第23話「一つの噂が、無数の波紋を呼ぶ」

「……失礼しました」


 職員室を出て、ドッと襲いかかってきた疲労感に、ため息を吐く。


「お咎めなしだからって、言いたい放題だったな全く……」


 この間の騒動のことまで持ち出して、グチグチとひたすら小言を言われた。


 結局学外のことだということ、流言をもとにして処断はできないということで、一旦は終わった。


 けど実質的には、最後通告ってところだろう。


「あっ……」


 廊下を歩いていると、前から歩いてきた生徒が逃げるように踵を返す。


「おい、あれが……」


「本当にラクさんを殺そうと思ってたのかな」


「配信って証拠があるんだから、そうに決まってるだろ」


「ショックだなぁ、ダンジョン攻略してる時はかっこよかったのに……」


 あっちこっちから、そんなヒソヒソ話が聞こえてくる。


 それは教室に戻ってからも同じで、とにかく肩身がせまい。


 ただ一人、白久さんが電話しながら、スマホをひたすらいじっていることが気になったけど。


 その息苦しさは、授業が始まってしまえばある程度は解消された。


(けど、こんな空気の中で毎日を過ごすのはキツすぎる)


 早急になんとかしないと。



     *



 息苦しい時間をなんとか乗り切って、ようやく放課後になった。


「もしもし? 特定できた? ……うん、すぐに行くから、校門に車をつけておいて」


 ホームルームが終わるや否や、かかってきた電話に応答しながら教室を飛び出した白久さん。


 なにかあったのかと気になりつつも、あとを追いかけて彼女に話しかけたら、要らぬ誤解を招きかねない。


 帰ってからゆっくり聞けばいいと、自分を納得させて帰り支度を整えた。


「……あれは」


 昇降口を出て校門に向かうと、黒塗りの高級車が停まっていた。


 その前にいたのは、本館で気絶した炎蛇ラクの救助をしていた、執事っぽい人。


「三峰様、お手数をおかけしますが、私と一緒に来ていただけますでしょうか?」


 ゆっくりと頭を下げてきた執事さんの様子に、他の生徒たちもざわついていた。


「なにあれ」


「なんでアイツに迎えが来てるんだ?」


「警察じゃなさそうだけど、どこかに連行か?」


 流石にこの状況じゃ、断れないか。


「……わかりました」


 開けてもらった後部座席の扉から車内に乗り込んで、そのまま発進した。


「聞いてもいいですか?」


「もちろんでございます」


「白久さんがどこに行ったか知ってますか?」


「晴未様ですか? 申し訳ありません、私はよく存じ上げませんが、中川とどこかへ出かけたようです」


「そうですか……。それで、俺はこれからどこへ連れて行かれるんですか?」


「旦那様のところです」


「旦那様って……まさか」


「はい、白久政也様にお会いいただきます」



     *



「初めましてと言うべきだな、三峰匠。私が白久政也、晴未の父親だ」


 白久グループの本社に連れて行かれ、そのまま最上階の社長室へと通された。


 やけに薄暗い部屋の奥に、三十代後半くらいのスーツの男が待ち構えていた。


「本来であれば、たかだか一ダンジョンストリーマーの身の上などに関わってはいられないんだがね。しかし、君は晴未の客人という待遇だ。だからこうして私が直々に会って話をしている」


