第21話「同じ理想をゆめみる者を前にして」

『剣は力任せに振るものじゃないぞ! もっと肩の力を抜くんだ!』


 俺に初めて剣を教えてくれたのは、他ならぬ親父だった。


 俺の中で最強の剣士とは、親父のことを指す言葉だった。


 それほどまでに、親父の剣は抜きん出ていた。


『はあっ!』


『一本! それまで!』


 俺が住み込みで通っていた道場でも、稽古に参加した時には無類の強さを誇っていた。


 道場で師範や師範代と互角に渡り合えていたのは親父だけだったこともあって、俺だけでなく多くの兄弟子からも、尊敬の眼差しで見られていた。


 そんな親父の背中に憧れて、俺も幼少の頃から剣を握り、真似をするように剣を振るった。


『……負けました。やはり三峰さんには敵いません』


『いやいや、俺なんてまだまださ。それに、お前さんの打ち込みもだいぶ良かった』


『でももったいないです。それだけの実力があれば、大会に出てもタイトルを総なめにできるのでは?』


『俺はそういうのに興味ないんだよ』


 ただし稽古で人と打ちあうことはあっても、剣道の大会に出たりはしなかった。


 そのせいか無冠の剣将なんてあだ名を、俺が通っていた道場でつけられていた。


 親父はあんまり好きそうじゃなかったけど。


『それじゃあ、行ってくる』


『うん……』


 ただ親父は、俺のことを道場に任せて、どこかへ行ってしまうことがほとんどだった。


『こら匠、男がそんな寂しげな顔をするんじゃない! いつも言ってるだろ、常にカッコつけられる男でいろって』


『でも……』


『それに、そんなんじゃあの子に笑われるぞ?』


『それは……嫌かも』


『大丈夫だ、またすぐに帰ってくるさ。約束だ』


 そうして、二振りの剣を携えた親父の背中を見送ったのは、何回だったか。


 それでも寂しくなかったのは、俺と同じよう住み込みの見習い剣士が何人もいたことと、


『匠、今日も私と相掛かり稽古よ』


 俺とずっと一緒にいてくれた人がいたから。


 それに親父は数日後には手土産を持って、笑いながら必ず帰ってきたから、何も心配はしていなかった。


 ……だからあの日もそうだった。


 五年前のあの日、ダンジョンが発生した日も、そう信じていた。


『アレは俺がいかなくちゃいけないんだよ!』


『しかし、あれだけの数、お前一人じゃ……』


『分かってるさ。それでも、アレは俺が解決するべきことなんだよ』


 珍しく師範代と口論しながらも、最後には説き伏せて、旅支度を整える親父。


 剣を持っている時以外に親父のことを怖いと思ったのは、その時が初めてだった。


『匠、お前にこれを渡しておく』


『これって、父さんの剣? でもなんで? 今から戦いに行くのに』


『それは、いずれお前に必要だからだ』


『でも、それじゃあ父さんが!』


『大丈夫だ、別に剣一本でも十分に戦える。お前だって、俺の打ち合いを何度も見ているだろう?』


『それは、そうだけど……』


『いいか匠、その剣でお前の手の届く範囲の人を助けてあげるんだぞ』


『助けるって……そんなこと言われても、訳わかんないよ!』


『いずれわかる時がくるさ。それが一番カッコいいんだってこともな。約束だぞ?』


『……うん』


『心配するな、アレをなんとかしてすぐに帰ってくるさ』


 そうしていつも携えていく二振りの一本を俺に預けて、親父は出かけて行った。


 やがて、各所に発生したダンジョンは、少しずつ終息していった。


 しかし、いくら時が経っても、親父が帰ってくることはなかった。



     *



「……じゃあ、三峰君が戦ってるのって」


「白久さんと同じ理由だ。俺も、親父を探すためにダンジョンに挑んでる。あの親父が、そう簡単に死ぬとは思えないから」


「三峰君のお父さんは、そんなに強かったの?」


「強かった。どうやったらあんなに強くなれるんだか。確かにその理由も聞いてみたいな」


「そうなんだ……?」


