第15話「新・人気ランキング一位の男」
「この時間だと、集まりは微妙か……」
同じ制服だと色々と問題になるという中川さんの指摘を受けて、白久さんは私服に着替えることに。
だから俺は制服のまま先に現場に入って、状況を確認していた。
「今のところ、俺と白久さんを入れて六人」
ダンジョンは夜に発生しやすい傾向にあるが、今回みたいに昼間でも、朝に発生することもある。
だから時間帯によっては、ダンジョン攻略に集まる人が不十分になってしまうこともしばしば。
今回は小規模ダンジョンだから、十人は欲しいところだけど、ちょっと厳しいか。
「おっ、おい!」
「あれって!」
そんな時に、他のダンジョン攻略者たちの声が上がる。
白久さんが現れてテンションが上がったのか。そう思って振り返ったら、その予想は外れていた。
「やぁやぁ、どうもみんな。こんにちは」
軽い口調で挨拶をして回る一人の男。服装も装飾品も、何もかも派手で、まさに陽キャと呼ぶべき容姿。
「あいつは、
先日亡くなったグレイストーカーに次ぐ人気ダンジョンストリーマー、ラク。
つまり今、ダンジョンストリーマーとして最も人気のある男。
炎蛇というあだ名は、彼が使う魔法に起因している。
「な、なんでこんなところにラクさんが……?」
「そりゃ、ダンジョン発生の通知が届いたからね。オレもダンジョンストリーマーの端くれ、スルーするわけにはいかないよ」
「さすがラクさん!」
「いやいや、この時間にこうして集まっているみんなだって同じだよ。みんな、今日はよろしく」
他の攻略者と会話しながら、俺と目が合う。
「おや、今をときめく剣士さんと、こんなところでお目にかかるなんて。確か名前は……そう、タクミ君だ」
「……初めまして」
「初めまして、知ってると思うけど、ラクだ。こんなところでキミと会えるとは、予想していなかったけれど、実に幸運だ。よろしく」
「…………」
「あれ、どうかしたかな?」
「あ、いえ。よろしくお願いします」
差し出された手を握り返す。
こんな風に、懇意に接してくる人が、白久さん以外にもいるとは思わなかったから、一瞬困惑してしまった。
「ん? 怪我してるのかな? 大丈夫かい?」
「この程度は問題ありません。迷惑はかけませんよ」
「そうか、なら安心だね」
ダンジョン攻略前に経験したことのない、穏やかな空気が流れる。
「さて、キミがここにいるということは、彼女もここに来ているってことかな?」
彼女、それが誰を指しているのかは、聞くまでもない。
「タクミ君! お待た、せ……」
白久さんの表情が、俺の隣にいる人物を見て、一瞬固まった。
「お、やっぱり来ていたんだね」
そんな白久さんに、にこやかに近づくラク。
「久しぶり、晴──っと、ここではミハルだね」
「……お久しぶりです。影……いえ、ラクさん」
やはり、この二人にはなにかしらの親交があるらしい。
「ごめんね、最近ちょーっと忙しくってさ。なかなか会いにいけなくて」
「……すみません、今はそういう話は」
「確かに、今からダンジョンを攻略しなくちゃいけないし、プライベートな話はするべきじゃないね。こういう話は、またゆっくり時間を作ってしようか」
「…………」
バツが悪そうに目を逸らす白久さん。
そんな彼女の反応を見て、やれやれと肩をすくめるラク。
「さてと、これ以上はメンバーが集まるのも厳しそうだし、オレたちだけで始めようか。今回の指揮はオレが取っていいよね?」
「……はい、お任せします」
「タクミ君、キミもそれでいいかな?」
「構いません。無茶な作戦を立てたりしないのであれば」
「そんなことはしないよ。でも、キミには役に立ってもらおうかな。オレはキミの実力を過小評価するつもりはないからね」
「……やるべきことはやりますよ」
「いいね、そういう仕事人気質な人は嫌いじゃない」
そう言い残して、彼は先に他のダンジョン攻略者の元へ歩いて行く。
「白久さん、大丈夫?」
「うん、大丈夫……」
「無理はしないほうがいい。精神状態の不安定さは、魔法にも影響するんだから」
「……ううん、ここに来たからには、逃げないよ」
「わかった。でも何かあったら、フォローに入る」
「ありがとう、三峰君。それじゃあ私たちも行こう」
彼女の強さは、尊敬に値するな。
でもその強さは、彼女自身を蝕みかねない。
少なくとも、今日の戦いでは敵以上に味方の彼女のことに気を配るべきだ。
そう、心に留め置いて、彼女の後に続いた。
「さてみんな、これからダンジョン攻略だ。今日はオレが指揮を取るよ」
結局この場に集まったのは七人。その前に立って、ラクが演説する。
「七人という数は、普段のダンジョン攻略から見たら確かに少ない。でもオレに加えて、みんなもご存知の通り、氷の女神ミハルさんもいる。さらには、今話題の剣士、タクミ君もだ。一騎当千の二人がいれば、やりようはいくらでもある」
そう聞いた他の面々が、安堵の息を漏らす。
「そこで今回の作戦だけど、オレが前に立つ」
へぇ、自分から前に立つと言うとは。
「え、ラクさん自らですか?」
「何か不満かな?」
