第28話「ダンジョンレイド」
「お前は……いや、その声。最初の声のやつか!」
「ご明察。ここまでたどり着いたアナタには名乗っておきましょう。ワタクシの名前はエンキ、偉大なる魔王パンテオン様の参謀将を勤めております」
「参謀? いや、その名乗りはラガッシュと同じ……」
「その通りです。もっともカレは、先日アナタに倒されてしまった、実に情けない将ですが」
「……随分と味方のことを貶すんだな」
「それが事実だからですよ。我々を相手に剣で挑む野蛮人がまだ残っているとは、我々も思いもしませんでしたので」
味方だけじゃなくて、俺のことも随分と貶してくれるな。
「それにしても……」
ふと視線が、俺から下の方に映る。
そこにいるのは、炎蛇ラク。
「まさかこれほどアッサリと倒されてしまうとは。せっかく強化して、策まで授けてあげたというのに、存外情けないものですね」
やれやれと肩をすくませるエンキ。
「お前がこの事態を引き起こしたのか」
「えぇ、そうですよ。もっとも、それを求めたのはカレの方ですがね」
確かに、ラク自身もそう言っていた。
けどこいつがいたせいで、ここまでの大ごとになったのなら。
「じゃあお前の首を斬れば、全て解決するってわけだ」
鋒を奴に向け、闘気を漲らせる。
「おっと、残念ですが相手をするのはワタクシではありませんよ」
「……なんだと?」
「ワタクシはあくまで参謀役ですので、戦うなんてことは他に任せているのですよ」
「ふざけるな‼︎」
二階席から一気に飛び降りて、マウンドの上にいる奴に向けて刀を振り下ろす。
「なっ⁉︎」
しかし刀が、そして勢いよく飛び込んだ俺自身も身体さえも、奴の身体をすり抜けた。
「残念ながら、アナタではワタクシを斬れませんよ」
「こいつ……」
「さて」
手を上げて、指をパチンと鳴らした。
魔法の発動を警戒して、周囲に気を配る。しかし起こった事態は、俺の予想とは大きく外れ、
「ガッ、ぐわあぁぁぁぁぁぁぁッ⁉︎」
一階席で気を失っていた炎蛇ラクが、突然苦痛の叫びを上げ始めた。
その身体からは、黒いオーラが溢れ出している。
「あれは……!」
ラガッシュが纏っていたものと、同じものか……?
「フッ、これであれば新たな検証になりそうですね」
「お前! 一体何をした!」
「なに、ただの廃物利用ですよ」
「廃物利用だと……?」
「えぇ、我々の力をヒトに植えつけたらどうなるか。カレにはその実験道具になってもらいます」
「お前……!」
人の命をなんだと思ってやがる。
「おや、アナタがそんなにお怒りになるとは思いませんでした。カレはアナタを陥れ、あまつさえ殺そうとしたというのに」
「……そんなことは関係ない!」
「やれやれ、ニンゲンの感情というものは理解し難いですね。しかしいいのですか、このような会話をしていて」
奴の後方で、炎蛇ラクから溢れた黒いオーラが急速に膨らみ始め、地面が揺れる。
「ではワタクシはこれで失礼させていただきましょう」
「待て!」
こちらの静止を聞くことはなく、スーッと消えるように景色の中に溶けていく。
まるで最初から実態なんて存在しない、蜃気楼を見せられていたかのように。
「キャアッ⁉︎」
いや、今はそれどころじゃない。
黒いオーラがどんどん膨らんで、周囲にあったベンチを圧壊させ始めてる。
ドーム自体にもヒビが入って、揺れがどんどん酷くなっていく。
このままじゃ、その上にいる白久さんも俺も、崩壊に巻き込まれる。
「アクセラレーション! スツールジャンパー!」
黒いオーラの塊を迂回しながら、急いで白久さんの元へ。
「三峰君!」
「掴まって! 離すなよ!」
「ひゃっ⁉︎」
