第11話「正当な評価と謝罪」

「…………い」


「いよっしゃあぁぁぁぁぁっ!」


 元の世界に戻って来たレイドメンバーたちに、歓喜の声が響き渡った。


「やった! やったんだよな俺たち、あのスチームダイナを!」


「あぁ! 俺たちだけであのバケモノを倒したんだ!」


「間違いなく今日の配信は大バズりする!」


 肩を組んだり握手をしたりして、レイドメンバーたちはこの戦いの勝利を分かち合っていた。


「タクミ君!」


「ん?」


 最後、俺の手を引っ張り上げてくれたミハルさんが、手のひらを向けてきた。


「ハイタッチだよ、ハイタッチ」


「あ、あぁ。そういうことね」


 激戦の後で気が抜けているのか、頭の回転速度が低下してる。


「じゃあ……」


 俺も手を上げると、そこにミハルさんが手を打ち付ける。


 パンッと、軽快な音が響いた。


「あ、そうだ。配信」


 俺たちの姿をずっと映していた一機のドローンが、そばまで近寄ってくる。


「それじゃあみんな、今日の配信はおしまいにするね。ここまで見てくれて本当にありがとう。また次回もよろしくお願いします。ほら、タクミ君も!」


「あ、えっと……。今回のストリームの高評価とチャンネル登録、よろしくお願いします。それでは、また次の機会に」


 白久さんに言うように練習までさせられた締めの言葉を口にしつつ、RMSのホロディスプレイを操作して配信を終了した。


「ふうぅ……」


 溜め込んでいたものを、思い切り吐き出す。


「お疲れ様、大丈夫?」


「いや……色々な意味で緊張したから」


「そうだよね、でもダンジョンストリーマーとして本格デビュー一戦目としては、最高の出来だったよ」


 ダンジョンストリームのアイドルに、そう手放しで褒められるのなら、頑張った甲斐があったな。


「ちょっといいか」


 二人で盛り上がっているところに、戦勝に沸いていたレイドメンバーたちが近づいてきた。


 さっきまでと違って、少し渋い顔をする彼らに警戒する。


 しかし彼らから告げられた言葉は、俺たちの予想に反していた。


「すまなかった」


「へ……?」


 一斉に頭を下げられて、むしろこっちの方が動揺してしまう。


「君の言葉を疑って、あまつさえ罵倒の言葉を並べた。君がいなければ、俺たちは間違いなく全滅していたはずだ。だから、許してほしい」


「…………」


 まさか頭を下げられるなんて。


 困惑する俺の肩に、ポンと手を乗せてくるミハルさん。


 振り返る俺に、笑顔で頷く彼女を見て、少しばかり冷静さを取り戻す。


「頭を上げてください。みなさんがいなかったら、この勝利は得られなかったかもしれないんですから」


「すまない、ありがとう……」


「ただまぁ、人を見た目で判断することは、今後控えるようにしてほしいですね。俺はともかく、他の人からは不快を買うでしょうから」


「……そうだな。君の言うとおりだ」


「それに、俺なんかより強い剣士はいくらでもいるので」


「いやいや……君より強い剣士とか、想像できないんだけど」


「あのスチームダイナのレーザーを斬り飛ばせる剣士なんて、他にいるとは思えないが……」


 それもそうか、こればかりは知識の差だからな。


「いつか俺以外の剣士に会った時には、下手な言葉をかけたりしないようにしてくださいね。真っ二つにされますよ?」


「お、おう……」


「それじゃあ、またどこかのダンジョン攻略で」


 皮肉を込めた注意喚起だけして、その場を離脱した。


 

