第19話「人気ランキング一位との戦い〜勝敗を分つ知見〜」

「──孤風」


 鞘にしまった剣を、一気に引き抜く。


「……は? バカかオマエは! そんな剣の間合いの外で剣を振ってなんの意味が……」


「バカはお前の方だ、炎蛇ラク」


「……なっ⁉︎」


 ようやく、その事態に気がついて、驚きの声を上げた。


「なんで……オレの大蛇たちが」


 俺に襲い掛からんとしていた八つの頭が、全て真っ二つに斬られ、遅れて届いた剣風によって残火が吹き飛ぶ。


『警告、訓練場のシールドに著しいダメージが確認されました。これ以上のダメージ蓄積は危険なため、直ちに訓練を中止してください。繰り返します──』


 アラート音と共に、無機質なアナウンスが響く。


「お、オマエ! 何をしやがった⁉︎ オレの大蛇は、まだ剣の間合いから……」


「外れていた、そう言いたいのか?」


「っ……」


「それが?」


「……は?」


「剣の間合いがどうした? 俺とあの蛇たちとの距離がどうした? そんなものは些細なことだ」


「何を言ってやがる……?」


 察しの悪い相手と話すのは難しいものだな。


 誰の言葉だったか、この世で最も愚かなことは、無知蒙昧であること。


 その愚かさによって、奴は俺に敗北する。


 俺はただ、知っているだけだ。


 剣を極めた者だけがたどり着ける、理を超えた剣の境地を。


 もっとも、こんな剣技を知り得ているのは、ほんのわずかな人数のみ。


 奴にその知識がないのも当然のことだが。


「ふ、ふざけるなよ。そんな馬鹿げた力、あるわけが……」


「言っただろう、お前が無知蒙昧なだけだと」


「……き、キサマぁあああああああ‼︎」


 怒りで我を失ったか、ただ叫びながら、再び八岐大蛇を生み出す炎蛇ラク。


 再び迫り来る大蛇に対して、こちらは重心を下げ、弓を引くように右手に持った剣を構える。


「──時雨」


 八つの刺突が飛び、それぞれの頭を正確に撃ち抜いて、再び八岐大蛇は空に消えていく。


「ふざけるなふざけるなふざけるな! オマエごときがァ!」


 怒りにまかせ叫び声をあげ、今までのどの魔法よりも強い炎を全身から噴き出す。


 天井にまで至ったその炎はやがてまとまり、巨大な龍を思わせる姿へと変貌していく。


「龍琰皇! あの生意気なクソガキを地獄の業火で焼き殺せ!」


 瞳に光が灯り、命令を受けた俺を敵と見定め、突撃してくる。


 そんな龍の前に、こちらはあえてその場から動かず、ただゆっくりと剣を上に振り上げる。


 ありふれた、なんの変哲もない上段の構えを取るために。


「──雷電」


 構えが完成すると同時に、剣の切先が地面へと振り下ろされる。


「は、なにが──ガッ」


 一瞬の静寂の後、炎の龍がその操り手共々、真っ二つに引き裂かれた。


「お、オレのシールドウェアが……一撃で……?」


 生身はシールドウェアに守られているため、傷ひとつない。しかしその代償に、その役割を果たして消えた。


『訓練場のシールドが規定値を下回りました。直ちに訓練を中止し、避難してください。繰り返します、訓練場のシールドが……』


 再びアラートが鳴り響き、避難を勧告する。


「な、なんだよこれ……なんなんだよ」


 理解の及ばない事態に、顔面を蒼白にしてへたり込む炎蛇ラク。


「…………」


 そんなやつの元へ、一歩ずつ近づく。


「ヒッ!」


 情けない声をあげて、尻餅をついたまま後ろへと下がっていく。


「く、くるんじゃねぇ!」


 苦し紛れに魔法を放つが、所詮はうろたえ弾。全てが明後日の方向へ逸れていく。


「く、くるな……」


 さっきまでの態度はどこへ行ったのか、恐怖に怯えた情けない声しか出てこない。


 やがて壁際まで下がって行き場を失った奴の前に立ちはだかって、鋒を鼻先へと向ける。


「お、オマエまさか、オレを殺す気じゃ……」


「だったら?」