白久さんを抱え上げて、再び跳び上がる。
「──蒼天!」
目の前にあるドームの天井に向けて、剣技を放つ。
ドームから紅月の空へと脱出したその瞬間、ドームは崩壊し、黒いオーラが崩れた瓦礫を覆う。
「あれは……」
そのオーラが少しずつ形を成していく。
「八岐大蛇、なのか……?」
黒いオーラが炎のように燃え上がり、八つの頭を作り上げる。
しかしその様相は奴が使っていた魔法よりもはるかに禍々しく、さらにはスチームダイナなんて比較にならないほど巨大だった。
「シャアアアアアァァァァァ‼︎」
「ぐっ!」
叫び声によって発生した衝撃波に煽られながらも、なんとか彼女だけは守って、地面に転がり落ちる。
「ぐは……ッ」
「三峰君!」
「大、丈夫……」
なんとか身体を起こして、剣を拾い上げる。
「それよりも、アレのバケモノをなんとかしないと」
四方八方を、無差別に攻撃している八岐大蛇。
おかげでこちらには運よく攻撃が飛んできていないが、それもいつまで続くか分からない。
それに、あれを生み出してしまった原因は、俺にもあるのだから。
「だから俺は……っは⁉︎」
急に頭に激痛が走った。
「三峰君⁉︎」
平衡感覚を保てず倒れそうになったところを、白久さんに支えてもらう。
「く、そ……。経路を全て掌握するなんて、無茶だったか……」
脳への過負荷が、一気に襲いかかってきやがった。
「けど、アレをなんとかするまでは……」
「ダメだよ三峰君! そんな状態で!」
「けど……これは俺が招いた事態だ……だから」
「いい加減にして!」
「……!」
「三峰君はどうして全部自分で背負い込もうとするの! ダンジョン攻略は、みんなで戦うものでしょ!」
「それは……」
「もう三峰君は十分戦った。だから今度は私の番!」
「いや……でも」
「でももなにもないよ! 少しは一緒に戦う私を……ううん、私たちを信じて任せて!」
白久さんが宣言した瞬間に、別方向からモンスターへ向けて魔法が放たれた。
「あの魔法は……」
「みんな、このダンジョンを攻略するために集まった、レイドメンバーなんだから。だからもっと、みんなのことも信じてあげて、ね?」
「…………」
「おい、大丈夫か⁉︎」
「なんなんだよあのバケモノは!」
「蛇かアレ? あんな禍々しいモンスター初めてみたぞ⁉︎」
やがてレイドメンバーたちが続々とこの場所に集まってくる。
「って、ミハルさん⁉︎」
そして白久さんの姿を見た瞬間、全員が目を見開いて驚愕した。
「嘘だろ、マジで……?」
「じゃあ、あいつが言ってたことって……」
「本当のことだったのかよ……」
白久さんに支えられて立っている俺に対して、複雑そうな顔を見せる。
「みんな、アレを倒すのに協力して」
「そ、それはもちろん!」
「ミハルさんの頼みとあらば!」
彼女が声をかけるだけで、一気にやる気になるレイドメンバーたち。
全く、現金な奴らだ。
「けど、どうやってあんなのを倒すんですか?」
「……あれか」
ゆっくりと腕を上げて、指し示す。
八つの首が集まる、胸の中心にある六角形のクリスタルに似たもの。
「一瞬だけど、あの中に炎蛇ラクが囚われているのが見えた。あのクリスタルをぶっ壊して、あいつをあそこから引きずりだせば、あのバケモノは消えると思う」
「……ちょっと待て、なんでお前がそんなことを知ってる?」
「それに、炎蛇ラクの名前がなんで出てくるんだよ。確かにあれは、炎蛇ラクの使う魔法に似てるっちゃ似てるけど」
「それは……今は説明してる時間がない。あとでアーカイブでもなんでも確認してくれ」
「はぁ? んだよそれ」
「そんなんで信じられるわけが……」
