第22話「事態の悪化は、いつも予想を超えた速度で」

 休み明けの学校はいつも通り……とはいかなかった。


 俺を見るなり、みんな逃げるように物陰に隠れるか、顔を逸らして視線を合わせようとしない。


 最近積極的に話しかけてきた女子たちも、俺を避けるようになっていた。


 一昨日の戦いを見て、俺に対して恐怖心を抱いているのだろう。


「いやー、タクミってほんっとうに話題に事欠かないね!」 


 そんな中でも、たった一人いつも通りに話しかけてくる朔也。


 こういう時は、こいつの存在がありがたく感じるけど、


「日本有数のアーティスト、そしてダンジョンストリーム人気一位の炎蛇ラクを、あんな風にボコボコのボコにするなんてさ! いやー、見ていて愉快爽快そのものだったね!」


 やっぱりバカにしているようにしか聞こえないんだよなぁ。


「ボコボコって……そりゃ手加減したつもりはないけども」


「今までのタクミの配信で、一番楽しかったな。あんな配信ができるなら、もうタクミは配信者としてもう立派に一流だよ」


「いや判断基準がおかしいだろ」


 そんなことで一流認定されても、素直に喜べない。


「でも、ラク視点で真正面から向かってくるタクミはめちゃくちゃ怖かったな。画面の向こうだってわかってるのに、何回も身体がのけ反っちゃったし」


「……そんなに?」


「うん。ハッキリ言って、恐怖そのものだったよ。今ここにいるタクミが、あの動画に出てきた人と同一人物だなんて、全然信じられない」


「そんなにか……」


「その証拠が、今のこの現状なんじゃないかな?」


「それはそうかもだけど……」


 クラスメイトたちがチラチラとこちらを見てくるが、こちらが顔を上げた途端に、蜘蛛の子を散らすように顔を背ける。


 だるまさんがころんだをしてるんじゃないんだが。


「っていうか、逆にタクミは見てないの?」


「見てない」


 俺の側の配信だけでなく、奴の側の配信も速攻で削除されたらしい。


 けど切り抜き動画が作られて、あの戦いを見ていない者なんてどこにもいないというほど拡散されているらしい。


「後で送ってあげるから、見てみなって。タクミだって、自分で自分を見るなんて経験、滅多にないでしょ?」


「そう言われると、確かに……」


 正直、あの戦いのことは思い出したくはないんだけど。


 考え方を変えて、自分の戦いを研究すると思うことにすれば、きっと見れるだろう。


「それにしても、タクミの技って本当にすごいね。特に二回目の接近してきた時、まるで動きを全部読んでいるっていうか、操られているみたいだったよ。あんなのどうやったらできるのさ」


「人を思い通りに操る方法なんてあるわけないだろ」


 俺のやっていることは、あくまで敵の動きを予測しているだけ。


 そりゃ予測の精度をより高めるために、多少は誘導しているけども。


 けどその全てを種明かしをするつもりは毛頭ないし、そもそも俺の能力を活かすために編み出した、誰にも真似できない技なのだから。


「じゃあ、あの剣戟は? 剣の間合いって概念を無視したあの剣技、あれはどういう技なの?」


「あれは……さっき以上に話せないことだから、聞かないでくれ」


 孤風、時雨、雷電。


 あれは本来、俺が使ってはいけない剣技。


 しかも俺のは、ただの模倣に過ぎない。


 技の理を正しく理解して使っているわけではないから。


「相変わらずタクミって、秘密主義だよね。だからみんなが怖がって、近寄ろうとしないんだよ。ちょっとくらいはオープンにしないと」


「オープンにねぇ」


 いまいちピンとこないけど。


「それともう一つ、タクミには圧倒的に笑顔が足りてない!」


「笑顔て」


「確かに今の、クールで礼儀正しい感じは大いにアリだなって思ったよ。でも敵を倒した後、みんなが喜んでる中で、タクミは白久さんがハイタッチを誘うまでちっとも喜んだりしないし。もう少し笑って見せた方が、ウケが良くなるって思うんだけどな」


