第20話「白久晴未が抱えるもの」

 彼女の部屋に勝手に入っていいか悩みに悩んだ末、ダメだろうという結論に至った。


 最終的に、俺の部屋のベッドで寝かせることに。


「スー……スー……」


 一定のリズムで呼吸して、グッスリ眠っている白久さん。


 中川さんは寝不足と、緊張の糸が途切れたのが理由だと言っていたけど。


「……ごめん、白久さん。心配をかけて」


 あんな酷い戦いは、側から見ていたら、気が気でなくなってしまうのも納得だ。


「ごめん、なさい……」


「え……?」


 起こしてしまったのかと思って心臓が跳ねたが、白久さんの目は閉じたまま。


「ね、寝言か……」


 でも、なんで謝っているんだろう?


 それに、誰に?


「……いや、聞いちゃいけないよな」


 ひとまず部屋から出て、ダイニングに向かう。


「っ……」


 その最中、眩暈がして壁に寄りかかる。


「ほとんど魔力を使い切ったからな……」


 消耗度外視の戦いをしたせいで、限界ギリギリだ。


「……使うつもりじゃなかったんだけどな」


 孤風、時雨、そして雷電。


 どれも、本来は使


 でもあの時、頭に血が上りすぎて、ただ剣を振るってしまった。


「本当にバカだ……」


 自分で制御もできない剣技を、地下室なんて狭い場所で使うべきではないのに。


 そのせいで、あの地下室を壊してしまった。


 最悪の場合、全壊して生き埋めという可能性すらあったのだから。


 ──ピコン


「?」


 RMSから通知音が鳴った。音からしてダンジョンへの招集ではないけど、一体?


:戦えなくなったやつに剣を向けるなんて、最低だろ


「なっ⁉︎」


 その通知は、さっきの炎蛇ラクとの戦いの配信についたものだった。


 急いでホログラムを起動して、さっきの配信を確認しにいく。


「なんだこれ……」


:いやでも、ラクの方が悪いだろ。実名っぽいので呼んだり、煽るようなことばっか言ってさ


:それは確かにそうだけど、だからってシールドウェアが無くなった相手に剣を向けるのは違うだろ


:寸止めしたとはいえ、剣を振り下ろしたのは非難に値する


:それも元はといえばラクが余計なこと言ったのが原因だろ、自業自得


:ま、あいつの歌手人生も終わりだろ、今回のことがあった後じゃ


:は? ラク様が悪いわけないじゃん! 勝手にブチギレてるこいつが全部悪い


:信者乙、最初から動画見返してこいよ


 コメント欄は、さっきの戦いに対する意見の食い違いから言い争いに発展して、すでに大炎上していた。


「もう収拾がつけられない……」


 だんだんと温度が高くなって、感情のぶつけ合いに発展してる。


:そもそもこいつがキレたのって、なんか誰かの夢? をバカにされたからじゃなかった?


:いわれてみれば、確かに?


:その彼女って一体誰なんだ?


:まさかとは思うけど、炎蛇ラクと一人の女を取り合ってたとか?


:いやそれはいくらなんでも無謀すぎるだろ、こいつに勝ち目なさすぎ


:となると、やっぱりこいつの彼女とか?


:だとしたら、ミハルさんとお近づきになってるのが余計許せなくなるんだが


:二股かよこいつ、最低だな


「やばい……!」


 俺自身がどんなことを言われても、それは別に構わない。 


 でもそれが、白久さんにまで波及するのは……。


:そういえば、五年前の行方不明者を探すとかなんとか言ってたのって?


