第10話「剣士による戦闘指揮」

 紅月が照らす戦場に踏み込んで、十分が経過。


「……敵、出てこないね」


 ボスモンスターはおろか、雑魚敵さえも姿を現さない。


 普通だったら今頃は戦闘が始まっているはずなのに。


「敵はくる、必ず。とにかく今は周囲を警戒して──」


 言うが早いか、周囲に轟音が響く。


「──来たみたいだ」


 噂をすればなんとやら。


 敵が近づくにつれてその轟音が、地面の振動も強くなっていく。


「……おい、ちょっと待て」


「嘘、でしょ……」


 向こうから近づいてくるモンスター、それが何者かに気づいた人から、顔を青ざめていく。


「ここでこいつが出てくるのかよ……!」


「……スチームダイナ」


 高音の蒸気を身体中から吹き出しながら、五十メートルはあろうかという図体を二本の足で支える、恐竜のような見た目のモンスター。というよりかは、見た目はゴ◯ラに近いか。


 ギョロッとした奴の目が、やがて俺たちを捉える。


「っ、みんな! 急いで建物の中に入るんだ!」


「は?」


「へ?」


「何言って……」


「いいから早く!」


 俺の形相に驚いたのか、みんな急いで左右のビルの中に入っていく。


 が、動き遅れた者も当然存在して。


「まずい!」


 スチームダイナは逃げ遅れた人に目の焦点を合わせ、顔の前に光を収束させていく。


「やらせない!」


 収束した光が、一束のレーザーとして放たれる。


「うわあぁぁぁぁ!」


天乃羽衣あまのはごろも!」


 彼の前に出て、防御を展開。


「お前……」


「いいから! 早く中に!」


「す、すまない!」


 背中にいたやつが、確実に建物の中に入って行くのを見届ける。


「ぐっ!」 


 天乃羽衣。自身の魔力を一極集中させ、シールドウェアよりも強靭な衣を作り出す、俺が編み出した唯一の防御術。


 その衣がレーザーを一時的には止めたものの、光と熱がじわじわと防御を侵食する。


「これ以上は持たない……」


 防御を手放して、後ろへと全速力で下がった。


 手放された防御はあっという間に光に飲み込まれ、俺がいた場所は焼き尽くされる。


「ぅわっ⁉︎」


 地面へ着弾した衝撃が全身を襲い、爆風と熱波に吹き飛ばされた。


「っつ……」


 全身が地面に打ちつけられたが、かろうじて頭は守った。 


「三峰君!」


 ミハルさんの声に、ハッとする。そうだ、奴はまだ俺を視界に捉えている。


「くっ!」


 急いで身体を捻って、その場から離れる。


 そこに再び光の柱が降り注ぎ、衝撃が襲ってくる。


「このまま!」


 今度は吹き飛ばされたその勢いを利用して、近くのビルの窓ガラスを蹴り破る。


 急いで柱の影に入って、やつの視界から姿を隠した。


「…………」


 俺の姿を見失ったスチームダイナは、一瞬立ち止まったが、再び前へと歩き出した。


「……今ので耐久値の半分以上を持ってかれたか」


 自分の状態を検める。


 幸い五体満足で、全身擦り傷だらけというくらい。


 ただ、午前中に買った服は泥だらけになってしまった。


「三峰君! 応答して三峰君!」


 RMSにある通信機能で、ミハルさんが大声で呼びかけてきた。


「もしもし、こちらタクミ」


「大丈夫⁉︎ 怪我とかはしてない⁉︎」


「あー、まぁなんとか。擦り傷だらけだけど」


「そ、そうなの……?」


「それよりも悪い。服、ダメにしちゃったかも」


「そんなのどうだっていいよ! よかった……三峰君が無事で……」


 インカムの向こうで、今にも泣き出しそうなミハルさん。


「大丈夫、それとここではタクミだから」


「あっ……」


 口を塞いだ仕草をしたのが見えなくてもわかる。


 俺の実名を叫んでしまうくらいには、気が動転してたってことだろう。


 心配をかけてしまって、悪かったな。


「さてと……みなさん聞こえますか」