 白久さんはあまり納得できない様子。


 確かに強さっていうのは、言葉で聞いただけじゃ想像しにくいものだから仕方ない。


 今ここで俺がどれだけ説明しても、確実には伝わらないだろう。


「でも俺が一番聞きたいのは、どうしてダンジョンに挑むのに、剣を俺に渡して行ったのか。それだけは、なんとしてでも聞きたいんだ」


 親父は二刀流の剣士、普段の稽古は一本の竹刀でつけていたけれど。


 二本の剣を手にした時の強さは、師範でさえ本気で相手をするほどだった。


「ダンジョンの発生なんて未知の事態、普通なら本気を出せる二刀流で挑むべきなのに。俺のために剣を置いていくなんて、おかしいじゃないか」


 確かにそのおかげで、俺は今こうして戦うことができているけど。


 でもどうして、最初から二刀流でダンジョンへ挑まなかったのか。


 そうすれば帰ってこないなんてこと、俺との約束を破ることもなかったのに。


「三峰君」


 握り締めていた手が、白久さんの手に優しく包み込まれる。


 顔を上げると、心配そうに俺を見つめいていた。


 きっと俺が思い詰めて、すごく怖い顔をしていたんだろう。


 ゆっくりと息を吐いて、改めて白久さんを見つめる。


「……たとえ剣一本でも、あの親父がモンスターども相手に遅れをとるなんてこと、ないと思うんだ。親父に遠く及ばない俺でさえ、戦えているんだから」


「三峰君だって十分に強いって私は思うよ。でも、この前の『自分よりも強い剣士はいくらでもいる』って言ってたのは、お父さんのことだったんだね」


「確かに親父もその一人ではあるかな」


 親父だけじゃない、俺がどれだけ経路を見繕うとも、その全てを斬り伏せにくる剣士をたくさん知っている。


「とにかく、俺は親父に会って聞かなくちゃいけないことがたくさんある。それが俺の、ダンジョンに挑み続ける理由だ」


「……だから影森さんが」


「あぁ。自分も同じ立場だったから。それで頭に血がのぼって、つい……。そんなことで怒るなんて、子供っぽいって自分でも思うけど」


「ううん、そんなことない。私がもし三峰君と同じ立場だったら、私も同じように怒っていたと思うから」


 より身を乗り出して、近づいてくる白久さん。


 花をくすぐる甘い香りに、つい心臓が跳ねる。


「三峰君、改めてお願いするね。これからも私と一緒に、ダンジョン攻略を続けてほしい」


 この前同じことをお願いされた時よりも、はるかに真剣な眼差し。


 その瞳に吸い込まれるように、俺も口を開いて。


「それは……」


 ──戦えなくなったやつに剣を向けるなんて、最低だろ。


「……っ」


 脳裏によぎった言葉によって、答えが遮られる。


「三峰君?」


「……いや、なんでもない。というか、それは俺の方からお願いするべきだ。これか

らもよろしく、白久さん」 


「うん、よろしくね」



     *



「ふぅ……」


 部屋に戻ってきて、電気をつけることなくそのままベッドへとダイブした。


「これで良かったんだろうか……」


 出てくるのは、悩みの言葉。


 協力すること自体は、何も後悔がない。


 同じ理想を抱える者同士、手を取り合えるのならこれ以上のことはない。


 でも、その相手が白久さんであることには、やっぱり抵抗を覚えてしまう。


 何よりもあの時、俺の脳裏に浮かんだ言葉。


「『戦えなくなったやつに剣を向けるなんて、最低だろ』か……」


 全くもって、その通りだ。


 シールドウェアを失った炎蛇ラクは、魔法は使えても戦えなくなったと言っていい。


 そもそも勝敗について、シールドウェアの消失によって決めると最初に合意した。


 にもかかわらず、その勝敗が決してなお俺は奴に剣を向けてしまったのだ。


 批判されて当然のこと。


「……この先、こんなことはいくらでも起こりうる」


 俺の一挙手一投足が批判の対象になることは。ただでさえ、今もそうなのだから。


 それは別にいい、俺は何を言われたところで気にも留めない。