「いえ、不満なんてことは……」
「この中でいちばんの実力がある人間が最前線に立つ、当然のことだよ」
同じような疑問を持った人が声を上げるが、説き伏せられる。
「その上で、左側をミハルさん、右側をタクミ君、後方を残った四人で固めてもらう。四方からの攻撃に対応しながら、臨機応変にフォローしていく。何か意見はあるかな?」
「…………」
「不満もなさそうだし、これで作戦は決まりだ。みんな、ディフィートアウト座標の登録は済んでるよね? それじゃあ行こうか」
彼を先頭としてダンジョンのゲートへと進んだ。
「おっと、今日は大軍だ」
ゲートを越えるなり、そこにいたのは大量のゴブリンたち。
「作戦通り、正面はオレが受け持つ。他の方角は頼んだよ」
両指を、ピアノの鍵盤を叩くように動かす。
それに呼応して、彼の頭上に魔法陣が大量に展開して、炎弾が発射される。
「流石に新・人気ランキング一位は伊達じゃないってことか」
自ら前線で戦うと宣言するだけの実力は十分にある。
ならば俺も、自分の役割を果たすだけだ。
けれど、最前線でほとんどのゴブリンを焼き払ってしまう状況。残った敵は少なく、ほとんど残敵狩りの状況だ。
(これは、俺の出番はないな)
後方の四人は本当に仕事がないせいで、背後への警戒はしつつもラクの勇戦ぶりを眺めているだけだった。
それは白久さんも同じで、魔法を撃ち続け敵を掃討していく彼を見るだけだった。
「っ!」
そんな彼女の死角に、ゴブリンが潜んでいた。
「危ないっ!」
「えっ?」
物陰から出てきたゴブリンが、白久さんに斧を振り下ろす。
「間に合えっ!」
しかし俺が剣を届かせるよりも早く。
「ふっ」
二つの炎弾が飛んできた。
一つはゴブリンに直撃し、その身体を焼き尽くす。
そしてもう一つは、……俺に向けて。
「キミは自分の役目を果たしていればいい。彼女のフォローは、オレがする」
……こいつ、やっぱりか。
俺を見つめる瞳。それはさっきまでと違い、冷酷なものへと豹変している。
いやでも、今この状況で、それを口にするわけにはいかない。
「……大丈夫か、ミハルさん」
息を吐いて冷静さを保ちつつ、彼女に声をかける。
「大丈夫。ありがとう、タクミ君」
「集中力が続かないのなら、後ろに下がったほうがいい。その分は俺がカバーするから」
「大丈夫、自分のやるべきことはちゃんと果たすよ」
「……わかった、でも無理はするなよ」
「うん。ありがとう」
そうして一度、彼女の元を離れる。
再び自分の持ち位置へと戻った時、地面が揺れた。
「来たみたいだ」
ゴブリンの大群の後方、三メートルはあろう巨体が地響きを起こしながら近づいてくる。
「やっぱりこのダンジョンのボスはゴブリンキングだったね」
これだけのゴブリンの大群を統べる、その名の通りゴブリンの王。
このダンジョンに入った瞬間から、薄々は察していた。
「やれやれ、随分と遅い登場だ。おかげで余計な労力を割いてしまったよ。だから、ちょっと憂さ晴らしに付き合ってもらおうか」
鍵盤の叩くリズムが変わる。
ラクの背後に現れた八つの火の玉が柱となり、やがて蛇の頭を模倣。
「八岐大蛇。あのゴブリンどもをことごとく滅せよ」
彼が炎蛇と呼ばれる所以の魔法、それが完成しゴブリンたちに襲いかかった。
大蛇の頭が通った場所は火の海と化し、ゴブリンたちはただ焼き尽くされるのみ。
ゴブリンキングも、四つの蛇に取りつかれ、四肢の動きを封じられてその身をじわじわと焼かれる。
側から聞いても苦しんでいるとわかるうめき声を上げながら、ゴブリンキングは炎とともに黒いモヤとなって消えていった。
「これでダンジョン攻略は完了だ」
そこは俺たちをのぞいて、生物の一匹たりとも存在しない焦土と化していた。
「さてみんな、今日はお疲れ様。オレはこの後の予定が詰まっているから、お先に失礼するよ」
ダンジョンが崩壊して、現実世界への帰還を果たしたところで、解散を宣言する。
「ミハルも、またね」
「……はい」
白久さんに笑顔で手を振る。それに返事をする白久さんの返事は、ぎこちない。
そのあとで、彼の視線が俺を捉え、近づいてくる。
やがて俺の横で立ち止まって、
「これが本物の実力だ、オマエのような猿芸とはモノが違う。オマエは晴未にふさわしくない。オマエがこれ以上彼女の周りをうろつくのなら、オレが焼き払ってやる」
「なんっ……」
小声で、そう呟いてから去っていった。
「タクミ君?」
去っていく奴の後ろ姿を眺めていると、いつの間にか白久さんがそばに来ていた。
「……いや、なんでもない。それよりも怪我とかはしてないか?」
「うん、助けてもらったから大丈夫。心配してくれてありがとう」
そんな会話をしながらも、意識のほとんどは去っていく奴のことでいっぱいだった。
白久さんも、その目は俺と同じ方向を向いていた。
*
最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
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