第4話「予測計算の果てにある、終幕への経路」

「ゴフッ……⁉」


 グレイストーカーの口から大量の血が吐きだされ、力なく倒れた。


「は……?」


「え……?」


 誰一人想像していなかった状況に、全員が絶句する。


「嘘、だろ……。シールドウェアがあるのに」


 RMSを起動したダンジョン攻略者は、全身にシールドウェアを纏う。


 モンスターからの攻撃や衝撃を減衰し、俺たちの身体を守る最後の砦、魔力で作り上げられる透明な防護服。


 もちろん敵からの攻撃を受け続ければ、耐久値はいずれゼロになってしまう。


 しかし耐久値が無くなった時には、ダンジョンから強制的に現実世界に引き戻す、ディフィートアウトというシステムも備わっている。


 この二重の安全システムによって、ダンジョン攻略においてこの四年間一人の死者も出していなかった。


 しかし敵の攻撃は、シールドウェアを一撃で破壊し、ディフィートアウトする間もなく彼を殺した。


 そんなことは、これまで一度もなかったのに。


 たった今目の前で、そんなあり得ない事態が起こった。


 そんな光景を目の当たりにすれば、


「…………い」


「「「いやあぁぁぁぁぁぁぁぁ‼」」」


「「「うわぁああああああああ!」」」


 叫び声が上がり、レイドメンバーたちが一斉に逃げ出した。


「きゃあぁぁぁ!」


「逃げろぉ!」


「どけっ、邪魔だ!」


 死の恐怖に怯え、逃げ出す攻略者たち。


 自主的にディフィートアウトできるにもかかわらずそれをしないのは、それだけ彼らが冷静さを失っている証左だった。


「フハハハハッ、人間共の叫び声は実に心地がいい! ゆけ、我が眷属たちよ! もっと奴らを殺すのだ!」


 そんな彼らの背中を、愉悦の笑顔で追いかけ襲いかかろうとするモンスターたち。


「キシャァァァア!」


「!」


 モンスターの一体が、動けずに立ち尽くしていた俺に、棍棒を振り下ろす。


「せあっ!」


 我に帰った俺は迫り来る棍棒を右にかわし、居合抜刀で敵の首を跳ね飛ばした。


「くそっ、これじゃあ……」


 完全に戦線は崩壊した。


 さっきと同じことが、あのデカブツしかできないとは限らない。


 俺だけが動いても、救える命がどれだけあるか。


 けど、そんなことを悩む時間すら惜しい。今は早く動いて、みんなを守らなくては──


「フリージングテンペスト!」


「!」


 ──凍てつく冷気が舞い降りて、先陣を切っていたモンスターたちが氷像となった。


「はぁ、はぁ……」


 ミハルさんが得意とする氷の魔法が、俺よりも早くレイドメンバーたちを救う。


「小娘、たった一人で歯向かうつもりか? ならば望み通り、貴様も串刺しにしてくれるわ!」


「ひっ!」


 ラガッシュの鋭い視線に当てられたのか、一歩引いて動けなくなるミハルさん。身体も震え上がっている。


「ふんっ、所詮はその程度か。殺れっ、お前たち!」


 命令を受けたモンスターたちが、彼女を殺すべく迫る。


「っ、ダメだ!」


 地面を蹴り、一直線に彼女の元へ。


 間に合え──その願いが届いたのか、剣の切っ先が彼女に肉薄したモンスターの首元に突き刺さった。


 だがそれは、彼女の前に出て、他モンスターに無防備な脇腹を晒すことになる。


 振り下ろされたオーガの斧が、目の前に迫る────


「三峰君!」


「……天乃羽衣あまのはごろも


 ガキンッという音と共に、オーガの斧が俺の頭上十センチ手前で止まる。


 まるで敵の攻撃が、半透明の壁に阻まれたかのように。


「はぁっ!」


 剣を縦に振るって、動きの止まったオーガを真っ二つに斬り裂く。


 真っ二つになったオーガだったものは、黒い靄と化して消えていった。