 でも、その矛先が白久さんに向くのだけは……。


「結局俺は、まだ選択できていないってことなのか」


 朔也に言われた言葉が、未だに喉の奥につっかえて抜けない。


「……もし、俺のせいで彼女に何かあったら」


 俺は、彼女のそばを離れるべきだろう。


 彼女は恩人だ。だからこそ、彼女には夢を叶えてほしい。


 その夢に俺自身が障害となってしまうのなら、俺は彼女と共にあるべきではないはずだ。


 ……たとえ俺自身の夢を諦めることになったとしても。


「まぁ、そこまでのことにはならないかもしれないし」


 すでに非表示になっているとはいえ、あの戦いの様子は配信されていたんだ。


 俺を怒らせたらどうなるか、誰にでも想像がつくだろうし、触らぬ神に祟りなしという状態になるんじゃないだろうか。


「随分と乱暴な考え方だな」


 我ながら呆れる考えだ。


「なぁ、親父……今の俺は、カッコつけられてるんだろうか?」


 なにもない場所に、問いを投げかける。


 でも、きっと親父ならこう言うだろう。


『そんなことを考えているうちは、まだまだだな』


 白久さんと共にあるか、それとも離れるべきか。


 そんなことをウジウジと悩んでいるうちは、とてもじゃないけどカッコつかないだろう。


「ふぅ……」


 そう考え事をしているうちに、急に眠気が襲ってきた。


(明日のことは、明日以降の俺がなんとかしてくれるだろう)


 そのまま目を瞑って、沈み込んでいく感覚に身を委ねた。


 

     *



「クソッ! クソクソクソがッ‼︎」


 ドンッと、行き場のない感情を壁を叩きつける。


「アイツのせいで……」


 屈辱的な敗北から、それまでの全てが一変した。


 様々なレーベルからの話は全て白紙に、今後のテレビ出演も全てキャンセルされてしまった。


「アイツのせいだ! アイツの‼︎」


 たった一度の敗北で、これまで積み上げてきたものが全て消え去った。


 挙げ句の果てには、


『君は晴未の婚約者としてふさわしくない。その実力を示せないものに興味はない。今すぐにここから立ち去れ』


 政也さんからも見限られて、本当に全てを失った。


「アイツさえいなければ……!」


 こんな惨めな目に遭うことはなかったのに。


「絶対に許さねぇぞ、三峰匠‼︎」


 ヤツには俺と同じか、それ以上の苦しみを……いや。


「殺してやる……」


 ありとあらゆる苦痛を与えて、情けなく命乞いをする姿を嗤ってやりながらなぶり殺してやる。 


「全くその通りだと思いますよ」


「誰だ⁉︎」


 声のした背後を向くと、そこにはシルクハットを被り、タキシードを着た妙な青年が、黒い手袋で拍手していた。


「誰だオマエは!」


「ワタクシは、あなたの賛同者ですよ」


「賛同者だと?」


「えぇ。先ほどの件、ワタクシもアナタの方に正義があると思っているのですよ。ですのでワタクシは、アナタに手を貸して差し上げたいと思うのです」


「は、オマエみたいな奴を信用できるわけないだろうが! とっとと失せろ、さもなくば……」


「フフッ」


 ふわっと動こうとした奴に対して、炎弾を打つが、


「まぁまぁ、ことを荒立てず」


「なっ⁉︎」


 俺の魔法は確かに命中した、にもかかわらず、奴には傷ひとつついていない。


「オマエ、シールドウェアを展開して……」


「いえいえ、そうではありませんよ」


「だったら……」 


「まぁまぁ、それよりも」


「っ⁉︎」


 一瞬のうちに、奴は俺の目の前に迫って、耳元で囁く。


「ぜひワタクシの話を聞いてください。そうすればきっと、ご理解いただけると思いますから」


「話、だと……?」


「えぇ、そうです。アナタの復讐に、少なからず協力させていただきますよ」



     *



最後まで読んでいただき、ありがとうございます!

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