第26話「白久晴未を助けるために」
「おらどうした! その程度か‼︎」
ドームの中はすぐに、炎が乱舞する地獄のような様相となった。
「はぁっ!」
向かってくる炎を剣風で斬り裂いて、常に敵を視界の内に捉えてはいるが……。
「手を抜いてるのか!」
そんなことはない。
少なくとも今のところは、向こうの攻撃が間断ないために、こちらの攻撃する隙を見出せていないのだ。
しかも、下手に動けば、
「チッ!」
足元に浮かんだ魔法陣が起動して、そこから火災旋風が襲ってくる。
魔法陣の起動から魔法の発動まで、ほんのわずかな隙があるから、その間にギリギリかわすことができるが。
「喰らえッ!」
奴が発動する魔法に挟まれて、思うように動けなくなってしまう。
「っ、天乃羽衣!」
咄嗟に魔力の防壁でガードを取った。
「ふん、随分とおとなしいな、えぇ? この間のインチキ剣は使わないのか?」
「…………」
使わないんじゃなくて、使えない。
あの剣技たちは、斬れ過ぎる。
この間の地下室でさえ、全面に張られたシールドを貫通して、大きく傷をつけてしまった。
ここで使えば、間違いなくドームまで破壊してしまう。
そうなったら、白久さんに怪我を負わせてしまうし、俺自身も巻き込まれてタダでは済まないだろう。
剣技を完璧にコントロールできればそうはならないんだろうが、俺はまだその領域に辿り着けていない。
「舐めるなよ! 本気でかかってこい! オレはそれを全て燃やし尽くしてやるッ‼︎」
よくそんなことが言える。自分だって八岐大蛇を出していないくせに。
奴もまだ、手の内を隠している。
しかし奴が切り札を使わないと言うのなら、こちらとしても都合がいい。
「アクセラレーション」
魔法によって加速した俺を、奴は目で捉えられないし、俺より早く動くことは不可能。
だからこちらが機動戦に移行すれば、奴に対抗する手立ては八岐大蛇以外にない。
そう目算し、距離を一気に詰めにかかる。
「オレが同じ手を二度も喰らうとでも?」
しかし奴は高速で動く俺の行手に魔法を放ち、俺の足を止めた。
「なっ⁉︎」
「もうオマエの動きは手に取るようにわかるんだよ!」
「チッ」
一旦距離を詰めるのを諦め、ランダムな動きで撹乱を仕掛ける。
(この短期間に、俺の速度を認識できるようになった? いや、人の感覚がそんなすぐ成長できるわけがない)
派手な攻撃一辺倒だったはずなのに、地面に罠を仕掛けるようなことをしたり。
奴の使う魔法の威力も、この前戦った時よりも遥かに上がっている。
たった数日の間に、一体奴に何があった?
……いや、そんなことはどうでもいい。
奴が成長したと言うのなら、それは俺も同じ。
この間の戦いのフィードバックはできているし、対策もすでに想定済みだ。
それがダメだった時の最終手段も用意してあるが、それを使う前にこの戦いを終わらせる。
(そろそろ仕掛けるか)
肝心な点は二つ、ひとつは奴のリズムに乗ることなく、こちらのペースで戦うこと。
そしてもうひとつは、敵のリズムに乗って生み出される攻撃に対応させられすぎないこと。
一度奴のリズムに乗せられてしまったら、こちらは防戦一方になってしまう。
故にこちらが攻勢の機会を作り出す。
「スツールジャンパー!」
生み出した小さな魔法陣を踏みつけて、再び距離を詰めにかかる。
「真っ直ぐに突っ込んでくるとは、バカか!」
地面や壁に仕込んでいた魔法陣、そして奴自身からも炎が巻き起こり、こちらの行手を塞ごうとする。
「それはもう見た」
さっきは足を止められたが、俺も同じ手を二度喰うつもりはない。
「連歌」
ひとつひとつを対処していてはとても間に合わない。
故に一撃目を大きく薙ぎ払って、全ての攻撃を無効化する。
そうすれば、奴と俺との間を邪魔するものは何も────。
「かかったな、バカめ!」
「なっ!」
炎を斬り払った先にいたのは、大口を開けた蛇の頭だった。
「ぐっ……」
連歌の二撃目を繰り出し、俺をのみ込もうとする蛇に抵抗するが、
「ぅわ⁉︎」
炎の潮流にのみ込まれ、逆らうことができずに野球場のマウンドまで吹き飛ばされた。
シールドウェアをもってしても衝撃を相殺しきれず、全身に痛みが走る。
「っは、はぁっ……はぁっ……」
かろうじて刀を手放さないように堪えたが、平衡感覚がおかしい。
「っ!」
こちらへと近づいてくる無数の魔力。