「こんなところで隠し球を使う羽目になるなんて」


 でも死ぬことになるよりかはマシだろう。


「え……? なん……」


「大丈夫か、ミハルさん」


「三峰、君……?」


 何か起こったのか、訳が分からないという顔をして、その場に座り込んでしまった。


 俺を本名で呼んでしまうくらいには、混乱してしまっている。


 とりあえず一瞥した限りでは、今の攻防で怪我を負った様子はない。


「ミハルさん、今すぐにディフィートアウトするんだ?」


「え……。で、でも三峰君は……?」


「俺はあのデカブツを倒すよ。だからミハルさんは早く逃げて」


「え……? ま、待って三峰君!」


 彼女の制止を聞かず、敵の前へと踏み出した。


「……待ってくれるとは、随分と気前がいいんだな」


「その方が、後に貴様が上げることになる絶望の叫び声を、より甘美なものにするからな」


「随分と悪趣味なことだ」


「しかし小僧、娘を庇うために一人で我の前に立つとは、勇敢なことだ」


 高らかに笑い声を上げたラガッシュが、一転して冷たい視線を俺に飛ばしてくる。


「だがそんな小娘なんぞ放っておけば、貴様の命は助かったかもしれぬのに。実に無謀だな、それも貧相な剣一本で。そんな野蛮人がまだ残っているとは、思いもよらぬことよ」


「無謀ね……」


「そうであろう? 我々に剣が通用しないと知らぬ愚か者が。しかしせっかく我の前に出てきたのだ、その勇気に免じて、貴様の名前を聞いてやろう。名乗ってみるがいい」


 奴の態度には心底ムカつくが、それでも名前を聞かれた以上は答えるのが、剣士としての礼節。


「……俺の名前はタクミだ。俺からも一言だけ言っておく」


「ほう、聞いてやろう」


「どうしてお前は、自分が死ぬという可能性を無視して会話してるんだ?」


 剣を構え直して、その鋒を敵に向ける。


「ガキが、吠えるなよ! お前たちは手を出すな! この生意気なガキは俺が直接殺してやる!」


「やれるものならやってみろ!」 


 地面を蹴って、まっすぐにラガッシュの元へと翔ける。


「まっすぐに突っ込んでくるとはな!」


 グレイストーカーの腹を貫いた時と同じように、右手に黒く禍々しい力が宿り、こちらへと振り向けられる。


 あれを喰らえば死は必然、故に右側へと回避。


「バカめ!」


 こちらがかわした先に、同じ力を纏った左拳を振り下ろす敵。


「スツールジャンパー!」


 移動補助の魔法を踏んで、さらに右へと回避する。


 目標を失った両拳は、そのまま地面へ打ち付けられ、巨大な穴を作り出す。 


「そこだ!」


 両の手が前に出た状態、狙うべきは奴の背中。


 急制動から一気に加速し、ガラ空きの背中へ魔力を込めた剣を振るう。 


「なっ⁉︎」


 しかし敵の纏う、黒いオーラのようなものがその身を守り、傷を与えられない。


「ちょこまかと!」


 左手による裏拳を後ろ跳びでかわして、隙だらけの左腕にさっきよりも魔力を注ぎ込んだ剣を振り下ろす。


「ぐっ!」


 今度は通った。敵の部位によるのかもしれないが、剣に込める魔力量が多ければ、あの黒いオーラは貫通できる。


「貴様ァ!」


 奴の片足が地面に打ちつけられ、アスファルトを岩塊へと変わる。


「チッ……」


 視界を妨げられ、一旦後ろに大きく跳んだ。


「ふんっ!」


 両腕を振って、砂埃を振り払うラガッシュ。


「ブンブンと飛び回りやがって、カトンボのようなやつだ」


「そりゃどうも」


「ガキが、舐めるなよッ!」


 今度はラガッシュの方からこちらへ突撃してくる。


 こちらも再び剣を構えて対応していく。


(……やっぱり初見の敵と戦うのはキツいな)


