第6話「大バズりと書いて大炎上と読む」
「ふー、流石に疲れた」
夜十時過ぎ、夜道を一人で歩きながら背伸びする。
昨日はバイトからのダンジョン攻略。そこで色々あって、今日もついさっきまでバイト。
身体的疲労はそこまでじゃないけれど、精神的な疲れはどうしても拭いきれない。
「でも明日は土曜日で、学校もバイトもないから、ゆっくり休めそうだ」
昨日大規模ダンジョンが発生したせいか、今日はダンジョン発生の通知は来なかったし。
明日も今日みたいにダンジョンが発生しなければ、楽ができるんだけどな。
「ゆっくり寝て、その後で……ん?」
奥の方に、夜にしては妙に明るく、人が大量に集まって騒がしい場所があった。
っていうかそこって、俺の住んでるボロアパートの前じゃ……?
「あ、来ました!」
「は?」
俺の姿を見た一人の女性が声をあげ、ゾロゾロとそこにいた集団が駆け寄ってきた。
あっという間に俺の四方は囲まれ、ライトで照らされカメラのフラッシュが光る。
「すみません、私テレビ夕日の者ですが、インタビューさせていただけますでしょうか?」
「はい?」
「自分は読買新聞です、取材にお答えいただけますでしょうか?」
「し、新聞?」
いわゆるメディアってことだよな、この人たち。なんでこんなんところにいるんだ?
ってか、なんで俺を囲う?
「昨日の戦闘はいかがでしたか?」
「あの危険なボスモンスターを単独撃破したお気持ちは?」
「亡くなったグレイストーカーさんのご遺族へ、何か一言を」
「は、え? 昨日の?」
な、何がどうなって……。
突然の事態に目を回しかけたその時、誰かが俺の手を掴んで、囲いの外へと引っ張り出した。
「逃げるよ、三峰君」
「し、白久さん?」
彼女に引っ張られて、その場から逃げ出した。
「待ってください!」
「我々の取材に……」
「そこまでにしていただきましょう」
追いかけてこようとした取材陣を、急に現れた黒スーツにサングラスの人たちが壁となって阻む。
「あの人たちは……?」
「説明は後、とにかく早く車に乗って」
突き当たりを右に曲がると、さっき俺をバイト先まで送ってくれた車がそこにあった。
「出してください」
「かしこまりました」
取材陣が追いつく前に車に乗り込んで、急いで発進する。
「追跡される恐れがありますので、少し遠回りして尾行を確実に巻いてから戻ります」
「お願いします」
一体なんの会話をしているのか、まだ状況に混乱しているせいかよく理解できない。
「大丈夫だった?」
「え、あ、うん。白久さんが助けてくれたおかげで……」
「良かった、間に合って」
「えっと、あの人たちは一体。それとあのスーツの人たちは?」
「分かってるとは思うけどマスコミ。テレビとか新聞社とか。で、スーツの人は私の……お手伝いさんってところ、かな?」
「お手伝いさん……?」
何か妙な言い回しに引っ掛かるけど、今はそんなことよりもっと大事なことがある。
「マスコミって、そんなのが俺になんの用があるんだ?」
「……三峰君、それ本気で言ってる?」
「え?」
なぜか白久さんに怪訝な目を向けられる。
「もしかして三峰君、今自分がどんな立場にいるのか、自覚ないの?」
「自覚って言われても。昨日のダンジョンが関係してそうだなってことくらいしか」
「嘘でしょ……呆れた」
「あきっ、なんでさ」
「いい、三峰君、落ち着いて聞いて。今三峰君は、とんでもないことになってるの」
「そうらしいね」
じゃなきゃ、マスコミがわざわざ俺の自宅にやってきて、俺なんかを取り囲んだりはしないだろう。
「三峰君、昨日の配信を見た?」
「配信って、昨日のダンジョンの?」
「そう。でもその口ぶりだと、見てないんだね……」
「とりあえず、見たほうがいいってこと?」
「そうだね。それが一番早いかも」
許可を得て、外していたRMSを装着して、そこにあるストリーミング確認機能を呼び出す。
「……は?」
ホログラムに映し出された、昨日のダンジョン攻略配信と、俺のストリームチャンネル。
「なななな、なっ、なんだこりゃぁっ⁉︎」
そこにはなぜか、総再生数二百万回の文字と、チャンネル登録者数三十万人という文字が表示されていた。
「し、白久さん! こ、ここここっ⁉︎」
「だから落ち着いてって言ったでしょ、ニワトリみたいになってるよ」
「ご、ごめん……」
一度深く深呼吸して、改めて白久さんに話しかける。
「つまりこれって、俺が英雄みたいに祭り上げられてるってこと……?」
「うん。半分くらいは、ね」
「半分?」
「それだけなら良かったんだけど、コメント欄は見た?」
「いや、まだ……」
言われるがまま、今度はコメント欄とチャット欄を確認する。
「なっ、なんだこれ……」
確かにコメントの三分の一くらいは、あの敵を単独撃破したことを賞賛するようなもの。
しかしそんな人たちに対して、俺が死んでしまったグレイストーカーを見殺しにしただの、自分が活躍するために時宜を図っていただの。
そんなことを言い争って、コメント欄は大炎上していた。
そして、残り三分の一を占めるコメント、それは。
:なんでミハルさんに抱きつかれてるんだ?