「そんな忙しい人が、俺に一体なんの用だ?」


「少しは言葉を選んだらどうなんだ? それとも、下賤の輩は低俗の言葉しか使えないということか」


「っ……」


 なるほど、白久さんが嫌うわけだ。


「まぁいい、要件は一つ。近頃巷に流れている、君の噂についてだ。知らないわけではあるまい?」


「……それがどうかしました?」


「最初に尋ねておく、あれは事実か?」


「あなたも、あんな戯言を信じる人なんですか?」


「戯言、なるほど戯言か。別に私は、あんなネットの流言を信じるつもりはない」


「そうですか」


「だが、君がシールドウェアを失った影森君に剣を向けたのは事実だ。だからあのようなそしりを受けるのも、自業自得だと考えている」


「一体なにが言いたいんですか? そんなことを言うために、わざわざ俺をこんなところに呼び出したのですか?」


 人を嘲笑うような態度に、つい苛立って言葉が強くなる。


「白久……晴未さんのフィアンセを倒したことへの抗議でもしたいので?」


「いや、そんなことはどうでもいい。確かに彼には君を倒したらフィアンセとして正式に認めると言ったが、それを果たせずに自ら奈落へと堕ちていった。そんな者に興味はない」


 こいつ、人の知らないところでとんでもないこと。


 しかし、こうも簡単に、バッサリと切り捨てるとは……。


「話を戻そう。私から君に提案するのは、この馬鹿馬鹿しい流言を私たちの力で解決することだ」


「……その対価は?」


「理解が早くて助かるな。対価として君には今後、晴未とダンジョン攻略をすること、そして晴未の配信に共に映ることをやめてもらう」


「なんっ」


 そんな対価が提示されることは、予測のうちになかった。


「ほう、君は優秀な人物と聞いていたが、まさかそんな反応をされるとは思わなかったな」


「……俺のような、少なくとも今危険な評判を伴っている人物が、ダンジョンストリーム界のアイドルのそばにいたら、要らない誤解を招きかねない」


 今の俺が、他人から恐れられる存在だと言うことは、嫌と言うほど理解している。


「よくわかっているじゃないか、なるほど確かに優秀だ。君のような人物は貴重だ、ぜひ私の元で働いてもらいたいものだな」 


 褒められても、こんなにも嬉しくないことは初めてだ。


「もし断ったら?」


「君をあの離れに置いておくことはできなくなる。たとえ君が、晴未の客人だとしても」


 ……そうくるか。


「しかし、君はどうして晴未にこだわる? 私にはそれが理解できないな」


「それは……彼女が今の道を俺に示してくれた恩人だからだ」


「ふむ、なるほど。しかしそうであれば、君はもう十分に義理を果たしたと思うがね。晴未の命を二度も救い、君自身もダンジョンストリーマーとして名を上げた。晴未と共にある理由は、もうあまりないと思うが」


「…………」


「それとも、晴未の夢にでもたぶらかされたかな? 茉優を探し出すという夢物語を」


「お前っ……!」


「なるほど、それが真の理由か。さては君も、似たような目的を持っているとかかな?」


「っ……」


「ふっ、類は友を呼ぶか。そういえば君が影森君との戦いで逆上したような態度を見せたのも、それが理由だったな。まぁいい、今日は下がりたまえ、血がのぼったその頭では、冷静な判断はできないだろうからな」


