第18話「人気ランキング一位との戦い〜経路追跡の弱点〜」

「さぁ、始まりだ!」


 この間と同じように、両手でピアノの鍵盤を叩くような動きをする炎蛇ラク。


 同時に背中に無数の魔法陣が浮かび、炎弾が生み出された。


「ふっ──」


 けれどもその程度の攻撃は問題にならない。


 直線にしか飛んでこない炎弾なんてかわすのは容易だし、必要があれば斬るのみ。


 こちらも駆け出して、間合いを詰めにかかる。


「おっと、オレはアイドルじゃないけど、おさわり禁止なんだ」


 そんな俺の動きを先読みして、炎弾の着弾位置を俺が踏み込む足元に変更してきた。


「その程度で俺が止められるとでも?」


 なら先読みできないように、奴の視界から消えてしまえばいい。


「アクセラレーション」


 自己加速の魔法を使って、高速戦闘に切り替える。


「消えた⁉︎」


 他の誰も使えない魔法だ、炎蛇ラクといえども目で捉えきれない速さには対応できないだろう。


 奴の周囲を高速で駆け抜けて撹乱し、隙を見出す。


「ここだ!」


 地面を蹴って、一気に奴の背中に迫って、剣を振り下ろす──


「なっ⁉︎」


 ──しかしその剣は、蛇の牙によって阻まれた。


「スツールジャンパー!」


 慌ててその場から退避。


 直後、俺がいた場所を、二つ目の頭が横切った。


 一旦距離をとって、体勢を整える。


「……八岐大蛇か」


「いやはや、こんなに早く使うことになるとは、流石に計算外だったな」


 すでに奴の背後には、八つの蛇頭が形作られている。


「けど、そうじゃなきゃ面白くないからね。さぁ八岐大蛇よ、アイツを焼き尽くせ」


 命令を受けて、八つの頭が一斉に動き出した。


「チッ!」


 再び自己加速の魔法で撹乱を試みるが、蛇の頭はそれぞれにこちらを追ってくる。


「こいつら、俺のことを感知してるのか?」


 蛇は体温感知と、舌で匂いを口内に送って嗅覚感知もする。


 昔読んだ漫画に出てきた蛇博士の受け売りだが、こいつらもそれができるのなら、かなり厄介だ。


 ゴブリンたちを焼き尽くしたあの豪快さがこの魔法の肝だと考えていたが、思っていた以上に繊細な魔法らしい。


「っと」


 しかもさっきから、蛇の攻撃を避けようとすると、なぜかこちらの足がもつれる。


 一瞬でも止まれば、すぐさま蛇の頭が襲いかかってくる。


 自己加速と移動補助の魔法でギリギリのうちにかわす、そんな場面が増えてきた。


 そのせいで奴に近づくどころか、回避するだけで精一杯になってしまっている。


「こっちの動きを撹乱して? いやむしろこれは……」


 俺の方が、奴のリズムに乗せられている?


 大胆な仮説だけど、向こうはシンガーソングライター、それくらいのことはできるかもしれない。


 それに奴は、魔法を発動するのに常にピアノの鍵盤を叩くような仕草をしている。


 あれが仮に、なんらかの曲を奏でるようにしているとするなら、可能性はある。


(思い出せ、これまでの魔法発動のタイミングを)


 脳内にある記憶映像を遡る。


 そこから攻撃の手順を抜き出して、向こうのリズムを掌握する。


 そうして出来上がった攻撃のリズム──メロディライン、どこかで……。


(……そうだ、あの時)


