第7話「一つの決心、二人の決意」

「大変申し訳ございませんでしたなんでも言うことを聞くのでどうかお許しいただけないでしょうか」


「ちょっ、まず土下座はやめて!」


 あのあと、しばらく経って、誰もいないことを確認してからお風呂を借りて、恐る恐る朝食の会場に足を運ぶと、そこには当然白久さんがいた。


 だから目が合うが早いか、スライディング土下座を決めた。


「いやでも……」


「も、もちろん恥ずかしかったけど、三峰君がいるのを忘れてた私も悪いから……だからこれっきりでおしまい! 三峰君はさっき見たことを全部忘れる、いい⁉︎」


「が、頑張ります! ……って言われても、無理かもだけど」


「無理でもなんでも忘れて! 絶対‼︎」


「ど、努力はするよ……」


 多分無理だけど。


「っていうか、なんで三峰君に私が先にいるって教えてくれなかったの!」


 怒りの矛先は、中川さんの方にも向く。


「申し訳ございません。まさか晴未様がいらっしゃるとは思わず。晴未様は普段、朝から入浴されるような方ではありませんので」


「そ、それは、そうだけど……」


「何かあったのですか?」


「ううん、単にあんまり寝られなかったのと、あとちょっと緊張して……」


「緊張ですか?」


「な、なんでもないからっ!」


 プイッっと、そっぽを向いてしまう。


「そ、それより三峰君も席について。朝ごはん食べよう?」


「わ、わかった」


 そうして白久さんの向かいの席に案内されて、朝食が運ばれる。


 そうして運ばれてきた料理は、


「……和食?」


「何かあった?」


「いや、なんか建物とか部屋の雰囲気に合わない気がして」


「確かにそうかもしれないね。でも気にしたことなかったな。私が作ってるし」


「へ?」


 白久さんが、作った?


「そんなに意外?」


「だって、こんなんところに住んでるんだし。メイドさんみたいな人が作ってるのかと」


「確かに、こんな建物とかを見たらそう思うよね。でも朝昼晩全て私が作ってるし、買い物にも行ってるよ。ここからキッチンまで遠いから、運ぶのだけはお願いしてるけど」


「…………」


「……色々あってね」


 俺の唖然とした表情を見て、少し寂しげに笑う白久さん。


 何か事情があるのはわかるけど、踏み込んではいけない領域だろう。


「さ、冷める前に食べちゃおう」


「う、うん。いただきます」


 ご飯に味噌汁、焼き鮭と漬物の、純日本食。


「……美味しい」


 まずは味噌汁を一口飲んで、素直な感想を口にする。


 少し薄めの、優しい味付け。


「良かった、気に入ってもらえて」


「本当美味しい。……しかもあの短時間でこんなに作れるんだ」


「?」


「だって、白久さんがお風呂から上がってから、三十分くらいしか経ってないのに。これだけの朝食を準備したんだから」


「……きっと、三峰くんに色々と見られたことから現実逃避してたのかも。っていうか思い出さないで!」


「ゴメンナサイ……」


 そこからは朝食を食べることに集中して、二十分くらいかけて完食した。


「ごちそうさまでした」


「お粗末さまでした」


 食器の片付けをお手伝いの人にお願いして、いよいよ本題に入る。


「それじゃあ、今後のことなんだけど、中川さん」


「はい、先に私からご報告させていただきます」


 中川さんが一歩前に出て、ホログラムを操作する。


 すると部屋の照明が暗くなって、巨大なホログラムモニターが現れた。


 映し出されたのは、俺の家の前の映像。


「こちらは今朝の様子です。昨晩のメディアは、三峰様のご自宅から撤収したようです」


「そうなの?」


「それじゃあ──」


「いえ、その理由が、このアパートの大家殿が三峰様の部屋にあるものを全て投げ捨てた上で、『奴は二度とこのアパートの敷居を跨がせない! だからお前らさっさと失せろ!』と、あの場に集まったメディアに対して宣言したからです」


「わぉ……」


「…………」


 絶句するしかなかった。メディアがいなくなって大家さんに謝り倒せばあるいは、と思っていたけど、その希望は消え失せてしまった。


「捨てられたものについてはこちらで回収済みとなりますので、後ほどご確認ください」


「あ、はい……ありがとうございます……」


「さて、アパート前を解散させられたメディアですが、その一部は三峰様のアルバイト先で張り込みをしているようです」


「諦めが悪すぎる……」


「メディアというものはそういうものですからね」


 少しは人の迷惑とか考えろよ。


「この店の店長も、『この状況では彼をクビにせざるを得ない』とおっしゃっていましたね」


「ですよね……」


 住むところか、バイト先まで失った。


「それと、アルバイト先の周辺で、怪しい人物が確認されています。おそらく昨日から三峰様を狙った人物と同一かと」


「俺まだ狙われてるのか……」


 いくら白久さんに抱きつか……白久さんと知り合いだからって、そんなに怒るか普通?