:さっぱりわからん
:しかもこいつ、ストリーミングネームで呼ばれてないぞ
:ってことは、ミハルさんのリアルの知り合い?
:こいつ何者だ、特定班仕事はよ
:三峰って呼ばれてたな、こいつはミハルさんのなんなんだ?
と、なぜか白久さんとの関係を疑うものだった。
「えーっと、白久さん……」
「……ごめんなさい、この事態の責任の一端は、私にあるみたい」
だから責任を感じて、俺を助けにきてくれたってことか。
「なんていうか、アイドル扱いされてるっていうのも大変なんだな」
「そんな呑気なこと言ってる場合じゃないんだって。三峰君、もうネット上だと個人情報まで晒されちゃってるんだよ」
「は、い?」
「ほら見て!」
白久さんが目の前にスマホを突き出してくる。そこには俺の実名とか住所とか学校とかバイト先とか、そういった情報が白日の元にされていた。
「実際、三峰様のご自宅の周辺には、今朝から怪しい者たちが大量にうろついていました。不幸中の幸いか、メディアが大量に押し寄せてきたことで、大事には至りませんでしたが……」
「マジですか……じゃあ俺の家には」
「しばらく帰れるわけないでしょ」
「ですよね……」
「いえ、それ以前の問題です」
「どういうことですか?」
「先ほど連絡がありました。三峰様の住むアパートの大家殿がこの事態に怒り狂っており、『二度と敷居を跨がせない』とおっしゃっているとか」
「嘘だろ……」
両親のいない俺が住むことができた、ほとんど唯一の場所だったのに。
俺、たった一日で家なし子になったってことか……。
「どうすればいいんだ……一日二日くらいはなんとかなるけど、その先は……お金の問題もあるし……」
「大丈夫」
絶望に頭を抱えた俺の肩に手を置く白久さん。
「今後のことはともかく、今日は私の家に連れていくから」
「は、い……?」
*
「んん……」
まどろみの中から浮き上がってきた意識と共に、身体を起こした。
「ここ、は……?」
焦点の合わない目で周囲を見渡すが、そこが見知らぬ場所であることはすぐに理解する。
「……そうだ、昨日」
だんだんと頭の回転が始まって、昨日の夜の出来事を思い出す。
あのあと、白久さんの住む家に連れて行かれ、そこの客室をあてがわれた。
『ご飯はもう食べた?』
『あ、うん。バイト先で賄いを食べてきたから大丈夫』
『そっか。じゃあお風呂に案内するね』
そうして、温泉かと思うくらい広い風呂に案内されて、ふわふわで肌触りのいい寝巻きを借りて、これまたふかふかのベッドで一夜を過ごした。
「本当にお金持ちなんだな……」
俺の普段の生活との格差を嫌というほど感じてしまう。
「さてと……」
起き上がって時計を見ると、五時過ぎ。いつも通りの起床時間。
「ん?」
改めて部屋を見渡すと、テーブルに何かが置かれていた。
「なになに? 『三峰様が昨晩着ていらっしゃった衣服は、正直着れる状態ではありませんので、ご起床されましたらこちらにお着替えください』。なんていうか、至れり尽くせりだ」
ここまで色々してもらうと、流石に申し訳なくなってくる。
とはいえ、自分の服は自宅に置いたままだから、ここはご厚意に甘えさせてもらう。
「サイズぴったりだ」
借りた衣服は、普段の自分の服とは比較にならないくらい着心地が良くて、サイズもぴったりだった。
「さてと、じゃあ行きますかね」
朝五時に起きてやること、それは朝練。毎日欠かさずにやっているルーティーンワーク。
「ランニングは……流石に迷子になりそうだからやめとくか。竹刀は、家に置いておきっぱなしだ」