 お昼休み、食堂で朔也と話している時に聞いたあの曲。


 こいつの攻撃は、あの曲のリズムを踏襲しているのか。


 だったら。


「はっ!」


 蛇たちの攻撃をかわして、一旦攻撃が届かない地下室の最奥まで避難する。


「おやおや、随分と遠くまで引いたね。オレの蛇たちに恐れをなしたのかな?」


「……確かに、俺が思っていた以上にその魔法は強力だ。それは認める」


「へぇ、随分素直じゃないか」


「でも、それだけだ」


 奴の攻撃のパターンは、すでにインプットした。


 であれば、それを掻い潜って再び剣の間合いに近づく道も見出せる。


 そして、そのための経路は、すでに探索を終えたのだから。


経路追跡Traceroute開始Start──」


 脳内で作り上げた、予測した未来と現実を重ね合わせて、動き出す。


「真正面から来るとはね!」


 六つの蛇の頭が、それぞれの方向から襲いかかってくる。


 しかしそのリズムは把握した、そしてどこからくるのかも。


 全てがシュミーレーションした未来の通りに推移する。


「はぁ? なんだよそれ⁉︎」


 さっきまで余裕綽々だった奴の顔が、少しずつ歪んでいく。


「うざいんだよっ!」


 守りに残していた、残り二つの蛇が同時に襲いかかってくる。


「連歌!」


 一つずつ対処するのは時間の無駄、故に二連撃の一撃目を横薙ぎに大きく払って、二つの頭を無効化する。


「これで仕舞いだッ!」


 連歌の二撃目、右側に斬り払った剣が、奴の左脇腹目掛けて戻ってくる。


 全て計算通り、これで奴のシールドウェアは終わ──


「……プロミネンス・アーマー」


 ──刃が胴に当たる直前、炎の鎧が奴の身を守る。


「ッ……!」


 予測から外れた事態に、重心が崩れるのをいとわずに退避。地面を蹴って、大蛇の攻撃範囲から後退した。


「な、なんだ、今のは」


 ガラ空きだと思っていた奴の身体が、突然炎をまとった。


 そのせいで、連歌の二撃目がシールドウェアに届かなかった。


「……あーあー、これだけは使いたくなかったんだけど」


 こちらの混乱している間、向こうも何故かこの事態を嘆く。


「こんなダッサイ姿、誰にも見せたくなかったんだよ」


 本当に嫌だったんだろう、全身を覆っていた炎をすぐに消した。


「けど、オレも迂闊だったなぁ。まさかカラクリに気づく奴が現れるなんて思いもしなかった。じゃなきゃ、オレが接敵されるはずがないし、攻撃があんなにスカされるわけがない」


 そのカラクリとは、自身の曲のリズムに攻撃を載せていることだろう。


「だから、……本当にやってくれたなおい。この落とし前はつけさせてもらうぞ、三峰匠」


「……お前」


 こいつ、この戦いが配信に乗ってることを忘れてるのか。


 俺の本名を堂々と言いやがった。


 いくら頭に血が上ってるからって、やっていいことと悪いことがあるだろ。


:ミツミネコウ?


:今のって本名?


:なんか、ラク様が怖い……


:ガチギレしてる?


 流石に配信のチャット欄も、不穏な空気を感じている。


「八岐大蛇! ヤツを喰いちぎって焼き殺せ!」


 再び八岐大蛇による攻撃が始まった。


「く、そ……」


 あの経路で決めきれなかったのが、状況を一気に悪化させてしまった。


(弱点がモロに出たな……)