 向こうの攻撃をこちらが対応する、そんな戦いの図式が十分近く続く。


「埒があかぬ!」


 その状況に痺れを切らしたラガッシュは、クロスレンジから引いて両腕を頭上にあげた。


「何を⁉︎」


「消し炭にしてくれる!」


 両手の間に、人の身体ほどの大きさの球体が生成され、それが弾けるように闇色のエネルギーが放射される。


「まずいっ!」


 あれは喰らってはいけない、本能がそう呼びかけてくる。


 全面に防御を展開しつつ、エネルギーの効果範囲から退避を試みた。


 が、背後にあったビル群が、そのエネルギーの直撃を受けて、音を立てて崩壊する。


「嘘だろ……」


 ビル街が一撃で崩壊する力、デタラメにも程がある。


「まだ生きているとは、鬱陶しいガキだ」


 奴からは先ほどまでの冷静さは失われている。


「だが次はない、俺の手で引きちぎってくれるわッ!」


 激情にその身を委ね、猛然と襲いかかってくる。


「……ふー」


 そんな敵の接敵を前にして、深く、息を吐く。


 今の黒い波動攻撃を防御する手段はない。しかし連射してこないところを見るに、使用には制限があるのだろう。


 であれば使わせないように立ち回る必要がある。


 その場合、接近戦となるのは必定、しかし敵の拳を受ければ致命傷になる。


 対してこちらの攻撃は、魔力を剣にありったけ込めなければ通用しない。


 それら全ての条件を掛け合わせ、奴を殺すための経路は、……すでに完成した。


経路追跡Traceroute開始Start──」


 故に剣を構え、こちらも敵の懐へと飛び込んでいく。


「舐めているのかガキが!」


 一手目、敵の右拳による攻撃。


「それはもう見た」


 二手目、振りおろされる拳の衝撃範囲から回避。


「読めているわ!」


 三手目、敵の左拳撃。


 先ほどはさらに右にかわした攻撃だが、それを予測してか曲線的な範囲攻撃へ変化している。速度もさっきより速い。


 しかしそんなものは、考慮に値しない。


 なぜなら狙うべきは、すでに振り出された右腕なのだから。


「アクセラレーション」


 四手目、自己加速の魔法を使用して、一気に距離を詰め。


「速翼!」


 速翼。魔力を腕に集中させることで剣速を上げる、俺だけの剣技。


 魔力を目一杯込めた斬り上げを、敵の右腕に見舞う。


「ガッッッ⁉︎」


 腕を切り落とされ、ラガッシュはその場に膝をつく。


 その隙を逃すわけにはいかない、故に、振り返りざまに地面を蹴り、追撃を加えるべく再び奴の元へ迫る。


「クソッ‼︎」


 五手目、右手を失い不利と見たのか、背中の翼を広げ空へと逃亡。


「逃すかよ!」


 六手目、ビルの壁を駆け上がり、空へと跳ぶ。


「このガキがぁッ‼︎」


 七手目、逃げきれないと悟ってか、残った左拳を振り落とす。


 しかしここは空中、踏ん張りの効かない攻撃は威力が落ちる。恐るるに足らない。


「連歌!」


 八手目、ありったけの魔力を剣に宿して、真正面から振り下ろす。


「グ、オオァ」


 腕に纏った黒いオーラごと、腕を真っ二つにされたラガッシュは、その動きを完全に止めた。


「これで──」


 九手目、二段斬りで構成されるオリジナルの剣技・連歌。


 奴の腕を斬り落としたこの剣技の二撃目を、動きの止まった奴の首元へと運ぶ。


「ばかな……この俺が、ただの人間に……!」


 空に剣光が光り、やがて二つの物体が地面へと落下する。


 もう動くことのない、ラガッシュの胴体と、首。


「──仕舞いだ」


 アスファルトにできたクレーターの側に降り立った俺は、奴の息の根が途絶えていることを確認して、左腰の鞘に納刀した。



     *



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