     *



「ふー……」


 帰り道、白久さんの車に乗り込んで、ようやく緊張の糸がほぐれた。


「お疲れ様、三峰君」


「白久さんこそお疲れ様。配信、色々してくれてありがとう」


「ううん、三峰君がいなかったら今回も大変なことになってたかもしれないから」


 白久さんとは、こんな会話をしてばっかりな気がするな。


「でも良かったね、みんな三峰君のこと見直したって思うよ」


「あの人たちはね」


 自分の命が救われたのだから、これ認めざるを得ないという部分もある。


 この配信を見ている人たちが、同じように見直してくれているかどうかは、また別の問題。


「まだまだ、これからだ」


 今日のことを偶然だと思われないようにするためには、これからの配信が大切だろう。


「それにしても、よくあんな作戦を思いついたね。それに、スチームダイナの弱点も知ってるなんて」


「過去四回の配信を見て、こうなんじゃないかって仮説は立ててたから。その仮説が確信に変わったのは、今日実際に対峙してみてだけど」


「なるほど。昨日の夕方とか、ずっと配信を見てるなーって思ったけど、モンスターの研究をしてたってことなんだね」


「研究なんて大袈裟なことはしてないけど。でも、ダンジョン攻略の配信はできる限り目を通すようにはしてるかな」


 過去の戦いを見つめることは、未来の戦いを予測することになる。


 当たり前のことだけど、その本質に気づいて実行している人は、そう多くはない。


「でもスチームダイナが最後に出現したのは、一年以上前なのに、よくそんなハッキリと覚えてたね」


「たまたまだよ。部隊を全滅させた敵だから、印象に残ってたのかも」


「確かに。でもすごい記憶力。三峰君が定期試験でいつも二番にいるのも納得した」


「それは白久さんもでしょ、学年主席さん?」


「なんだか嫌味に聞こえるなぁ。でも試験の内容はともかく、一年以上前の戦いの様相を鮮明に覚えてるのは、やっぱりすごい記憶力だって思うよ。私はそんなことできないもん」


「それも嫌味に聞こえるけど」


「もしかして、三峰君の強さの秘訣は、記憶力だったりする?」


「…………」


「その沈黙は、肯定ってことかな?」


「……記憶力がいいだけで強くなれるわけじゃないよ」


「それもそっか。テストでも、覚えてることをちゃんと活かせないとだしね」


 そう、覚えることなんて誰にでもできる。だからそれを活かす才幹がなければ、意味がない。


『匠の記憶力はすごいし、それを従前に使う才能もある。だからそれを伸ばす努力を惜しむなよ』


 親父にそう言われたし、だからこの力を伸ばすことを怠った日は、今日まで一度もない。


『けどな匠、お前の力は危険と表裏一体だ。だからその力は、みだりに使ったりしないようにな』


 その後に続いた言葉の意味を、俺は最初全く理解できなかった。けど、


『やだよ、どうせ三峰には負けるし』


『三峰と一度でも戦ったら、二度と勝てないんだもん』


『強すぎて、相手にならないし。楽しくない』


 少しずつ周囲から友達がいなくなって、ようやくその言葉の重みを知ることになった。


『匠、今日も私と相がかり稽古よ』


 たった一人だけ、それでも一緒にいてくれた人がいたな。


 でも、最後には結局……。


 あの人は今、どうしているんだろうか…………。



     *



「三峰君?」


 気がついたら隣の席で、寝息を立てていた。


「無理もないよね」


 朝から彼を連れ回して、慣れないことをさせてしまった。 


 その上ダンジョン攻略に行って、あのスチームダイナと戦うことになってしまったのだし。


 しかも一人身を晒して、囮役を買って出て。


「……無茶のしすぎだよ、三峰君」


 そう、無茶のしすぎ。


 さっき会話した時、うまく言葉にできなかったのは、まさにそれだ。


 ラガッシュと名乗ったあのボスモンスターに、たった一人で立ち向かったり。


 スチームダイナに真正面から戦うようなことをしたり。


 自分の命を顧みずに、彼は戦っている。


 それは誰にでもできるわけじゃないすごいことだけど、すごく危険なことだ。


「もっと、自分のことを大事にしてよ」


 そう思わずにはいられない。


 でもそれだけ、彼にはダンジョンで戦うことが大事だということでもある。


 覚醒者でありながら魔法が使えない。だから剣を携えてダンジョンに挑むなんて無謀なことをして、周囲からの批判を一身に受けて。


 それでもなお、彼はダンジョンに挑み続けている。


 そうまでして、彼が戦う理由はなんだろうか?


「いつか、聞いてもいいかな?」


 寝ている彼に問いかけても、返答はない。


 それに、この質問はアンフェアだ。


 だって私も、ダンジョンに挑む真の目的を彼に打ち明けてないのだから。


「けど、記憶力か……」


 一年以上も前のことをしっかりと覚えているなんて、やっぱり相当な武器だって思う。


 普通はそんなこと、できないんだから。


「……ん?」


 ちょっと待って、一年以上前のことを、それだけ鮮明に覚えてるってことは。


 ここ数日にあった出来事なんて、もっとハッキリ覚えてるはず。それも、昨日のことなんて。


「ってことはだよ?」


 昨日の朝、お風呂で三峰君と遭遇してしまった。それも……全裸で。


 あの時のことを、三峰君は忘れるどころか、完璧に覚えてるってことじゃ。


「〜〜〜〜〜‼︎」


 顔が熱くなっていくのがわかる。


「ちょ、ちょっと三峰君! 今すぐ起きて説明してってば!」


 深い眠りについてしまった彼が起きたのは、車が離れに到着してからだった。



     *



最後まで読んでいただき、ありがとうございます!

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