「ふ、ふざけるなよ。そんなこと、許されるはずが」


「お前は散々俺のことを焼き殺すと言ってただろう? どうして自分だけが死なないと思っているんだ」


「ふ、ふざけるなよ! オレを誰だと思ってるんだ! オレはストリーマーランキング一位で、日本有数のアーティストなんだぞ! それをオマエは殺すって言うのか!」


「それが?」


「は……?」


「アーティストなんてこの世には星の数ほどいるだろう。お前がいなくなっても、日本有数のアーティストなんてやつは、またすぐに現れる」


「な、ん……」


「ストリーマーランキングだって同じだ。お前がいなくなったら、別の誰かがその地位につくだけだ。お前がそうだったように」


「な、なん……」


「だから──」


 再び剣を上段に構えて。


「ふっ!」


 剣を振り下ろす。


「ヒッ!」


「三峰君!」


 振り下ろした剣は、ピタリと奴の頭上数ミリの箇所で止まる。


 刃が髪に触れたのか、毛が数本はらりと舞い落ちる。


「あ……あ……」


 本当に斬られると思ったのだろう、炎蛇ラクは白目をむいて、泡を吹きながら気絶した。


「剣士を怒らせると怖いということが、少しは解ったか。人の夢を嗤う愚か者」


 剣を引いて鞘にしまって、シールドウェアを解除する。


「三峰、君……」


「白久さん? いつの間に?」


「いつの間にじゃないよ……」


「し、白久さん?」


 白久さんも、その場に座り込んでしまった。


「だ、大丈夫か?」


 慌てて彼女の元に駆け寄る。


「……じゃない」


「へ?」


「大丈夫じゃないよ! 三峰君が本当にあの人を斬っちゃうって思った……」


「い、いやいや、流石に斬ったりはしないって」


 正直、頭の中でプッツリと何かが切れて、本気で剣を振るったけど。


 流石にそれくらいの理性は残していた。


「良かった……」


 フッと、糸が途切れたように白久さんの身体から力が抜ける。


「っと、白久さん?」


 呼びかけても、応答がない。


「白久さん⁉︎ 白久さん‼︎」


「おそらく気を失ったのだと思われます」


「中川さん……」


「この数日、遅くまで起きていた様子でしたので」


「そう、なんですか……?」


 そうは見えなかったけど……。


「それに、今の戦いで緊張が極みに達して、それが途切れたのかと。戦いを見ている間の晴未様は、百面相でしたから」


「百面相?」


 全くさっぱり想像がつかない。


「というわけで三峰様、大変お手数ですが、晴未様を部屋まで送り届けていただけませんか?」


「え、俺がですか……?」


「私はこの場の後始末と、影森様を運ばなければなりませんので」


「あ、はい……わかりました」


 この現状を作り上げた張本人として、従わざるを得ない。


「それでは、よろしくお願いします」


 一礼して、中川さんは離れて行った。


「さてと、おんぶは……できそうにないし。仕方ないか」


 彼女の身体を自分に預けて、抱き上げる。いわゆる、お姫様抱っこ。


「っと」


 柔らかい感触が、ダイレクトに伝わってくる。


 それに、甘い香りが漂ってきて……。


「いやいや」


 そんなことに気を取られては、彼女に失礼だ。


 とにかく、早く彼女を部屋に運ぼう。道は……よし、ちゃんと思い出せる。


「あ……」


 出口に近づいた時、縦にまっすぐ入った破壊痕が目に入った。


「…………」


 つい足を止めて、その破壊痕を見つめる。


「っと、反省は後だな」


 今はひとまず、彼女を部屋まで送り届けるのが先だった。


 中川さんの主導で集まってきた執事っぽい人やメイドさんみたいな人によって、運び出される炎蛇ラクを尻目に、地下室を後にした。



     *



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