「っ……失礼します!」


 背後で開かれた扉から、早足でこの場所から去った。


 認めるのは癪だけど、冷静な判断ができないという言は正しかったから。



     *



「到着しました、晴未様」


「ここに、あの人が……」


 とあるタワーマンションの入り口、そこまで中川さんに車で連れてきてもらった。


「しかし晴未様、お一人で向かうのは危険です。せめて私も同行を」


「ううん、ここまで連れてきてくれただけで十分です。それにこれ以上は、中川さんの立場も危なくなりますから」


「晴未様……」


「それじゃあ、行ってきます」


「……お気をつけて」


 中川さんを外に待たせて、ビルのエントランスへ。


「番号は……」


 中川さんに調べてもらった番号を打ち込んで、インターホンを鳴らす。


 一言の返答もないけれど、エレベーターホールへと続く扉が開かれた。


「入っていいって、ことだよね?」


 エレベーターに乗り込んで二十階まで上がって、あの人の住む部屋の前で、再びインターホンを鳴らす。


「開いてるから、入ってきていいよー」


「……失礼します」


 広い玄関から廊下を進んだ先に、目的の人物はいた。


「まさか晴未の方からオレに会いにきてくれるなんて思わなかったな。一体どうしたんだい?」


「……影森さん」


「どうしてそんなに怖い顔をしてるのかな。そうだ、なにか飲む? 急な来客だからあんまり用意がないけど」


「いいえ、結構です。私がここにきたのは、仲良くお茶会をするためではありませんので」


「……それじゃあ、一体なんの用でここにきたのかな?」


「この件です」


 カバンから取り出した、複数の資料。


 それらは全て、三峰君が殺人未遂犯だと主張する内容をまとめたもの。


「影森さん、あなたが彼を陥れるためにこんなことを始めた、そうですよね?」


「なにを言い出すかと思えば……どうしてオレがそんなバカげたことをしなくちゃならないんだい? 第一、証拠はあるのかな?」


「私は、これら投稿をするように、あなたから直々にお願いされたと言う人たちの証言を、全て押さえてます。聞きますか?」


 レコードを取り出して、再生する。


 記録されているのは、影森さんのファンが三峰君を陥れるための流れを作るように、影森さんから直々にお願いされたという自供。


 今朝中川さんに日野君から聞いたことを連絡して、調べてもらった。


「IPアドレス等も全て押さえてあります。これ以外にも出して欲しいものがありましたら、お応えしますよ」


「……なるほど、これは白旗をあげるしかなさそうだ。それにしても、よく調べ上げたね。さすがはダンジョンストリームを担う企業の娘さんだ。あるいは、中川さんの手腕かな?」


「どうしてこんなことを!」


「どうして? それが事実だからだよ」


「事実……?」


「そうさ、ヤツはシールドウェアのなくなったオレに剣を振り下ろした。たとえ寸止めだったとしても、人が死ぬとわかっていて平気で剣を振るった。それが殺人未遂でなくて、なんだと言うんだい? それにその様子は、キミもすぐそばで見ていただろう?」


「それはあなたも同罪でしょう。あなたの方が先に……」


「あれは簡単に避けられる程度の、いわばイタズラみたいなものだよ。でも彼のやったことはイタズラとは到底言い難い、なにがおかしいのかな?」


「イタズラ? 当たっていれば火傷じゃすまないあの炎弾を、イタズラだって言うんですか!」


「そうさ、実際彼は簡単に避けられただろう?」


「そんなのおかしいです! いくら彼に苦渋を舐めさせられたからって、それを逆恨みしてこんなことをするなんて、恥ずかしくないんですか? そもそも勝負を仕掛けたのも、影森さんからなのに」


「……それで、言いたいことはそれだけかな?」


「それだけって……」


「キミがどう言おうと、彼が殺人未遂犯だというのは変わることのない事実で、民意だ。覆すことなんて不可能。ヤツはもう堕ちていくだけだ。はははっ、愉快なこと極まりないね」


「あなたって人は……!」


「もういい、キミがなにを言おうと変わることはないし、キミはなにもできない。それにオレは、キミに対しても怒ってるんだよ。オレじゃなくて、あんなヤツの側についてさ。大人しくオレのものになっていればよかったんだよ!」


「それは、そんなこと!」


「だからオレは、キミのことも赦すつもりはない。だからせいぜい、利用させてもらうよ」


「⁉︎」


 いつの間にか背後に、タキシード姿の青年がそこにいた。


「失礼しますよ」


「っな……」


 謎の人物と目が合い、なぜか急に身体から力が抜けていく。


「あな、たは……」


「それを知る必要は、アナタにはありませんよ。そのままお休み下さい」


「……ごめんなさい。三峰、君……」


 だんだんと意識が、闇の中へと引き摺り込まれていった。



     *



「好き勝手言う方でしたね、この女性は」


「正義感だけは人一倍だからな、晴未は。それがどれだけ無意味なのか理解していない」


「なるほど、まだまだ子供というわけですか」


「けど、これはラッキーだ。これは奴を揺さぶる格好の餌になる」


「では、始めますか?」


「あぁ、よろしく頼むよ」


「えぇ、お任せ下さい」



     *



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