第12話「贅沢な悩みを持つがゆえの……」
「連歌!」
一撃目が敵の攻撃を斬り裂き、二撃目が頸部を切断。
「討伐完了だ」
力なく地面へと倒れ、黒い霧となって霧散していくボスモンスターを背にして、刀を鞘に納めた。
「すげぇ……」
「まじか……」
「ボスをほとんど単独で撃破かよ……」
今の戦いを間近で見ていたレイドメンバーたちが、呆気に取られている。
ここ最近、ダンジョン攻略に挑むたびに、メンバーは同じような反応をするから、もうすっかり見慣れた。
「お疲れ様、タクミ君!」
そんなレイドメンバーたちの中から、ミハルさんが駆け寄ってくる。
「やっぱりタクミ君に任せて正解だったね、あっという間にボスを倒しちゃったし」
「いや、みんながいたおかげだよ」
俺がボスモンスターとの戦いに集中できたのは、レイドメンバーが他の敵の相手を引き受けてくれたからだ。
だからこの勝利は決して自分だけのものじゃないし、この勝利を誇ったりはできない。
「じゃあ、今日も」
「ん? あぁ」
パンッと軽快な音を鳴らして、ハイタッチ。
これはもう俺たちのダンジョン攻略の、そして配信の締めとして既に定着している。
「……ん?」
そうしてミハルさんと仲よさげに会話するたびに。
「なんであいつだけ」
「俺たちだって、ミハルさんと話したいのに」
彼女に気づかれないように、俺にだけ刺さるような視線を投げつけられていた。
*
「ありがとう、三峰くん!」
「どういたしまして」
クラスメイトの女子たちが、俺の机から離れていく。
授業でわからないところがあるからと質問してきたから、答えてあげた。
こういうのは本来、白久さんの役割だったはずなんだけどな。
「やっぱり三峰君って頭いいんだね、テストもいつも二番だし!」
「ちょっと怖いって思ってたけど、話してみたら普通に優しくてビックリした」
「ねー、配信でもそうだけど、普通に顔も悪くないし」
「ちょっと背伸びして慣れてない感じとか可愛くて好きかも」
そんな会話が聞こえてくる。
「どうしたものか……」
なんだかいたたまれない気分になっていると、白久さんがそばにやってきた。
「ダメだよ、三峰君。ため息を吐いた分だけ幸せが逃げちゃうよ」
「だとしたら、俺の幸せってやつはとっくにどこかに消え去ってると思うな」
ダンジョン攻略を始めてからというもの、ため息を吐いてばかりの日々だったし。
幸せに定量なんてものがあればの話だけど。
「それにしても、随分と人気者になったね、三峰君」
「この状態って、人気者って言えるのかな?」
「今まではクラスメイトともほとんど会話してなかったんだから。さっきみたいにみんなから話しかけてもらえるなら、立派に人気者だと思うよ」
「だといいけど」
この間のスチームダイナとの決戦は、ラガッシュの討伐の時と同じだけ話題を呼んだ。
あのスチームダイナを一度のレイドで、しかもたった十人で攻略。
誰も成し得なかったこの功績は、大ニュースとして世界を駆け巡った。
その中心にいた白久さんの配信は当然大バズり、再生数は一夜にして三百万再生を突破。
そして、スチームダイナを倒す作戦を構築し、自ら矢面に立って獅子奮迅の活躍をしたということで、俺の配信は白久さん以上に再生数を稼いでいる。
:は、何言ってんだこいつ?
:そんな作戦であのスチームダイナを倒せるわけないだろ
:だいたい剣士が立案した作戦じゃ、彼らを運用できるはずないだろ
:これは全滅不可避
:ミハルさんまで巻き添いにするとか許されないんだが?
:ミハルさんの枠で紹介してもらったからって、調子乗りすぎ
:死にたいなら一人で突っ込んで勝手に死ねよ
最初のうちは、俺の立てた作戦に文句をつけるだけだった生配信のチャット欄だったが。
:は?