 確かに人気アイドルがファンに刺されたとか、男の影がちらっと見えたらその男が袋叩きにされたとか、そんな話を聞いたことあるけど。


 そんなことを実際に身を持って体験する日が来ようとは……。


「なんか、ごめんね……」


「え、いやいや。白久さんが悪いわけじゃないから」


 悪いのは全て、勘違いして錯乱してるファンなのだから。


「そういえば、こことか学校は大丈夫なんですか? 白久さんが俺を連れ出したことは、昨日あの場にいた人全員が目撃してたはずですし」


「それについては問題ありません。いずれのメディアにも、白久家の息がかかっています。晴未様の生活に関わることに対しては関与しないように通知してありますので。不審者に対しては万全の警備体制ですから、学校やこの敷地には指一本侵入することはできません」


「そっか、それなら良かった……」


 俺のせいで、彼女の今後の生活に迷惑をかけられないから、それだけは本当に安心した。


「優しいね、三峰君」


「え?」


「自分の生活の危機なのに、私の心配してるから」


「そりゃ、自分のことで他人に迷惑をかけちゃダメだろう」


 すでに大家さんとかバイト先とかに迷惑をかけてるから、全くカッコつかないけど。


「でも、他の人のことを心配してる場合じゃないのも、確かだよな……」


 今後どうやって生きていけばいいんだろうか。


「……ねぇ、三峰君」


 思考の海へ旅に出ようとした俺を引き戻す白久さん。


「一つ、提案があるんだけど。聞いてくれる?」


「提案?」


「うん。……三峰君に、しばらくここに住んでほしいの」


「は、い……?」


 耳を疑った、白久さんまで頭がおかしくなったかと一瞬思った。


 けど彼女の真剣な眼差しを見て、それがふざけて言っているのではないことがわかる。


「もちろん、タダでってわけじゃないよ。三峰君に二つ、お願いがあるんだ」


「お願い……?」


「うん。まず一つは、三峰君に本格的なダンジョンストリーマーになってもらうこと」


「ダンジョンストリーマー? 俺が?」


「そう、三峰君、ダンジョン攻略をやめるつもりはないんでしょ?」


「それは、そうだけど」


「だよね。今朝だって剣を振ってたみたいだから」


「あれはダンジョン攻略関係なしの、日課みたいなものだけど」


「でも、三峰君がダンジョンストリーマーになるのは、三峰君の生活を助けることにもなるんだよ」


「生活を助ける?」


「チャンネル登録者数が十万人を超すと、収益化申請できるのは知ってるよね?」


「それはもちろん」


「そして一昨日の配信は今朝の時点で三百五十万回再生を超えてるし、登録者数は三十五万人になってる」


「一晩で百万再生って……。それに五万人が登録者も増えたのか……」


「だから三峰君はすでに収益化申請の条件を達成してる。そしてダンジョンの配信数が伸びるほど、収益の額は大きくなる。だから三峰君がこのまま人気になれば、お金も稼げることになる。それならアルバイトを辞めることになっても、問題はないと思うよ」


