第9話「ダンジョンストリーマー・タクミ」
「ダンジョンストリーミングを見ている皆さん、こんばんわ。みんなの熱気を昇華して、戦場に降り注ぐ氷の女神、ダンジョンストリーマーのミハルです」
……こういう挨拶って、自分から言っていて恥ずかしくならないんだろうか。
ドローンの前で自己紹介をする彼女を見て、ついそう思ってしまった。
今のは彼女がダンジョン攻略をする前の、自己紹介の口上。
俺には絶対に真似できないだろうな。恥ずか死する気がする。
けど魔法を使う時の詠唱とかも、似たようなものか。俺だって必要もないのに、剣技の名前とかつけてるわけだし。
それを臆面もなくできると言うことは、彼女がストリームに対して真剣であることがハッキリとわかる。いわゆる、プロ根性ってやつなんだろうな。
(いかんいかん)
今後は俺も、同じ熱量でストリームにも挑まなくちゃいけないんだ。彼女のことを見習わないと。
「さて今回のダンジョン攻略ですが、一緒に戦ってくれる人を一人紹介させてください。私からお願いして、今日ここに来てもらいました。つい先日、大規模ダンジョンに出てきたモンスターをたった一人で、それも剣で倒した、ダンジョン攻略の異端児。タクミ君です!」
手招きされて、彼女の横に立って、ドローンのカメラを向く。
「えっと、今紹介してもらったタクミです。どうぞよろしく」
なるべく爽やかに、礼儀正しく。でも重苦しくならないようにサラッと自己紹介をして、カメラの前で頭を下げる。
:こいつが例のやつか……
:なんか、緊張でガッチガチ?
:そりゃミハルさんの隣にいるんだから、当然だろ
:思っていたよりは礼儀正しそうだな
:立ち姿、割とイケメン寄りかも?
:鍛えてそうなのはわかるな。細マッチョ系?
ドローンの上に表示された配信確認用モニターに流れるチャット欄をチラッと見ると、思っていたよりは好印象。
よしよし、今のところは白久さんの作戦通りだな。
*
「と、いうわけで。早速三峰君のダンジョンストリームについての会議を始めます!」
「お、おー……」
土曜日の夜、夕食を終えてから、自信満々に告げる白久さんに、軽い拍手で返す。
「さて、三峰君に問題です。ダンジョンストリーミングで一番大切なことはなんでしょうか?」
「大切なこと……」
少しだけ脳内で思考を巡らせて、
「……愛想とか、見た目とか?」
そう返答する。
「そうだね、その辺りも大切だけど、でも一番大切なことは、みんなに受け入れてもらうこと。そしてみんなを受け入れること」
「受け入れる……?」
「そう。戦うのは確かに私たち、でもダンジョン配信はそれを見てくれるたくさんの人の支えでできてる。私たちダンジョン攻略者は、みんなにとっての希望だからね」
「希望……」
「だからまずは、ダンジョンストリームを見てくれる人たちのことを、ちゃんと受け入れること。いい?」
「…………」
俺が戦うたびに、周囲の人間は批判を口にするし、コメント欄でも罵声を浴びせてくる。
そんな連中のことを、受け入れろと言われても……。
「そう簡単にできないよね、特に三峰君は大変だって思う。でもその気持ちはわかるよ、私も同じだったから」
「……そっか」
彼女は、ダンジョンストリームのシステムが構築された頃、黎明期からの配信者。
だから最初のうちは、批判も多くて大変だったって聞いたことがある。
それでも折れることなく配信を続けて、今の地位にある。
「大丈夫、私も一緒にいるから。もし辛かったら、私の胸の中で泣いていいよ?」
「……いやそれは別にいい」
「なんでっ⁉︎」
そりゃ白久さんの胸で泣けるなんて、魅力的すぎる提案だとは思うよ?