後ろ跳びにマウンドから降り、襲いかかる炎を刀で振り払う。
「容赦がないな……」
首を振って、ボヤけた視界を元に戻す。
「チッ、まだ動けるのか」
シールドウェアが衝撃を減衰してくれなければ、全身打撲で骨折していたか、死んでいたかもしれない。
初めて感じる『死の予感』に、背筋に冷たいものが走った。
「綺麗にもらっちまった……」
俺がクロスレンジまで近寄る必要があって、かつ間合いを無視した剣技を使いあぐねている。
だから奴は八岐大蛇という切り札をあえて伏せて、こちらの接近をギリギリまで待っていた。
大蛇による攻撃を確実に当てるために。
「シールドウェアは……ギリギリか」
かろうじて耐久値は残ってくれたものの、もうボロボロだ。次に大きな一撃をもらえば、絶対に耐えられない。
「しかしハエみたいにブンブンと周囲を飛び回って、本当に厄介なヤツだな。その抵抗を続ければどうなるかを知れ!」
指を鳴らすラク。周囲に仕掛けられた罠の発動を警戒するが、その対象は俺ではなく──
「ッああああああぁぁぁぁぁっ……‼︎」
──二階席にいる、白久さんだった。
「白久さん!」
「抵抗を続ければ、また彼女が同じ目にあうぞ?」
「お前……!」
「さぁどうする? 彼女を犠牲にしてオレと戦うか、それとも彼女を救うために、自らが犠牲となるか? 選ぶのはオマエだ」
「っ……」
そんなもの、選べるわけがない。
でも、俺のせいで白久さんを犠牲にするわけには……。
構えていた刀が、力の籠っていた手が、ゆっくりと沈んでいく。
「ダ、メ……」
小さな声が聞こえる。
顔を上げると、白久さんが身体を起こそうとしていた。
「白久さん!」
「大、丈夫。だよ……」
口ではそういうものの、フラフラと体勢を保てていない。
「ようやく起きたか、晴未。今の気分はどうかな?」
「最悪、ですよ……。あなたが、こんなことをするなんて……夢にも思いませんでしたから」
「ハッ、オレのことを足蹴にしておいて、どの口が!」
「だからって……こんなことしていいはずがないです」
「はぁ……オマエはどこまで行っても正論家だな。だからつまらないんだよ。見てくれはよくても、中身は子供のまま。そんな女、こっちから願い下げだね」
「そう、ですか……」
「まぁいいさ、目覚めたんなら証人になってもらおうか。ヤツがオマエを助けて自分を犠牲にするか、それとも自分可愛さにオマエを犠牲にするか。どちらを選択するのかをな」
「そんなこと、させない……」
「なに?」
「三峰君」
彼女の目が、真っ直ぐに俺を捉える。
「私は三峰君のこと、信じてるから」
「え……?」
「だからもう一度だけ、私のことを助けてね」
「なん……」
白久さんの言うことに対して疑問を口にする前に、彼女から青白い光が輝く。
「何をするつもりだッ⁉︎」
ラクにしても想定外の事態だったらしく、声を荒げる。
やがて光が彼女を包みこむと、ガキンッという音と共に彼女が氷の結晶に閉じ込められた。
「なっ⁉︎」
「なんだと⁉︎」
彼女を閉じ込めた氷塊の周囲に、冷気が漂う。
「チッ、まさかこんな形で俺の炎を防ぐとは」
確かにあれなら、奴の炎でも、氷を溶かすのは容易ではないだろう。
けど……。
「だが、晴未が自分を犠牲にするとはな。よほどオマエのことがお気に入りらしい」
たとえ彼女が氷の魔法に慣れていて、身体がその耐性を持っていたとしても。あの中にいつまでもいたのでは、いずれ凍死する未来が待ち受けている。
残された時間は、ほんのわずか。
「さて、こうなったら仕方ない。俺はオマエを焼き殺すことに専念するとしよう。ミハルはそのあとでいい」
「…………」
「ダンマリか? 女に自分の身を案じてもらうなんて、本当に情けないなぁ!」
「……黙れよ」
「あ?」
「黙れって言ったんだよ下衆野郎」
「なんだと……?」
お前にはわからないんだろう。彼女の願いも、託した想いも。
本当にすごいよ、白久さんは。
俺なんかよりも、ずっとカッコいい。
そんな彼女が、俺なんかのことを信じて託してくれたんだ。
なら、俺もその願いに、彼女の想いに応えなくては。
いや、そんな義務感からくるものじゃない。俺はただ……。
「……決めたよ、白久さん」
「あ? 何を言ってやがる?」
「俺も前に進む、君と共に」
だから──
「──
*
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