「ストーップ!」
一触即発になりそうな空気を、白久さんが強制的に分断する。
「みんなの言う通り、信じられないって思う。でもこれは事実で、私もそれを見てたから。だからお願い、今だけは彼のことを信じてあげて」
「……ミハルさんがそういうのなら」
彼女の願いが伝播していく。本当に現金な奴らだな。
「……で、あんた。アレを砕けるのか?」
視線が一斉に俺に集まる。
白久さんに預けていた体重を戻して、ふらつきながらも自分の力で立つ。
「残った魔力をかき集めて、なんとか一撃加えることはできる。それであのクリスタルを砕けるかは分からないが。でも問題は、あそこに行くために魔力を使えないってことだ」
「じゃあ、アレをなんとかするのはお前がやってくれ」
言われなくても、最初からそのつもりだ。
そう口に出す前に、先に向こうの言葉が続く。
「そこまでのお膳立ては、俺たちがしてやるよ」
「お膳立て……?」
「俺たちがお前をあそこまで送り届けてやるって言ってるんだよ! 少しは察しろ!」
あぁ、なるほど。そういうことか。
「……よろしく頼む。それじゃあ始めるか、ボスモンスター攻略を」
この場に集まった全員で並び立って、一斉に駆け出した。
そんな様子を視認したのか、雄叫びをあげながら黒い炎を頭の前に生成する。
「攻撃が来るぞ!」
「言われなくても見えてる!」
レイドメンバーたちが一斉に詠唱を始め、放たれた八つの炎へ向けて魔法を放つ。
「く、そ!」
「相殺しきれない!」
しかし彼らの魔法を結集しても、あの黒い炎を減衰させる程度。
「任せて! 舞い吹雪け氷の花びらよ! ディープ・アイスブリザート」
白久さんの詠唱により、巨大な魔法陣から無数の氷の礫が生成され、その身を犠牲に黒い炎を消し去っていく。
「すごいな……」
流石は最初期の覚醒者、魔法の使い方も威力も他のレイドメンバーたちとは桁違いだ。
「ボーッとしてんな!」
「お前はただまっすぐに走れ!」
「……言われなくとも!」
大蛇の放つ魔法は、彼らに任せて問題ない。
あの胸の位置にどうやってたどり着くか、それだけを考えればいい。
「アイススタイラス!」
「氷の階段か!」
その点も、白久さんが解決してくれる。
全員で階段を駆け上り、少しずつ奴の胸元へと近づいていく。
「なんだ……?」
そんな様子を見た八岐大蛇は、そのすべての頭を一箇所に集結させ、上空を向く。
「おいおい……」
「ウソだろ……?」
少しずつ黒炎が集まり、どんどん膨れ上がっていく。
その大きさは、自身の巨体と遜色ないほどに。
「お前ら気張れよ! あれを防げば目的地は目と鼻の先だ!」
「こいつをそこまで届けりゃ俺たちの勝ちなんだ! ありったけ出し尽くせ!」
そんな絶望的な状況でも、止まらずに魔法の詠唱に入るレイドメンバーたち。
「「「「バブルアッセンブル‼︎」」」」
「「「「ファイヤエスカッション‼︎」」」」
「「「「エレクトロウェーブネット‼︎」」」」
「「「「グランドソリディファイ‼︎」」」」
泡の集合体、焔の渦、静電気の磁場、岩石の塊。
「ディープ・パーマフロスト!」
そして白久さんの氷の障壁。
それらが多段の層を成して、黒炎の前に立ち塞がる。
五つの防御の層が、大蛇から発射された黒炎球と正面からぶつかる。
水の泡が割れ、炎の渦がかき消され、電磁波が散り、岩塊が崩れていく。
「くそ、耐えきれ……」
「それでも踏ん張れ! 魔法にすべての魔力を注ぐんだ!」
「三峰君は……絶対に守ってみせる!」
やがてすべての魔法が黒煙と混ざり合い、相殺し合って消滅して、その余波で爆風と霧風を生み出す。