でも流石に情けなさすぎるから、勘弁してほしい。
「何か不満でもあるの?」
「いや不満とか、そういうんじゃなくて……」
そうやって豊満な胸を強調しないでほしい、目のやり場に困るから。
「でも、少し気分は晴れたかな。だから白久さんのことを信じてみることにするよ」
「よかった。じゃあそれを前提として、さっき三峰君が言った、愛想とか見た目とかの具体的な話になるんだけど……」
彼女にとってはこっちの方が本題だったのか、さっきよりも気合いの入り様がすごかった。
「最初は私の配信に呼ぶ形で、私と一緒に配信に映ってもらう方がいいね。で、挨拶だけど、いきなり馴れ馴れしい感じにするのは、三峰君のキャラ的にも合わないだろうか、逆に礼儀正しい感じにしよう」
俺の配信に対するブランディングの話から始まって、配信における基本的な注意から徹底的に叩き込まれる。
「そうだ、そもそも三峰君ってティーシャツだったり、果ては制服だったり。服装全然安定してないよね?」
「それは単に、一昨日ボロボロになった一着しか私服を持ってなかったから。学校から直接バイト先に行って、そのままダンジョン攻略に呼ばれたりもしてたから」
「…………」
「え、そんなに驚くこと?」
「……行こう三峰君。服を買いに、すぐ」
「へ? いや別に服だったら制服でも……」
「さっき三峰君自身が言ったんだよ、見た目が大事だって。それなのに制服でいいだなんて、ダンジョンストリームを舐めてるのかな?」
「いや決してそんなことは、あとなんか怖いし、顔近いって……」
「とにかく明日! 服を買いに行くからね!」
「は、はい……」
そうして翌日、朝から白久さんに連れられてショッピングモールへ。
「三峰君は意外と身長もあるし、身体も鍛えてるって感じがするからね。それに礼儀正しい系のキャラで行くなら、ビジネスカジュアルみたいな系統で攻めるのが一番かも。三峰君はどう思う?」
「なんもわかんないので、お任せします……」
白久さんが何を言ってるのか全くさっぱり理解できなかった。
「じゃあこれ、全部試着してね」
「こ、こんなに?」
「こんなに。それでよかったものを何着か買って行くから、三峰君も真剣に考えてね。すみませーん、試着室をお借りしてもいいですか?」
話に全くついていけないうちに試着室へ連れ込まれ。
「とりあえず着てみたけど」
「…………」
「おーい、白久さん。なんかコメントくれません?」
「あ、うん。そうだね、似合ってるって思う。思ってたより似合ってて、ちょっと驚いた……」
「そう? 俺にはいまいちわからないけど。白久さんから見て問題ないなら、大丈夫ってことかな」
「ほ、他の服も着てみて」
「了解」
と、色々と試着してみて、動きやすさも考慮に入れた服を購入することに。
「ちょ、ちょっと待った! 服って、こんな高いのか……」
「ちゃんとした服は、これくらいかかるものだよ」
「いやいやいや! 俺こんな大金出せないから」
「大丈夫、ここは私が持つから。これでも人気ストリーマーですから、それなりに稼いでるんだよ」
「そりゃそうだけど……。ってそうじゃなくて、いくらなんでも白久さんにそこまでさせられないって」
「じゃあ出世払いってことにしよっか。だから早く人気ストリーマーの地位を確立してね」
と、押し切られてしまった。
買った服の一着は、そのまま着ることに。
「さて、次は美容室に行くよ」
「美容室?」
「そう。三峰君のことだから、行ったことなんてないって思うから」
「いや、髪なら千円のとこで……」
「だーめ! これも見た目では最重要なんだから、強制連行!」
今度は白久さんの行きつけらしい美容室へと連れていかれた。
「髪型はどうされますか?」
「全くさっぱりわからないのでお任せしたいんですけど……」
「それもダメ! ちょっとは考える! ほら、カタログはいっぱいあるから、これを見ながら考えよう?」
そうして美容師さんも合わせて三人で色々話し合って、良さげな髪型を決めて。
「こんな感じでどうでしょうか?」
「……うん、すっごくいい感じ!」
「…………」
「お客様?」
「あい、すみません。なんか自分が自分じゃないみたいで……」
「お客様は元が良いですからね」
そんなお世辞を言われながら髪型を整えて、美容室を後にした時。
「!」
ダンジョン発生の通知が、俺たちの元へと届いた。
「中川さん、三峰君の刀をダンジョンが発生した場所に届けるように手配をお願いできますか?」
「至急手配します」
「三峰君、いきなりでなし崩しになっちゃったけど、早速実践だよ」
「いきなりやるのか……」
「ダンジョンは待ってくれないからね」
かくして俺たちは、ダンジョン発生現場へと向かうのだった。
*
「……はい、と言うわけで、今日は彼の力も借りながら、ここに集まった十人でダンジョン攻略していきます!」
挨拶を締めくくるミハルさん。
「んっ……」
ふと、背中に冷たいものが走る。
それはたった今、ミハルさんの配信をリアルで見ていた人たち、これから共に戦うレイドメンバーからの視線だった。
それはそうだろう、アイドルを生で拝めるという現場で、隣に男の影があるのだから。
:ってか、なんかだんだんムカついてきた
:だよな、イケメン死すべし慈悲はない
:けどミハルさんの横に立つにはイケメン度が足りないだろ
:よく見ると、ちょっと着られてる感というか、慣れてない感があるし
:ちょっと一昨日の動画見直してきたけど、こいつこんな服とか髪なんて全くしてなかったし
:確かに、まるで別人みたいだ
:今日のために張り切ってオシャレしてきたとか?
:なんだ、ミハルさんに取り入るつもりとかか?
:だとしたら俺の魔法で焼き尽くしてやる
:いやいや、溺死させるってのもアリだろ
あぁ、コメント欄まで荒れてきた。
やっぱり俺が彼女の配信に顔を出すのは、失敗だったんじゃ……。
「それじゃあ、そろそろ行きましょう!」
集まった全員が、ディフィートアウトの座標を指定する機器に登録を済ませたことを確認して、ゲートの方へ歩いて行く。
「(大丈夫だよ、三峰君。自信を持って、今はとにかく、前を向いて)」
ゲートを潜る直前に、一歩下がって俺の隣にきた白久さんが耳打ちしてくる。
「……頑張ってみる」
色々としてくれた白久さんに、恥をかかせるわけにはいかない。
今はとにかく、自分にやれることを精一杯にやろう。
「ふぅ……よしっ」
中川さんの部下の人に届けてもらった刀に手を添えて、意識を戦いへと切り替えた。
*
最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
この作品の連載のモチベーションとなりますので、
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