:さぁ、よくは知らんけど


:無理だろ、今更五年前の行方不明者を探すなんてさ


:流石になぁ……とっくに死んでるだろ


:遺体捜索でもしたいんだろ


「っ……!」


 結局、世間から見れば、そういう評価になってしまう。


 わかってはいたことだけれど、目の当たりにするとやっぱり辛いものがあるな。


「配信の削除はここから……」


 急いで自分のチャンネルを呼び出して、さっきの配信を非公開にするべく手続きを始める。


 ダンジョンの内部を調査するためのストリーム機能だが、仮に個人情報などが配信の中で出てしまった時のために、配信停止を申請することができるようになっている。


 ただし、一般公開がされなくなるだけで、データ自体はサーバーに残されるらしいけど。


「……よし、これで」


 左手での慣れない操作に手間取りながらも、五分程度で申請を送信し、十分後にはそれが受理された。


「これで一安心か」


 非公開になったことを確認して、ほっと胸を撫で下ろす。


「こんなコメント、白久さんには見せられないもんな……」


 幸い、白久さんはまだ眠っている、だから今のコメントたちが彼女の目に触れることはないだろう。


 これ以上、彼女に負担のかかるような思いはさせたくないから。



     *



 白久さんが目覚めたのは、夕食の少し前だった。


 大慌てでダイニングルームに現れた時には、中川さんが用意した夕食が運ばれてきている時だった。


「ごめんなさい、私……」


「いや、白久さんが謝ることじゃないよ」


「でも……」


「晴未様は眠っていらしたのですから、仕方がありません。ですが、今後同じようなことがないように、慣れない夜更かしはしないようにしてください」


「……はい」


 そうして、中川さんが中心となって準備してくれた夕食を共にしたけれど。


「…………」


 白久さんは終始無言で、俺の視線を受けるとすぐに顔を逸らしてしまう。


 こちらから話を切り出した方がいいかもしれない。


 でも、なんて声をかければいいんだろうか。


 そうして、お互いに気まずい空気が流れたまま、夕食を食べ終えてしまった。


「こちら、食後のハーブティーです。気分が落ち着きますよ」


「ありがとうございます」


 普段は出てこない飲み物をゆっくり飲んで、一息ついたところで。


「……三峰君」


 白久さんの方から、声をかけてきた。


「えっと、その……」


「ごめん、白久さん」


「え……?」


「俺、色々と余計なことをしたかもしれない」


「よ、余計なことって?」


「白久さんのフィアンセをボコボコにしたり、白久さんのことを嗤われたのに対して、勝手にキレたりして。白久さんには迷惑だったよなって」


「め、迷惑だなんて、そんなこと……」


「それに、完成したばかりの訓練場に傷もつけちゃったし……」


「そ、それは修復すればいいだけだから。そうだよね、中川さん」


「そうですね、修復に少し時間はかかりますし、システムの見直しも必要ですが。まさか訓練場に張られたシールドごと、外壁に傷がつけられるとは夢にも思いませんでしたので」