 経路追跡Tracerouteは、目に入ってきた情報を完全に記憶できる俺が編み出した奥義。


 これまでの戦いの記憶と、実際に戦って得られる情報を総合して、どうやってこちらの刃を届かせるかまでの道のりを、戦いながら演算する。


 そうして探索した経路に沿って動き、勝利までの未来に辿り着くのがこの奥義だ。


 しかしこれは、あくまで予測であって、未来予知ではない。


 だからこちらの知り得ない、敵の隠し球を途中で挟み込まれると、経路は破綻してしまう。


 今回も最後の一手で、今までの戦いでは見たことがない敵の魔法が使われた結果、こちらの思惑が潰されてしまった。


 再び経路を引こうにも、攻撃のパターンが完全に変わっている。


 しかもこちらがリズムに順応し始めたのを見ると、すぐにメロディーラインを変えてくる。


 さっきは奴の曲を聞いたことがあったから、なんとか攻撃の経路を描けたが、これでは攻勢に転じることができそうにない。


 結果、戦いの展開は再びこちらの防戦一方となった。


 向こうはまだまだ余力があるのに対して、こちらは少しずつ魔力の残量を気にしなければいけない状況に陥っている。


 このまま機動戦で大蛇から逃げ続けても、いずれガス欠になるのは目に見えている。


「はぁ、はぁ……」


 吸い込む空気が炎によって熱され、肺の中が焼けそうだ。


 加えてこの部屋の空気が燃焼に利用されて、酸素濃度が薄くなっているのだろう。


 そのせいで息が上がって、頭も朦朧としてきた。


 経路探索には脳にかなりの負荷をかけるから、正常な呼吸は必須条件。


「くっ!」


 一瞬反応が遅れて、炎が足を覆う。


 シールドウェアに守られているおかげで、火傷を負うことはないが、それでも熱さは感じるし、何よりも耐久値を大きく削られてしまった。


「スツールジャンパー!」


 一旦、壁際まで逃げる。


「チッ、しぶといヤツだ」


 俺を捉えきれず逃げられたことに、ひどく苛立ってる様子だった。


「どいつもこいつも、なんで諦めが悪いのかな。彼女もそうだ、いつまでも幻想にしがみついて、無駄な戦いを続けてさ」


「幻想……?」


「なんだ、オマエ。本当に何も知らないんだな。いや、それとも話してもらえるほど信頼されてないってことか」


「何を言ってるんだ、お前は」


「知らないんだったら教えてやるよ。あの女が戦う理由、それは五年前に行方不明になった母親を探すことだとさ」


「五年前に、行方不明……⁉︎」


 別室の、ガラス窓の向こうにいる彼女に顔を向ける。


 そこにいる彼女──白久さんの瞳が、絶望に染まっていた。


「とっくに死んでるっていうのに、死体が見つからないからっていつまでも執着してさ、諦めが悪いったらありゃしない。さっさと諦めてオレのモノになれば……」


 その言葉を聞いた瞬間、自分の中にある何かが切れた音がした。


 そこから先、奴が何を口にしたのかは知らない。


 ただ、自分の沸点を超える怒りに身を任せて、言葉を発していた。


「……黙れ下衆」


「あ? 今なんて言った?」


「黙れ下衆って言ったんだよ下衆野郎」


 俺の目を見た瞬間に、奴は息を呑んで、一歩足を引いた。


「俺はお前と彼女がフィアンセだとか、そんなことにはこれっぽっちも興味ない。だがフィアンセだと名乗るお前が、彼女の夢を嘲笑うな」


「……やれやれ、何を言い出すかと思えば。現実を認めさせることも、将来の伴侶として必要なことだろうが、何が違う? どこが間違ってる?」


「たとえ無謀でも、無意味だったとしても、理想を持って戦おうとする彼女を俺は尊敬する。私怨で俺を焼き殺そうと、こんな戦いを挑んできたお前なんかより、よほどカッコいいよ」


「んだと……?」


 白久さんの恋がどうとか、フィアンセがどうとか、将来がどうとか、家族がどうとか。


 そんなことには一切干渉する気はない。


 でもその夢を嘲笑うのだけは、絶対に許さない。


「だからこの馬鹿馬鹿しい戦いを終わらせてやる。お前の顔も、もう見飽きたしな」


「コイツ、言うに事欠いて……!」


 全身を震わせて、怒りを露わにする炎蛇ラク。


「八岐大蛇! あの目障りなクソガキをとっとと始末しろ!」


 蛇たちに命令を下し、それに従った蛇たちが一斉に襲いかかってくる。


 そんな敵に対して、こちらは剣を鞘にしまって、左足を引き重心を低くした。


 目を瞑って、深く息を吐いて、集中する。


 記憶の奥底に眠る剣技を呼び起こすために。


「今更何をしたところで!」


 そんな敵の戯言は、耳から入ってすぐに抜けていく。


「──孤風」


 目を開き、迫り来る八つの頭に向けて、剣を振り抜いた。



     *



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