:こいつ、レーザーを斬った?
:斬ってるし、かわしてるぞ……
:こいつ本当に人間か?
:ロボットの間違いだろ、こんなのあり得ない
:こいつの正体ター◯ネーターかなんかだろ
:ダンジョンにシュ◯ルツェネッガー現る
俺とスチームダイナとの戦闘に、誰もが度肝を抜かれていた。
あと、俺はロボットでもター◯ネーターでも、シュ◯ちゃんでもない。
:うおぉぉぉぉぉ⁉︎
:やりやがった‼︎ マジかよこの野郎ッ、やりやがったッ‼︎
:マジで十人でスチームダイナを倒しやがった!
:一体どうなってんだよ、こいつの頭脳は
:この間グレイストーカーを殺したあのボスを倒したのは、マグレじゃないのか?
スチームダイナを討伐した頃には大盛り上がりだった。
チャンネル登録者数も五十万人を突破したのだから、あの戦い自体は上出来だっただろう。
それにあの日以降、朔也以外の人に学校で話しかけられる機会も増えた。
さっきのような勉強を教わりにきたり、ダンジョンのことを聞きにきたり。
それ自体はすごくいいことだと思う。が、
:結局こいつ、ミハルさんのなんなの?
:ミハルさんのチャンネルで個別で紹介されるとか、調子乗りすぎだろ
:いくら彼女を助けたからって、単なるマグレだろ?
:なんで個別通話してんの? 意味わからん
:ミハルさんに心配をかけさせるとかクズ野郎だな
:次ダンジョンで見かけたら、後ろから魔法で焼き殺してやる
日を追うごとに、俺が白久さんと親しくしていることに対するアンチコメントが、どんどん増えていっている。
そりゃみんなのアイドルに男の影が見えたら嫉妬心が湧き上がると言うのは、わからなくもないけど。
別に俺は戦いを共にしている、言うなれば協力者のようなもので、彼らが想像するやましいことは何一つない。
……前にそうコメントしたら、とんでもなく炎上したけど。
ただ配信コメントだけだったら、無視を決め込んでしまえばいい。
「…………」
でも直接投げつけられる視線までは無視しきれない。
今も、白久さんが俺の席まできて話しかけてきたところを見て、仲の良さを妬んだクラス内外の男子たちが、眉間に皺を寄せながら俺のことを睨みつけてくる。
ダンジョンでもそうだったのに、学校でさえもこれじゃ、気が休まる場所がない。
「どうかしたの?」
「い、いや。なんでも」
さて、どうしたものか……。
*
「そんな贅沢な悩みに、僕が答えられるわけないでしょ」
お昼休み、食堂で向かいに座った朔也の最初の返答はこれだった。
「贅沢って、なんでそんな話になる?」
「いやいや、何も分かってないのはタクミの方だよ」
「箸を向けるな箸を」
口に啜った麺を飲み込んでから、朔也が言葉を続ける。
「タクミは白久さんが、これまで何回告白されたか知ってる?」
「そんなこと知るわけないだろ」
「だろうね。高校生になってからしか知らないけど、百回は超えてる」
「ってことは、大体三日に一回くらいのペースってことか……」
それは大変だろうな、白久さんも。
「あの完璧な容姿に、人当たりの良さ。しかもダンジョンストリーマーとしても人気者。勘違いする男が毎日量産されるってわけだよ」
「勘違いねぇ」
「でもその告白を全て断ってきた彼女が、ここにきて一人の男子と親しくし始めた。そんな人が現れれば、嫉妬されるのも当然だって思うよ」
「そりゃわかるけどさ」
「それも相手がタクミだって言うのがね。今まで成績は優秀だけど、ダンジョンに剣で挑むような変人って言うのがタクミに対するイメージだった。だからみんな下に見てたんだよ」
「…………」
流石にそこまで言われると色々と言いたくなるけど、事実だから一旦黙っておこう。
