第5話「命のやり取りの後で」
静寂が支配する。
つい小一時間前まで五十人以上いたはずのレイドメンバーは、もうこの場所にはいない。
敵のエネルギー波によって、周辺は瓦礫だらけの荒れ野と化している。
「そうだ、他の敵は!」
刀に手を伸ばし、周囲を警戒する。
しかし先ほどまで溢れていたモンスターたちは、見る影もない。
「ラガッシュが消滅したから、奴らも消えたのか……? ……っと」
周囲を探索するべく歩き出した拍子に、足に何かがぶつかった。
「グレイストーカー、か……」
腹を貫かれ、無惨な姿となった、人気ストリーマー。
「ダンジョンで人が死んだのは、四年ぶりか……」
五年前、この世界に初めてダンジョンが現れた時に、大量の死人と行方不明者を出して以降、死人を出さないための戦術が組まれ、安全システムが開発された。
それらの原型が確立されるまでに約一年、それ以降はダンジョンでの人死はなかったのに。
「っ……」
ダンジョン攻略で、人が死んだ。
シールドウェアやディフィートアウトという安全システムがあるとはいえ、命のやり取りをしているのだから、絶対に死なないという保証はどこにもない。
そう、分かっているはずなのに、人が死んでしまったという事実を受け止め切れない。
ひとまず手を合わせて、他にも犠牲者がいないか、周囲の捜索を見渡す。
「……ちょっと待て」
ラガッシュの死体が、いつまで経っても消えないまま、その場に残っている。
普通ダンジョンで倒したモンスターは、黒いモヤとなって、消えていくはずなのに。
人の言葉を話したり、死体が消えなかったり、やはりこいつは普段のダンジョンのボスと、何かが違う。
それが一体なんなのか、それを考え始める前に、バリンと大きな音が響く。
「ダンジョンの崩壊が始まったか」
空に大きなヒビが走って、そこから全天周囲に広がる。
拾った水晶玉をポケットにしまうと、音を立てながらダンジョンは完全に崩壊して、空は元の星空を取り戻す。
どさっと音を立てて、死体となったグレイストーカーも帰還した。
しかしラガッシュの死体はない。
「どうなってるんだ……」
戦いが終わってもなお、頭を悩ませることの多いダンジョン攻略だった。
「戻ってきたぞ!」
「こっちだ!」
けたたましいサイレンと足音が耳をつんざく。
ようやく耳が元の世界の喧騒に慣れてきたところで、周囲を銃で武装した集団に囲まれていることに気がついた。
「動くな! 手を頭の後ろに!」
「な、なんだ⁉︎」
なんで武装兵に囲まれて銃を向けられてるんだ⁉︎
「三峰君!」
「へ?」
その集団の間を縫って、見覚えのある女の子が走ってくる。
「しろ……ミハルさん。よかった、無事で──」
「三峰君!」
「へっ⁉︎」
いきなり俺の胸に飛び込んでくるミハルさん。
「ちょ、み、ミハルさん⁉︎」
「よかった……三峰君が無事で……」
俺の胸の中で泣きじゃくる。
「えっと……」
ど、どうすればいいんだ、これ……。
こんな時にどう対処すればいいのかなんて、そんな陽キャな知識は俺の中にない。
「っ、ご、ごめんなさい!」
俺が何かをする前に我に帰ったのか、自分が何をしているのかに気づいたミハルさんがパッと離れる。
「いや……大丈夫。ひとまず無事で何よりだ」
「それは私のセリフだよ……。たった一人であの化け物に立ち向かって、そんなボロボロになって……。三峰君が死んじゃうかと思った……」
「ボロボロ?」
彼女に言われて、初めて自分の身体を検める。
着ていた服はあちこち切れていて、身体にも擦り傷ばかりできていた。
中には血が流れ出してる箇所も。
「奴が纏っていたオーラに近づいたせいか……?」
シールドウェアがあって、なおかつ敵の攻撃を直接貰っていないのだから、原因はそこにしかないと考えられる。仮説に過ぎないけど。
戦ってる最中は気づかなかったが、シールドウェアの耐久値も十パーセントを切っていた。
天乃羽衣も使うハメになったのだから、自分が思っているよりもギリギリの戦いだったんだろう。
「あ、れ……」
「三峰君⁉︎」
急に身体から力が抜けて、ふらっと崩れそうになったところをミハルさんに支えてもらった。
「ごめん、ミハルさん」
「謝らなくていいよ。こんなにボロボロなんだから」
肩を支えてもらいつつ、改めて俺たちを囲う集団に相対する。
「総員、銃を下せ」
俺たちを取り囲む集団の奥から、部隊長らしき人物が指示を出しながら近づいてきた。
目の前で立ち止まって敬礼してから、話を切り出す。
「申し訳ありませんが、このような事態になった今、このままお二人を返すわけにはいきません。我々にご同行を願います」
「待ってください! 彼は……」
「承知の上です。まずは彼の治療を最優先とし、その上で話をお聞きさせていただきます」
断ることは、できそうにないか。
「わかりました。よろしくお願いします」
「三峰君……」
「大丈夫、流石にいきなり逮捕とか尋問とか、そんなことにはならないだろうし。それに、この配信が絶対的な証拠だから」
首にある、RMSを指差す。
彼女の会社のおかげで、俺はおそらく罪には問われないだろう。今だけは彼女に感謝だな。
そんな俺の言葉を聞いたミハルさんは、何かを決心したように真剣な表情に変わる。
「部隊長さん。すみませんが、彼を一人にはできません。私も一緒に同行させてください」
「み、ミハルさん?」
「三峰君は黙ってて」
有無を言わせない圧に、俺は黙らされてしまった。