「……本当にすみません」


 それに関しては、平謝りする他ない。


「それで白久さん。あいつの言ってたことは、事実なのか?」


 聞かなくちゃいけないことに、とうとうこちらから踏み込んだ。


 聞いていいのかどうか、正直わからないけど、でも聞かなくちゃいけない。


「…………」


 その質問に対して、白久さんはしばらく無言だったが、最終的に小さく頷いた。


「……場所、変えてもいい?」


 カップに残っていたハーブティーを飲み干して、立ち上がる。


「それはいいけど、どこに?」


「私の部屋。中川さん、しばらく誰も私の部屋に来ないようにしてくれますか?」


「かしこまりました」


「行こう、三峰君」


「え、ちょ、ちょっと?」


 俺の手を引っ張って、ダイニングを飛び出す。


 連れて行かれた先は、白久さんの部屋だった。


「お、お邪魔します……」


「そんな畏まらなくても大丈夫だよ」


 わかってるけど、生まれて初めて入る女の子の部屋の前に、ついそう言ってしまった。


「白久さんも女の子なんだなぁ」


 化粧台とか天蓋付きベッドとか、そういうものはもちろん。


 可愛いぬいぐるみがあちこちにいる。


「それってどういう意味かな? 私のことを女の子じゃないとでも思ってるのかな?」


「いや、別にそんなことは」


「……どうだか」


 頬を膨らませながら、白久さんは部屋の奥にある本棚に向かっていく。


「ん?」


 部屋の真ん中にあるテーブル、そこに散らばる紙を見ると。


「これ、過去のストリーミングの研究?」


「うん。三峰君が過去の配信を見て研究してるって言ってたから、見習おうと思って」


 なるほど、寝不足の理由はここにあるのか。


 一回の配信に出てきた全ての人と、彼らが使った魔法、使用された戦術、敵の行動など事細かに考察をしている。


「でも、これをして寝不足になってたら意味ないだろ。脳が休まるのも、記憶が脳に定着するのも、すべて寝ている時なんだから」


「三峰君の言うとおりだね、それで倒れちゃったんだし……。気をつける」


 本棚から一冊の本を取り出して、ベッドに腰掛ける白久さん。


 俺にも隣に座るように手で誘導してきたので、ちょっと距離を離してベッドへと腰掛けた。


「これが、私のお母さんの写真。名前は浦山茉優」


 白久さんが手にしていたのは、アルバムだった。


 そこには幼少期らしい白久さんと、大人の女性が写っていた。


「…………?」


 この人、どこかで────。


「三峰君?」


「あ、いやその……綺麗な人だと思って」


「ありがとう。その言葉を聞いたら、きっとお母さんも喜んでくれると思う」


 そう言いながら、ページをめくっていく白久さん。


 でもアルバムに収められた写真の中に、父親が写っているものは一枚もなかった。


「もうわかったと思うけど、私はお母さんとあの人……白久政也の間に生まれた、妾の子。たった一晩の過ちで……」


「それが嘘だってことは……」


「DNA鑑定の結果を突きつけられたから」


 首を振りながら、それが事実であることを告げる。


「お母さんは女手一つで私のことを育ててくれたの。昔はもっと小さな家に、お母さんと二人で住んでたんだよ」


 それで白久さんは家事があんなにできるのか。


 自分も家事をしなくちゃいけない立場だったから。


「でも、五年前のあの日……ダンジョンが現れて……」


 第一次異界門ダンジョンゲート事変。


 今ではそう名付けられた、ダンジョンに続くゲートが日本の都市に発生した事件。


 周囲にあった建物の中には、ダンジョン発生の余波で倒壊したものもあったそうだ。


 政府によって直ちに日本初の災害緊急事態が布告され、自衛隊が防衛出動し各ダンジョンに対する武力行使を行った。


 しかしダンジョンのモンスターに対して通常兵器は役に立たず、モンスターの逆進行スタンピードが発生した場所もあったという。


 最終的に、多大な犠牲を払いながらも、ある日を境に突然現れた覚醒者たちの活躍によって、全てのダンジョンは閉じられた。


 しかし五年たった今でも、都市部にはまだその時の傷跡が残っている箇所がある。


 ……そして白久さんは、その時に現れた最初の覚醒者の一人だ。


「その日を境に、お母さんは行方不明になったの」


「……ダンジョンに巻き込まれたってことか」


「私はそう考えてる。その後で、私はあの人に引き取られた。覚醒者だったからって言うのが、一番の理由だったと思う」


「それは……」


「だから最初のうちは色々と実験させられたよ。非道なことはされなかったけどね」


 未知の力を操る人間なんて、格好の研究対象だ。


 中には非道な実験対象になった人もいたと聞いている。


「でも覚醒者はどんどん現れて、すぐに人権の問題が明るみに出て、モルモット扱いはされなくなった。それでもこうして離れに住んでるのは、妾の子だからっていうのと、あの人たちが私の力を恐れてるからなんだ」


「覚醒者に対する確執は、今でも拭いきれていないからな」


 実際に覚醒者が一般人を襲った例もある。


 今では法律や覚醒者への対抗策などが整備されて、そういった事件はほとんど見られなくなったけど。


「そんな時に、ダンジョンストリームの話が出て、私がその引き立て役になることをあの人に命じられた。そうして出来上がったのが、ミハルっていう私」


「そうだったのか」


「でも、それ自体は別にいいの。私自身がダンジョンに挑み続けたいからって思っていたから」


「それは、お母さんを探すため?」


「うん。もしダンジョンの向こうに連れて行かれて、こっちに帰って来れていないのだとしたらって……」


 ダンジョンについては、まだまだ未知なことが多い。


 ボスモンスターと呼ばれるモンスターが出てくる理由も、それらを倒したらダンジョンが閉じる理由も。


 ダンジョンの向こうの世界がどうしてこちらの世界と瓜二つなのか、ダンジョン同士がどう繋がっているのか。


 解明しなければならないことが、あまりにも多すぎる。


 ダンジョン攻略者もダンジョンストリームも、そのために存在していると言っていい。


「それにこっちの世界にいるのなら、ダンジョンストリームを続けてお母さんが私を見つけてくれるかもしれない。それが私がストリーマーになった理由」


 ぎゅっと握りしめた手が震えている。


「分かってるの、これが夢物語だってことくらい。でも、それでも私は……」


「……わかるよ」


「え……?」


「俺も、同じだから」


「同じ……?」


「俺も話すよ、どうして剣を持ち出してまで、ダンジョン攻略を続けているのかを」


 ゆっくりと目を閉じて、思い出す。


 親父と過ごした、あの日々のことを。



     *



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