 ミハルさんとの個人通信から、この場にいるダンジョン攻略者全員への通信に切り替える。


「あ、あぁ……聞こえてる」


 さっきまで俺に冷たい視線を向けてきた連中の声が、みんな弱く小さい。


「今の攻防でディフィートアウトした人はいますか?」


「いや……いない。アンタがいち早く指示を出してくれたおかげで」


「それならよかった」


「その……すまなかった。アンタに守られてなかったら、俺は……」


「お礼を言うのはまだ早いです。アレをどうにかしないと……」


 スチームダイナ、この五年間で二度だけ出現して、そのどちらともレイドを全滅させたボスモンスター。


 レイドが全滅したことを受けて大規模レイドが組まれ、犠牲を厭わずに火力によって押し切る戦法をとって、どうにか倒した過去を持つ。


 奴は動き自体は鈍重だが、その視界に入れた生き物を全てレーザーで薙ぎ払う、凶悪な力を持っている。それも、敵味方関係なしに。


 だからやつの視線から外れて姿を隠せば、攻撃はしてこない。


 奴以外のモンスターが出現していないのも、これが理由。


 モンスターが全然現れなかった、その時点で敵が奴だと気づくべきだった。


「まさかあいつが出てくるなんて……」


「こないだのやつといい、なんで直近でこんな敵ばっかり出てくるんだよ……」


「こんなことなら、くるんじゃなかった……」


 まずいな、戦意が喪失しかかっている。


「みんな! 諦めちゃダメだよ! なにかできることはあるはずだから!」


 そんな彼らに活を入れるべく声をあげるミハルさん。


「ミハルさんにそう言われてもな……」


「アレをたったの十人で倒せるわけ……」


「いや、いける」


「……は?」


「ここにいる十人で、奴を倒す策ならある」


「ふ、ふざけたことを抜かしてるんじゃねぇぞ!」


 インカムから聞こえてくる声が、途端に怒号へと変貌した。


「剣士風情に、そんな妙案思いつけるわけないだろ!」


「そうだそうだ! この間一人でボスを倒してたからって、いい気になるなよ!」


 口々に否定の言葉を並び立てられる。


 結局こうなるのか。まぁ、わかっていたけども。


「ならいい。俺一人で奴を……」


「待って!」


 そんな空気を一刀両断する声が上がって、全員が押し黙る。


「タクミ君のいうことを、聞いてあげて。彼には、この間の敵を一人で倒せるほどの力量がある。そんな彼の策なら、きっと無謀な作戦ではないと思うから」


「…………」


 彼女の訴えに対して、沈黙が支配する。


 けれども、その時間が全員を冷静にした。


「……ミハルさんが、そう言うなら」


 そして、彼らの方が先に折れる。


「タクミ君」


「……わかった」


 深く息を吐いて、血がのぼりかけた頭をリセット。


「スチームダイナ、奴は視界に捉えた生物をあのレーザーで攻撃する。だがそれは逆に、やつの視界さえ奪ってしまえば、攻撃の手は一時的にでも止まる。だからそのために……」



     *



「ふー……」


 息を吐いて、精神統一。


 この作戦は、俺がしくじらないことが肝になる。その重圧が、全身にのしかかる。


「大丈夫だ」


 脳内では、すでに経路を引いてある。あとは俺の力量で、全てが決まる。


「こちら二班、配置完了」


「三班もオーケーだ」


「第四班、間も無く準備完了」


「了解。全員、指定ポイントに奴を誘導するまでは、絶対に物陰から姿を出さないように」


 インカムから聞こえてきた声に、指示を出す。


「タクミ君、聞こえてる?」


 そんな時に、個別通信がミハルさんから飛んできた。


「どうかした? なにか問題でもあったのか?」


「ううん、私はもう位置に着いたよ。それよりも、タクミ君の方こそ、大丈夫?」


「大丈夫って? コンディションは問題ないけど」


「違う、そうじゃなくて……。なんだかうまく言えないんだけど、とにかくタクミ君が心配で……」


「?」


 そんなに心配されるようなことがあるだろうか?