すべての視界が真っ白になり、状況がまるで掴めない。
「いけぇ!」
「止まるな!」
どこかから聞こえてくる彼らの声に身を任せて、ひたすら進み続ける。
「見えた!」
やがて白煙の奥に、階段の終わりと、紫色のクリスタル。
「はっ!」
階段を蹴って飛び、剣を真上に構える。
「せあァァァァァッ!」
自分の中に残っているありったけの魔力を刀に込めて、クリスタルに振り下ろす。
刃とクリスタルが火花を散らし、押し留められる。
「くだ、けろおおおおおおお‼︎」
すべての体重を刀に乗せて、押し込む。
やがて刃が、一ミリ程度クリスタルに斬り込んだ。
「はあああああぁぁぁぁぁッ!」
その斬り込みから、一気に剣を振り下ろす。
──バリンッ。
一直線に入った傷から、ヒビが走って、それがどんどん広がっていく。
「このっ、バカ野郎!」
クリスタルの中から現れた影森の服を掴んで、落下する力を利用しながら無理矢理ラクを引きずり出して、ぶん投げる。
「く、そ……」
しかし身体が言うことを聞いたのはそこまでだった。
力が入らず、体勢を元に戻せないまま頭から落下していく。
全てを諦めて、目を瞑りかけた時。
「クリスタルダスト!」
氷の流砂が俺の身体を渦巻いて、落下速度を和らげていく。
「白久さんの魔法……」
こんなこともできるんなんて、本当にすごいな……。
「三峰君!」
昔のアニメ映画の冒頭のシーンよろしく、ゆっくりと落ちてきた俺を、白久さんが抱き止める。
「良かった……三峰君が無事で……」
「ありがとう……。影森は……?」
「大丈夫、他の人が受け止めてくれたから」
「そっか……」
少しずつ晴れていく霧の中で、核を失った八岐大蛇が霧と同じように消えていく。
「これで、終わったのかな?」
「……分からない、まだあいつが残ってるから」
影森をそそのかし、このダンジョンを発生させ、この巨大な蛇を生み出した元凶。
「まさかこのように早く倒されてしまうとは、これは想定していませんでしたね」
このダンジョンに足を踏み入れた時のように、声が響き渡る。
「なんだ⁉︎」
「また声が⁉︎」
「三峰君」
「間違いない、奴だ……」
エンキと名乗った敵。
「ニンゲンの協調という力は、実に興味深いものですね。できればもう少し研究したいところなのですが……」
「っ……」
「あいにく、今動かせる手駒がないのでね。今回はこのまま下がらせていただきましょう」
「手駒……?」
炎蛇ラクのことを言っているのか?
それとも……。
「ではまたいずれ、どこかで──」
それを最後に、声が聞こえてくることはなかった。
結局奴が姿を現すことはなく、空に大きなヒビが入って、ダンジョンの崩壊が始まった。
空から紅の色が消え、点々と星々が光る青黒い夜空が広がる。
「戻ってきた……?」
「そうみたいだ……」
本当に終わったのか、困惑が俺たち二人の中に残ったまま。
「……い」
「よっしゃあ!」
「ダンジョン討伐完了だ!」
他のレイドメンバーたちは、勝利の雄叫びを上げる。
そんな様子を見て、お互いに顔を向かい合わせて、小さく笑い合う。
すべてのことが終わったわけではないが、ダンジョンは閉じ、戻ってくることができた。
今はそれだけを喜ぶべきだろう、と。
口にしてはいないものの、そんな共通認識をやりとりする。
やがて遠くから、サイレンやローター音の喧騒が近づいてきた。
しかしそれらが到着するよりも早く、
「あ、れ…………」
「三峰君? 三峰君!」
視界が黒く塗りつぶされ、白久さんの顔が彼方へと消えていった。
*
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