第17話「人気ランキング一位との戦い〜一触即発〜」
「ど、どうして影森さんがここに……」
予想外の人物の登場に、白久さんが困惑を隠せずにいる。
「オレにだって休みの日くらいあるよ。とはいえ、ここ最近は働き詰めだったから、ようやくの休みだけど。だから晴未に会いにきた、ダメかな?」
「……いえ」
気さくに話しかける炎蛇ラクと、顔を逸らしながら返事をする白久さん。
「でも今日が休みだって伝えてなかったのは、オレの落ち度だね。だから今日は顔だけ見られればいいかなって思ってたんだ。それに今日の目的は……」
にこやかな笑顔がスッと冷たいものへと変貌していき、その目が俺を捉えた瞬間に。
「っ!」
奴の背後から、炎弾が飛んできた。
手加減したのか、あるいはたった一発だけだから、かわすことは簡単。
「……お前、どういうつもりだ」
けど生身の人間に魔法を放った、それ自体が問題だ。
仮に俺がかわせなかったら最低でも火傷は確実、最悪死んでいた可能性だってある。
「影森さん⁉︎ 何を⁉︎」
「悪いけど晴未、キミは黙っていてくれるかな」
「っ……」
奴の言葉に気圧されて、白久さんが一歩下がってしまう。
奴が出てきてからというもの、彼女の態度が何かおかしい。
「さて、タクミ……いや、三峰匠」
「……なんで俺の名前を知ってる」
「聞いたからだ、政也さんに」
「政也? ……そうか、白久さんの父親か」
ダンジョンストリームの全てを掌握してる会社の社長、個人情報を抜き出すくらい容易なことか。
「いや、そんなことはいい。お前は一体なんなんだ」
「オレか? まぁ一方的に知ってるっていうのもフェアじゃないから答えてやるよ。オレは晴未のフィアンセだ」
「フィアン、セ……?」
白久さんが俺の視線に顔を背ける。どうやら本当のことらしい。
「まだ、正式に発表してるわけじゃないけどな。それに政也さんからの命令されてね、これからもフィアンセと名乗りたいのなら、オマエをどうにかしろって」
「は……?」
なぜそこで、俺が出てくるんだ。
「簡単なことさ、ここ最近オマエは晴未とずっと一緒だ。そのせいでオマエと彼女の中を勘繰ろうとする人が増えてる」
「…………」
「そんな状況でオレが彼女のフィアンセだと名乗っても、それに疑問を抱く人は出てくるだろう。そんなことは許さない、自分の力でなんとかしろっていうのが、政也さんからの命令だ」
「……そんな理由で、生身の人間に魔法を撃ってきたのか?」
「オレ個人としても、オマエが目障りなんだよ。この間言ったはずだ、彼女の周りをうろつくなと。だがオマエはその忠告を無視した。言葉の通じない奴には、力で躾けるしかないだろう」
随分と無茶苦茶な理論だ。
けどそれ以上に、自分のことにもかかわらず一切発言をしない白久さんの方が気になった。
そんな彼女に疑問の視線を投げかけたことを察知したのか、鼻で笑って見せるラク。
「何も言えないよ、彼女には。選択権がないんだからね」
「選択権が、ない……?」
「キミは本当に何も知らないんだな。彼女が何者かも」
「何者か?」
「彼女は、政也さんの妾の子供だ」
「なっ──」
過去一番の驚きだった。
奴の言葉を聞いた白久さんが、肩を震わせて俯いている。
「そっか、そういうことだったのか……」
色々なことに納得がいった。
どうして彼女が離れに住んでいるのか、お金持ちの家の子供なのに、自給自足のような生活をしているのか。
許可が降りないと本館に入れないことも、さっきの発言も、彼女のこの男に対する反応も。
全てが一つの線で繋がった。
「彼女にとって、政也さんの言は絶対だ。そうじゃなきゃ、彼女はこの場所にいられないんだからね」
そうか、だから彼女は……。
そんな境遇に、思うところはある。
けど、それは彼女自身の問題だ。
今は俺自身が目前に、急務を抱えている。
だから深く息を吐いて、改めて顔を上げた。
「それで、お前は俺を魔法で焼き殺すとでも言いたいのか?」