「四班、配置完了」


 全員からの準備完了の報告が届いたため、一旦思考を切り替える。


「話なら後で聞くから、そろそろ始めよう。最終局面、頼んだ」


「……わかった」


 ミハルさんとの会話を中断して、スチームダイナの前に姿を晒した。


 俺の姿を捉えたやつの両目が、俺のことをじっと見下ろしてくる。


 奴から放たれるプレッシャーは、確かに強いけど。


 でもこの程度の圧は、真剣を向け合って相対した時の、あの人たちに比べたらそよ風に等しい。


「かかってこいよ、スチームダイナ。お前にとって俺は路傍の石だとしても、その石が大事故に繋がることだってあるんだからな」


 刀を鞘から抜いて、鋒を奴に向ける。


 敵も再び光を集め、撃ち出す用意を始めた。 


経路追跡Traceroute開始Start──」


 故にこちらも、脳内で思い描いた、敵の攻撃を捌くための経路をなぞり始める。


 敵のレーザーによる攻撃は連射もできるし、防御も容易ではない。 


 しかし絶対に直線上にしか飛んでこないし、かつ必ず俺のいる場所に向けて放つ。


 だから攻撃を避けるのは、実はさほど難しくはない。


 万一避けきれない攻撃だったとしても、


「速翼!」


 こちらの剣技で弾き返してしまえばいい。


 そうして応戦しつつ、少しずつ退いて敵を誘導する。


「もうちょっとだ……」


 集中力を切らさないように自分を鼓舞しながら、未来のエミュレートを続ける。


 自分の残り魔力量とシールドウェアの耐久値が、じわじわと削られていくのを実感しながら、それでも動きを止めずに、剣を振るう。


 俺にできるのは、ただそれだけなのだから。


「あと少し……早くこっちにこい!」


 鈍重なやつをここまで誘導するのは、本当に骨が折れる。けど、ここまで耐え忍んだ。


「ここだっ! 第二段階!」


「「アクアラピッドショット!」」


「「ライトニングブレイク!」」


 俺の声に呼応して、スチームダイナの斜め後ろから、二人ずつが目を狙った攻撃を放つ。 


 俺が囮となって敵をポイントまで引きつけ、敵の視界からギリギリ外れた場所から目を狙撃する、作戦の第二段階。


 両の目を潰されたスチームダイナは、悲痛の叫び声を上げた。


「よしっ、第三段階!」


「「「「グランドコラプス!」」」」


 畳み掛けるように、敵の足元に巨大な穴を空け、奴を奈落へと引き摺り落とす。


 いくら土系の魔法が得意と言っても、一人では五十メートルの巨体を引き摺り込む落とし穴は容易ではない。


 でもこの場には、同じ力を持ったダンジョン攻略者が四人もいる。


 その四人が協力すれば、やつの胴体を沈められるだけの陥没穴を再現できる。


「第四段階!」


 この戦いを決めるのは、ミハルさんの魔法。


 奴の身体からは、熱気と蒸気が常に吐き出されている。 


 あのビームもそれだけの高温で生成されるのだから、それを急激に冷やしてしまえば、やつの動きは止まる。


「ディープ・フリーズテンペスト!」


 形成された落とし穴に、氷が吹雪く。さっきまで蒸気で蒸していた戦場が、一気に氷点下近くまで冷やされた。


 彼女が自己紹介で言っていた、『戦場に降り注ぐ氷の女神』たる所以。


 彼女だけが使う、全てを凍てつかせる氷の魔法。


 しかしそれでも、スチームダイナの高温を凍らせるには足りない。


「イロードアイシクル!」


 それを見て、無数のつららが生み出し、スチームダイナの身体に刺していく。


 つららが突き刺さった場所から、氷が身体を侵食していく。


 自身が生み出す熱気に勝る冷気によって、動きがだんだんと鈍っていく。


「#######‼︎」


 しかし敵も最後の抵抗と言わんばかりに雄叫びをあげ、再び鼻先に光を収束し始める。


「まずい! 離れろ!」


「ミハルさんも早く!」


「っ、だったら……」


「──問題ない」


 ここまで動きが止まっていれば、やつの首を斬り飛ばすのは容易だ。


「速翼!」


 地上から一直線に奴の首元へ跳んで、袈裟斬りでトドメを刺す。


 首から頭が地面に落ちると共に、残った身体共々黒い靄となって、空へと消えていく。


 その煙の中を奈落へと落ちていく。地面まで後どれくらいか、暗闇で全く視界が効かない。


「スツールジャンパー!」


 残った魔力をかき集めて、奈落の底から脱出するための移動魔法を組み上げる。


「届け……!」


 地上の光に向かって、手を伸ばす。


「タクミ君!」


 その手がミハルさんによって強く握られ、みんなの力も合わせて引っ張り上げられた。



     *



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