「人気っていうか、あれはもう炎上だけど……」


 俺の配信って、常に炎上してるようなものだからな……。このまま行くと炎上商法だって、叩かれる気もする。


「それは今後の配信で挽回していけば、きっとなんとかなるよ。私も協力するから」


「…………」


 確かに、今後のことを考えると、彼女の提案は魅力的だ。もしこのまま、俺がストリーマーとして大成できるのであればの話だけど。


「何か不満?」


「不満というか、ちょっと信じきれないところがある」


 配信者というのは、良くも悪くも視聴者数で全て決まる。


 誰かに見られなければ収益が入ってこない、不安定なものだ。


 それをこれまでのアルバイトと同列に見ていいのか、その心配がどうしても拭えない。


「さっき三峰君、なんでもいうこと聞くって言ったのに……」


「それで人を従えさせようとするのは卑怯じゃないかな⁉︎」


「流石に冗談だよ。さっきのなんでもいうこと聞くは、また別の機会にとっておくから」


「取っておかれるんだ……」


 軽率な発言だった。


「それはともかく、さっきの話、どうかな?」


「そうだね……。もう一つのお願い、それを先に聞いてもいいか?」


 ダンジョンストリーマーとなる、それはあくまでお願いの一つ。


 先にもう一つのお願いを聞いてからでないと、自分のこれからを決心するには不足している。


「二つ目は、私と一緒にこれからもダンジョン攻略に挑んでほしい、かな」


「…………」


 驚いた。一昨日の出来事があったのに、自分からダンジョン攻略をしたいって言うだなんて。


「私には、ダンジョン攻略を続けなくちゃいけない理由があるの」


「理由?」


「うん。でも私はまだまだ弱いから、今のままじゃ目的を果たせない」


「え、弱い? 白久さんが?」


 流石に冗談だろ?


 白久さんの本気の魔法を配信で見たことあるけど、とてつもなかった。


「ううん、私はみんなに勝ちを譲ってもらってるだけだから」


「いや、それが本来正しい戦い方なんだから、白久さんはそれでいいと思うけど」


 魔法での戦闘は、レイドメンバーとの連携が一番重要だ。


 俺のように一騎当千の戦い方、言い方を悪くすれば独りよがりの戦い方とは真逆。


 だから最後のトドメを白久さんが担うことは、何も悪くない。


 そんな俺の意見に、首を振って否定する白久さん。


「それに一昨日みたいな敵がまた現れるって考えたら、私自身もっと戦えるようにならないといけないって思うから。だからお願い、私のことを強くしてほしい」


 白久さんは、あんなことがあってもラガッシュに抵抗しようとした。


 並外れた覚悟が彼女にあるのは理解できる。でも、


「どうして俺なんだ? 俺の戦闘スタイルも考え方も、白久さんとは真逆だ。俺なんかよりも、他のストリーマーに頼んだ方が、よほど白久さんのためになると思うけど」


「それでも、私は三峰君がいい」


「なんでそんな……」


「それは……。……私が三峰君のファンだから、かな」


「はい? ふぁ、ファン?」


 素っ頓狂な声をあげてしまった。


 当たり前だ、突然訳のわからないことを言い出したから。


「それは、えっと……一昨日の戦いを見て、みたいな?」


「違うよ。三峰君のことは、ずっと前から知ってる。三峰君のストリーミングも見てるし、チャンネルだって登録してるんだよ」


「え……」


 これは想定外だった。白久さんが、俺なんかの戦いを見ていただなんて。


「でも、やっぱり一昨日の戦いが一番かもしれない。あの時、私を助けてくれた三峰君の背中が、その……カッコいいなって思ったから」


「…………!」


「だから、ダンジョン攻略において一番信じられる三峰君にお願いしてるの。ダメ、かな……?」


「……ぷっ」


「三峰君?」


「ぷははっ、そっか、はははっ!」


「な、なんで笑うの!」


「だって、まさか面と向かって『自分のファンです』とか『背中がカッコよかった』とか言われる日が来るなんて、夢にも思わなかったからさ」


 それも、チャンネル登録者数二百万人を超える、ダンジョンストリーム界のアイドル様に。


「そ、そんなに笑わないでよっ!」


「いやごめんごめん。……でも、そっちの理由の方がよっぽど信じられるかな」


「三峰君?」


「そんな風に真正面から言われたら、無碍にはできないな」


「じゃ、じゃあ!」


「受けるよ、白久さんの提案」


「ほ、ほんと?」


「うん。俺なんかにできることは少ないと思うけど、それでもよければ」


「そんなことはないよ、一緒に戦ってくれるだけで……。ありがとう、三峰君!」


「お礼を言うのは俺のほうだ」


 ほとんど赤の他人の俺の、今後のことについて色々考えてくれて。


 まして、住む場所まで貸してくれるのだから。


「それじゃあ、これからよろしくね、三峰君」


「こちらこそよろしく、白久さん」


 新しい決心を胸に、俺は差し出された彼女の手を取った。



     *



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