「その通りだ……と、言いたいところだが。それじゃあ芸がないし、オレは殺人犯になるつもりは毛頭ない。何よりも、そんなやり方じゃ政也さんが認めるはずもないしな」
「だったら、どうするつもりだ」
「こうするのさ」
奴が指を鳴らすと、その背後──入り口から、中川さんが入ってくる。
「三峰様、こちらを」
「俺の刀……?」
「剣をとれ、三峰匠。オレは正々堂々オマエを正面から叩き潰して、彼女の隣に相応しいのが誰かを証明する」
騎士道精神とでも言うべきか、その姿はまさに主人公と呼ぶべき堂々たるものだった。
やろうとしていることも、その動機も、主人公からはかけ離れているけど。
「……いいだろう、それで後腐れがないのなら」
中川さんから刀を受け取って、左腰に携える。
「ちょ、ちょっと待って!」
ようやく白久さんが動いて、俺の元へ。
「ダメだよ三峰君。私のために、そんな戦いをするなんて……」
「それは違うよ、白久さん。これは俺のための、俺の戦いだ」
彼女が奴のフィアンセだとか、妾の子だとか、そんなことはどうでもいい。
ただ売られた喧嘩を買う、それだけのこと。
「でも、白久さんにはこの戦いを見届けてほしい」
自然と口から出たその言葉は、心からの本心だった。
「三峰君……」
「中川さん、彼女を安全な場所へ連れて行ってもらえますか?」
「はい。あちらに観戦スペースがあります。訓練場のシールドが消失しない限りは安全ですし、戦いの最中に立ち入ることもできませんので」
中川さんの視線の先に窓ガラスがあって、その奥が個室になっている。
この体育館みたいな施設、思っていた以上に機能面は充実しているみたいだ。
「晴未様」
「……はい」
名残惜しそうに奥の部屋に連れて行かれる白久さんを見届けて、改めて敵を見据える。
「それで、勝敗はどう決めるんだ?」
「シールドウェアの耐久値がゼロになった方の敗北。これでどうだ?」
「いいだろう」
勝敗を決めるには、シンプルでわかりやすい。
「それじゃあ、始めようか」
首に装着したRMSを起動する。
するとどこからか、ドローンが上空に飛ぶ。
「おい、ちょっと待て。まさかこの戦いを配信するつもりか?」
「当然。ダンジョンストリームを見るすべての人に、証人になってもらう」
こいつ、初めからそのつもりだったな。
俺が無様に負けて膝を屈する姿を、世界中に晒そうってわけか。
「配信を見ているみんな、今日はちょっとしたイベント配信だよ! 場所は明かせないけど、ここは今後ダンジョンに挑む人たちのための訓練場、その実験場だ。今日完成したばかりのここを、最初に使う権利をいただけたから、ぜひみんなにも見てもらおうと思ってね」
ドローンのカメラに向かって喋り始める。
上部に映し出された確認用の画面は、突然のストリームにも関わらずたくさんの視聴者がいて、すでにコメントで溢れかえっている。
「そしてその対戦相手に相応しい人物も招待されている。みんなご存知、たった一人ダンジョンに剣で挑む、最近話題のタクミ君だ」
「…………」
「あらら、挨拶をお願いしようと思ったんだけど、ちょっと難しいみたいだね」
とってつけたような、少なくとも俺にはそう見える笑顔をカメラに振り撒く。
:なんだ、愛想がないぞー
:少しはファンサービスしたらどうなんだ?
:めっちゃ険しい顔してて草
:それとも緊張で動けないとか?
:あのラク様を前にしてるんだから、当然だけどね
チャット欄はすでに盛り上がっている。
この戦いに、どんな意味があるのかも知らないで。
「さてと、あんまりダラダラと長話しても仕方がないから、そろそろ始めようか。このコインが地面に落ちたら、勝負開始だ」
ポケットから一枚のコインを取り出して、俺やカメラに見せる。
こちらも鞘から刀を抜いて、構えた。
「それじゃあ、始めよう」
指で弾かれて、コインが宙を舞う。
やがて重力に従って地面に落下、キンッと音を鳴らした。
*
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