「そんなタクミが急にダンジョン攻略で活躍しだして、白久さんとも仲良くして、オマケに女子からモテるようになった。自分より下だって見下してた奴にそんな急な変化が起こったら、誰だって面白くない。だからタクミの現状は、当然だとしか言えないね」
「それくらいは、わかってるつもりだけどな……」
「いーや、わかってないね。だから僕個人の感情を言うと」
「朔也の?」
「なんでタクミがあの白久さんと仲良くしてるんだよ。それに他の女子からもモテ出したのもなんかムカつく。とっとと失態を見せて失望されちゃえばいいんだよ」
「おいコラ!」
しれっとひどいことを言いやがって。
「ま、タクミがどれだけダンジョン攻略で最強を誇っても、人の心までは操れないってことだね」
「……同感だな」
賛成したのは、後者の意見に対してだけ。別に俺は、最強でもなんでもない
「大体、タクミ自身が中途半端な立ち位置にいるのも良くないって思うな」
「中途半端?」
「白久さんとのことだよ。ダンジョン攻略と学校生活、公私共に親しくしてる。でも付き合ってるってわけじゃない。そりゃ嫉妬心も燃え上がるってものだよ」
「そんなこと言われても」
「だからぶっちゃけて聞くけど、タクミは白久さんのこと、どう思ってるのさ」
朔也が大声で叫んだせいで、周囲の注目が一斉にこちらに集まる。
「どうって……恩人?」
「いや、そんな返答を求めてるんじゃなくて。白久さんのこと、恋愛的な意味で好きじゃないの?」
「いや別に、そんなことはない」
「即答しないで、もっとちゃんと考えて!」
「えぇ……」
そう言われてもな。
確かに白久さんは、今まで俺みたいな人にも分け隔てなく話してくれた。
そういう部分には、素直に好感を抱く。
それに、彼女には恩がある。いつ返し切れるかもわからない恩が。
だからその恩には、全力で報いたい。
結局それが、彼女と共にダンジョン攻略を続けている理由なのだけど。
でもそれらを加味しても、別に彼女のことを恋愛的に好きかと言われると。
「やっぱり、そんなことはない以外の返答はないな。クラスメイトで同じダンジョン攻略者だから、話が合うだけだ」
「ガックシ」
擬音を口にしながら項垂れる奴は初めて見た。
同時に、周囲からの視線の当たりが、なぜか一層強くなった。
「無自覚ってことなのかなぁ……あ」
「?」
「それとも、昔一緒にいた女の子のことを忘れられないとか?」
「…………」
「あ、あれ? もしかして、図星?」
「……そんなんじゃないよ。ごちそうさま。それじゃあ先に戻ってるよ」
「はいはーい」
お盆を返却口に返して、出口へと向かう。
「ん?」
その時に、クラスメイトの女子と一緒に昼食をしていた白久さんと目が合った。
けれども俺を見るなり、なぜか頬を膨らませてそっぽを向く。
「……?」
何か怒らせるようなことをしただろうか?
まぁ、彼女にも不機嫌な時くらいあるか。
スチームダイナを倒した後の帰り、つい車の中で寝てしまって、起きたら何故か不機嫌になっていた。
彼女だって一人の人間なんだし、そういう時くらいあるだろう。
考えても仕方なし、そう結論づけて一人食堂を後にした。
「おい」
教室への帰り道、俺の行手を阻むように三人が立ち塞がる。
校章のピンバッチの色からして、三年生の先輩。
「……なにか?」
「ちょっとついてきてもらおうか?」
背後にも、三人が退路を塞いでいる。
「予鈴がなるまでなら構いませんよ」
「それは保証できないな、お前次第だと言っておこう」
「……わかりました」
ぜひ断りたいところだけど、とてもそんな雰囲気じゃないし、ここで抵抗したら他の人たちにも迷惑がかかる。
今は大人しく、連れて行かれるのがいいだろう。
*
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