仕方なく、一昨日のダンジョン攻略からずっと持っている真剣を携えて、建物の外に出た。
ダンジョン攻略以外で真剣を表に出すのは銃刀法違反になるから、普段は竹刀で朝稽古をしている。
移動の時には必ず竹刀ケースにしまって、ダンジョンのゲート前でだけケースから刀を取り出す。
だからこうして真剣を持って稽古するのは、何年ぶりだろうか。
人に見られるのが怖いから、建物の裏側に回って、型通りの稽古を始める。
「真剣だと竹刀よりもブレるな……」
竹刀よりも重い刀を振った時に出るこのブレは、実戦では敵にトドメを指す好機を失うことになりかねない。
だから普段よりも意識して、ブレがなくなるように剣を振る。
「三峰様」
小一時間経った頃に、昨日車を運転手していた人が声をかけてきた。
「おはようございます。昨晩はありがとうございました」
「いえ、これも仕事のうちですので。それにしても、朝早くから剣を振っているとは」
「すみません、迷惑でしたか?」
「いえ、そのようなことはありませんよ。私としては、このような時間から鍛錬を重ねていることに感心しました」
「日課ですから、やらないと逆に落ち着かないんです」
「なるほど、それがあの強さの一因なのですね」
「そんな大袈裟なものじゃないですよ。それに自分なんて、剣士としてはまだまだですから」
「謙遜ですね。一昨日あの場に三峰様がいたおかげで、レイドメンバーが全滅せずに済んだと言っても過言ではありません。ですから、私からも改めてお礼を申し上げます。晴未様を救っていただき、ありがとうございます」
「あ、頭を上げてください。俺は単に自分のやるべきことをやっただけなんですから。むしろお礼を言うのは俺の方なんですから」
お互い頭を下げ合って、ゆっくりと顔を上げたところで目が合って、小さく笑い合った。
「っと」
髪についていた汗が一斉に垂れてきた。
「シャワーをお使いになりますか?」
「あ、そうですね、できればお借りしたいです。いいですか?」
「もちろんです。すぐにタオルと着替えをお持ちしますね」
「何から何まですみません。えっと……そういえばお名前を聞いてませんでした」
「これは失礼しました。私は中川と申します。以後お見知り置きを」
一旦部屋に戻って剣を置いて、渡されたタオルと着替えを持って、昨日の教えてもらった風呂に向かう。
「それにしても広いな。これで離れだなんて……」
本館は一体どれくらいの広さなんだろうか。
「でも、なんで本館じゃなくて離れなんだ?」
白久さんも普段からここに住んでいるらしいけど、本館に住んでいないのはなんでだろうか?
そんな答えの出ない疑問に思考を巡らせながら、昨日案内してもらった風呂へと続く脱衣所の扉を開くと。
「へ?」
「え?」
そこにいるはずのない人物の声が聞こえてきた。
風呂からあがったばかりなのだろう、頬は薄いピンク色。
透き通るような色白の肌。
巨乳とまではいかないものの、支えがなくとも張りがあって、美乳と呼ぶべき胸。
くの字になっていることが見てわかる、美しいくびれ。
ぷるんっという擬音が似合う、綺麗な形をしたお尻。
そんな白久さんの、一糸纏わぬ生まれたままの姿を、脳に刻み込んでしまった。
「あ、あ、あっ!」
そんなことを頭の中で反復している場合じゃない。
俺の姿を見た白久さんの顔が、みるみるうちに真っ赤に染まっていく。
「きゃああああぁぁぁっ!」
「わ、悪いっ‼︎」
慌てて扉を閉めて、逃げるように駆け出した。
*
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