「そう言われてもな、そもそも剣の道っていうのは、そういうのとは真逆なんだよ。刀で敵を斬り殺して、それを喜ぶなんて言語道断。っていうのが、師範の教えだ」


 その態度がダンジョンストリームに向いていないってことは自覚してる。


「ふーん? なんていうか、それってちょっと生きづらくない?」


「いいんだよ、それで。俺はこの道を歩むって決めてるんだ」


 俺がやるべきは、親父の背中を追いかけることなんだから。


「だいたい、そんな笑顔がどうとかって議論をしてる場合じゃないだろ、俺の配信は」


「確かに。今のタクミの配信は、炎上とアンチコメのダブルパンチだからね。このまま炎上商法で売っていくつもり?」


「バカ言うな」


 自分から敵を作るようなことをするつもりはない。


 ……けど、側から見たらそうなのかもしれないな。


「だから言ったんだよ、早く選択した方がいいって。いつまでもウジウジと決めあぐねてるタクミが悪い」


「別に選択してないわけじゃないんだけどな」


「いーや、嘘だね。その目はまだ何か悩んでるって目だ。僕は誤魔化せないよ」


「…………」


 本当、こいつは時々鋭いんだよな。


「ま、これ以上野暮なことは言わないでおくよ」


「そうしてくれると助かる」


 いつかその選択をしなくちゃいけない日が来る、でもその時が来たら改めて考えればいいだろう。


 その時の俺は、そんな甘いことを考えていた。


 けれども事態は水面下で、俺の想定を遥かに超える速度で進んでいた。



     *



 いつも通り学校に来て、珍しくスマホとイヤホンを繋いで音楽を聴いていた朝。


「タクミ!」


「ん?」


 いつもならスキップの一つでもしながら教室に入ってくる朔也が、珍しく大慌てて走りながら俺の名前を呼んだ。


「おはよう、どうかしたのか?」


「はぁ、はぁ……ってタクミがイヤホンしてる?」


「あぁ、ちょっとな」


「タクミが音楽聴いてるなんて珍しい……。って、そんなことはどうでもよくて! とにかくついてきて!」


「お、おい?」


 腕を引っ張られて、人気の少ない校舎の隅まで連れてこられた。


「で、そんなに慌ててどうしたんだよ」


「やっぱり、タクミってば……自分のことに、無頓着だった……」


「は? いきなりこんなところに連れてきて罵倒か?」


「違うっ……これ、見て……」


「?」


 息を切らしながら差し出されるスマホ、なんだかよくわからないけど受け取って、画面を眺める。


「……おい、なんだよこれ」


 スマホに表示されていたのは、情報交換の掲示板、いわゆるまとめサイトの記事。


 そしてその内容は、


「タクミ、ネット上で殺人未遂犯ってことにされてる」


 俺を糾弾するものだった。


「待て待て待て、何がどうなって、俺がそんなものになってるんだよ!」


「この間の、炎蛇ラクとの戦いの最後、タクミがシールドウェアを無くした相手に剣を振るったことが、殺人未遂だって言い出した人がいるんだ」


「んなアホな」


「それがだんだんと広まって、こんなことになってるんだよ!」


「無茶苦茶だろ、そんな話」


「最初はそういう意見もあったけど。だんだんとこの話題が膨れ上がっているうちに、今じゃそういう意見の方が少数派にされてる」


「それだったら、炎蛇ラクはどうなんだよ。向こうなんて明確な敵意と殺意を持ってたぞ」


「そういう意見もあるけど、タクミが平然と対応しちゃったせいで曖昧になってる。でもタクミの方は壁に追い詰めて、その上でだからって」


「なんてこった……」


 確かにあの時は頭に血がのぼっていたけど、あそこまではやりすぎだったか。


「それに人に剣を向けたときに躊躇いがなかったとかも、格好の材料にされてる」


「躊躇い?」


「普通だったら、人に刃物を向けることに戸惑ったり、躊躇したりするはず。でもタクミには一切それがなかった、だから明確な殺意があったんじゃないかって根拠になってるよ」


「…………」


「まさかタクミ、それが事実だなんて言わないよね?」


「そんなわけあるか。そういう躊躇いがないのは、真剣での稽古の経験があるからだ」


「それも十分異質だって思うけど……」


「師範の方針だったからな」


 竹刀を扱うことに慣れてきた門下生が必ず通る稽古の一つで、師範自らが稽古をつける。


 剣で斬るということが、いかに怖いことであるか。


 それを学んで、剣に向き合う心を改めて認識し直す。そんな稽古だ。


「いやそんなことはどうでもいいな。とにかく、今はこれをどうするべきかだ」


「ここまで騒ぎが広まると、普通に否定しても飲み込まれちゃうからね」


「自然鎮火を待つしかないのか……」


「もう一つ方法があるよ、タクミが自分の罪を認めて謝罪会見するんだ。そうすればめでたしめでたしだ」


「バカ言うな! なんでありもしない罪を認めなくちゃいけないんだ!」


「冗談だってば冗談」


「ったく……なぁ」


「なに?」


「この件、白久さんに何か飛び火したりはしてないよな?」


「白久さん? ううん、特に彼女の名前は出てきてないけど……」


「そうか、ならいい」


「ふーん」


「……なんだその気持ち悪い笑みは」


「いやいや、白久さんのこと妙に気にかけてるなーって」


「別にお前が邪推するようなことじゃない。ただ、俺のせいで彼女に迷惑をかけたくないってだけだ」


「なるほどねぇ。ってことは炎蛇ラクとの話に出てきた人って、やっぱり白久さんのことだったんだね」


「……ノーコメントだ」


 喋りすぎたな。


『生徒の呼び出しをします。二年三組、三峰匠君、至急職員室まできてください。繰り返します……』


 呼び出し放送がかかる。


「タイミングから見て、この件だろうな」


「だろうね。下手なこと言って、先生たちを怒らせないようにね」


「お前は俺をなんだと思ってるんだ……」


 朔也と別れて、一人職員室へ向かった。



     *



「日野君」


「あれ、白久さん? どうかしたの?」


「今の話、どういうこと?」


「もしかして聞いてたの? 盗み聞きなんて感心しないなぁ」


「そんなことよりも、今のはどう言うこと? なんで三峰君がそんな目にあってるの!」


「ちょ、落ち着いて白久さん。ちゃんと話すから……」


 日野君が一歩下がりながら、私にスマホを渡してきた。


「なんでこんなことに……」


「さぁ、そこまでは僕にも」


「日野君、この記事を私に送って」


「それくらいはお安いご用だけど、なにするつもりなの?」


「今度は、私は三峰君を助ける番だから」



     *



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