第16話「時を置かずして、再びの邂逅」

「ほへひひへほ、へんほうははひほひへほふへはへはへ」


「……なんて? 口にものを入れて喋るな。あと箸を向けるな」


「んぐっ。それにしても、面倒な人に目をつけられたね、タクミ」


「……朔也もそう思うか」


 どうせ朔也のことだから、昨日の配信を見て、俺が炎蛇ラクと険悪な空気になったのも察したのだろう。


「コメントじゃ誰も気づいてなかったみたいだけど、タクミが白久さんのフォローに入ろうとした時、あの人タクミも狙ってたよね」


「あぁ」


 あんな形で敵意を向けられるのは、流石に予測できなかった。


「一体何をしでかしたのさ、タクミ」


「ちょっと待て、なんで俺が何かをした前提なんだ」


「だってタクミだし」


「説明になってない」


  お前は俺を罵倒しないと気が済まない病気にでもかかってるのか?


「けどさ、タクミ。炎蛇ラクは、ダンジョンストリームの最新人気ランキング一位の人だよ? それに超有名アーティスト、影森楽かげもりらく。そんな人から恨みを買うとしたら、タクミに理由があるとしか普通思えないってば」


「アーティスト?」


「……タクミさ、もう少し世間のことは知っておこうよ。ほら、ちょうど今」


 朔也が指差す先、スピーカーから流れるお昼休みの放送。ちょうどイントロが始まった。


「これがあの人の曲だよ。彼はシンガーソングライター。自分で作詞作曲して、自分で歌ってるんだ」


「へぇ」


 一旦会話を止めて、曲に集中するが。


「……少なくとも、俺の趣味には反するかな」


 曲の良し悪しというものが全くわからないから、そういった批評をするつもりはない。


 ただ俺の感性には合いそうにない、それだけだ。


「タクミはそう言うと思った。でも今彼は、日本でもトップクラスに人気なアーティストなんだよ。しかも昨日はゴールデンタイムの番組で生出演、生演奏してたし」


「ふーん?」


 それでさっさと帰ったってわけか。


「それだけ忙しかったら、滅多にダンジョン攻略に出てこられないよな。でもダンジョンストリームの人気は、二番手だったんだな」


「そう、そこだよ。彼は音楽活動であんまりダンジョン攻略には顔を出してなかった。それでも二位になる人気と、それだけの実力がある。タクミはそれを生で見たんでしょ」


「そうだな……」


 人柄や性格はともかく、実力は間違いなく本物だ。


「で、話を戻すけど。なんでそんな人に、タクミは目をつけられてるのさ。あの作戦、間違いなくタクミを活躍させないためのものだったよ」


「だろうな」


 自分が最前線に立って注目を集めるだけでなく、俺を残敵処理に甘んじさせて、活躍を牽制する。


 普通の人なら気づかない、強かな策だ。


「俺はあの人と面識は一切ないからな。昨日が初対面だったわけだし。むしろ関係があるのは、俺じゃなくて」


「白久さんの方?」


 二人には面識があって、何かしらの因縁があるらしい。でも、


『……三峰君には関係のないことだから』 


 そう言われて、はぐらかされてしまった。


 人のプライベートに踏み入るつもりはないから、それ以上は追求しなかったけど。


「でもそれだったら逆に、あの人がタクミに目をつけてる理由はわかってるんじゃないの?」


「…………」


 奴は白久さんのことを、名前で呼んでいた。


 その事実だけを見れば、白久さんと奴はかなり親しい間柄ってことになる。


 白久さんは、奴のことを快く思っていないみたいだけど。


「……つまりは、俺が白久さんと一緒にいるのが面白くないんだろ」


 別れ際、似たようなことを直接言われたしな。


「だろうね。それで、タクミは日本有数のアーティストを相手取るつもり? 今回ばかりはいくらなんでも、無謀がすぎると思うけど」


「別に相手取るとか、そんなことを考えてるつもりはないんだが」


「タクミはそう考えていても、向こうはそう考えていないんじゃないかな? このままだと、いずれまたタクミの前に、彼の方から出てくる」


「……だろうな」


 また朔也が変な予言をしていると、普段なら笑い飛ばすところだけど。今回ばかりはそうもいかない。


「せっかくだからこの間の相談に対して、僕の意見を言っておくよ。どうせタクミのことだから、炎上してばっかりの自分が白久さんと一緒にいたら、彼女にまでその波が及ぶんじゃないか、とか考えてるんだよね?」


「う……」


「ほら図星だ。でもそれって裏返せば、白久さんと戦うことを心の底から受け入れてないってことだよね?」


「そんなことは……」


「嘘だね。じゃなかったら、今みたいにウジウジ悩んだりしないよ」


「…………」


「あの日タクミは生きていく術を失いかけて、新しい道を白久さんに提示してもらった。それに乗るかどうかを選ぶことは、確かにしたのかも知れない。けど、半ばその道に乗るしか選択肢がなかった。そんなところでしょ?」


 ……そうかもしれない。


 あの日白久さんの手を握ったのは、確かに俺の意思だ。


 でもその半分くらいは、状況に流されてと指摘されたら、否定するのは難しい。


「タクミはどうしてダンジョンストリーマーをしてるの? 目的は? 配信を見ている人たちに、なにを見てほしいの?」


「…………」


 答えられなかった。


 ダンジョンに挑む理由はちゃんとある。でもそれはダンジョンストリームを頑張る理由とは違う。


 じゃあ俺は、ダンジョンストリームになにを見出す?


