも、一番面倒な展開だ。
「……それでも俺は、前に進まなくちゃいけない」
奴に迫るには、目の前の龍を斬り捨てる他ない。
しかし速翼では威力が足りないし、連歌による二段斬りでは遅すぎる。
なら、俺にできることはたった一つ。
二つの剣技の特性を掛け合わせた、新しい剣技を今この場で編み出すことだ。
「秘剣──」
それが俺の見出した、この戦いの終着点へ続く第一歩。
「──隼連歌!」
大きく振りかぶって袈裟斬りに振り下ろした刃が、一瞬にして上向きに跳ね上がり、振り下ろす前の位置まで戻る。
刹那の間に繰り出される二連撃、斬り下ろしと同じ太刀筋を正確に通る斬り上げによって、傷口を広げられた龍は縦に真っ二つになった。
「な、あっ⁉︎」
出来上がった炎の道を、そのまま真っ直ぐに駆ける。
残っているのは、最後の砦を失った敵の本体だけ。
「プ、プロミネンス……」
「遅いッ!」
炎の鎧が生成されるよりも早く、速翼が奴の身を斬り裂く。
渾身の一撃を受け、シールドウェアを失ったラクは崩れ落ち、階段を滑り落ちる。
シールドウェアが消えてもディフィートアウトしないのは、彼が座標の登録をしていないから。
「勝負は決まった、お前の負けだ」
「オ、レが……二度も、オマエなんかに……」
奴の、俺に対する敵意は失わないまま。
だが、身体を起こそうとするものの、上手く力が入らず立ち上がれない。
「終わりだ、もうお前は戦えない」
俺の背中を追っていた八岐大蛇も、ドームの中で燃え盛っていた炎は、俺に斬られ地面を転がった時点で全て消え失せた。
「ふざけ、るな……オレは、まだ……」
「いいや、それは無理だ」
鋒を、奴の顔に向ける。
「お、オマエ……まさか!」
「その、まさかだとしたら?」
「…………は」
「?」
「ははは、ふははははっ、アハハハハハッ!」
気でも触れたのか、大口を開けて笑う。
「フハハハッ! やっぱりオマエは根っからの殺人犯だ! さぁ、その剣で俺を斬るがいいさ! そうすれば……」
「………………はぁ」
大きなため息を吐いて、刀を鞘にしまう。
「な、なん……」
「知れたこと。俺の剣は、誰かを助けるための剣だ。だから白久さんを助けるために、お前に剣を向けた。けど戦えなくなったお前に、剣を向ける理由はもうない」
斬る価値もなし。つまりはそういうことだ。
「それに、笑いたいのなら笑えばいいさ。剣士だと蔑まれようが、俺たちの夢が無謀だと嘲笑されようが、俺たちは必ずその夢を掴んで、配信を見ている全ての連中に証明してやる」
それが、俺がダンジョンストリーマーとして、彼女と共にいる理由だ。
「じゃあ、彼女は返してもらうぞ」
背中を向けて、二階席へ行くために階段を上がる。
「ふ……ざけるなぁ!」
怒りとは人に絶大な力を与えるらしい。あの状態から立ち上がって、その手に炎を集約し始める。
「アクセラレーション」
そんな奴の背後に回って、柄で
「ガッ……」
炎は霧散して、力無く地面へと倒れる炎蛇ラク。
「言っただろ、全て俺の想定する内だと」
ここまでが俺が予測した経路の終着点。
「これで仕舞いだ」
経路追跡を終え、トレース状態を解いた。
少し熱がこもった頭が少しずつ冷えて、改めて目の前で気絶した影森を見下ろした時。
「……正当防衛ってことになるよな?」
そんな不安が急に襲いかかってきた。
刃は振るってないし、背中から不意打ちされかけたんだし。
……大丈夫、だよな?
*
「これ、どうすればいいんだ……?」
二階に上がって、白久さんが閉じ込められた氷塊を見て、困り果てていた。
「刀で斬って砕くわけにもいかないし……」
いっそ下で寝転がってるあいつを連れてきて、炎で溶かしてもらうか?
「いや……ないな」
奴が俺の言うことを聞くわけがないから、その場合は刀で脅さなくちゃいけなくなるし。
──ビシッ!
「は?」
氷の前であらゆる手立てを検討してうんうん唸っていたら、氷に亀裂が走った。
「ちょっ、ちょっと待て⁉︎」
ヒビは氷全体に広がっていって、やがて粉々に砕けて地面に崩れ落ちた。
「嘘だろ⁉︎」
急いで氷を退けながら、白久さんを探す。
「ケホッ、ゴホッ!」
「白久さん!」
崩れた氷の中心で、倒れながら咳き込む白久さんを見つけて、急いで駆け寄った。
「大丈夫か⁉︎」
「……うん。私の身体は、冷たさに耐性あるから」
「いや、でも……」
「ある程度の時間でこうなるように、最初からなってたから」
「そ、そうなのか……」
目立った外傷はなさそうで、彼女自身も思っていたよりも元気そうで何よりだ。
「……終わったんだよね?」
「あぁ、奴は俺が倒した」
「それって……」
「大丈夫、下で気絶してるだけだから」
命に別状はないはずだから、このままダンジョンを閉じさえすれば、元の世界に帰れる。
「そっか……よかった」
小さく息を吐いた白久さんの身体がフラッと揺れて、俺の胸に倒れ込んできた。
細い腕が背中に回って、力強く抱きしめられる。
「しっ、白久さん⁉︎」
「……ごめんなさい。私、三峰君に何もしてあげられなかった……」
「へ……?」
大粒の涙を流して、啜り泣く白久さん。
「私……三峰君に何もしてあげられてない……。助けられてばっかりで、今日だって……」
「……そんなことない」
優しく、彼女を否定する。
「俺の方が、白久さんにもらってばかりだから。俺がダンジョン攻略を続けていられるのも、今日だって、白久さんのおかげで迷いを吹っ切れて戦えた」
君と共に歩むことを、決断できなかっただろう。
「だから、白久さんは俺にたくさんの物をくれてるよ。これ以上もらったら……俺の方が返せなくなる」
「…………プッ、フフフッ!」
「わ、笑うなよ」
「ごめんなさい。三峰君が、そんな冗談を言うなんて思わなくって」
別に冗談じゃないんだけどな。
「だから、俺なんてまだまだ何も白久さんに返せてないけど、これだけは約束するよ。君の夢は……いや、俺たちの夢は、俺が必ず叶えてみせる。だから、これからも一緒に戦ってほしい」
「三峰、君……うん、うん! 私の方こそ、お願いします!」
「────!」
初めて見る、白久さんの満面の笑み。
そんな彼女の姿に、胸の奥が跳ねる音がした。
「……ねぇ、三峰君」
「うん?」
急に顔を赤らめる白久さん。
その様子に、こっちの顔まで赤くなりそうになる。
「あの、ね。わ、私……」
「う、うん……」
「私、三峰君のこと──」
「──っ⁉︎」
「え──」
急いで立ち上がって、振り返りながら刀を抜いて構える。
ゾワリと、背筋に嫌なものが走った。
「いやはや、面白いものを見せてもらいました」
視線を下ろした先、マウンドの上。
シルクハットを被り、タキシードを着た妙な青年が、黒い手袋で拍手していた。
*
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