「それを判断をする権限は小官にはありません。が、その旨は上に報告しましょう。しかし今、救護テントまでの同行は許可します」
まじかよ、自衛隊員がミハルさんの意見を受け入れた……。
「それじゃあ行こう、三峰君。私に捕まって」
「あ、うん……」
グレイストーカーの遺体が回収されているのを横目に、ミハルさんに連れられて救護テントへと向かった。
*
「いやはや、覚醒者というのはすごいね。昨日の傷がすっかり元通り、後遺症も一切なく、健康そのもの。魔法なんて力と一緒に、圧倒的な回復力まで与えられて。羨ましい限りだよ。これじゃ我々医者という職業は、いずれなくなってしまうんじゃないかな」
「あ、あはは……」
カルテを眺めながら皮肉を言う医者に対して、俺は苦笑いするしかできない。
結局あの後、救護テントで治療を受けながら今回のダンジョン攻略についての話をした。
しかしそこでは応急処置程度しかできないと、救急車で病院に運ばれ、その晩は検査入院することに。
ミハル──白久さんは特に怪我したりはしていなかったから、そこで別れることになった。
そして今日、午前中に入院していた部屋で改めて事情聴取を受けて、それから精密検査をして今に至る。
「というわけで、もう退院していいよ」
「はぁ」
そうしてあれよあれよという間に、病院を追い出されてしまった。
「あー、そっか。服、これしかないのか……」
昨日のラガッシュとの戦闘であちこち穴だらけの、汚れのひどい服。
着替えを持ってくる人もいないから、仕方なく再度その服に着替えて、入院していた部屋を後にした。
「三峰くーん!」
退院の手続きを済ませて、病院のエントランスでどうやって家に帰ろうかと考え始めた時、俺の名前を呼ぶ声がする。
「白久、さん?」
制服姿の白久さんが、手を振っていた。
「なんでここに?」
「迎えにきたよ。一人で帰るのは大変だと思ったから」
「いや、そこまでお世話になるわけには……」
「いいから、怪我人なんだから私の言うことを聞く」
「もう怪我は治ったんだけど……」
「い、い、か、ら!」
無理やり背中を押されて、入り口につけてあった高級車に乗せられた。
「三峰様、ご自宅はどちらでしょうか?」
「あ、えーっと……」
運転手の女性に住所を教えて、車は発進する。
「三峰君、身体はもう大丈夫?」
「もう元通り。一応覚醒者の端くれだから」
「良かった……」
後部座席で並んで座って会話する。……なんていうか、距離の近さに落ち着かない。
「それと、昨日は言いそびれちゃったけど、助けてくれて本当にありがとう」
頭を下げる白久さん。
「いやいや! 別にそんな改まったお礼なんて必要ないって。……それに俺はあの時、色々と考えて白久さんよりも動くのが遅くなった。だからあの時、誰よりも早くあのデカブツに立ち向かった白久さんの方が、よっぽどすごいよ」
「それでも、三峰君が助けてくれなかったら、私も……死んじゃってたかもしれないから」
「……分かった、お礼は素直に受け取っておくよ。でも昨日も今も、俺も助けてもらってるから、おあいこってことで。というか、俺の方こそお礼を言うべきだった。ありがとう、白久さん」
「どういたしまして、三峰君。ところで三峰君に、ちょっと話があるんだけど」
「話?」
「うん、えっとね……」
三峰さんが何かの話を切り出そうとした時、急に何かのアラームが鳴る。
「ごめん、俺の腕時計が」
腕時計のアラーム止めようとして、ついでに時間を確認する。
「……ああぁっ‼︎」
思い出した。
「ど、どうしたの三峰君」
「そうじゃん、今日は金曜日だった! やばい、バイトに遅れる」
「ば、バイト?」
「すみません運転手さん、行先変更してもらえますか?」
「は、はい。それは構いませんが、どちらに……?」
「駅前の……」
今度はバイト先の住所を教えて、そこまで送ってもらうことに。
「三峰君、アルバイトしてるんだね。理由を聞いてもいいかな?」
「俺は両親がいないから。両親が残した遺産だけじゃ、とても生きていけないから」
「そうなんだ……。ごめんなさい、嫌なこと聞いちゃって……」
「いや、もう俺の中で整理がついてることだから。大丈夫」
「っていうか、昨日あんなことがあったのに、休んだりしないんだね」
「バイトとダンジョンは関係ないから。シフトに穴をあけるわけにはいかないし」
「真面目だね、三峰君」
「これくらいは普通だよ」
そうして、バイトの時間に遅刻することなく、バイト先の牛丼チェーン店に到着した。
「ここまで送ってくれてありがとう、白久さん」
「うん、どういたしまして」
「三峰様、こちらを」
車に乗る直前に、運転手さんに預けてトランクへ入れてもらった竹刀ケースを受け取る。
「ありがとうございます。それじゃあ白久さん、また明日学校で」
「うん、それじゃあね」
窓を開けて手を振る白久さんの乗った車が発信するのを見届けて、バイト先の店に入る。
「彼女とあんなふうに会話するのは、これっきりだろうな」
明日からは、元の関係に戻る。
ただのクラスメイトで、たまにダンジョン攻略で一緒になるくらいの、他人同士。
けれども数時間後に、この考えは百八十度変わることになった。
この時俺が、とあることを確認しそびれていたばかりに。
*
最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
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