 朔也の言っていることが、生活費がどうとかなんて理由とは全く違うことだけはわかる。


「ま、その上でタクミが白久さんとこれからも一緒にいるか、それとも白久さんと距離を置くか。どちらを選ぶのかはタクミ次第だ。でも、タクミが選んだ道を後悔しないことだけは願ってるよ」


「選択……」


「ま、大いに悩むといいよ。今のタクミには、その時間こそが必要だ。みんなどんなにカッコつけたいって思っても、そこに至るまでにカッコ悪いところが必要だからね」


「……無責任なことを」


「そりゃ、自分のことじゃないからね」


「やれやれ……」



     *



 朔也に言われた、どんな決断をするのか。


 棘が刺さったように心の奥に言葉が残り続けているものの、それに対する答えを見出せないまま数日が過ぎた。


「三峰君、ちょっとついてきて」


 そんな土曜日、朝食を食べ終えて剣でも振ろうかと悩んでいた時に、白久さんが部屋まで訪ねてきた。


「いいけど、どこにいくんだ?」


「本館だよ」


「本館?」


 白久さんにここへ連れてこられてから、一度たりとも近づいたことがない場所。


 そもそも立ち入ること自体が許されていない。


 白久さんですら、許可がないと本館には入れないらしい。


 どうして彼女がそんな扱いをされているのかはわからないままだけど。


 そんな本館に、白久さんの後について入ると、そこは離れ以上に豪華絢爛な装飾で埋め尽くされた空間だった。


「あんまり驚かないんだね」


「いやもう、一周回って感覚が麻痺してきた」


「あー、わかるな。その気持ち」


「白久さんでも?」


「そうだよ。私だってここにはあんまり来れないからね……っと、こっちこっち」


 白久さんが指す方は、地下へと続く階段。


 一体どこに連れて行かれるのかと思いながら彼女についていくと、何やら広い空間に出た。


 彼女がホログラムを操作するとバチンッと音がして、電気が点灯する。


「これは……」


 学校の体育館に勝るとも劣らない、巨大な空間。


 まさか地下に、こんな場所があったなんて。


「ここはね、訓練場だよ」


「訓練場……?」


「そう、ダンジョン攻略のための訓練場。魔法を使ってもいいように、床と壁、天井にシールドウェアを応用した防御術式が組み込まれてるの。今後全国に訓練場のシステムを普及させるため、その実験として作られた空間がここなの」


「へぇ、確かにいい施策だと思う」


 確かに今、ダンジョン攻略をするにあたって、自身の力量を測ったり高めたりする場所は存在しない。


 即実戦となれば、たとえ覚醒者といえど足踏みをしてしまう人は一定数いるはずだ。


 でも先に自分の力を訓練できる場所が存在すれば、ダンジョン攻略者に挑もうとする人は増えるだろう。


「今日ようやく完成したから、その実験で三峰君にも使ってもらおうと思って」


「それは嬉しいけど、訓練って具体的には何をするんだ? 俺は魔法を使えないから、防御術式の耐久値を測りたいとか、そういうのには役に立てないけど」


「わかってるよ。三峰君にお願いしたいのは、私と戦ってほしいの」


「は、はい? 白久さんと、戦う?」


 なんでそういう話になる?


「前に言った、条件の二つ目。覚えてる?」


「自分を強くしてほしいって……。それと白久さんと戦うのに、なんの関係が?」


「三峰君って、私のこれまでのダンジョン攻略の配信も全部見てるんだよね?」


「え? た、確かに全て閲覧済みだけど……」


「それと、ここ最近一緒にダンジョン攻略をして、私の弱点とかも全て把握してるんじゃないかなって。だからその弱点を埋めるために、私と戦ってほしいの」


「あ、あぁ! わかった、つまり相掛かり稽古をしてほしいってことね」


「うん、そうだよ」


 ビックリした、てっきり何かやらかして、白久さんのことを怒らせたのかと思った……。


「三峰君?」


「い、いや、大丈夫。……けど前にも言ったけど、白久さんに弱点っていうほどのものはないと思うけどね」


 白久さんのこれまでの戦いを脳内で再生するけど、彼女が参加した戦いで彼女が苦戦したという記憶はほとんど見当たらない。


 しいて言えば、この間のラガッシュとかスチームダイナがそうかもしれないけど。


 ただラガッシュに関しては、あんな圧を真正面から受けて怯まない人なんて普通はいないし。


 スチームダイナに至っては、正面から戦って勝てる人なんて、今のダンジョン攻略者にはほとんどいない。


「でも三峰君が今の私と戦ったら、三峰君が圧勝すると思う」


「それは、なんとも言えないかな」


 俺も万能じゃない、弱点は明確に存在する。


 そこを突かれてしまったら、俺が勝つ可能性は極めて低いものになるだろう。


 それに白久さんの本気は他の攻略者と、文字通りレベルが違うからな。


「でも、白久さんの考えは理解した。俺でよかったら協力させてもらうよ」


「ありがとう三峰君! それじゃあ早速──」


「いや、キミがそんなヤツに教わることなんて何もないよ」


「「⁉︎」」


 突然入り口から声がして、二人で振り返ると。


「や、こんにちは。晴未」


「炎蛇、ラク……」


 思わぬ人物が、そこにいた。



     *



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